第一話 ⧉1GΛЯ(1)
キメラ種が生きる現代において、ワーカーというのは非常に重要な立場にある職業です。
正式名称は『パッチワーカー』。アノマリーはびこるパッチ領域でご飯の種を得る人達の総称で、標準的なコロニーでは主に食料や医療物資をパッチ内部の遺跡から回収してきます。
ワーカーがサバイバル物資を優先して回収するのは、とりあえず食うに困らなければ何とでもなるからです。売るより備蓄に回す人もいますね。特に食料は安定した消耗品ですから、保存状態による等級こそあれど、買い取り価格が安定しているので拾って損はない物資です。医療品はより高価格帯で安定してるので、当たり品に該当します。
各コロニーには管理局が設置されていて、必要物資のリストを発行したり、緊急性の高い不足物資には懸賞金が掛けられたりします。また、工房をはじめとした個別の依頼も取りまとめており、ワーカーがパッチを探索する際の重要な指針になる訳です。
ワーカーの質はコロニーの質。ワーカーが働きやすい環境を作る事でコロニーの生活は劇的に改善されます。そのために装備の整えやすい環境や、手厚い保証、教育なんかが重要。極端な話をしてしまえば、コロニー管理局のお仕事の九割はワーカーとの繋ぎ役であり、そのために多くの人員が割かれているのです。工房を営んでいた私の道具も、補助金を用意するので割引をしてくれと頼まれたものです。
つまり何が言いたいか。
小さな村でありながらコロニーの仲間入りした以上、管理局の設置と運営は必須。それってめっちゃ大変そうですね! というお話。
管理局の長って実質、コロニーの支配者なんですけど、その立場になれるチャンスだとしても初期設定なんて絶対にやりたくない。こんなの常識でしょ? という部分まで細かくルールとして定めないといけないんですよ?
村という小規模な共同体では慢性的な人手不足は目に見えてるし、方々からの意見書や報告書と言う名のクレームをろ過してワーカーへの発注書にまとめる作業はさぞかし大変でしょう。村の人口が増えて安定するまで忙殺がお約束される立場なんてお断りです。お気楽主義のイコナさんには、まさに主義に反する事ですね。面倒な時期が終わった頃になら、考えてもいいです。
アンカーが機能した時点で私のお仕事は終了。そして目立たないように仕向けた過去のイコナさんってば偉い! まさにこういう面倒事から逃れるためでした。まぁ、私が村に到着してから状況が変わったので、感付いてる人が大半みたいですけどね。村の住人は空気を読むのがお上手。あくまでも何も知らない少女として接してくれています。ただの少女相手としては敬意を感じる接し方ですけどね。
なので、村もキャラバンも忙しくしている中でのんびりとしていると、せっかくの敬意を無下に扱う事になる訳です。これも私の主義に反します。なので、得意分野で楽しく仕事しながら、村の問題に直接的に貢献をする事にしました。
便利な道具を作る? 狐狼譲りの知識で貢献する? 違います。工房歴以上に経験を積んだ分野があります。もはや趣味の域。
物資回収、すなわちワーカー業務です。
「ふっふーん、ふっふふーんっと」
村の隣接パッチ。雪を鎧う鋭い山脈に囲まれた、広大な平原。そこに点々と存在するのは木々に飲まれた、突き出た高層の廃墟が特徴的な遺跡群。
木々がドーム状に屋根を作り、石畳はがたがたで、パッチで散見される重力異常によって瓦礫やらガラクタが浮かんだ景色の中。とある建物のメンテナンス用の狭い通路内にて、ご機嫌で建物の一部を解体する少女がいました。
黒いウサギの耳に、長い竜の尻尾はご機嫌に持ち上がっていて、琥珀の瞳を隠すようにゴーグルを装着中。深緑色のショートジャケットに、裾を大胆に切り落としたズボンと、金縁の靴下。無骨なブーツ。どれも高級品でナイフくらいは防げるかも? というアーティファクト装備であります。
そして右手にはまだ馴染んでない装備、工具としての金属ハンマーが握られてます。これを片手に、少女は建築物のメンテナンス通路っぽかった閉所に入り込み、張り巡らされてる水道管らしき金属管の接続部を叩いて回っているのです。
パッチ内部で騒音を立て続けるなんて命知らずな愚か者め! ワーカーの卵が付いてきてるのですから模範的な方法で回収しなさい! なんて常識に捕らわれる必要もない次元に居るのが、騒音少女ことイコナさん。村の問題に対して最高効率で業務を行ってる次第。即ち、水道管の回収。
ランタンを足元に置いて、狙うは管の繋ぎ目。特別劣化してる金属金具です。
「たったらるー、らんたららーん」
うさ耳的に厳しい金属音を早大に通路に響かせ、がんごん片手持ちのハンマーで錆びた金具を殴り、破壊。金属の色を保ったパイプが等間隔で外れ、甲高い金属音を立てて苔の生えた床に転がされていきます。
「あっはっは、破壊活動たのしー」
これがなかなか爽快で、高揚感を感じるのです。つまり楽しい。
パッチに内包する建物というのはリバインドで修復というか、配置ごと再生成されますので、構造物の解体は物資収集として友好な手段です。
調子に乗るとアノマリーの活性化を招いたり、アノマリー生物が寄ってくるので普通は騒音や大規模な解体は行いません。故に、こんな感想が上がってきます。
「……勉強のつもりで付いてきたのに全然参考にならないかも………姉さまが楽しいならいいけど」
配管のメンテナンス通路に入ってきたアマリが、床に転がしていたパイプを拾って入り口近くに集めてくれます。彼女の手には小型の工具が握られてました。
「一応、パイプ切るやつ借りてきたんだけど、出番無いよね?」
「普通はそういう静かな工具を使うものです。しかし私にはアノマリー生物が自ら逃げ出すリムがいますし、液状アノマリーを塗布して安定化に成功した簡易アーティファクトの性能を試したかったのです。これは素晴らしいですよ!」
アマリに見せつけたハンマーの打撃面はうっすらと鏡状になっており、叩きつけた際の衝撃が倍になる代物になってます。しっかり握ってないと反動で手からすっぽ抜けます。さっき抜けました。なんなら右手がぷるぷるしております。
しかし彼女は二階でリュミンとパイプを回収してたはず。量も向こうの方が多そうだったのですけど。
「上はもう終わっちゃいました?」
「うぅん。姉さまが大きな音立ててるから、一つ外す前に師匠も壁ごと壊し始めちゃった。危ないからこっち手伝いに来たの」
そういえば、さっきから天井が揺れてますね。狂戦士気質の犬ヤギさん。きっと笑顔で破壊に勤しんでるに違いない。
しかし、それはそれで好都合です。なぜならか弱い少女であられる私の手は限界なので。
「アマリも使ってみますか?」
ゴーグルを外し、ハンマーを差し出してみますが、彼女は乗り気ではありませんでした。
「アーティファクトってなんか凄い道具の事だよね? 駆け出しは駆け出しらしく、地味な道具からやりたいなぁ」
どうやら段階を踏んでいきたいタイプのようです。お気持ちはわからなくはないですが、贅沢なお話ですね。
「使える物を使うのもワーカーです。あと、同居人が私の工房の道具を使ってくれないのは、こう、自尊心がもにょっとするので、良さを知っておいてもらいたいところ」
「んー……じゃあ、今回だけね?」
ハンマーを渡せば、彼女は首にかけていた防塵ゴーグルを装着。すぐに壁に取り付けられたパイプの支点に向かい、錆びた金属に向かってハンマーを軽く振ります。響くのはがぁん、ごぉんと、爆発するような金属音。二殴っただけで金具は砕け、パイプの接続部品も壊れて床に落ちます。
「すごい衝撃というか、反動? 手がしびれるかも……」
「打撃時に同じ力で双方に衝撃が発生します。接触面にピンポイントで強烈な衝撃が挟むように発生するので、叩いた所がすぐに壊れるのです。まさにこういう解体向けです」
リフレクトゼロ、とボトルのラベルに描いてあった液状の鏡の姿をしたアノマリーを塗ったハンマー。何がゼロなのかは相変わらず不明ですが、打撃面に定着させたり、柄が折れないようにちょっとだけ条件指定の呪術を使ってます。反動がやけに強いのも、呪術のデメリット。
詳細を知らないアマリは、なんかすごい道具くらいの認識みたいでした。
「そういえば、師匠の戦槌はアーティファクトとは違う特別品なんだって。何が違うんだろう?」
「それは製法――」
がぁん!
轟音が響き、声がかき消されちゃいます。やると決めたら作業を進める、ワーカーの鑑ですね。手首のスナップを活かして、反動を受け流してる。流石の順応性でした。
アマリの格好ですが、こちらもワーカーに寄ってました。具体的には実用性の高い丈夫なブーツに、簡素なレギンスと、腰回りを隠すスカート。上半身もシャツの上に継ぎはぎの目立つちょっと大きいサイズのジャケットを羽織ってます。尻尾の付け根を隠す裾が少し擦り切れてます。
終末世界的な、拾った衣服を繕って再利用している類のコロニーにおける一般的な衣装。彼女が着てるのは傷に強い類の衣類で、特にワーカーが好む種類の衣装でした。継ぎはぎ部分がカラフルなのがまたいい味を出しております。
金属パイプは簡単に外され、床に落ちた物を入り口に引っ張って行きます。既に十本以上。旧時代で使用された合金。辺りが軒並み廃墟となり、多くのモノが劣化していても十分輝きを保った金属。
束ねると結構重いので、適度に通路から運び出し、木製フローリングが半端に朽ちて草が生えてる外界に面したお部屋に輸送。丁寧に揃えておきます。
二階部分で作業してるリュミンの分も既に集まってきていて、数は三十本に届きますね。
これらのパイプはそのまま水道管として再利用されます。村では各家庭に張り巡らされてた水道管がアンカー起動を境に突如として劣化。断水状態にあります。
原因は村の地下空間に根付いていた、元老院と名乗っていた人工知能とそれにまつわる設備が失われた事。元々、電気や水道も管理していたらしいのですが、人工知能の自壊と共に地下空間も消失し、結果的に断水、停電の状態になったのでした。
幸い、水源には巨大な地底湖があり壊れたポンプもありました。上下水道も存在し、発電機や配電盤、水道管を修理していけば、再利用可能との事。
古めかしい村に電気や水道なんて、と思われるかもしれませんが、河川のような水源もないし、牛や鶏の管理に電気と水道を頼っていた部分が大きいそうです。キャラバンにも頼って修理を優先しており、出発を後らせる原因にもなってます。既にアンカー起動から二週間が経過していて、不満を抱えて険悪な人もちらほら。
喧嘩に巻き込まれるのも嫌なので、こうして趣味と実益を兼ねて、物資回収に回ってるのでした。
再度通路に戻ると、既に通路内のパイプは取り外しが終わってました。はやい。金具一ヶ所一撃で破壊していたのでは?
「なに? 姉さま」
「いえ、ホントにドラコニアンの力失ってるのかなって。呪術には自信があるのに、失敗したのかと心配なレベルです」
「ちゃんと弱くなってるよ? 元々、強すぎる分を加減してたから、体の動かし方とか調整の仕方は慣れてるの。実は手先がすごく器用になったんだ! 針に糸を通すのも一回で出来るようになったよ!」
ふふんと自慢気に胸を張る彼女は大変微笑ましいです。上着の継ぎはぎが、犬か猫の形をしてるのは、自分でやったのでしょうか。
「体力も合わせて落ちてるはずなので、疲れたらちゃんと申告してくださいね。精神的な面も含めてです」
「兄さまと同じ事言ってる。パッチの精神干渉にも敏感になってる可能性があるんでしょ? 心配してくれるのは嬉しいけど、過保護なのはちょっとやだなぁ」
薄闇の中で小さなため息。水竜の尻尾が不満げに壁を叩きましたが、私は足元のパイプを拾上げながら言ってあげます。
「いずれ独り立ちすれば、心配しか出来なくなるのです。顔の見えるうちは過保護になるのも仕方ないと思いますけどね」
特に彼女の兄、カイリスは村が安定するまで残ると言ってましたから、心配で仕方がないはず。でも彼は元からそうか。私からすれば、管理局の臨時代表を務める彼の方が心配です。過労死なんてされたらアマリにも影響があるのですよ?
「わたしは大丈夫ってちゃんと証明したいから付いて来たんだけど……あ、姉さまの道具一式揃えたら心配も無くなるかな?」
「ワーカーとしての腕前よりも、誰かに騙されないかの方が心配ですよ。村の人達は本当に良い人ばかりですから、お願いですから変な人について行かないでくださいね?」
そういう意味では、村の外界との交流も心配。あの村はこの壊れた世界の楽園としてあり続けて欲しい気がします。小悪党みたいのは居ましたが、あれでも可愛いものですよ。
視界の端ではむくれたアマリがいましたが、自覚があるのか何も言ってきません。気にせずパイプを運んでいきます。
メンテナンス通路から持ち出したパイプをガラガラと並べると、アマリが自身の持ってきた分も混ぜてから常態の良さに改めて感嘆します。
「解体してる時も思ったけど、すごい綺麗な状態だよね。もしかしてアノマリー化してたりする?」
「あり得ない事ではないですが、これはステンレスとか呼ばれる旧時代の合金なのです。溶ける温度が鉄なんかよりすごく高くて、本格的な設備が無いと溶けないし、再加工も難しいほど硬いんですよ。しかも溶かすと不純物の混じった別の金属になってしまうそうで、加工する物資としての価値は皆無というワーカーの間で有名な金属です。その辺の鉄くずの方がまともな価格がつきますよ。磁石が付かない特徴があるので、一個は持ち歩くと鉄くず集めが捗ります」
ふんふん、と頷きながらアマリは手帳を取り出してメモ。リュミンはワーカーとしての基本や注意点を教えてくれますが、こういう材質とか知識的な分野は私の方が教えております。金属に限らず材質の特徴を覚えておけば、効率よく稼ぐ事も出来るでしょうしね。
底辺ワーカーの経験がある私は、鉄くず集めで食べてた頃もありました。当時は秀でた能力なんて無かったので、低単価品を数集めるしかなかったのです。缶詰を拾って一喜一憂は……あれ、最近までしてましたね? なんなら今でも嬉しいですが?
頭を振って余計な思考を飛ばします。センパイワーカーの威厳を見せないと。えっと。
「とりあえず、適度な重さになるように縛って行きましょう。幸い規格はほぼ一緒です」
一本当たり一メートル程でしょうか。一本の重量があるので、五本ほどでテープで両端を固定し、束にしていきます。それをさらに束ねて、というのを繰り返します。二人で両端をそれぞれ固定しているのですが、なかなか息の合ったペースで進められました。むしろ私の方が遅い? そんなはずは。道具工房の主ですよ? 手先の器用さで負けるはずがないでしょうに。
「おまたせぇ」
アマリに負けないように作業を進めていると、奥の階段からパイプを担いだリュミンが降りてきました。壁面を破壊していたとの事なのですが、ずいぶん静かでした。たぶん破壊自体はすぐに終わってたんでしょうね。抱えてるパイプも服も、ちょっと埃っぽいです。
黄色いふわふわの髪と、垂れたヤギか犬の耳。それに前髪を分けるようにチョンと出た角。
服に頓着が無いらしく、今日はアマリとお揃いの終末世界的、雑な継ぎはぎの目立つジャケットに、横側に大胆なスリットの入ったズボンを履いてました。特徴的な犬の下半身、スリットからふわふわの毛をチラ見せしていくスタイルです。せくしー。足先はヤギなんですけどね。肉球も悪くないけど、個人的には好きです。
リュミンはがらんこ音を立てて、綺麗に並べていた我々の束の上に雑に投げ出します。まだ束ねてない方に降ろして欲しかった。
「音とか気にしなくていいのは楽でいいねぇ。一回、アノマリー生物みたいのが寄ってきたんだけど、リムの姿見たら逃げてったよ」
リムは現在建物のすぐ外で待機してくれてます。待ってて、と言うと待ってくれるあの子は低位のアノマリーが泣いて逃げ出す圧倒的強者。格が違います。そんなアノマリーに好かれてる私はリムが褒められるととても嬉しい。尻尾もご機嫌に持ち上がってしまいます。口元がにんまりしちゃうのは、堪えました。
「あの、わたし不安なんだけど、姉さまみたいな人って他にいないよね? つまりその、リム……ちゃん? みたいの連れてる人って」
「気軽にリムって呼んでいいですよ? 私の知る限りいませんねぇ。それだけイコナさんが特別という事を誇るといいです!」
ふふんと、堪え切れないので笑顔と一緒に胸も張っちゃいます。リムの存在と私の絆は間違いなく特別です。他にいて欲しくない。というか、アノマリーをこんなに連れてるの私くらいじゃないですかね。
『静かになったから戻ったんだが……特別なお前はもちろん、その重いパイプを持ち帰る算段は付けてるんだろうな?』
騒音の現場から離れてたガンターがそんな事を言います。忘れることはないですが、彼もアノマリーに分類される存在。特技は小言、戯言、皮肉。肝心な事を後で指摘する傍観者です。
アマリの方をちらっと見ると、彼女は答えます。
「担いで帰る?」
弟子の発言に、リュミンは苦笑いです。
「結構重いけど、現実的だねぇ。イコナは?」
「とりあえずここに放置して次の物資を収集、後に村から雑用係を派遣し回収してもらいます!」
雑用係、オルヴァさんとギーネとジルニアさん。別途物資収集を行ってたり、村の仕事を手伝ってる彼らですが、私に頭が上がらない立場ですので便利に使ってます。特にジルニアさんは私とリムを崇める狂信者になってますので、二つ返事でなんでもしてくれてます。報酬はリムに触れる権利。雑用程度でリムに触れる事が許されるのですから、破格ですよね?
「おいらはてっきり、リムに持ってもらうつもりだと思ってたから、何も言わなかったんだけど」
「それもまぁ、やってくれるかもしれないですが……あんまり便利な道具扱いしたくない気持ちもあります。どうしても意思が希薄なので、なんかそういうのは、ちょっと嫌です」
『それだとお前の言う雑用係は便利な道具扱いされてる訳だが……一体誰の事だろうな?』
リムと彼らを天秤にかけたらどちらに傾くかは明らかですよね。そもそも彼らは私に害をなそうとしたのです。五体満足でしかも村に居場所があるので寛大な措置と言えます。未遂に終わったとはいえ、やろうとしたことは拉致監禁、その後もひどい計画に巻き込まれるかもしれなかったのです。首謀者がその時点で計画を変更していた故に、捕まったところで逃された可能性はありましたが。
彼ら三人はその辺りを弁えてるのが大変よろしい。便利使いできる駒として手元に置いておきたいですよ。
「それじゃ、荷物は一旦ここに置いていこうか。他のワーカーもいないし、持ってかれる心配がないのは気楽でいいね」
集めた物資を放置すれば、他のワーカーに持ち出されてしまう事も考えられます。ワーカーは大事な職業ですが、個人主義ですからね。荒くれ者も多い。アマリが一人で仕事したいって言っても、しばらくは影から見守りましょう。不埒な輩は呪いを押し付けてやります。
それはともかく。
「現状はワーカーの訓練としては最高の条件ですよね。その分、お仕事をこなしてもお金にならないのは、考えものですが」
アマリからしたら故郷の助けになるのでまた違うのかも。でもお仕事をする以上、報酬が発生してほしいなと思うのは、労働をする上で健全な要求ですよね? お小遣いくらいは欲しいです。
「報酬ならマルセナが用意してくれてるよ。お金じゃないけど、イコナの喜びそうなモノだったよ」
「姉さまが喜びそうなもの……仲良くなってるつもりなのに、全然わかんない……」
肩を落とすアマリですが、まだ出会って一ヶ月も経過してないんですよね。自然な事のはずなのに、私もアマリが好きそうなモノ、と問われて答えられないです。あれ、ちょっとショック? これが竜の同族意識ですか?
「…………そもそも私の喜びそうなモノって、なんでしょうかね…………はっ、もしやコロニーの一等地に工房付きのお屋敷ですか? それは間違いなく喜びます。もしくはキャラバンの交易で得られた利益の何割かを譲る旨を記した正式書類? うぉおおお! 楽しみになってきました!」
「あー……うん、おいらもイコナの事知ったつもりになってたよ。全然違うや」
リュミンとの付き合いは、アマリと一日差なので仕方ないですね。ついでに言うと一緒にいる時間はアマリの方が長くなりつつあります。
リュミンの喜びそうなものは…………お散歩券? ハグとかも喜びそうです。なんかこう、懐いてるわんこのイメージが強いんですよね。
「でも間違いなく喜ぶと思うよ。すごくいいモノだからさ。後のお楽しみだね。とりあえず、次は廃墟探索かな? ダクトテープとか、発電機だっけ?」
「あ、うん。あと兄様から、石材とか木材が収集できるか見て来て欲しいって」
「発電機……絶対見つかりませんよね?」
機械系の部品はとにかく存在が歪みやすく、正常に機能するものは少ない印象です。エンジンや発電機は特にそう。稀に燃料いらずになってる物が見つかり、高額で取引されますが、基本的に動かないか、爆散する印象です。遠くから石をぶつけるのが大事。
「キャラバンから物資が集まってそうな場所を教えてもらってるから、そこ探索してみない? そんなに危なくない場所らしいから。たぶん、発電機も運が良ければあるんじゃないかな」
そんなに危なくない。キャラバン基準の危険の少なさって、どの程度かわかんないです。彼らはワーカーとしては最高峰なのですから。
まぁ……リムがいれば大丈夫ですし、所詮ここは浅い層のパッチ。危険度が上がっても大したことないでしょう。問題は、アマリの判断基準が私やキャラバンのモノになってしまう事。
アマリの事です。きっとすぐにワーカーの別の駆け出しと仲良くなって、一緒に探索にでかけるようになるのです。そこで格の違いを見せつけてしまい、驚かれるのですよ。謙虚な彼女は間違いなく、師匠や先生が良かったんだと言うに違いありません。そして彼女の名声が上がると共に、人知れず私の評価も上がって行くと。そんな凄い人の営む工房はどんなモノを扱ってるんだろうと、人々が集まり、まさに千客万来となるのです。うひょー楽しみー。
アマリ、期待してますからね! と期待を向けると、彼女は嬉しそうに笑います。
「姉さまの好きそうなモノはまだわかんないけど、楽しい事考えてる時はわかるようになったよ。尻尾が持ち上がるの!」
「あと耳が少し動くよねぇ。物資集めは間違いなく好きだよねぇ?」
尻尾は自覚ありましたが、耳は自分でも知らない癖でした。本当に? なんかこういうの気付かれると妙に恥ずかしい気がします。
『その程度で得意げになられちゃ困る。こいつはお前らが思ってるより分かり易い。尻尾を波立たせてる時は感傷的な時で、耳を前に倒して一点を眺めてる時は、何かを真剣に考えてる時だ。ちなみにマジで元気がない時は』
「口しか出せないアノマリーが元気付けてくれるので感謝してますよおらぁ!」
目にもとまらぬ速さでポーチからシルバーの端末を抜き取り、爆ぜよ! と床に叩きつけてやります。何をやっても破壊できない手帳型の娯楽端末は、木の床に縦に突き刺さりました。
まったく、こんなやり取りも久しぶりです。村に居る間はずいぶん大人しくしてもらってましたからね。調子悪いのかと内心疑ってましたよ。
「さて、他に物資収集の競合もいないのなら、このまま目的地に向かいましょうか。ガンター、そこで見張りをお願いします!」
『お、俺様が悪かったが、パッチに放置だけはマジで勘弁してくれ……』
曰く、リバインドに巻き込まれるとどうなるか、彼自身わからないそうです。私と出会う前の周期の記憶が存在しないらしく、自身が生成されたばかりなのか、記憶を失い続けてるのか、あるいは長い事眠っていたのか、わからないとの事。
私だって、本気で置いて行くつもりはないです。そこそこ床に深く突き刺さった彼を抜き取り、ポーチに戻してあげました。その際、二つの視線がちょっとこう、変でした。
「……イコナさんのポーチには甘い物が隠されてますが、そんな羨ましそうな目をしてもあげませんよ?」
お菓子ではなく、氷砂糖ですけどね。ホントの非常食。頭痛や倦怠感がひどい時に食べる薬に近い扱いです。
アマリもリュミンも、互いに顔を見合わせてため息を重ねます。
「やっぱり仲がいいなぁって」
「羨ましいよねぇ」
それぞれ自分のリュックを背負って、先に外に出て行ってしまいました。そのまま道を進んでいってしまいます。
束ねたパイプと一緒に取り残された私は、ちょっとだけ考えて、該当する二人の心情を口にしました。
「これが嫉妬! お喋りアノマリーとの仲に嫉妬するとは、ガンターはあの二人に個のある生命として認められたという証明では? おめでとうございます!」
『嫉妬はあってるだろうが、論点がずれてるぞ。お前はもう少し、向けられる好意に応える事を覚えるんだな。前のコロニーじゃろくに友人もいなかったんだろ?』
「ゆ、友人くらい………………………いましたよ」
『すまん。俺様が悪かった、言い過ぎた。頼むから無言でポーチから出さないでくれ』
自分でもわかるくらい、真顔で答えてましたね。仕方ないじゃないですか。ニアラに拾われる前は仲間すらいない底辺ワーカーだったし、ニアラを友人と思った事、無いです。
親しかったし、互いに心地よい距離感を保ってたし、頻繁に会って話をして、最後には唯一味方もしてくれましたけど、友人でいいんですかね。
あいつは、私を誰かに紹介する時なんて言ってましたっけ。覚えてないです。どうでもいい、なんて口が裂けても言えない奴なのに。
なぜこんなにも薄れてしまっているのでしょうか。思い出すだけで尻尾が床を撫でるというのに。なぜこんなにも、私は彼女を思い出せないのでしょうね。
「姉さまー、いくよー?」
遠くからの声に、耳がぴくりと動きます。振り返り、足を前に出そうとすれば思考の残滓が足を重くするのです。踏みとどまれば、何か思い出してしまう気がしました。
もう戻れないし、会う事は出来ない。ならば、前に進むしかない。軽い足取りで、過去から逃げるように。逃げるならば、思い出せなくても仕方ないのです。
リバインドはあらゆるモノを歪ませる。キメラにも影響があるなら、私の心も、記憶も、歪んでいてもおかしくないです。
実は私もとっくにアノマリーだったりして。それなら、リムやガンターと仲がいいのも納得ですね。
本物のイコナさんはどこかで平和に暮らしてて、私は偽物だったりして。呪術も実はアノマリーとしての能力とか。
あるいは最初からアノマリーだったり? ロマンはありますが、怖いお話です。子供を寝かしつける作り話じゃあるまいし。鼻で笑っちゃう妄想ですよ。
実話であるはずがない。例えそうでも、私は私なのでどうしようもないのです。




