第七話 SHΛ⧉PΞ⧉DΞ⧉S1⧉RΞ (5)
「こんな秘密兵器があるなら、最初から出しておいて欲しかったですな!」
穏やかな紳士であられるカピバラリスのニブレットさんが初めて見せた憤りは、そんなものでした。
アマリの体調が完全に回復し、座席の森と称した超巨大劇場を蟻んこの如く進んでおります。
最初はリムの出す特有の威圧感に硬直し警戒していたニブレットさんでしたが、敵意が無い上に私が呼び出したと知って、なんとか受け入れてもらいました。
まずは劇場の左側面へ回ってみる事にした我々は、ステージ正面を右に据えて座席の下を進んでいる次第です。
座席は列ごとに段差になっていて、左側は壁、右側はなかなかの高さの崖となっています。おまけに座席の底部があるので、遠くまで見渡すことが出来ない。
代わり映えしない景色に、リムについて軽くお話したら、ニブレットさんのアノマリー避けの上位互換と知って、先の言葉を頂いた次第です。
「お気持ちはわかりますが、コロニーに住む予定なのに、この子の事を誰彼構わず教えるのはまずいじゃないですか。ワーカーのパワーバランスは一撃粉砕! 危険地域の物資取り放題! 舞い込む個人依頼! お休み消滅! 考えるだけで嫌になりますね!」
「ぐぬぅ、確かに、正直護衛として雇ってしまいたいですな…」
リムをコロニーで連れ歩くのは私の夢となりつつありますが、いい感じの言い訳が欲しいですね。
「では、リスクを冒してでも状況は深刻、と捉えてよろしいのですかな?」
「あー…それは」
カイリスは行方不明。アマリの体調不良。彼女については薬を打ったので、今日明日は大丈夫とのこと。目的である高純度エーテル結晶も、正面のステージにあると思われるので、探索は今日中に終わるでしょう。
焦る必要は、正直無いのかもしれません。無用なリスク。でもそれは。
『……言えないよな。アマリにカッコつけたくて呼んじまった、なんてな』
呆れるようにガンターが言いました。否定できない! 私がすごい存在なんだぞって証明したくてリムの威光を借りたのは事実です!
羞恥に騒ぎ倒してる内心とは別に、冷静に返答いたします。
「一部事実ですが、どちらかというと私のリム断ちが限界だったからです! このレベルの環境でリムと長時間接することができない状況は、完全に私の精神に異常をきたしていました! つまり愛に飢えていたのです!」
振り返り、立ち止まったリムに飛びついて胸元のふわふわを思いっきり吸います。奇行は自覚していますが、精神汚染が一瞬で浄化されていくのを感じました。
「すごい、姉さまいなくなったみたいに見える」
「そうなんですか? この子の作る黒は特別ですからね!」
回復もほどほどにして、リムの影から出て歩みを再開。まだまだ先は長いです。
「…リュミンは最初から知っていたのかね?」
「うん。驚くよねぇ」
「なんで報告しないんだッ」
「いやぁ、イコナはおいらの命の恩人だからねぇ。不利な事は言えないよねぇ。ニブレットも内緒にしてね?」
ニブレットさんはまだ納得しきれていないようですが、リュミンが適当になだめてくれます。
脅威も無く、警戒も最低限。なんて気楽な。これぞイコナさんのパッチの過ごし方ですよ。
陣形も何もない。その分、アマリは少し後ろに居て、ほんのり元気がないです。
「アマリは元老院について知ってる事ありますか?」
「えっと、薬を用意してくれて、あとは、みんなが知ってることくらいかな」
アマリから抽出してしまった薬こと、変異エーテルの瓶を正面にかざして見てみます。紫の部分は、この環境のエーテル。容量の半分以上を占める銀の部分は、薬として機能しているエーテルです。
エーテル。誰のものでもない、空気中のマナ。マナはキメラ種の不都合な部分を繋ぐ一種のアノマリー現象でもある。
液化エーテルを、個人のマナに調整して、一時的にマナの増強薬にする事は出来ますが……私の呪物の効果である『エーテル回収』に反応するという事は、やはりこの銀の液体はエーテルのまま安定剤の効果を持っているのです。
エーテルを、マナではなく、アノマリーのように歪んだエーテルにする。効果を指定して?
「アマリはどっかの遺跡で拾われたんですよね? カイリスと一緒に」
「うん。外の遺跡で起こされたって聞いたよ」
ドラコニアンの開発をしていた遺跡がパッチの中で生きていて、保存用の装置で眠っていたところを助けてもらった、という事らしいです。ありえる事だとは思うのですが、そこが引っかかるのです。
旧文明末期の技術なら、エーテル操作もできるのでしょう。しかし、村の元老院とやらが出来るとは思えません。むしろ出来るなら教えて頂きたい。
「ぐぇ」
フードに爪をひっかけられて、急制動をかけられてしまいました。気が付けば、座席間の通路に出ていたようです。
目の前を、超巨大な白い影が歩いていきました。既に演目は始まって歌が響いてますが、遅刻ですかね…と思いきや、定期的に出現するアノマリー現象のようです。
巨人の影は二体分、タイミングをずらして目の前を踏みつけて行きます。手前側と、奥側。見極めないと踏みつぶされてしまいますね。
「ここまではこの影、触ってもなんにも無かったのにねぇ」
「油断させてからの、本命なんじゃないですか? いいタイミングで走り抜け………あー…」
巨人の通る通路は傾斜になっているのですが、坂の上から見たことあるのが走ってきました。
これで走ってくるのがカイリスと村人三人だったら良いのですが、残念ながらソレは、ドレスを着た透明人間。私が風船パラシュートをやらされてる時に、その後の安全と引き換えに助けてあげた、アノマリーですね。
彼女、三体の道化に追いかけられてました。彼らも私達と同じサイズで、巨人に苦労しているようですが、道の真ん中を走る事でなんとかなっているようです。
『おいおいマジかよ。おいお前ら、あのマドンナを助けてやってくれ。あいつも俺様と同じ、少し特別な命のあるアノマリーだからな』
「そうなの?」
「そうでしょうか?」
確かにラジオ越しに言葉を聞きましたが、私にはアノマリー特有の反応のような気がしてなりません。魂的なものを感じないのです。リムと違って。
謎のアノマリーは私達に気付くと、袖を振ってきました。助けてとばかりに。本気で助けてほしいなら、ラジオ越しに声をかければよろしいのに。
彼女はそのまま私たちの方へ走ってきます。三体の道化もついてきますが、一瞬、リムを前にして動きが止まりました。
ドレスの彼女だけは私の後ろに逃げてきて、謎のアノマリーに反応してリムがじっと彼女を見つめます。脅威認定は、無し。
三体の道化は脅威を定め、まっすぐ走ってきました。しかし一体はリュミンのツルハシハンマーが胴体に当たり、もう一体はアマリの強烈な拳がお腹にめり込み、最後の一体は振り上げられたリムの腕を前にして絶望的にナイフを取り落とす仕草を添えて、叩き潰されます。あんな仕草で、しっかり敵意を抱いているからこうなるのです。
リムの腕で遮られた視界が開ければ、ぶっ飛ばされた二体も巨人によって踏みつぶされて真っ黒な染みになってしまいました。
「わー、リムちゃん強いね」
「ふっふーん! 二人もなかなかですが、リムには敵いません! この圧倒的安心感に頼っていいですよ!」
リムの自慢もほどほどに、後ろにくっついていたドレスアノマリーが前に出て、ほっとしたような仕草をして、私達に向かって腰を折ります。次に、自分を指し、続いて遠くの巨大ステージを袖で指しました。
「……連れて行けって?」
頷く仕草。脅威は排除したので、ご自分で向かってほしい所ですが。
『もちろん助けるよな。どうせ行き先は同じだろ?』
「行き先は同じですが、急いでいる雰囲気はありますね」
なぜなら私の手を取って引っ張ろうとしているから。力が全然ないので、イコナさん微動だにしません。別にそれは構わないのですが。
リムを見上げれば、彼は私じゃなく、ずっと先の方を見ていました。
うっすらと、閉じていた最後の二つの目が開いてます。リムにとって無視できない、私に対する脅威がそこにいるのです。遠くでも反応しているのは、今この瞬間に私に悪意を持っている可能性があるのです。
『そういや、今回の件でお前は散々俺様に借りを作ったと思うんだが……物質的な報酬は意味をなさないのはわかってるよな?』
「…わかりましたよ。リュミン。私を置いて、三人でこのアノマリーを護衛してあげてください。目的地は同じなので大丈夫です」
「………構わないけど、イコナはどうするの?」
余裕のある笑みは、わかってて聞いてます。私がなんて言い訳をするのか楽しむつもりなのでしょう。
「この壊れた世界の全部を知りたいってやつが知人にいるんです。私の人生って、そいつにめちゃくちゃにされたんですよ。だから、あいつが頑張っても知る事ができない秘密を、私が握ってやろうかと」
思い付きの言い訳でも、悪くないと思えます。再会なんてできるとは思ってません。だけどもし幸運が重なって出合うことが出来たなら。その時は何日も語り続けられるように、沢山の世界の秘密を持っておきたいですね。どんな秘密でも買い取ると豪語していたあいつが破産するほどに。泣いて謝るまで話すのをやめてやらないのです。
「何かわかったら、後で教えてほしいかな」
了承してくれたリュミンは、ドレスアノマリーの腕を取り、そのまま滑るようにして見えない手を握りました。彼女も状況を理解したようで、私から離れてリュミンに付いていきます。
「イコナさん、ステージの奥が宝の山でも恨まないでくだされ。見つけた物資については、見つけた者勝ちという取り決めですからな」
「う…実際、ここまでリマナを見てないのでそこにありそうなんですよね……所有権はともかく、後で教えてください!」
一応、アノマリー避けのランタンを付けてニブレットさんも続きます。
「姉さま、もし、兄さまの所にいくなら、わたしも」
彼女自身、感じている事だと思います。元老院は何か都合の悪い事を隠してるって。
知る権利はあると思います。だけど、アマリがいると色々と都合が悪いのです。
「不安や疑問はたくさんあるとわかってます。ですがもし、本当に私を信じてくれるなら、全部任せてください。信じてくれたら、あなたの未来を約束します」
不敵な笑みで言って見せれば、アマリは、彼女には似合わない暗さを感じる笑顔を浮かべるのです。
「わたしはもう、姉さまを信じるしかないんだよ。だから、待ってるね」
彼女は崖の手前で待っていた二人と一体の元へ走っていきます。傾斜になった通りを行くのではなく、飛び降りるようです。その方が早くて安全ですね。
「さ、行きますか」
目の前の通路を、白い巨人が歩いていきました。軽い足取りで走り出せば、リムもすぐ後ろについて来てくれます。中央で一度立ち止まるか悩みますが、思い切って走り抜ける事を選べば、奇跡的に巨人の足の間を通って、次の座席の列の下へと入ることが出来ました。
「正直、踏みつぶされるかと思いました」
リムは致命的な危険は止めてくれますが、ぎりぎりセーフとかだと大丈夫と判断して止めてくれない。やはり運命を読み解いてるのでしょう。だからこそ、運命論を足蹴にする力を持つ私に惹かれちゃうんですね。わかります。
座席の森は変わり映えしません。ここはもうアノマリークラスターの中心部と言っても過言ではないのですが、生物型がほとんどいないのが奇妙な感じです。ドレスアノマリーを助けたから、何かが変わった可能性はありますけど。
『せっかく懐かしい組み合わせになったんだ。確認したいことがある』
「なんですか? アマリの事ならちゃんと考えがありますから大丈夫ですよ」
『違う。いや、違くはないが……まさかとは思うが、自分を犠牲にしようとか思ってないよな?』
「……どういう事です?」
足は止めずに歩きながら問えば、ガンターは面白い仮説を説くのです。
『お前はお気楽主義の割にゃ慎重な部分が多い。特に自分のリスクに関してはな。説得力を持たせるための演出にしちゃ、リムの姿をキャラバンの奴に知られるのは、無用なリスクに思える』
「自分でさっき、カッコつけたいだけだったって言ってたじゃないですが。その通りですよ?」
『もっとはっきり言うか? 仕組みはさっぱりだが、お前、アマリを救うのに、自分がコロニーに戻れないリスクを背負ってないか?』
「…………」
時に沈黙は肯定と同じになってしまいますが、今がまさにその時でした。
でも呆れるようなため息には、ちゃんと言葉を返せました。
「確かに、今のままだと最悪そういう事も起きます。アマリの運命を捻じ曲げるには相応の力が必要で、いくら私でもそこまでの力は無いんですよ。でも、それを可能にする力の結晶体がすぐそこにあるんです」
『エーテル結晶か? 訳のわからん理屈はともかく、人造アンカーに使うはずの材料を魔法に使う。だからアンカー作りは失敗して、責任を負ってお前はパッチ逃げ込むって事か? お美しい自己犠牲だな』
「お、概ねその通りですが、別に自分の事を諦めたわけでもないんですよ」
遠くから聞こえる音にぴくりと耳が反応。立ち止まってリムを見上げれば、六つの目が開いて遠くを見つめています。方向的に、もう一段下みたいですね。まだ距離はあります。
「私の仮説が正しければ、アマリの事を救いつつアンカーも作れます。むしろ、作る必要すらないのですよ。そして、アマリの事も仮説の証明も、全て彼女の愚兄にあるのです。問題は、どうやって素直に話させるか、です」
右手の崖は一段下の座席の背もたれが近いため、下の段の遠くまで見渡すことはできません。どちらにしても降りなければいけないので、リムの大鞄を漁ってロープを用意。これを適当なところに結ぶ…のではなく、リムの首に結びます。今は私の方を向いていないので、引っ張っても首の確度のおかげでいい感じに引っかかります。
そのまま崖に背中を向けて、壁伝いに降りれば、私を追ってリムが壁に立った状態でついてきました。後はぶら下がっていれば、楽に下に降りれるのです。まさに絆の賜物ですね。
生き物であれば息ができなくなるほどきつく巻きついたロープを解いて片付け。等間隔で並んでる座席の支柱に寄って状況を確認してみれば、はぐれた四人の姿が遠目にありました。聞こえる剣戟の音から、戦闘中ですね。
折り畳み式の望遠鏡で確認してみれば、戦ってるのはアノマリー……ではないです。背筋を伸ばして剣を構えるカイリスを中心に、私から見て手前に、両手に大ぶりのナイフを構えた猫ウサギの獣頭キメラのギーネさん。奥に両手剣を持つ、牛カメレオンのオルヴァさん。そして右奥、崖側に妖精耳と鳥の下半身を持つ、短弓使いのジルニアさん。
三人が、カイリスを襲ってる状況でした。なんで?
ギーネさんが脇からナイフで切りかかるも、カイリスは細い剣で受け流し、蹴飛ばす事で詰められた距離を取り戻します。背後からオルヴァさんが切りかかっても、尻尾で薙ぐだけで金属を打ったような音が響いて弾き飛ばされますし、死角から矢が飛んできても軽く身を捻っただけで避けてしまいます。まるで踊っているかのよう。
どちらに加勢するかは明らかですが、状況を利用した方が後のお話が楽そうですね。それに、個人的なもやもやも解消しましょう。
「リム、一旦隠れてください。助けてくれるタイミングは、しっかり見てくださいね?」
お願いすると、六つの目の一番下の対が私を見つめて、姿が消えて行きます。いい子です。
私は一旦、もう一つ隣の壁際の支柱まで近寄って、到着すると会話が聞こえる距離になりました。まだ切り結んでる彼らに気付かれないように、気配を殺して様子を伺います。実際には忍び足で近より、息を殺しただけですが。
「おぉッ!」
オルヴァさんの二の腕が盛り上がり、筋肉に任せた縦切りをカイリスは剣で受けました。金属がぶつかる大きな音が響くも、カイリスは片腕で姿勢は一切ぶれず、左手は背中に回して腰に当てて、余裕しか見えません。
「いい加減、諦めてくれたまえ。諸君らは私を殺すことは禁じられているし、捕縛する実力もない。粗末な計画が露呈した時点で積んでいるのだよ」
「黙れ…裏切者がッ!」
オルヴァさん、なんで彼は旧時代から使い古された言葉がこんなに似合うんですかね? おっと、真剣なお話し中にすみません。圧倒的強者である私には真面目な展開と戦いが合わさっている今の状況は演劇じみてしまいまして。丁度ここ、劇場ですからね。
「裏切者? 私は裏切ってなどいないだろう。少しは考えたのかね? 私の計画の方が穏便だ。秘匿性を重んじる元老院も支持すると思うがね」
「我々の計画こそ、元老院の指示だ」
ジルニアさんが矢を放つも、カイリスは前に出て受けていた大きな剣を押し返し、力業で矢を避けました。そのまま剣を弾き返して、無防備になった腹に拳がめり込みます。
「がッ!」
二つ折りになってその場に崩れ落ちるオルヴァさん。ギーネさんが前に出ようとするも、カイリスが睨みつけるだけで彼は前に出れなくなります。しかし彼の目は血走っており、少々錯乱状態にあるようです。
「このシスコン野郎が! 濃さを考えりゃてめぇの妹を使うのが一番なのがわかんねぇのか?」
「ギーネ……私は昔から猫を被っているキミの事が嫌いだったのだよ。本当のキミはこんなにも口汚い小悪党だ。それに、アマリは計画に使えるほど猶予が無い」
「薬を使えばいくらでも持つだろうが! 仕込んだら眠らせて水槽にいれておきゃいい! てめぇの両親みたいにな!」
それは禁句だったようで、一瞬で距離を詰めたカイリスは、ギーネさんの首を絞めたうえに持ち上げます。
「言い忘れていたね、ギーネ……キミは危険な仕事を良くこなしてくれるが、元老院はキミを厄介払いしたくてたまらないのだよ。自分のおもちゃにして一体いくつの検体を壊したか……名誉挽回にと命じたリュミンの追跡任務、それすらなぜ、途中で放棄したんだい? どうしてキミだけ、戻ってこれたのかね?」
「ぞ…ぞれば…」
手を離され床に座り込み、激しくせき込むギーネさん。敵意はまだあるようで、息を整えてからも睨みつけます。
「あ、あいつ、隣の環境に俺達を引き込んで待ち伏せしてたんだぞ! 計画が全部ばれてるみてぇに、一人ずつぼこぼこにして、鉄の扉の中に閉じ込めやがった! あいつのやばさを伝えるために指揮官として俺は!」
「リュミンに襲撃の詳細を教えたのは私だ」
「……は?」
剣先を喉元に突きつけ、顔を上げさせます。あれはアゴクイ…いや何でもないです。
「元老院は知能の下がった手に負えない人員について深く悩んでいた。良い機会だから気を利かせたのだよ。それに、アマリが師と慕う者がいなくなってしまうのは困る。彼女には少しでも穏やかに生きて欲しいからね」
そのまま喉を突いちゃうのかと思いました。ギーネさんは戦意喪失、怯えた顔で後ずさりし……素敵な少女と目が合ってしまいます。
「おっと」
「…っ!」
光明を得た、とばかりに笑顔になって多少切り傷が付く事も厭わずに剣を手で払い、彼は私の胸元に広げた腕をぶつけるようにしてそのまま背後を取ります。喉元に冷たい刃の感触。
「は、はは! これで形勢逆転だな! このメスが死ぬとお前の計画も実行できなくなる!」
めす…昨今どころか旧時代的価値観でも問題ある表現方法に遺憾の意を表します。あとしれっと私が計画に含まれてるんですか? カイリスの謎の計画に?
「きゃぁたすけてぇ」
「……イコナ、ここで何をしているのかね」
私の渾身の演技も、まったく焦ってない表情のせいで伝わらなかったようです。危機感ゼロです。
「普通にあなた達を探してました。熱い戦いに集中して自分たちがはぐれている事を忘れましたか?」
「おい黙れよ。ここからは俺達に従え」
「え? 嫌ですが?」
表情が見えないのでわからないですが、手がぷるぷるされているので、表情はピキピキに違いません。顔だけは山猫なので、牙を向いてなんかこう、こいつぅ、みたいな感じで私を見ているに違いない。誰か! 姿見を持ってきてください!
復帰したオルヴァさんが、手に何やら…手錠? を持って近寄ってきます。どうでもよい事ですが、長いひげが耳に当たってくすぐったい。耳が動いてバシバシ顔を叩いてしまいます。
「おい、やめ、やめろ!」
「顔が近いのですよ。これは条件反射です。垂れ耳系ウサギにはわからないですかね」
「このっ!」
痛めつけるつもりか、ほんのり刃が首に食い込みそうになります。皮一枚切れて血が出る……前に我慢できなくなる子がいるわけで。
「ぐひッ!?」
肺の中の空気が全部出されたような声と骨が残念になる音が至近距離から聞こえ、私を拘束していた愚者は激しい勢いでぶっ飛ばされて通路に無残に転がる事になりました。
首を撫でますが、ちょっと血が付いてました。そりゃ怒りますよ。
「リム、大変よく我慢できました」
くすぐったいどころか痒くなった耳を撫でていれば、闇より滲み出る愛しい黒の姿。大きな体で、六つの目を開いてそれぞれの対を敵対者三名に向けて、私を守るように現れるリム。口も少し開いて、触手のような赤い舌を覗かせる姿は不気味で狂気的で、すごく、魅力的です。
好きな存在が私のために怒ってくれてる! 乙女心まで理解してる最強のアノマリー。それがリムです。
「なん、だこいつは!」
きゅん、と矢が放たれる音が聞こえますが、放たれた矢はリムの目の一つに当たるも刺さる事もしません。しかし、リムは色彩を急速に薄れさせ、まるでやられたように消えて。
「は、はは…みかけだお」
地響きを立てて、遠くにいたジルニアさんを大きな手で床に叩きつけてしまいます。ミシミシと嫌な音が聞こえました。脅威を順番に排除し、六つの目が全てオルヴァさんに向きます。ここで止まれば、リムも何もしないのですが。
「う、うぉおおおお!」
判断力が筋肉に支配されたのか、反射的にとでも言うべきか、剣を構えたまま私の方に突っ込んでくるのです。本体とも取れる私に向かうのは正解。一瞬で移動できるけど、一度消えないといけないので僅かな隙がある事も…見抜けたとは思えません。
リムが追いつけないかもしれない距離。カイリスが割って入ろうとしますが、私は前に出て、秘密兵器を取り出します。
右手に持って軽く振れば、小気味よい音を立てて手ごろなサイズの金属棒に。折り畳み式の護身武器。ただし、格納されていた部分は鏡のような液体をまとっています。
鬼の形相で放たれる渾身の横なぎ。私はそれを、鉄製の棒で受けます。片手で。
当然、少女の細腕に相当な努力が垣間見える筋肉から放たれる一撃が防げるはずも無いです。しかしリムは不動。ジルニアさんを押さえつけたまま動きません。対応する必要がないからです。
空気が破裂する、猛烈な音が響きます。オルヴァさんの剣は弾き飛ばされ、叩きつけた力と同じ力を受けたせいで折れてしまいました。
キャラバンの雇われであるリュミンでさえ対応できない謎アノマリーを生み出した原因。リフレクトゼロと名付けたアノマリー。それを塗布した急増品ですがちょっと細工しているので、私には衝撃がありません。
「な…なにが」
両手がしびれたようで、折れた剣の柄をその場に落としてしまいます。ついでに、膝から崩れ落ちる。
「これが、アーティファクトの力ですよ?」
笑顔で告げて、頭を軽く叩いて差し上げます。再度の破裂音、オルヴァさんは顔面から床に頭部を叩きつけ、気を失われてしまいました。
急造品ですが、これはいい。武器にも防具にも最適です。
「さて、制圧完了です! それとも、あなたも私の敵でしたか?」
笑顔で首を傾げて見せれば、あっけにとられていた彼は、剣を収めて一歩引きました。
「いや、キミと、その生き物を敵にはしたくない。さすがに、規格外すぎる」
のそのそとした動きでリムは私の元に歩いて戻ってきます。目も二対、四つだけになって、口も閉じて可愛い姿に。
「ではお話の時間ですね。聞きたいことがたくさんあります。あぁ、隠し事はなしですよ?」
視線がちゃんと私に向くようになったリムの下あごを撫でながらの私の言葉に、カイリスは降参とばかりに両手を上げてくれました。
「その前に、三人を拘束しておこう。死んでは、いないだろうね?」
「そこまでしたつもりはありません。たぶん」
お話の内容次第では彼らは洗脳を受け、私の事をイコナ様と呼ぶ便利な下僕となるのです。
とりあえず三人を一か所に集め、オルヴァさん…さんはいらないですね。オルヴァの持っていた手錠やロープで拘束。ちゃんと生きてました。白目をむいてましたが……おそらくギーネは腕が変な方に向いてるので、骨がいくつか折れてます。
「それで、何から知りたいのかね」
片方の膝を立てて床に座り込んだカイリスに対し、私は寝そべって両手を交差させたリムの腕に乗っかります。猫だったら顔を乗っけて目を閉じる格好ですが、リムはずっと私に顔を向けてくれています。愛い。
「沢山ありますが、まずはなんで彼らと争ってたんですか? 意見の相違ってやつですか?」
「まぁ、有り体に言えばその通り。私には私の計画があり、彼らには彼らの計画があった。決定的なのは、彼らの計画の対象にはアマリが含まれていてね。私は今回のこの機会に直接、排除する予定だったのだよ。都合よく分断されたからね。行動に移したわけだ」
お優しいお兄さまにしては物騒な発言です。排除が、ただ縛って放置するだけじゃないでしょうに。
「あなたが妹思いの理由は、もう嫌って程理解しています。それで? そこのウサギ猫さんによれば、あなたの計画には私が必要みたいですけど、それは一体何ですか? 怒らないので正直にお答えください」
「…………おそらくだが、キミは絶対に嫌悪感を抱くだろうね。それでも話した方がいいかい?」
「意見が割れて殺しあう職場の話なんですから、多少は覚悟してますよ。どうぞお話しください」
「では……うん、そうだね」
カイリスは咳払いをし、居住まいを整えます。その場に片膝を立て、左手は胸に、右手は私に差し出して、雰囲気をがらっと変えて、なんだか爽やかな笑顔で言います。
「結婚してほしい」
「却下します」
即答しました。
金髪と碧眼を輝かせて素敵な笑顔で言っても無駄です。彼はふっと目を閉じ、輝く金の髪を後ろに撫でつけると、眼鏡の位置を修正。革鎧下のシャツの襟を正すことも忘れません。咳払いを一つして笑み。
「結婚し」
「ムリです」
沈黙。されど静寂にならないのは、ステージから歌声が聞こえ続けているから。
「………あれ、おかしいですね。なんだか今、反射的に何か喋った気がします。ところでカイリス、あなたの計画って結局何なんですか?」
「聞こえなかった事にしないでくれないかな? その大きな耳は飾りかね?」
笑顔のまま顔を赤らめて口の端が引きつっておられます。なんか知りませんが、勝手に恥をかいたようですね。
咳払いをして彼は立ち上がり、背筋を伸ばして誤魔化すように眼鏡を押し上げてから、ちゃんと説明してくれます。
「私の計画というのは、キミと婚約し、夫婦となる事でいずれ子を産んでもらうことだ」
「ぐあー! なんという音響攻撃! クラスターに来て最大の威力にイコナさんの自慢のうさ耳がもげそうです!」
「キミは本当に失礼だな!」
耳を押さえて仰け反ってしまっていましたが、冷静さを取り戻します。とりあえず、水を飲んで落ち付きましょう。
「い、一応理由聞いてもいいですか? イコナさんが幸運ウサギで竜で素敵な知的な少女であることは認めますが、話が飛躍しすぎて危うく耳が腐るかと思いました」
「………私も容姿は悪くない方だと思うのだが、さすがにそこまで言われると傷付くのだよ? それとアマリの兄なのだからもう少しくらい敬意とかないのかね?」
「すみません! つい本音が!」
これだけの事を遠慮なく言える相手は実は貴重だと思ってます。これで昔から一緒にいる幼馴染とかだったら可能性の欠片くらいはあったかもですね。それにしたって、拒絶感の強い提案です。あと彼の求愛は壁ドゥンのはずでは。
「理由について話すには、一から説明する必要がある。イコナ、キミは村の元老院や秘密についてどこまで知ってる?」
まじめな話になって安心です。おぞましい話題でしたからね。
「元老院については、村の方針を勝手に決めて、外回り用の人員を確保しているくらいですかね。あぁ、あと謎の技術を持ってますね」
小瓶を取り出して投げれば、カイリスは多少変な方向に飛んで行ってしまった瓶も、難なくキャッチしてくれました。彼には見慣れているであろう銀色の液体と、ほんのり濃い紫の層がある瓶を見て、彼は深いため息をつきました。
「アマリは話したのか」
「えぇ。彼女についても、あなたが隠していることを教えてほしいです。でも、その前にその薬の出所。元老院の正体について教えてください」
険しい表情で一度目を閉じ、すぐに開いた彼は緩い放物線軌道で瓶を投げ返して返却。言葉を選びながら秘密を暴露します。
「元老院は村の支配者で、地下に存在する実験場の管理運営をしている旧時代の人工知能だ」
「……人工知能」
なんか、話がいきなり飛びましたね。
「旧時代の遺跡がしぶとく残っているだけだ。暮らしを助けているのも事実。牛や麦の品種改良、電気や湯の供給も人工知能の采配で行い、アレのおかげで村は存続してきたが……厄介なのはキメラの品種改良も行ってることだ」
話がきな臭くなりましたね。
「記録を見た限りでは品種改良と言っても、最初は恋の仲人をしたり、お見合いをさせたりと、慎ましくやっていたようだ。だがある程度成果が出てくると、いつからか地下に幽閉するようなやり方を始めたらしい。より強い組み合わせが生まれるように。キメラの遺伝の話は……もしかしたらキミの方が詳しいのではないかな」
直接的な表現を忌避するのは、彼自身がそのやり方に賛成していないからでしょう。
キメラの遺伝の仕組みは意図的に設計されています。
人間を基礎にし、二種の異なる生物が混ざるのが原則。子供が生まれる場合、相手の組み合わせは関係なく子を産むことが可能。その際は両親に混ざってる生物から二種類のみが選ばれて子供に遺伝します。体に現れる混合生物の特徴のバランスは一般的にはランダムとされますが、マナ理論では個体毎にエーテルをマナに変換する効率、貯め込める量に応じて調整がされるように設計されていると考察されてます。そのため、両親の組み合わせによっては子供は同じ形で生物特徴が出る場合があるそうです。ニブレットさんのお子様なんかいい例ですね。
生物の選択肢は過去の血統からも出る事がありますが、確立は稀。これは事故的な交配の際に、特定の種の特徴が出すぎないようにするための安全装置とも言えます。血が濃くならないための遺伝の選択肢ですね。
しかし安全装置はあくまでも事故に備えてのもの。意図的に、何度も繰り返せば何が起こるか。
特定の種の特徴のみが強くなり、原種に限りなく近くなる。そうなってしまうと、設計が崩壊してしまいます。そうなれば、マナに関するお話も狂ってくる。
「あなた達ドラコニアンは、パッチの遺跡で見つかったというお話では?」
僅かな可能性にかけて問うも、カイリスは首を振って否定します。
「都合がいいからそうしているだけさ。実際は、実験場で産まれた」
きな臭いどころか、闇深い話でした。
アマリの状態も納得です。完全にキメラの基礎設計から逸脱した結果じゃないですか。
竜の特性が体に出すぎてしまっていて、弱さとして調整する他生物の特徴は無し。マナの消費量に供給量が追いつかず、体は破綻寸前。成長してさらに竜の特徴が強くなり、さらにマナの消費量が増加。一年での体調悪化は完全に成長期が原因です。成長が落ち付いているのであれば、薬の必要量もこれ以上増えないかもしれませんが、既にキメラの基礎から逸脱しているため、竜としてさらに寄っていく可能性もあります。最悪の場合、理性すらも失うかもしれません。
「……ドラコニアンと聞こえはいいですが、実際はキメラという事ですね。それで、あなたは成功体ですか? アマリは自分を失敗作と蔑んでいましたが」
アマリの名を聞いて、露骨に視線が揺れます。顔を背け、組んだ腕に力が入ったように見えました。
「私は、偶然の産物だ。竜の特徴は強く出ているが、何かの生き物の、弱い部分も多く出ている。それと、肺と心臓が竜のモノらしい」
「それは、すごいですね」
竜の臓器は特別と聞きます。心臓はマナを血中に溶かして全身に循環させ、肺はマナの元であるエーテルを多く取り込みます。マナに関して重要な器官が竜であるならば、ドラコニアンとして完成と判断してもよいでしょう。おまけに力や丈夫さも竜ですからね。
世が世なら、臓器移植という術で、肺も心臓もアマリに捧げそうですけどね、この人は。医療が発展してるコロニーなんて今の時代に存在するかも怪しいです。
「アマリについては、私が全面的に元老院に協力することで、安定剤を約束してもらっている。元老院は、早々に見捨てようとしたが……彼女が死ねば自分も死んでやると言って無理やりね。ついでに、彼女の村での自由も勝ち取ったというわけだ」
「一方であちらは強くて便利な手駒が手に入ったのですね」
彼の過去の行動は勇気あるものです。しかし、私の手駒という言葉には苦笑いでした。
「ドラコニアン計画は大詰めだ。交渉材料であるアマリが限界になる前に、私に次世代を作らせたいようでね。ギーネは曲解していたが、今回の件でアマリを人質として回収するつもりだったのだろう。ちなみにキミも回収対象だった。母体としてね」
私を誘拐なんて、絶対にできないですが……万が一されたと思うと背筋が凍ります。
「そこに転がってる人達の計画とは、アマリを盾にドラコニアンを量産するというお話ですね。おぞましい話に反発したあなたは英雄で、私の誘拐を思いとどまったのは素晴らしい判断です。その手の行為に本気で私が拒絶したら、この子がどう反応するかわかりません」
リムの下あごを撫でまわして、怖い話で減った精神力を回復。
「で、この話があなたの計画に繋がる訳ですか?」
これで誇らしげに胸を張ったら張り倒すつもりでしたが、謙虚にも彼は淡々と説明します。
「キミと私が夫婦となれば、子を成すことは自然だろう。私は元老院に対し協力的な姿勢を貫けるし、アマリも自由なまま、コロニーに行ってもキャラバン経由で薬を提供してもらえる。おまけに、名実ともにキミは姉になる。アンカーも完成し、まさに大団円だ」
「……姉の敬称にそこまで拘ってるつもりは無いです。結婚云々のアプローチについてはもっと段階を踏んでいただきたいですよ。加えて言いますが、私は母体としても不適任です。こんな姿ですが長寿系キメラの典型的な成長停止が確認されてますから、いつ来るかもわからない竜の発情期がこないと子供関係は無理です」
「誘発剤がある」
「いりません!」
おぞましい発言に鳥肌が止まりません。尻尾も耳の毛も爆発しちゃいました。カイリスは説明の流れで口が滑ったとばかりに口元を押さえて顔を逸らしていました。
誘発剤って……確かに実験の内容からあってもおかしくないですが、捕まってたら本当に最悪な事になってましたね。
「まさかとは思いますが、まだ無理やり誘拐とか、それこそ人質を用意して結婚とか考えてませんよね?」
じとっと疑いを滲ませた目で言ってやりますが、彼はため息をついて項垂れます。
「地下で使い潰されるか、子供さえ残せば自由な人生、どちらがいいかを、それこそキミの命と天秤にかけさせるつもりだったのだが………博識だけでなく、化け物を飼いならしているとは誰が思うんだ」
「つまり計画は頓挫してしまったのですね! イコナさんは旅人ですので、人質として有効な人脈はいません。はーよかった。そしてリムの存在のありがたさを改めて感じました」
リムがいない世界線があるとして、過酷な放浪生活を耐えた末にようやく辿り着いた村で、悲惨な目に合うなんて……絶望しかなさすぎる。
かくして偉大なる存在の愛によって守られたイコナさんですが、撫でまわしていたリムの首が動き、彼はカイリスを見つめます。四つの目は完全に開かれ、身体を起こし始めるので手から降ります。
「えっと、カイリス? 敵意にリムが反応しているのですが、無謀な事考えてません?」
「敵意? 当然だろう。このまま手ぶらで帰れば、薬の供給を理由に何を言い出すかわからないからね。それこそ、アマリを生かすために、彼女に手をかける事もさせるだろう。それだけは、避けなければ」
剣に手をかけ、臨戦態勢。リムも警戒度を上げてしまいます。ちょっと、精神汚染入ってませんかね? 計画頓挫と感情の乱高下、直前のあの通路で錯乱してもおかしくないです。
「あなたの言葉には同意しますが、私にこだわる必要ありますか? 結婚話なら他の素敵な女性でもよいかと思いますが」
「上は竜のキメラを望んでるのだよ。キミの存在は無視できない。それに十分な成果さえあれば、もう終わるかもしれないからね」
「っていうかそもそも! そもそもの話アマリが薬を必要としなければ元老院なんて無視していいんですよね?」
敵意がぴたっと止まり、リムの目も閉じられます。この子、こんなに早く目を閉じるんですね。
「なに?」
臨戦態勢と表情のままの問いに、私は落ち着いて答えます。彼の頭の中が凪になるように。
「本来アンカーの材料にする予定のエーテル結晶。あれを使えば、アマリの体の崩壊を止めることが出来ます」
「………………」
固まっちゃいました。息する事も忘れて、完全に硬直です。穏やかな歌声がなんとも不似合いで困ってしまいます。
「えっと、ガンター。こういう時どうすれば?」
『あ? すまんが完全に傍観者モードで電子ポテチ食ってた。そうだな、一番いいのはお前の魔法を見せてやる事だが、ここじゃ無理なんだろう? つまり積んでる』
私の頼れる相棒、お喋り担当のなんと投げやりな事か。
「……つまり、キミも薬を作れるのかい?」
ようやく再起動したようです。少ない知識から出したありえるかもしれない可能性。
「あー……確かにエーテルを液化してアマリのマナに合わせて調律すれば、薬と同じ効果は得られるかもしれませんね。彼女の症状は重度のマナ欠乏症ですから、延命が出来なくは無いですが」
「本当かい!?」
一瞬で間合いを詰められて、両肩を掴まれます。あ、これなんか覚えが。
「元老院に頼らないでもアマリを救えるのか? 彼女を助ける術が本当にあるんだな!」
がくがくぶるぶる激しく揺さぶられて首がががが。
「あばばばばたたたすけられれるるるる」
いきなり手を離されますが、完全に目が回っていて、後ろに倒れてしまいます。しかしリムの手が優しく受け止めてくれて、頭を打つことはありませんでした。
「なんてことだ! ここまでの規格外とは! キミはまるで魔女だな! こうしてはいられない! ほら先を急ごう! 道中詳細をおしえてくれたまえ!」
荷物を回収して回るカイリス。清々しいほどの切り替えは見習いたいです。希望的未来を見出したせいで、精神汚染が一瞬で無くなってるじゃないですか。さすが竜の臓器を持つ男。変異エーテルなんてすぐにマナに変えちゃうんですね。
とりあえず、一生涯イコナさんのいう事を二つ返事で聞いてくれるよう、たっぷり恩を売る事にしました。泣いて許しを乞うても許してあげません!




