第七話 SHΛ⧉PΞ⧉DΞ⧉S1⧉RΞ (4)
赤を基調とした上質な絨毯は足音を最小にし、天井から釣り下がる豪華なシャンデリアは行き先を明るく照らしています。お貴族様が好みそうな上品な壁紙は染み一つなく、等間隔で並ぶドアは濃い茶色で装飾性の高い光沢に、金のノブがついておりました。
ドアとドアの間には、花瓶台と呼ぶのが忍びないほどの綺麗な柱状の彫刻の上に、様々な形状の花瓶が飾られ、それぞれ花瓶に良く合った花が飾られています。
廊下に満ちる花の香り。足音を吸い込む絨毯。上品であり静かであり、危険も無い。思考がはかどってしまう、そんな場所です。
「アマリ、先に行きすぎだよ」
リュミンの声に、先行してしまっていたアマリが我に返って立ち止まります。白い尻尾は今にも引きずりそうで、振り返った彼女は、溢れ出しそうな感情を必死に抑えている事が痛いほどわかる余裕のない表情でした。
似たような顔を、昔鏡で見ました。
「ごめんなさい。わたし、えっと」
「ひんはいへふよへ」
もしゃもしゃとクラッカーを口に押し込みながらだったので、共用語ではない何かになってしまいました。
水筒の水で塩気だけのクラッカーを流し込んで一息。
「感情が沈んでいると精神汚染が深刻に影響します。なんだか今の状況ってそれを狙って分断された気がするんですよね。なので、焦ったり考え込みすぎるとおかしくなっちゃいますよ?」
「で、でもぉ」
どうすればいいんだとばかりの泣きそうな顔。優しい言葉で慰めてあげたいのですが、どうも理屈っぽくなってしまいます。イコナさんの性格というか、知人の狐狼の影響。
「焦っても仕方がないのは事実ですぞ。我々とて、先への道を見つけられていないのですからな」
クラッカー片手に、ニブレットさんはすぐ近くのドアを開けます。天井までぎちぎちに詰まったトランクケース。並んでいる扉、こんなのばかりです。
ニブレットさんはケースの一つを引っ張り出そうとしますが、完全に固定されているようでびくともしません。諦めた彼はため息交じりにドアを閉めるのです。
「せめて物資の回収ができれば気も紛れましょうが、こうも外ればかりですと、いささか気分が萎えますなぁ」
「かなり深い位置にいるはずなので、リマナの一つくらいありそうなんですけどね」
アノマリークラスターに突入するなら、やはり目的はリマナです。アーティファクトの材料として高額取引される、回収可能なアノマリー物質。
私もドアを一つ開けてみますが、ヴァイオリンなる楽器で埋め尽くされてました。外れです。
「兄さま、あっちで発狂してなければいいけど…」
心配の方向性が、思ってたのと違いました。探索に連れてきている以上、割り切っていると思っていたのですが、彼の性格を考えると、今頃全力疾走しながらドアを片っ端から開けててもおかしくないです。ちょっと見てみたい気もしますが。
「カイリスは心配性だよねぇ。おいらと会った時も、第一声が妹が狙いか? だもんねぇ」
「ほほ、そうでしたなぁ。ただでさえ異常な環境。さらにドラコニアンなる別人種など、早々信じられますまい」
キャラバンが村に到着してすぐのお話のようですが……私は出会って早々信じてしまいましたけどね。だってロマンがあるから。
氷竜だか水竜だかはわかりませんが、存在としては興味が尽きません。それこそ血を採取して、出来る物ならニアラの研究用データベースで調べてほしい。私以上の純度の高い竜に大興奮して鼻血噴き出して倒れて欲しいです。
そんな未来は、きっと来ないのですけど。でも会えるなら……って考えが完全に罠なのです!
「んー…やっぱりここは思考に落とし込ませて、心的負担を増やすための場所に思えます。イコナさんは明るい話題を所望します!」
「明るい話題かぁ。そうなるとやっぱり、アンカーが無事に設置できた後の話じゃない?」
今まさに我々がそのためにやっている事。リュミンの言葉に、ニブレットさんも楽し気に言います。
「軽く試算しただけでも一往復で百万シシルは利益として手堅いでしょうな。今回の村の滞在期間の出費や時間を考えれば、一か月以内に黒字となりましょう。他の隊に販路移譲も視野に入れてよいでしょうな」
「えっと、シシルって?」
閉ざされた村で生活しているアマリが知らないのも当然。シシルはコロニーに生きる人が使うお金なのです、と説明が頭に浮かぶも、そもそもお金の概念知らないのでは?
記憶の断片から、村の事情を推測、適切な言語を抽出、なんてことを即座にやって、無駄に糖分を消費してしまいます。
「シシルはコロニーで使うお金です。物資と交換できる配給券みたいなものですよ。百シシルで中等級缶詰が一個買えるので、一往復百万は……うん、すごい事です」
先に進みつつ、通りがけにドアを調べます。大量のピアノ。外れです。
「缶詰一個百シシル……パンだといくらくらいなの?」
この質問に、私もニブレットさんも腕を組んで、うーん、なんて悩んでしまいます。
悩む私たちの理由を、リュミンがわかりやすく応えてくれました。
「信じられないかもしれないけど、あの村のパンはコロニーだと高級品なんだよ。そもそも収穫したてや一年以内の小麦自体が、いくらになるかわからないからね。高品質品の価格で考えるとそうだなぁ……パン一個で千シシルくらいかな?」
『たっけぇ! いくら何でも高すぎだろ!』
黙ってたガンターすら驚く価格。アマリはまだ実感できないようで、ぽかんとしてます。その分の驚きはガンターがしてくれました。
「ミルクやバターなんかも絶対に売れるからねぇ。実際に取引が始まったら、村は安泰じゃないかなぁ」
「確かに。しかし、こんな世でも相場がございます故、村と取引を繰り返していれば価格もいずれ下がりましょう。なので、村を出ても故郷のパンは食べられる事を保障いたしますぞ」
どうせ販路独占して価格操作するのでしょう? という私の感想は今は野暮なので口にしないでおきます。空気の読めるイコナさん。本当に独占するなら、今回の恩で安価で小麦を買い付けましょう。そのままパン屋も有りですね! 私においしいパンが焼けるかどうかは別として。
ニブレットさんの言葉はアマリに村を出る未来を示唆させるものでしたが、アマリは何か言いかけて、言葉を飲み込むように口を閉ざしてしまいました。
「アマリ?」
問いかければ、揺れる瞳がこちらに向き、何かしゃべろうとして、声が出なかったようです。
焦点が合ってません。肩が上下に揺れてます。過呼吸。それに、目がひどく濁って見えました。あぁ、これはまずい。
「ね……さま、わたし」
「落ち着いてアマリ。精神汚染の影響です。大丈夫ですよ」
札と、空の小瓶を取り出して近付きます。小瓶を握らせて、顔に札を叩きつければそれで終わり。ですが、彼女は一歩後ろに下がるのです。
どこからともなく、通路全体に音楽が鳴り始めました。穏やかなヴァイオリンが主役の曲。だけど、頻繁に音階がずれて歪になってしまっている。やはりここは、そういう場所なのです。
弾け飛ぶように最寄りのドアが開き、詰め込まれたピアノが一斉に音楽を奏で始めます。それを合図に次々とドアが開いて、楽器の詰まった場所は不協和音を立て始めました。
「んぁー! もう! このクラスターは音響攻撃が多いですね!」
ウサギ系キメラに優しくない環境です!
混乱で状況に適応できてないアマリに一気に近づいて、手に瓶を握らせて、顔に札を叩きつけました。札はちゃんと効果を発揮するも、すぐに瓶が一杯になって、ぱちんと音を立てて割れてしまいました………割れてしまいました!?
精神汚染の影響が深刻で許容量を超えたという事ですが、それだけ変異エーテルを貯め込んでたならとっくに錯乱しててもおかしくないはず。でも彼女は直前まで冷静で会話に参加できるくらいには自我を保ってて。
「う」
役に立たなかった札を捨てれば、少しインクで汚れた顔に赤が混ざりました。鼻血。そこまで強く叩いてません。不協和音による高ストレスなら、私も耳から血が出そうですけどね!
「ね…さま!」
「ぬぁ!」
いきなり彼女の方に引っ張られて、彼女と一緒に床に倒れ込みます。直後、開いたドアから大量のピアノが壁に向かって飛び出してきました。おまけに、なんか右側に圧力を感じます。
起き上がれば、なんか、壁が床でした。
重力異常です。頭上にドア。足元は壁。落ちた花瓶が散乱して、ドアの正面は詰まっていた物資で塞がれてます。背後は山になったピアノです。
「リュミン! ニブレットさん!」
「こっちは平気ですぞ!」
向こうは大丈夫。なら、まだ横になったままのアマリが優先です。
とりあえず、もう一本瓶を持たせて、再度札を使用。今度は割れずに変異エーテルを回収できました。瓶はほぼ満タン状態。アマリの呼吸も落ち着きます。
「よかった。でも、これは」
彼女の手から回収した小瓶。そこには変異エーテルが液状化して濃縮されるのですが、濃い紫の層に加えて、銀色の層が、半分以上を占めていました。
変異エーテルなのは間違いないです。ですが、性質の違う変異エーテル。放浪生活で埃を被った知識と記憶を引きずり出したいですが、時間が無いです。
「アマリ、これわああああ!」
突然の重力変動に、今度は反対側の壁へ落下。叩きつけらそうになりますが、空中で抱きしめられて守られてしまいます。
衝撃。痛みが無かったわけではないですが、彼女に比べれば無視できるものです。
すぐに力が緩み、飛び起きれば、異常事態がアマリを襲っていました。
「姉さま、無事?」
「…今のあなたに言われても」
吐く息は白く凍り、流れ出ていた鼻血も凍り付いています。彼女の特徴的なティアラのような角は霜に覆われ、尻尾には鱗の延長のように、刺々しい氷が伸び始めてました。
アノマリー現象ではないです。工房で何度も感じた気配。魔法の源であるマナが燃焼して、燃えカスとなったモノの気配です。マナを制御できてないのです。それ自体も彼女の体調に直結しますが、それ以上に良くない事が一つ。
マナの燃えカスは、パッチ領域で激しくアノマリーを刺激します。
「イコナ、まずいかも」
異変はすぐに感じました。足元が地震のように揺れていますから。
活性化と言っても問題無いです。異常現象のトリガーが全部引かれて、ちょっと効果が強くなるだけですから。
どこまでも続きそうだった廊下が、奥から潰れて行きます。重力変動にも不動だったシャンデリアが点滅し、ドアから溢れていた物が、吸い込まれるようにドアの中へ落ちて行きます。
「行き先は一つです! ドアの中へ! アマリ、動けますか?」
「…うん、行く。姉さま掴まってて」
肩を貸すつもりだったのに、彼女は氷を鎧う腕で私を抱え上げ、ピアノが吸い込まれていったドアの中へ飛び込みました。本日何度目かになる落下。ですが重力の向きがまた変動し、斜めに滑落するように落ちて行きます。
ドアの向こうは細い通路でした。しかしすぐに通路の素材は全て新聞紙になってしまい、断片的な情報が次々と視界を過っていきます。
『ノクタナル⧉サーカス到⧉着──街⧉祝祭ム⧉⧉ 』『劇団ノク⧉、観客⧉動員⧉数⧉減』『協⧉体制=買収? 劇団員激⧉ 』『事故──犯⧉劇団員?』『支持者衝突──内乱⧉収拾不可 』
視界ばかりか脳裏にちらつくアノマリー化した情報。興味深いですが、今はそれどころじゃない、黙っていただきたい。
『劇団ノク⧉事実上の最終公演──主⧉歌 ⧉』
ノイズと共に叩き込まれた断片情報。新聞の通路はバラバラになり、闇の中に豪華な扉が一つ現れます。
口を開けるように開け放たれ、人の作る喧騒の中へ、我々は放り込まれました。
ドアを越え、見えた景色は巨大な劇場。何もかもが、巨大で、巨人のために作られたかのようなその場所に放り込まれ、柔らかい絨毯の上に転がされます。
「わー、イコナどいてぇ」
「ん? うぉお!」
大急ぎで横に転がれば、ニブレットさんを担いだリュミンが私がさっきまでいた場所に落ちてきました。あのまま居たら、リムが反応しちゃうところでした。
「うわ、アマリ大丈夫?」
目を回していたニブレットさんを降ろし、氷まみれになったアマリをリュミンは起こしてくれます。
リュミンに肩を借りてなんとか自分で立とうとしますが、項垂れた彼女の口や鼻からはどろりとした血が垂れてました。
優先順位が脳内で目まぐるしく変わって、混乱してしまいます。
「やれやれ、とりあえずあの巨大な座席の下などいかがですかな。まずは安全を確保しないと」
「そうですね。急ぎましょう」
私もアマリに肩を貸し、見上げるほど巨大な座席の真下に引きずるように彼女を連れて行きます。体温は低く、自ら出す氷で凍えているのか、小さく震えていました。
座席の支柱の傍で寝かせて、身体についた氷を払ってあげます。新たに氷を生み出す事はなく、意識はひどく混濁しているようでした。
「今のこの子の症状について、何か知っていることはありますか?」
キャラバンなら何か知っていると思ったのですが、二人とも答えをくれません。
「……かばん」
アマリがうわ言のように呟いて、ニブレットさんが持っていた彼女の鞄をすぐに広げてくれます。
怪しいものはすぐに見つかりました。金属のケース。開けてみれば、中身は注射器と、瓶に密閉された薬品、のような物がありました。
完全にガラスで密閉された薬品。ですが、中に入っているのは薬なんかじゃないです。
感じます。専門家ですので。この銀の液体は、エーテルです。それも変異エーテル。しかも意図的に効果を調整してある。
「なんだか、きな臭くなってきましたが……注射って打った事ないんですが?」
「ではお任せを。とりあえずコレを打てばよろしいですな?」
アマリは今にも意識を失いそうですが、頷いてくれて、本当に辛いようで顔を絨毯に押し付けてしまいます。
ニブレットさんにケースを渡して、まずはわかる事から把握していきます。
場所は巨人のための劇場とでも言うべき場所。中央のステージを囲うように座席が並んでいて、なんどか見た煙の巨人がそこに腰掛けています。あの巨人から見れば、私達は蟻のようなサイズ。なのに絨毯は特別に繊維が大きくなってるわけでもなく、普通の私たちサイズの絨毯が引き延ばされて床に敷かれている状態でした。
「はーい、ちくっとしますぞー」
注射器で薬液を投与。エーテルを直に血中に入れるなんて狂気の沙汰ですが、すぐに効果を発揮したようで、注射器を片付けている間にアマリの呼吸は落ち着きました。
「峠は越えたようですな?」
「そう思いたいですが……はぁ」
ニブレットさんが、アノマリー避けのランプを点灯してくれます。見える範囲に動いて見えるのは、白い人影の巨人だけですけど。
「お疲れで申し訳ないが、何かわかる事があれば教えていただけますかな……多少は、お力になれるやもしれません」
「……パッチの影響で精神汚染からの錯乱までは確認しました。彼女の精神的な負荷が引き金だったと思います。その後の、魔法の制御が出来なくなったのはよく、わかりません」
呪符で彼女から絞り出した、変異エーテルの詰まった瓶。それをニブレットさんに渡してみると、彼は軽く瓶を振って、すぐに返してくれます。
「専門的な知識はありませんが、先ほどの薬液と同じに見えますな。そのような特徴的な液体、他にないでしょう」
「私もそう思います」
つまり、私は余計な事をしてしまったかもしれない、という事です。
呪符の効果は簡単に言えば、顔に張り付けた相手の体内のエーテルを瓶に移す、という物。深層パッチでの不調の原因は、パッチに存在する毒性を持つ変異エーテルが引き起こすモノなので、これを取り除いてしまえば体調は一時的に戻ります。
パッチ以外でも、エーテルを過剰に取り込むとエーテル中毒という形で酩酊状態に陥ります。
分かり易く説明すると、お酒を飲みすぎて二日酔い。放っておけば分解されてしまうけど、すぐに体内のアルコールが無くなれば、良くなるよね。という事です。
アマリはどういう訳か、別の環境エーテルをかなりの量を体内に取り込んでいました。呪符の効果でそれまで取り除いてしまい、結果的に彼女の変調に繋がった。
「アマリ……まさか、これがあなたのお薬なんですか?」
エーテルを調整して薬とするなんて、考えた事ないのでわからないです。
意識を落としてしまったのか、返事はありません。もしかしたら、答えたくないのかも。
「…わたくしも周囲を警戒いたしましょう。イコナさんは彼女に寄り添ってくだされ」
強弩を手に、リュミンが警戒しているのとは別の方へ歩いていくニブレットさん。空気も読めて知的で、紳士なほぼ動物容姿の彼は素敵ですね。
いつまでも絨毯に顔を押し付けさせてるのはどうかと思い、自分の手持ち鞄を枕にしてあげようと思ったら、彼女は身じろぎをするのです。
「……ひざまくら」
「……はい?」
「ひざ枕して…」
いじけたような言い方。仕方なく、私は折りたたんだ脚の上に、彼女の頭を乗っけて仰向けにして差し上げます。尻尾も水色の鱗を天井、座席の底面に向けて伸ばして、どこに来たのか忘れちゃいます。
これで草原とかだったら、いい感じですけどね。座席の下とかいう意味わかんない状況です。
「……場所が場所なので、遠慮なく聞いてもいいですか?」
「…ん」
「身体、よくないんですか?」
優しい歌声がステージから聞こえてます。遠い昔の残響のような。栄光を歌うようなそんな声が。
「………小さい頃はね、ずっとベッドで寝てたの」
目を閉じたまま、懐かしむように彼女は言います。
「血を吐いたり、何もしてないのに鼻血が出たり。熱とかじゃないんだよ? ただ、何をしても体が悲鳴を上げるみたいで、壊れちゃうような感じがするの。あの頃は、ご飯もまともに食べれなかったなぁ」
一つ一つ、私の頭の中で可能性が組み上がってしまいます。知識の多さゆえに、それを与えたあいつが憎くなる。
アマリの言葉が、その可能性をどんどん強くするのです。
「だけど、ある日ね。兄さまがもらってきた薬のおかげで症状が良くなって、普通に動けるようになったんだ。あれは特別な薬なんだって。何年か前までは、もう治ったと思ってたの、だけどね」
立派な角を撫でてみます。硬く、少し暖かいです。
「だけど、一年くらい前からね。またおかしくなったんだ。それから薬の頻度もどんどん増えて、今じゃ三日に一回は打たないといけなくなっちゃった。きっともう、悪くなる一方なんだよ」
目を開けて、彼女は私に困ったとばかりに笑いました。
「わたし……きっと失敗作だったんだ。兄さまみたいに完成してないドラコニアンだから、壊れて行っちゃうの。だから壊れ切っちゃう前に、たくさんがんばって、みんなに私を覚えてもらおうとしたの。兄さまは少しでも大人しくして欲しかったみたいだけど、元気な姿だけ、みんなに覚えて欲しかったし、最期まで寝てるのは嫌だったから。それで十分だと思ったのになぁ……」
ため息をついて、感情に蓋をするようにして。だけど声に滲むのです。悔しさが。
「諦めてたのにさ……師匠たちがやってきて、外の世界があるって知って、それでも外にはどうせいけないって諦めてたのに、姉さまのせいで、暮らせるかもしれないって…思って」
憎しみなんて無い。どうしようもない悔しさと、悲しみと、希望の残骸を彼女は私にぶつけるのです。
「死にたくないって……思っちゃったの。もっと生きたいって。もう………わたしは壊れてしまうのに」
腕で顔を覆い隠して、彼女は泣き顔を隠してしまいます。
「……………死にたくない」
慰めの言葉は浮かびません。無責任で半端な言葉なんて、意味がないのです。
寄り添えるほどの理解力も持ってない。彼女の全部を理解してあげられない。そんな事を言えるほど、長く過ごしてません。だけど、自分の中で渦巻く感情を押さえつける言葉がある。それが慰めになんてなるとは思えないのに、口にするのです。
「……マナは、幻獣種の混ざるキメラに特に多く含まれます」
この不確かな世界の、確かな事。
「体内のマナは通常、キメラ種の不可解な部分を補う繋ぎ目のような役目があります。それは、キメラに適合した一種のアノマリー現象の一つです。あなたはおそらく、体内のマナを作る量が少ないのですよ。それが、不安定になる原因なのです」
キメラ種は本来、人間を基礎に二種の生物が混合しています。交配が発生した場合、その生物の潜在的な強さは、ある程度バランスを保って生まれるようにデザインされているのです。
私であれば、竜の血が強くなった分、身体能力は人間程度に、ウサギの長所は聴覚だけ。これによって、繋ぎ目に使用されるマナの総量は、自分で作れる分で補えるはずなのです。他のキメラであれば、生物的な弱点を取り込んでバランスが保たれたりします。
しかし、ドラコニアンは見るからに竜の力が強すぎる。欠点など無い様に見えました。だからこそ、マナが自分で供給する以上に消費してしまうのでしょう。
カイリスは、自分の方が身体的に竜に近いと言っていましたが、もしかしたら、アマリは内面が竜に近すぎるのかもしれません。設計部分で基礎が違う可能性もあります。
知識と考察で頭を埋めてみても、現実は変えられない。そんな事で彼女のマナの供給は増やせないし、消費量を減らせないのです。
恨むべきは、夢のような存在を作ろうとした人。遠い昔のロマンに駆られた愚者でしょうね。本人は未来に託したつもりでも、生み出された側はご覧の有様です。
かつては、たくさんの未完成のキメラが同じ気持ちを感じたでしょうね。
「アマリ、この先も生きられるなら、何をしたいですか?」
「……なんでそんな事聞くの?」
残酷な話題かもしれません。でも私ははっきりと言ってやるのです。
「感情は、エーテルをマナに変換する燃料だからです。絶望的な感情では意味がありません。希望や感動、心が動く感情こそが、マナの本質だからです。胸を締め付けられる感情が最良です。一秒でも多く長生きしたいなら、希望を抱いてください」
腕をどかしたアマリは、とても不機嫌でした。口の先をとがらせて、勢いよく起き上がります。
「姉さま嫌い! こういう時は優しい言葉で慰めてくれるんじゃないの?」
「イコナさんにそういうのを求めるのは間違ってます。それに、あなたがどこまで本気で生きたいのか知りたいですからね」
「うーっ、生きたいよ! 生きたいに決まってるじゃん! コロニーに行ってみたいし、色んな人に出会いたいし、自分一人でどこまでやれるか試したいよ! 世界中に旅をして、意味わからないものも見てみたかったの! あと姉さまと暮らしてみたい…………今ちょっとわかんないけど」
いじけるように言って、勢いがしぼんでしまいます。しかし、眩しいくらいの夢です。私なんて、旅なんて無理なんて思っちゃうのに。
今朝の夢を思い出します。憎たらしい、狐狼と出会った日の事を。
「私に混じっているのが、ウサギと竜だと証明した人が言いました。ただの竜じゃない。他者の願望を叶える力のある伝説級の竜だ。その力を鍛えて鍛えて鍛えまくれば、毎日高品質保証書付き小麦の焼きたてパンも夢じゃない。それどころか、運命論を足蹴にできる力が手に入る。過去の同種族が証明済みだ! って。実に馬鹿げたお話ですが、私は実際に、魔法の力を使ってお店を開くほどに鍛えました。コロニーにいた頃は、毎日高品質保証書のついた小麦で焼かれた焼きたてのパンを朝食にしたものですよ。村の焼きたてパンには負けますけどね」
運命論を足蹴にする? 同種族が証明済み? その通りです。実験しましたもんね。そのせいで、私はコロニーを追放されたのですから。
「あなたの願いを叶えてあげます。そのままとは行きませんが、大丈夫。上手く行ったら、私にぜひ感謝してくださいね?」
私は運命論を足蹴にする方法を知っています。かくあるべき未来を歪ませる方法を知っています。なぜなら、私は特別な竜なので。
アマリが信じられないとばかりに私を見ています。嘘か本当か測りかねているのです。
「もしや疑ってます?」
「えと、本当なら、嬉しいけど、信じられないかも」
そういう顔をしていたので、私は立ち上がって不敵に笑ってやるのです。
「疑うのは勝手ですが、いかに私がこの世界にとって特別な存在なのかは、その目で見てから考えてみてください」
ぱちん、と指を鳴らして見せれば、私のすぐそばに滲み出る、特別な存在。
闇より深い黒。指が爪になった大きな手。四つの目は開いたままで、六本の鳥のような尾羽を持つ漆黒の異形。
……ただし大型犬サイズ。
「わ、何この子かわいい」
「あなたの感性は正しい!」
思わず指をさして叫んじゃいましたが、リム、ここは本来のサイズで現れるタイミングなのですよ。人前ではかわいい感じと言ったのは私でしたが。
「この子はリムです。私が愛してやまない大切な相棒で、私の事を本能的に愛している謎生物です」
「へぇー…あ、わたし知ってるかも。もしかして犬?」
「ちがいます」
埒が明かないので、リムの目をじっと見つめて、元の大きさでお願いしますと念じると、一度その姿が薄くなって消え、今度こそ本来の大きさで私の背後に現れてくれました。
「わ、わあ?」
見上げる姿になったリムを見て、アマリが困惑と驚愕の混じった声を上げます。辺りに漂っていた空気が払われ、別の支配者の空気が周囲を満たします。ちっぽけな意思のあるアノマリー共が、戦意喪失してどっかいっちゃうのを感じました。
「ま、見ていてください。全て上手く行ったら、きっと私がカミサマってやつに見えちゃいますよ?」
アマリは私とリムを見上げながら、穏やかに笑いました。悲しい未来を忘れて、今だけはか細い希望に縋って。
「村のオブジェ、姉さまで応募して正解だったね」
「それは、あなたの布教次第ですね」
その場合はイコナ教ができてしまいますが、リムと空の柱もセットで崇めて欲しい所です。
さぁ、ここからは簡単モード。待ち受ける危険が向こうから避ける世界です。
ちなみに、遠くではニブレットさんが口をあんぐり開けて硬直してました。彼が理解をするまで、じっくり休めるほどの時間が必要なのでした。




