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P4TCHW0ЯK_W0R⧉D  作者: 哉守柚栞
第二章
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27/29

プロローグ DΣF⧉NIT⧉⧉N ⧉F HΛPP1NΣSS

第二章もよろしくおねがしいます


 霧、と呼ぶには雑すぎるものの、ソレを形容するのは最も近い言葉なのだと思います。

 色は白色。細かい粒子状で空気中に漂い、地表近くに滞留する性質がある点は、霧に酷似しています。また、遠方から観測すると完全に普通の霧にしか見えない性質があります。

 一方で近距離では、白色の粒一つ一つが四角い粒子になっており、中心部分がやや暗く灰色がかっております。空気の流れに関係なく層状に重なって、それぞれが滅茶苦茶に流動している様子が観察できるのです。

 時刻は痩せた月が頂きの先へ降り始める深い夜。歪な霧が音も無く遥か天まで重なったコレは、見る人によって感じ方が違うのだとか。

 ある者は恐怖を。またある者は望郷を。神聖さを見出し、霧に魅せられ自ら中へ踏み込む者も。

 奇妙な事に、私はこの霧に美しさを感じています。眺めていると心の底が揺さぶられるような、理解の及ばない狂気的な芸術を前にしたような確かな魅力が、生きてそこにあるような気がするのです。

 忌避すべきものであり、二度と触れる事など無いとは頭ではわかっているのに。誘われているような気さえする。本来の居場所はこちら側なのだと。

 狂い、歪んでしまえば、あらゆるしがらみから解放されて自由になれる。

 壊れた世界に嫌気が差したら、いっそ自身も壊れてしまえばよいのです。そんな考え方が正しく思えてしまう。

 リバインドはあらゆるモノを歪ませると言います。もしキメラにも影響があるなら。

「……私の心は少しだけ歪んでいるのかもしれませんね」

 呟いて、濃いめのコーヒーを口にします。

 平たい岩に腰掛けて、豊かな香りと小さなランプの灯りに癒されながら、村の境界付近で静けさと狂気的な光景を楽しんでます。

 数歩先には踏み固められた土の道が石橋に続いていて、谷の向こう側を明確な境にして歪な霧が壁のように積み重なっています。村を囲う谷底から吹く風が、霧から村を守っているようにも見える光景でした。実際には、不可視で不可思議な力によって守られているのですけど。まぁ、不可思議と言うには私は色々知りすぎてますねけどね。

「アンカーは正常に稼働してます。どうです? 全部上手く行ったでしょう?」

 金属カップを口元にあてて、誇らしげに笑みを浮かべて問えば、傍らに置いたシルバーの筐体がため息交じりに応じます。

『本当に全て計画的だったってんなら、荷物をまとめて逃げ出す準備なんざしないはずだろうが。このまま飛び込んじまうのかと』

「なんと失礼な。荷物は普通に整理して、いつも通りリムに持ってもらってるだけですよ。持ってもらうというか、収納に近いのかもですけど」

 村での滞在中、基本的にお借りしてる部屋を空ける時は荷物は全部片づけた状態にしてます。最低限の荷物だけは自分で持って、残りは大鞄に入れておけばリムが管理してくれますし、いざとなったらいつでも取り出せるのは本当に助かります。なお姿を隠している間、どこにあるのかは不明。

『ご丁寧に書置きまで残してか? 固焼きのパンもいくつか缶詰と交換してるよな。瓶詰も、調味料も』

「それは……あれです。コロニーで売れば高く売れそうだからです。書置きはただ、先に用意しておいてきただけじゃないですか」

 数日前に交換してもらった保存用に硬く焼かれたパンと野菜を酢で漬けたピクルスは缶詰よりも価値が高いはず。新鮮な食材を使用しているだけで価値がある世界なのです。

 お借りした部屋はシーツまできれいに整えて、その上で机の上にお世話になった旨を記した手紙を置いてきました。食堂の主であるマーニさんには大変お世話になったので、口頭では伝えきれない感謝があります故、想いを先にしたためておいたに過ぎません。

 なんて言い訳を、ガンターは見破ってるわけで。呆れるように言われちゃいます。

『村を救うついでに、一人の命を救ったんだ。結果に不満は無い。だが、お前はてっきりコロニーへ辿り着く為なら、何を犠牲にしても構わないぐらいの覚悟があるもんだと思ってたからな。まさか、誰彼構わず助けるようなお人好しだったとは驚きだ』

「本気でそう思ってるなら、勘違いなのでご安心ください。残念ながら、イコナさんは聖人ではありませんので、無条件で誰かを救うなんてことはしません」

『なら聞くか。出会って数日の小娘の何が気に入った? そいつはもちろん、お前の救う条件ってのを満たしたんだろう?』

 数年に及ぶ放浪の末に、辿り着いた場所で出合った白い竜の娘。竜のよしみというか、個人的に距離をぐいぐいと詰められて、なんやかんやで助けてあげました。

 彼女は幸運のウサギを捕まえる事に成功したのです。

「……この世界で、私は特別な存在です。そう自覚するくらいには、毎日パーティのお誘いが来ていたんですよ。全部断ってましたけど」

 少しだけ遠回しな言い方をしても、ガンターは理解してくれます。聞き返さないのがその証拠。

「何も知らなかったとはいえ、純粋に仲良くしようとしてくれたのが嬉しかったんです。そういう人付き合いは、前のコロニーでは得られないモノでしたから」

 この歪み壊れた世界で、人の悪意なんて向けられた事の無いような純粋さ。自身の行く末を悟り、見据えて、その上で腐らずに良い人であり続けようとした彼女の意思は賞賛すべきモノだと思うのです。

 だからこそ、ご褒美に私がこの村に導かれたのかな、なんて考えもしちゃいます。運命は私の力で捻じ曲げられちゃうので、幸運がそれを成すのです。

『お前が誰と付き合おうが俺様には関係ない。俺様は本来ただの傍観者だからな。だがこれだけははっきりさせてくれ。実際、お前自身は何を目指してるんだ? 友達がたくさんほしいって訳じゃないだろう』

「んー…」

 コーヒーを一口飲んで、苦みと香りを存分に楽しみます。

 長い孤独で自身と対話する時間は十分にありました。自分の事はよくわかってるのです。改めて言語化するのは、少し言葉を選んでしまいますけど。

「……幸せになりたいから、ですかね」

『…………お前がか?』

 誰かのため、ではないのです。自分のため。

「極端な話をすれば、幸せにさえなれれば、コロニー暮らしなんてどうでもいいです。ただ、幸せになれる確度が高いのがコロニーでの生活なだけですから」

 ガンターは沈黙で先を促します。尻尾が揺れ、自分の行動原理というやつを紐解いて、言葉にしてみました。

「私は私が幸せになるために必要なのは、自身の選択に納得しているかどうかが重要だと思うのです。つまり、他者を犠牲にしたり、使い捨てにしたり、なにかしらで後ろめたさを感じてしまった時点で私の求める幸福には繋がらないと思うのです。寝覚めが悪くなる思いは、もう充分です」

 夜空を見上げてみると、星屑の一つが尾を長く引いて落ちていくのが見れました。ほんの一瞬だけでしたが、珍しものを見ました。

「助けられるものは助けて、恩を売れるなら売って。やりたいようにやって上手く行けばいいし、失敗しちゃっても、自分の選んだことだからいいんです。きっとこの先も変わりません。イコナさんは難しい顔が似合わないそうなので、気ままに生きる事が幸せにつながるのです!」

 年単位の放浪を経て、せっかくまっさらな状態になったのです。しかもガンター風に言わせれば、強くてニューゲームの状態。後悔はしない選択こそが大事。

『……自由とは程遠い俺様からすれば、羨ましい限りだ。お気楽主義の小娘に連れまわされるしかできないんだからな』

「嫌なら別の方に譲渡しても良いのですが……」

『今更勘弁してくれ。まともな奴を眺めてても退屈なだけだ。俺様の世界の主人公様みたいにな。真面目な話、お前がこの先どんな風に生きるのかは興味がある。おまけに放っておいても死にはしないだろうからな。気を抜いて眺めるにはちょうどいい』

 素直にイコナさんと一緒に居たいと言えばよろしいのに。私の方も、今更手放す気なんて無いですけど……査定額は気になりますよね。あと、アーティファクトとして加工できるのかどうかもすっごく気になります。

 喋る武器とか、ロマンありますよね。人形に宿っていただくのも良いです。動けるようになるなら縫いぐるみでも文句ないのでは? リボンの似合うクマなんていかがでしょう。

『俺様の興味が無くならないようにな。せいぜいお前の言う幸せって奴を目指してくれ』

 目指す幸福。それはきっと、遠い先にあるのでしょうね。そこに至るにはただ、重ねていくしかありません。

 いずれにせよ、私の方針は変わらない。

「我が侭に生きるだけです。気楽に、自由にね」

 誰もが寝静まる、深夜零時。石橋の向こう側は、リバインドと呼ばれる世界最大のアノマリー現象の最中です。少し前までは、あの中で夜明けをじっと待っていました。

 慣れない頃は不安で震えて。ガンターと出合ってからは強がるようになって。最近じゃ、リムのお腹で遊びながら夜明けまで待ってました。寝落ちなんかもしちゃってましたね。

 今は不安は少しだけ。霧が村に入り込まないのは、アンカーが機能してる証拠です。あとは、霧が晴れた後も、外の景色が遺跡群がある大平原であればいい。それでこの村に関する問題は完璧に終わりになります。

 もし違ってたら……なんて頭の隅で考えますが、不安をかき消すくらいに自称学者の狐狼が頭の中で知識を披露するもので、残響に慰められるのもアレなので、結局はコーヒーを飲み終えた後は大人しく仮宿へと戻るのでした。

 手記と言うには分厚い手帳に、日記のような感覚で色々な仮説を知識と織り交ぜながらしたためていく。そうしているうちに眠気がやってきて、穏やかに眠る事ができました。


 翌朝、村の外は昨日と同じ、起伏の無い大平原。隣接パッチが固定された事が証明され、かつてセトルメントと分類されていた放浪する村はようやく、小さなコロニーとして世界に根を張ったのでした。


 これが問題になるなんて、この時は微塵も思ってませんでしたけど。



End_Definition of Happiness /幸せの定義

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