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P4TCHW0ЯK_W0R⧉D  作者: 哉守柚栞
第二章
PR
29/29

第一話 ⧉1GΛЯ (2)

 大平原に点々と存在する遺跡群は遠目に見ると小さく見えるのですが、中に立ち入ればかなり広い空間である事がわかります。外から見た時に遺跡を覆う木々がこんなに大きかったかな? と思うほどに。

 平原部分が広すぎて遠近感がおかしい、というのは確かにありますが、パッチ領域内において特定の場所が外観以上の広さを持つのは、よくある事なのです。空間の歪みってやつです。何気なく開けたドアの先が窓から覗き込んだ部屋と違う事もありますね。ひどい場所は迷宮化もします。

 水道管を放置した後。リュミンを先頭にアマリ、私とリムが続いて同じ遺跡群を移動しているのですが、頭上を覆う木々はぐんぐん高くなって、いまや若いのに建物の十階層ほどの高さで青空をドームのように覆ってます。幹も枝も細い癖に見えない天井を這うように巡らされた枝はまるで生き物の毛細血管のようにも見え、眺めてるとなんか、変な気分になります。

 木々の隙間を抜けた木漏れ日は細く、それ故地上を歩いてる我々の所に来るときには枝葉の影はぼやけて残ってません。だけど時折大きな穴でも開いてるのか差し込む光が強い部分があり、遺跡群に差し込む光の柱となっていました。

 左右は灰色の旧時代の遺跡。二階か三階のどちらかがテラス構造となった高層廃墟で、苔や花の咲いた蔦やらが絡みついて彩りがあり、建物間の道路は大部分が雑草の生えた土や落ち葉に覆われています。道路ではごろごろとひっくり返された石のプレートやら、アスファルトが雑草達に蹂躙に耐える様子を伺えました。そこに香りづけ程度に浮いたまま固定されてしまった瓦礫やら、持ち上がった地面を加えて障害物にすれば、遺跡群の景色が完成します。

 変異してない小鳥が飛んでたり、空き缶が落ちてたり。陸上の獣の類はアノマリーを含めて姿を見せず、道中は平和そのもの。危険というほどの危険も無く、あくび交じりに付いて行ってました。

 十字路を左に二回曲がったところまでは。

 そこまでは左右の廃墟の前は石畳で、挟まれるようにアスファルトの道、という規則正しさが続いていました。しかし、十字路を曲がった直後に、腐葉土で覆われる量が多くなり、道は四角いエリアで切り取られてモザイク状に配置されている事に気が付きます。ついでに看板の表記もぐちゃぐちゃになって、見てる間に矢印や文字が変化してしまう異常性を見せてました。

 腐葉土が一生懸命異常性を隠そうとしてるのに、看板が台無しにしてるみたいです。十字路に必ずある金属の柱も、枯れた蔦の奥で特徴的な三つ目に黄色い光を湛えてました。

 こういう異常が現れた時はかなりの確立でそれまでに無かったアノマリーが増えたり、アノマリーの性質やら法則性が変化した時。つまり、より異常な場所に踏み入った証拠。危険度が露骨に増しますので、特に駆け出しワーカーは注意が必要。知らないうちにお腹にガラス片がめり込むのは嫌ですよね?

 今回は性質の変化が主なようでした。

 建物の瓦礫なんかが地面に落ちず、空中を漂うままになっている、というのはよくある現象なのですが……この辺りの瓦礫のいくつかは固定されておらず、重力から見放されて気ままに空中散歩を楽しんでいたのです。

「……玉?」

 見上げたアマリが首をひねったのは、空中に漂う瓦礫の中に丸い、緑の玉があったから。

 よく見るとその玉は滅茶苦茶に巻いた毛糸玉にように、細い紐状の蔦が何重にも巻き付いたものなのです。そんなものがいくつかあるのです。

「おそらくアレは浮遊する瓦礫についていた蔦が成長したものです。ゆっくりと回転しながら瓦礫に絡まって行き、そのまま成長が続いてあのような玉状に成長なったのではないでしょうか? 内側は既に枯れていて、外側の緑の部分が伸び続けてるのかも。きっと途方もない年月が掛かっているのです! パッチ内で悠久の時を演出するためだけの存在なのかもしれません!」

 大小さまざまな大きさの緑の玉は普通の瓦礫の中に混ざって無秩序に浮かんでいて、枝の天井近くに漂ってたり他の瓦礫にぶつかり、ゴッ、と鈍い音を立てて跳ね返されたりしてます。とてもゆっくりで、危険には見えない。アノマリーに翻弄される植物って感じですかね。

 すぐ後ろにいるリムの顔を見てみれば、二つの目が細く開いてる程度。赤い瞳と視線がぶつかり、蔦球に目もくれず私にご熱心な彼に、表情が緩んでしまいます。

 一体いつ毛繕いをしているのか、闇より深い黒の毛並みは整えられたように美しく、足元に濃い影を作っています。尾羽のような尻尾もキレイに広がっていて、音も無く静かに付いてくる姿は頼もしい。首から下げた横向きになってる大鞄はあふれ出る威圧感を緩和し、闇の中のふわふわのお腹の毛が私を誘ってるような気さえします。私がリムに飢えてる時は、疲労が蓄積し始めたというサイン。精神汚染に気を付けないと。


「ゔっ!」

 

 くぐもったうめき声は自分の口から。背中に突然物が押し付けられ、仰け反ってしまいました。

 逃れるように背中を丸め、計らずとも正面方向、大鞄をくぐって越えてリムのお腹の影に逃げ込みました。何にぶつかったのかと振り返った時には先を進んでいた二人も振り返ったところ。自慢の耳にはふわふわの感触。視界を広くするためか、リムが首を上げて大鞄を避けてくれます。

「あれ、姉さま?」

 私を探すように辺りを見回すアマリ。一瞬、透明人間になってしまったかと思いましたが、リムの巨体が作る影に入っているので、完全に闇に同化しているのでしょう。後頭部でふわふわのお腹の毛を楽しんでる私の姿は見えないのです。

「ちゃんと居ますよ。よそ見してたら、そこの小石が腰にめり込んだだけです……」

 私の腰に押し付けられたのは、浮かんでいた一握りの石。周りの瓦礫は自由に漂っていますが、地表近くの礫のいくつかは、相変わらず空中に固定された状態。

 絶対安全な領域である、リムの懐から小石を小突いてみますが、不動。さっきまでこういう細かいのは無かったんですけどね。視線を動く物に誘導し、地味なモノで嫌がらせをする、そんな悪意を感じます。尖ったものじゃなくてよかった。私の衣類はナイフくらいなら防げるそうですけど、幸いな事にまだ試したことないのです。試したくない。

「イコナはこういう地味なの苦手なんだね。見えない壁もぶつかってたよねぇ」

 リュミンは腰の高さの小石に蹄を乗っけて、ひょいと登って見せます。手のひらにも満たない面積に乗った上で一切ふらつかない驚異的なバランス感覚。ヤギの特性ですかね。

「……逆に二人ともよくこんなの気付きますね。ガラス片とか、露骨に命を狙ってます、っていうのなら私も気付くんですけど」

 私と言うか、リムが。ちょっと痛い思いをする脅威には、頼れる相棒は反応しません。もっと過保護になってくれてもいいのですよ? もしや反応を楽しんでる? さては懐に私を招き入れたかったのですか? それなら抱き寄せてくれてもいいですよ! このまま猫のように香箱座りとやらをして押しつぶされてもいい。

 今後のリムの行動に期待しつつ影から出ると、アマリが何か思いついたようで、ぱっと手を差し出してきました。

「それなら姉さま、手を繋いでいこうっ!」

 疲れを感じさせない明るい笑顔。蒼玉の瞳が輝いていました。これ、手を繋ぎたいだけですよね。

 ……彼女が私を敬愛してくれているのはよくわかってるのですが、どうも接触欲みたいのがあるようです。私もリムに触れたいという気持ちがあるし、抱き枕にしてる時は本当に幸せですからね。気持ちはよくわかります。おまけに私はアマリとの体格差的に、抱き着きやすいサイズみたいですので。

 別に触れられる事自体は嫌じゃないです。でも、逡巡する理由はちゃんとあるのです。

 向けられる好意に応える? 構わないです。構わないんですけど、こう……踏み込みすぎると歯止めが利かなくなる気がするのですよ。

 私の方から尻尾とか角とか、肌のあっちこっちに浮いてる鱗とか撫でまわすようになりそうで。自制してるんですよ? 距離を置いてるんじゃないです。耐えてるだけ。

 耐えつつ、そういう事しても嫌がられない距離感を計ってるのです。それを知らずにぐいぐい距離を詰めて誘うような事をして…………だからコロニーでの生活が心配なんですよ! 異性にやったら勘違いする奴が大量発生するじゃないですか! そこに私からのスキンシップを増やしたらどうなるか。

 彼女の常識が歪み、このくらい姉さまにいつもやられてるよ? なんて気軽に他者に触れられる事態が発生し、調子に乗った輩がべたべたとアマリに触れるのです。そんなのさすがにカイリスに顔向けできなくなるし、私も許せる気がしません! 残酷な運命を押し付ける呪いを無差別にぶちまけかねない。

 もしやコレがカイリスに課せられた、アマリに降り注ぐ彼の介入できない彼女の危機? アマリを生かすために確定で試練が訪れると定めましたが、こんなにも早く運命の歯車が回りだしてるとは。よもや私が原因で試練への道が拓かれるとは思わなんだ。

 命の危険なんかよりよほど悪質で厄介では? カイリスの望む純真な妹の像が失いかねない危機って事? 運命を紡ぐこの世界の何者かは、そういう展開がお望み? 嫌いじゃないですが、私が起因となるはご勘弁願いたい。

 しかし、考えてみればアマリの方が異性の視線とか、接触に対して過剰とも言える反応をしてましたね。着替え中に部屋に突入されたり、薄着をしているだけでも慌てふためいたのを確認済み。兄相手にあの態度なので、私なんかより恥じらいがありますね。

 ん? 爆速思考の中で若干ノイズが混じりました? 恥じらいくらいあります! たぶん。

 結論、私が考えすぎ。リムの影から出てきた私は、平静を保ち、手袋を外して待っていたアマリのすべすべの手を取るのでした。

 何にせよ、このぐらいで起こる問題であるはずないです。ない、ですよね?

「……えへへ」

 リュミンの視線もはばからず、笑顔になるアマリ。彼女の方が身長もあるし、手も大きい。どっちが姉かわかんなくなりますね。にぎにぎされちゃいます。手、冷たいです。生き物特有の冷たさというか、水竜だからですかね。尻尾の膜とかどんな感触なのか触ってみたくなる。

 アマリは手首のところに鱗があるんですね。乙女の柔肌とは違うしっとりとした感触。竜の鱗って硬質なイメージがありますが、柔らかいです。場所によるのかな。頬の鱗もそうなんですけど、色白だから見た目は全然目立たないんですよね。日焼けしたらさぞかし美しい模様になってるに違いない。

 そんな彼女ですが、私と手を繋げたことで何か満足するものがあったようです。とてもよい笑顔。

 竜の同族愛を見せつけてしまってますね!

「リュミンごめんなさい。あなたの愛弟子はどうやら私にメロメロみたいです。これも幸運ウサギで竜でもある私が魅力的すぎるせいですね! つまり仕方がないので諦めてください!」

 私よりアマリの様子を微笑ましそうに眺めていたリュミンは、浮いた小石から飛び降りてから言いました。

「イコナが色んな理由で魅力的なのは認めるけど、おいらはアマリが外のコロニーでもそうやって距離を詰めちゃうのかなって心配かなぁ」

「…………わたしも誰でもいいって訳じゃないんだけど……姉さまは師匠が信じてたからいい人って判断したし、ちゃんと距離は測ってるつもりだよ?」

 彼女も自覚が少しくらいあるようでそこは安心です。リュミンも同じ心配してるのはなんか安心ですね。出会って一日も経たないうちに寝ぼけて抱き着いてきたくせに!

 リュミンは歩みを再開し、私はアマリと並んで付いていきます。

「アマリの信じた人を信じるところとか、誰でも尊重しようとする姿勢はおいらも気に入ってる部分だけどね。でもワーカーの全部が良い人じゃないからさ。コロニーでの仲間選びはもっと慎重になった方がいいかな。例えおいらやイコナが親し気に話しててもね」

「師匠まで……同じこと、村のみんなにも言われてるんだけど。姉さまにもさっき言われたし」

 アマリが村を出て行く話は既に村中に伝わってます。お別れの挨拶とか、小さい頃は、なんて話で捕まってる所を何度か見てます。全部を聞いてはいないですが、共通して言えるのはアマリが村の人達に大事にされてきたという事ですね。

 私の目の前に浮いた小石が迫り、避けようとするとアマリが自然と左に逸れ、手を引いてくれます。よく見てますし、さりげない気遣いもできる。ワーカーよりもパン屋や食堂の看板娘の方がよさそうです。酒場はダメ。酔っぱらいの相手なんて許しません。

「キミは竜の姿が露骨に出てるんだからね。見た目もキレイだし、そういう新人を見たら良い人も悪い人もすぐに囲みたがるものさ。ましてや優秀な新人なんて形で目立っちゃうと、きっと面倒な事になると思うよ?」

「最初から活躍できるとは思ってないよ。まだまだ知らない事いっぱいあるし」

「謙虚になっちゃったねぇ。おいらと出会った時はあんなに自信があったのに。やっぱりドラコニアンの力を失ったからかな?」

「………え?」

 リュミンが左腕を上げて止まるように指示すると、その目の前を歩くような速さで苔むした瓦礫の塊が横切って行きます。鉄筋の飛び出していたそれは地面をごりっと削ると上方向に進路を変え、飛んでいきました。妙な跳ね方でした。

「姉さまから聞いたの?」

「カイリスからだよ。おいら、キャラバンの雇われをやめるって話をしたら、妹を頼めないかって頭を下げられてさぁ。竜の力は色々あって使えなくなったって話もされたんだよ。初対面は殺しに来てたのにねぇ」

 笑っちゃうよねぇ、と呟いて先に進みます。アマリは思考が追いつかないのか立ち止まってしまい、私が手を引いてあげました。師弟の会話を聞く機会は少ないので、傍聴に専念しつつ楽しみます。

「え? あれ? 師匠キャラバンから抜けちゃうの? 村のワーカーになるってこと? そこに兄さまが何か依頼したってこと?」

「依頼っていうか、一応友人としての頼みって感じかな。それと、キャラバンの雇われじゃなくって、今後はイコナの雇われになるんだよ」

「ん? 初耳なんですが?」

 反射的にお返事したら、リュミンってばつまずいて落ち葉の中に滑り込んでしまいました。転倒の原因は、旧時代の飲料の空き缶。どこにでも湧く、不動の特性を得た嫌がらせ系低級アノマリーです。

「言葉一つで冷静さを失うとは。ただの出っ張りと化してる空き缶に引っかかるなんて、リュミンもまだまだですね! これはワーカーとしてもイコナさんの方が上になってしまうのでは?」

 起き上がるリュミンは黄色い頭に落ち葉をくっつけておりました。額の突き出た短い角にも落ち葉が刺さってます。

「うん……えっと、あれ? おいら専属の件言わなかったっけ? ほら、おいらの目の前でイコナが力を見せてくれた時」

 戸惑ってるリュミンも珍しい。頬を叩かれ張り倒された女の子みたいな座り方して振り返るリュミンに、私は首をかくんと傾けて事実を告げます。

「雑談の延長みたいな形で冗談っぽく言われたのは覚えてますが、まさか本気だとは……」

「本気だよぉ! 確かに冗談っぽく言ったかもしれないけどさぁ!」

 ショックを受けて吠えるわんこ。さらにわざとらしく悲しい顔をして、目元を拭って見せてくるのです。

「うぅ、やっぱりイコナはおいらよりアマリの方がいいんだっ、なんならあの三人の方が専属で欲しいんだぁ……おいらはこんなにもイコナの事好きなのに……うわーん」

 動揺を誘う仕草のようですが、演技なのは見え見えです。このふわふわわんこはぽわぽわしてますが、隠し事とそのための嘘はいとわない狂戦士。狂気すら楽しみ、自制できる精神力の持ち主だと私は分析しておりますので、平気で罠を仕掛けてくると思うのです。

 好きなんて言葉ですら、自分の思うように会話を進めるための伏線ですよね。

「アマリはあくまで同居人、ワーカー業は個人で自由にしてほしいです。あの三人は専属ワーカーというよりは、雑用として扱える範囲に置きたいだけ。ついでに言うと、カイリスも近所に住まわせて執事的立場にして便利に暮らしたいなって思ってますよ! 専属は別に欲しいですけど、そもそも工房を構えられないと話にならないし、住む場所すら決まってないので気が早すぎます」

 工房はマルセナさんが一等地を用意してくれるはずなので楽しみです。あ、でも一等地は違うんでしたっけ。えっと、通りから離れてるけど海の見える高台にある広めの一軒家で、市場までは近くて崖を利用した窓付きの明るい地下室のある、電気水道ガスまで使用できる生活重視の工房って話でしたね。夕日を眺めながらのんびりしたり、海で泳いでみたりできるのです。楽しみすぎる。崖部分を拡張してベランダなんか作って午後はそこで優雅にティータイム! 最高か?

 楽しい未来を妄想していると、泣き真似を辞めて捨てられ寸前わんこのジトっとした目で見られちゃいます。私は悪くないのに、そんないじめたくなる顔をされましても。

「おいらキャラバン抜ける事前提で動いてるんだけどさ。一緒にコロニーに行くの嫌がらないよね? 実はおいらの事嫌いとか言わないよね? 今更そんな事言われると傷付くんだけど……」

 捨てられたわんこを拾うかどうかを悩んでるような心境。キメラ個人を動物扱いするのは差別的で失礼な事なんですけど、私に対して心を開いてる節のあるリュミンは、犬扱いしても喜びそうな気がしてます。首輪とか喜んで付けたらどうしよう。ちょっと意地悪したくなりますね。

 尻尾が揺れて、口角をあがるのを我慢しようとしたら、にまっとした笑みになっちゃいます。

「嫌ってはいませんが、どうしましょうかねぇ。リュミンは確かに頼りになりますけど、色々隠し事されて距離を感じちゃいますし……」

「重そうだから断ったのはそっちなのにそんな事言うんだ! あーいいのかなぁ、イコナにならなんでも話せるように、キャラバンの秘密も教えていいってマルセナから直接許可も取ってきたのになぁ。普通は誓約書とか書かされるような内容なのになぁ」

 ぴぴっと耳が反応しちゃう情報でした。キャラバンの秘密。きっと、コロニーを行き来する秘術。懐いてるっぽいわんこを引き取るだけでニアラが必死になっても知れない事を知れる。それは素晴らしい事です。

 再会は望み薄いですが、万が一にでも再会した時に自慢してやるために世界の秘密を握っておくのは大事。コロニー間を個人で往復できるようになったら、あらゆるしがらみから解放された旅人というのも本当になるのでは?

 アマリの助けになる知識でもありそうです。伝説級装備を販売する旅の職人もロマンある。

「それならば仕方ありません! 雇ってあげるので、せいぜい命の恩人でもあるイコナさんの助けになるといいですよ!」

「わぁいやったぁ」

 両手を上げて喜んで見せるリュミンですが、一般ワーカーになったのなら勝手についてくればよいのでは? と思わなくもないです。キャラバンに雇われるくらいの実力があるのですから、ワーカー業で困る事は無いでしょうに。

「えっと、つまり師匠も一緒に来てくれるって事? コロニーについてもお別れじゃない? 雇われってことは一緒に暮らすって事?」

 アマリの水竜の尻尾が泳ぐように揺れます。立ち上がったリュミンは、服に付いた落ち葉を砕くように雑に払い微笑みました。

「雇われだからって一緒に暮らすとは限らないけどね。イコナが許してくれるならそれもいいなぁ。あ、まさかとは思うけど、アマリはイコナと二人きりが良いとは言わないよね?」

 翡翠の瞳の向く先は、尻尾と繋いだ手でした。視線に気づいたからか、アマリは尻尾を立てて答えます。

「言わない! 師匠もいてくれるなら頼もしいし、みんなで暮らすの楽しいと思う!」

「ほんとにぃ? 大好きなネエサマと二人きり、甘々な生活が邪魔されそうだなとか思ってないよねぇ?」

「……………………思ってないよ」

 声が小さい。顔も背けないで言って欲しかったです。独占欲ってやつですかね。さりげなく手も離されます。

「ほ、ほんとに師匠が来てくれるのは嬉しいよ? ほんとだからね?」

「うんうん、わかってる。わかってるからねぇ。一日でもはやく独り立ちできるように、今日はとっておきの事を教えちゃおうかなぁ」

「わぁん、意地悪言わないでぇ! ほんとに嬉しいのに!」

 歩き始めてしまうリュミンに泣き付くように駆け寄るアマリ。壊れ歪み果てた都市の中、緊張感の無い平和な光景です。

 リュミンが一緒に来てくれるなら、アマリの事は心配なくなりますね。基本的な部分はリュミンに頼ってもらって、私は知識とか道具関連で力になれればいいかなって思います。雇われとしてのお仕事は、当面アマリの指導という事。

 工房の立ち上げに集中できるのは、正直ありがたいです。村のアレコレで出発の目途が立っていないのはモヤっとする状況ですが……それを解消するためにこうしてパッチに赴いているのでした。

 乱雑に立ち始めた看板、それに浮いたまま不動の特性を得てしまった細かい礫を避けながら二人の後をついていきます。その間にも、リュミンはアマリに探索時の注意点を指導してます。

 こういう移動を制限される場所ではどこを警戒して、どう視線を動かすべきか、物資のありそうな建物の特徴、危険度の測り方と考え方、それを質問としてぶつけてアマリが答える形でした。

 私としては、さすがだなぁ、なんて思いつつ、改めてリムのありがたさを感じる内容です。私だって警戒はしますが、視線の向け方まで意識した事ないです。浮いた小石とか、脅威としてはかわいいものですよ。

「リムにご褒美をあげたくなりますね」

 呟いたところで、ジャケットのフードに爪をひっかけられて立ち止まるように促されました。首が閉まる前に立ち止まれば、一拍置いて頭上から大きな蔦の玉が目の前に落ちて二人の姿を隠すのです。

 ごいん、と妙な音を立てたそいつは跳ね返って行くのですが、その個体は大きな赤い花が咲いてるのですけど……えっと、中央に口が付いていました。

 口。なんか鋭い歯が生えてて、はっはっと興奮したように息をする口です。妙に甘い口臭でした。

 上空へ跳ね返って行く蔦玉ですが、耳を澄ませると玉の内側から小鳥のさえずりが聞こえていました。中に巣でもあるのかなと思いましたが、一羽の小鳥が蔦玉の上に止まると、ぴぴぃ! なんて声を上げて、こう、お肉を液体とかき混ぜる音が響くわけです。ぱたた、と赤い雫が落ちてくるのもなんとも言えません。

「うわー…」

 まさかの肉食植物。絶対に触りたくない。内部から聞こえる小鳥の声は、得物の声を真似してるのです。地面からは離れちゃってるし、光と水分だけじゃ栄養が足りないのでしょうね。アマリも気付いたようですが、わー、なんて感心してました。変なモノを沢山見るのが彼女の夢の一つなので、きっと楽しいのです。

 見上げれば花の咲いた蔦球がちらほらと見られるようになってます。特殊環境で進化したのか、より深い領域に踏み入ったことでアノマリー化してしまったのかは判断がつきません。

 あと、道の上に水たまりが見えるんですけど……絶対ただの水たまりじゃないです。甘い匂いがするし、たまに蔦球が「おえ」なんて言って消化液を吐き出してますから。きちゃない。お肉を食べる系植物なので、触ったらただでは済まない。

「あの、リュミン? この辺りで物資集めしませんか? ちょっとした油断で頭から溶かされちゃうのは嫌なのですが……」

 私の提案に、少し先に進んでいた二人は立ち止まります。

「そうだねぇ。ニブレットの言ってた場所もこの辺りだし、それじゃ左の建物にとりあえず」

 左を指さした直後、リュミンが息を呑むように言葉を切ります。次いでアマリも足を止め目を見開きました。

 何を驚くようなことが? リムが居れば大抵の脅威なんて叩き潰せますので安心を、なんて思いながらそちらを見れば、さすがの私でも驚いてしまうモノがありました。

 気付かなかったのは、それが建物の内部に構築されていたからです。道からは視線を向けなければ完全に死角でした。

 薄暗い高層廃墟。その入ってすぐの場所に、机や棚でバリケードが構築されているのです。アノマリー的な、パッチ的な廃墟ではないです。明らかに誰かが居て、脅威に対して備えた物。

 隣接パッチは、一週間ちょっと前に固定化された村しかありません。直近のリバインドは三日前。この三日の間に、キャラバンもしくは村のワーカーが前哨基地を築いたのかもしれません。特にスカウトと呼ばれるキャラバンの調査隊はパッチ内の地図を作る専門家ですので、十分ありえる事。

 でもそれは楽観的思考。お気楽主義の私が望む、平和で最良の物。それを否定してぶち壊す存在が居て、目を疑う存在を、リムが六つの目で脅威足りえると証明するのです。


「伏せ ぉ!」


 聞こえた声は私が出した物ではない。リュミンでもアマリないです。だけど私達は、音が消えたような欠落した怒声に従い、その場に身を屈めるのでした。

 耳を押さえて座り込み、癖のように巻き付いてきた尻尾を抱いて小さくなった直後、慣れない破裂音が廃墟に響きます。

 豪快かつ軽快、混ざる金属音は触媒が床に落ちる音でしょう。高性能なウサ耳は連続する音を聞き分け、廃墟のバリケードから放たれる光の正体を理解させてくれます。

 光の発生源は一つ。狙ってるのは私達じゃないです。狙われてるのは、闇より深い黒の異形。大丈夫、この子はこんな事ではなんともならない。落ちてきた潰れた金属がそれを証明してます。それでも続く射撃音に、不安になる。

「お前達! はや こちらへ!」

 音が止み、バリケードの向こうの人影は手元の道具を操作。バリケードで良く見えませんけど、すぐにそれをリムに向け直しました。

「何 している! はや その化け から れろ!」

 慣れない音に心臓が跳ねてました。息苦しさも感じる中、私は立ち上がり、リムへ振り返ります。

 六つの目を開き、何事もなかったように屹立するリム。二つの目は私に向いていて、残りはバリケードの向こうへ向けていました。何事も無いです。よかった。よかったけど。


「ぎゃあああ! 私の鞄がああああ!」


 信じがたい光景に頭を抱えて絶叫、リムの首から下げられてた鞄、穴だらけになってました! まるでハチの巣!

 限界を迎えたのか、大鞄はびりぃ、という断末魔を上げて中身をぶちまけます。がらんこ音を立てて私の私物が足元におちました。中に入っていた大量の缶詰や野営道具が破壊されて様々な液でびしゃびしゃで鍋やらコロニーでそれなりの価格で取引されるであろうガラクタが原型を留めないほど無残な姿になっていて放浪生活の集大成が破壊の限りを尽くされています!

 あぁ…リフレクト・ゼロまで破損してます……特有の鏡のような輝きを失って……絶対これに命中して、鞄内の被害を広げてますよね? 適切な処置無しに外気に触れたからか、アノマリー特性を失ってしまっています。

 膝から崩れ落ち、邪竜のススメが目の前に。革表紙の手記。幸い、油か何かでちょっと汚れただけでした。これを失っていたら……私は絶望で立ち直れなかったかもしれません。むしろ破壊したら呪いがぶちまけられて大変な事に。

 不幸中の幸いってだけで、不幸なんですけどね? 貴重品故にリムに預けてたのに……あ、眩暈がする。このまま横になってふて寝したい。私が、なにをしたというのか。

「………私の、放浪生活の集大成が……これを売る事が放浪中の心の支えだったのに…」

 きついお酒の匂いと、おいしそうなシチュー缶の匂いと、ランプや携帯式コンロの油の匂いと貴重な香辛料の匂い……下着類も全滅です。電気を供給すれば使えそうだった、過去の遺物すまっほも壊れてました。深層と思われるパッチから持ち帰ってきた、過去を知れる貴重な資料が。ほんと、邪竜のススメが破損しなくてよかったです。

『気持ちはわかるが、今は警戒すべきもんがあるだろ。気を引き締めろ』

「……はい」

 ため息をつきつつ立ち上がれば、あばよ、とばかりに大鞄の肩紐も千切れてリムから離れて行きました。ふふ、あなたとも長い付き合いでしたね。大丈夫、無念を晴らしてあげますよ。イコナさん、本気になっちゃいます。呪術師を相手にするとどうなるか、見せてあげましょう。

 滅多に抱かない感情に尻尾の毛が逆立ち、されど冷静な自分を保って振り返ります。既にリュミンもアマリも臨戦態勢でした。リュミンは手に戦槌を、アマリはナックルガードを手にはめて、それぞれ身を低くして構えてます。

 怪我は無し。リフレクト・ゼロの反射に当たってもいない。はぁ……どうせなら反射してそのまま襲撃者に命中してしまえばよろしいのに。今日の幸運ウサギは不調ですか? 空の柱も無いですからね。

「お前! パッチ内で銃器をぶっ放すとか頭がおかしいですよ!」

 私は尻尾を立ててバリケードの向こうの影に怒鳴りつけてやりました。

「生物的な痛覚や急所に対して反応を示さないアノマリー生物に点で破壊する銃なんて使っても意味無いでしょうが! 遠隔武器は矢を使い可動域の制限が基本! 打撃や斬撃で部位の破壊をしないとアノマリー生物は無力化できないんですよ! アーティファクト化もしてない機関銃なんてぶっ放したところで騒音で増援を呼ぶばかりか無駄に耐性を付けさせるってワーカーの初心者講習で習わなかったのか! そんなご時世に銃を使おうとするロマンは認めます!」

 銃器を対アノマリー生物仕様にしたい気持ちは理解できるので心意気は良し! 技術的に優れた私の出身コロニーでも再現できませんでしたけどね! 今なら試してみたいことはありますが!

 思考がズレました。今は私の私物の破壊に憤る場面ですね。そして相手の出方を伺う番です。

 私の憤りをぶつけられた相手は完全に困惑。常識のない人です。しかし警戒心は十分にあるようで、バリケードの向こうから銃を向けたまま問うのです。

「……そ 生物を使 しているのか?」

「なんて言いました?」

 距離が少しあるからか、困惑交じりの声は途切れるように聞こえました。

「その生物を使役 ているの !」

 声を張り上げて問われますが、やはり欠損したような言葉。使役という言葉にはちょっと言い返したいですが、ややこしくなるので後回しですね。

「害はありません。なので警戒を解いてください」

 銃声の止んだ廃墟は声が通ります。しばしの警戒の後、相手は銃を一度降ろし、バリケードを迂回して前に出てきます。

「えっと、師匠、こういう時はどう対処するべき?」

「あー…これはおいらも予想外かなぁ」

 相手はこちらに銃口を向け、少しだけ膝を落とした状態で前に出てきます。陽光が斜めに差し込む中、姿を見せたのは、擦り切れた衣服を着た若い女性。

 色褪せたジーンズに、裾がほつれたシャツにはボロボロの防弾チョッキ。羽織るジャケットは砂色をしていて穴だらけ。口元はマフラーを何重にも巻いて隠してました。終末世界ファッションが極まってる感じですね! 廃墟を背景にする彼女はなかなかいい感じです。

「……そこの避難民二人はこ らへ。貴 はそのまま待機 ろ。質問に答えてもら 」

 避難民とは、アマリとリュミンの事でしょうね。当然ですが、二人とも動きません。

 何年も洗ってないような黒髪は長く油ぎっていて、ぼさぼさです。目の下にはひどい隈があり、そのくせ前髪の奥では黒い瞳が爛々と輝いているのです。両手で構える銃の種類は存じませんが、こちらに向ける照準の向こうを見れば、相手が何者かわかります。キメラ的特徴がない、というのは理由の一端。

 髪で隠れた右の半分。その部分は完全に消失しており、髪の下で画版を引っ掻いたように白く削り取られているのです。顔の輪郭だけは残っているので、画用紙を張りつけたマネキンみたいです。

「化け物つか 。あんた 何者だ?」

 リムを見た人が見せる、おそらく正常な反応。鋭い声は若いですが、疲れ切ってるようにも聞こえます。言葉遣いも、どこか慣れてないようなぎこちなさがある。

「こちらが問いたいところです。あなたは何ですか? アノマリーなのは、間違いないですが」

 たぁん、と乾いた音が響き、私の足元に穴が開きました。リムが前に出ようとしますが、私は右手を上げて彼をなだめます。

「ふざけ な。あた は人間だ。さっき銃が意味 いと言ってたな? お前に利くか試してもいいんだぞ?」

 銃口は私に向けられ、引き金には指が掛かってる。

「……忠告しますよ。私に向けて引き金を引けば、この子も黙っていられないでしょう。言葉が通じるなら私に敵意はありません。それに、物資の弁償をしてもらわないといけま」

 再度の発砲音と、右肩に走る痛みと衝撃は同時でした。激しくぶつけたような痛み、腕の痺れ、肩を押さえ痛みに耐えますが、脂汗が噴き出し、止まらなくなる。

「いっ!」

 血は出てない、さすがアーティファクト、しかし衝撃全部を消したわけではなく、身体を貫かんばかりの圧力が点で加わって、尋常じゃない痛みを生んでました。やってくれました。私に、私を傷つけました。アノマリーめ、過去の残響に過ぎぬ影の分際で。

 一端の命として扱おうとすれば……よくも。

「ふざけるなと言っ はずだ。おいそいつを止め !」

 警告も無く、再度の銃声。されどそのすべては私に届きません。闇より深い黒い相棒が私を抱え込むように身体を丸めたからです。

 連続する銃声は全てリムの体に弾かれる。この子の薄い意識が、激しい憎悪と敵意に染まって行くのを感じます。あぁ、わかります。今はこの子の感情が。こんな形で知りたくはなかったけど。より深くつながるのを感じますね。

 アマリとリュミンが同時に動き出そうとします。向かうは我が敵対者、相手が気付く前に、私はちゃんと動く左手で相手を指差し、怨嗟をもって呪詛を紡ぐのです。


「赫々たる灼罰 、憤怒と憎悪を糧とし我が仇を地に縫い付けん」


 深い闇の中、赤く光を湛える竜の瞳に睨まれる気分はいかほどか。身をすくませる程の迫力はあるのだろう。

 迫る二人に気付き、銃口を向けるべく動くも、限定的に竜の力を引き出してる私には時間の流れが遅くなる。足元にある邪竜のススメ、呪詛を扱う際に有利に働く作用の一つ。

 呪術を極めた邪竜に如何なるも敵うはずなかろうに。愚かな。

 人真似の異形が知る由もないか。


「平伏せ」


 一言の命令が呪詛の完成を示し、相手は突然銃を握っていた右手をだらりと下げます。膝をつき、震える自らの手を見つめました。

「なん これは…!」

 強烈な痛みに貫かれて、一瞬でも全身に力が入らなくなるだけ。骨の髄から焼けるような痛みに膝をつくだけで済んだその胆力は褒めてあげましょう。その隙に、リュミンは既に戦槌を振り下ろしてますが。

 銃口を地面に向けていた銃は槌に叩き壊されます。柄を離して前転するようにリュミンが離れると、後を追うように続いていたアマリが強烈な回し蹴りを顔面に叩き込みました。手につけたそれは?

「とりゃー!」

 めきょ! と骨が逝く音がして、謎の女性はバリケード手前まで蹴り転がされます。見事な三回転。最後は大の字になったまま動かないです。アノマリー生物なら、すぐに起き上がるかも。

「姉さま!」

 アマリがこちらに駆け寄ってくれますが、リムが抱き込んでいるため私に触れられません。その間にリュミンが相手の状態を確認しに行ってくれます。

「油断しないでください。あれはアノマリー生物です」

 普通のアノマリー生物に痛覚等の生物の安全装置はありません。強烈な一撃による昏倒も難しい。呪詛による痛みの誤認は意識に擦り込む物なので、アノマリー生物に例外的に有効となりますが……アレにどこまで利くかは不明ですね。意識が焼き切れるのが一番ですが。

「大丈夫、すぐに動ける状態じゃないと思う」

 リュミンは遠慮なく相手の身体をべたべたと触り、拳銃やらナイフやらを抜き取ってました。リムもようやく防御姿勢から解放してくれて、ふわふわでいい匂いのする彼の胸元から出ます。心配してくれていたアマリですが、抱き着こうとはしませんでした。

「えっと、肩平気なの?」

 潰れた弾丸を蹴散らして振り返れば、リムが顔を近付けてきました。六つの目を細めて、私が押さえてる右肩に視線を向けてます。

「正直、めちゃくちゃ痛いです。肉に食い込まない代わりに衝撃をそれなりに受けたみたいで……骨は無事だと思うんですけどね。まったく、銃撃なんて想定してないですよ……」

 手はちゃんと動くし、痛みを堪えれば腕を動かせる。アーティファクト加工でジャケットはある程度衝撃が和らいでるはずなのにこの痛み。旧時代の兵器とんでもないです。連続で受けてたら危なかったです。

「よしよし、私は大丈夫ですよー」

 リムの顔を撫でてあげると、開いていた目を閉じてくれます。首も上げ、しかし今度は振り返るのです。次の脅威が迫っている。こっちは私が原因。

「姉さまほんとに大丈夫? わたし、どうすればよかったのか」

 リムの足元にあった手記、邪竜のススメを回収。他は……諦めるしかないですね。こうなっては無事な缶詰を拾う気にもなりません。アマリの声は泣きそうでしたが、泣きたいのはこっちです。

「こんなの例外なので仕方ないですよ。人型のアノマリーは厄介で、銃器を使ってくるのなんて初めて見ました。問題と言えば、私が魔法を使っちゃったことです。あぁ、ほら」

 迫る脅威は空中の蔦球。地面や廃墟にぶつかって跳ね返ってたそれらですが、花のついた個体が明確にこちらに向かって飛んできてるのです。

 廃墟内での魔法の使用は、マナの燃えカスがアノマリーの活性化を招いてしまう。私の練度はかなり高い方で、ほんの僅かにしか出ないはずなんですけど、それでもこうやって嗅ぎ付けてくるのだから、アノマリーは魔法が嫌いなんです。大嫌いというか、憎んでるレベルですね。

 強力な効果を持つので、それも仕方ないか。

「触媒を使えばよかったですね。頭に血が昇ってつい……右手も動かなかったし」

 反撃の呪いに感情を使用したので、頭の中は存外スッキリしてます。この件に関して今後、私は怒りを覚えられないのが代償です。荷物は別件! はち切れそうな怒りを覚えてます!

「姉さまでも怒る事あるんだね……っていうか、これまずいんじゃ」

「ははは、せいぜいあの蔦球が降ってくるだけなので、リムに掛かればこの程度――」

 上空、蔦球の一つの花が閉じていた口を尖らせました。そして口というか歯の隙間から器用に液体を吐き出すのです。

「ひえ!」

 とっさに飛びのき、アマリにぶつかっちゃいます。抱きかかえてくれましたが、私の居た場所に着弾した消化液は、地面どころか潰れた弾丸をじゅうなんて音を立てて溶かすのでした。

 肉どころか金属を溶かす粘液!

 アマリと一緒に蔦球の群れと、その増援を見上げます。どれもこれもなんか口をもごもごしてました。

「リムが守ってくれるにしても粘液が付くの嫌すぎます! 退避! 建物の中へ逃げますよ!」

 踵を返そうとしたときには、ぺぺっと蔦球達から唾が吐きかけられるのです。魔法使いなんてあっちいけとばかりに。

「おわー!」

 振り返り切る前にアマリが私を抱きかかえ、いつかのように駆けだしてくれます。以前ほどの速度はないものの、私が走るよりよほど早い!

『斥候より連絡だ。中に同一の敵はいない。そいつは単独だ。中に入ったらそのまま奥へ行け。二階から廃墟を横方向に移動できるようになってる。ったく、どうなってるんだここは?』

 黙っていたガンターは、敵が陣取ってた廃墟内を見てくれていたようですね。

「とりあえずコイツも連れてくよ? 色々気になるでしょ?」

「お願いしま――わっ!」

 リュミンの横を通り抜けた直後、私を抱えたままアマリは机のバリケードを飛び越えるべく、私を向こう側へ放り投げたのです。空中で身を丸めて、放物線軌道を描くままにしていれば、落下地点に入り込んできたアマリが無事に受け止めてくれるのでした。

 信じてましたが、なかなか危ない事をしてくれる。人を荷物みたいに扱えるって相当ですが?

「……ほんとに竜の力失ってますか?」

「うん……姉さまが重く感じる…」

「イコナさんはいつだって羽根のように軽いですよ!」

 おいしい村のご飯で多少は肥えたかもしれないですが。

 謎のアノマリーを担いだリュミンはバリケードを蹴破って追いつきます。とりあえず消化液の雨から逃れましたが、今度は蔦球が降ってきて残っていたガラスを粉砕。次々と降ってきて入り口を塞いでしまいました。

 潰れた蔦球から消化液が漏れ出し、水たまりが迫ってくる。バリケードの残骸がじゅうじゅう音を立てて溶け始めました。甘ったるい匂いが立ち込めていきます。

「ガンターの言う通り、二階から奥へ行きましょう。アノマリー活性化の範囲は限定的のはずなので、少し離れれば大丈夫だと思います」

 壁を壊さんと蔦球は降ってきてるようですが、柔らかいから、あるいは外に出させないためか、壁には亀裂すら入りません。しかし光が遮られどんどん暗くなっています。

「さ、逃げますよ」

 降ろしてもらって、薄暗く広い廃墟の中へ。痛む肩は、とりあえず無視しておきます。

 まったく、肩より、胸の方が痛いですよ。私の荷物が無くなった事はどうやって片付けましょうかね? アノマリーだろうと、意思疎通ができるなら絶対に許しませんからね!

 コロニーに来てでも弁償してもらいます! 下僕にしてあげましょう!


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