↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
P4TCHW0ЯK_W0R⧉D  作者: 哉守柚栞
第一章
PR
15/29

第六話 BΞ⧉ΞΛ⧉H⧉THΞ⧉SΛ⧉⧉FΛC⧉ (5)


 風は凪、静寂に細雨、月は登らず、日は過ぎず。

 腹は満ちれど夜は来ず。動かぬ仇は未だ影。


 間違えました。動かぬ仇はなさけなし。でした。

 何のお話かって? 今の状況をちょっと素敵な感じに表現してみたのです。

 風は相変わらずの凪。遠い天井を叩く細い雨は相変わらず一定のリズムを刻み続けています。時間はとっくに夜になっているはずなのに、外は相変わらず薄暗いまま。どれだけ時間が過ぎても夜が来ないのです。

 ニブレットさんが手がけたキャラバン風野菜のスープは硬焼きのパンに良く合って、大変おいしく、野営だというのに実に満足感のある代物でした。私が一応警戒しているオルヴァさん、ギーネさん、ジルニアさんが毒を盛るとかするなら絶好のタイミングだと思ったのですが、彼らに動きは無く普通に何事もなく過ごせました。つまり企みの詳細は不明のまま、という事。

 リムが最大限の警戒として反応を示した以上、ある程度過激な行動についてを示唆したと思うのですが、本当に私とアマリの関係に嫉妬しただけだったらどうしましょう。

 嫉妬で考えると、村のお子様、腕に羽が生えて尻尾がネズミのものだったリッカも凄かったはずです。小さく呪詛みたいの吐いてましたが……殺気に至らなかった故にリムが無反応だったのですかね。彼女はいずれ大人になった時が心配です。

 件の三人のうち、山猫ウサギのギーネさん、妖精耳鳥足のジルニアさんは、教会入り口の両脇にある窓際で見張りをされています。残るオルヴァさんも、入り口付近で自身の得物である両刃剣を磨いておりました。

 アマリ、カイリス、ニブレットさんの息子の一人は食後の片づけ。ニブレットさんともう一人の息子さん、リュミンは地図を床に広げて、帰還時のルートとリフトとやらの場所の確認していました。地図の赤いぐるぐるとやらがもしかしたらリフトである可能性があって、環境アノマリーがどうとか小難しい話をされてました。

 またしてもイコナさんは暇にしているのか! と思われるかもしれませんが、スープとパンだけの食事にささやかなおまけがついたのは私のおかげですし、暇にしているわけでもございません。

 拾ってきた小石に色付きの粘着テープを巻くので大変忙しい。赤、黄、青のテープはキャラバンの先行隊であるニブレットさんのお子様二人から借りたもので、リボンと同じで目印に使うものらしいです。彼らいわく、意外と張り付かないから使いにくいしいいよー、との事。

『で、お前は今度はどんな呪物を作ってるんだ?』

 私が一人で探索に出ている間も一切の動きがなかった、という実に面白みの欠片もない報告をしたガンターは、私以上に暇になってそんな事を聞いてきます。あ、いや私は暇じゃないですけどね?

「これはある種の互いの信頼を得るための道具。魔法的な効果はありませんが、呪物を使うよりもよほど相手の事がわかるようになる、そのためのモノですよ。というか、これ教えてくれたのあなたなんですが?」

 赤いテープを小石に巻き付けて、ナイフでテープを切り、完成。

 赤、青、黄のテープに巻かれた石がそれぞれ十五個。洗浄済みの空き缶が三個。それぞれに、各色を五個ずつ分配して入れて、準備完了。

 両手でがんばって缶を持ち、ぽこぽこと足音を鳴らしつつ、尻尾の先を少し持ち上げて教会の入り口近く、床に胡坐をかいて剣を磨くオルヴァさんの元へ。

 牛の角が生えた彼は、私が目の前で立ち止まると僅かに顔を上げて睨みつけるような視線を向けてきます。

「…何か?」

 静かで短い問い。気弱なイコナさんはそれだけで威圧されちゃいますぅ。だから尻尾を少し高めに持ち上げてゆらゆら。愛らしい笑みを添えて差し上げます。

「まだ寝るには早いですし、よければ一緒に遊んでくれませんか? 道中お話もできませんでしたし、交流もかねて」

「……その必要があるとは思えません。聞けば、万事上手くいけばあなたは村を発つのでしょう?」

「長期的な交友関係の必要性は確かに感じませんが、明日は少なからず私の指示に従って頂く事もあるかもしれません。ろくに知らない相手からアレコレ言われるのは嫌じゃないですか?」

「それについては、今日一日であなたの実力は十分に痛感しました。今更指示に異論は、我々にはありません。明日は使い捨てる気で指示して頂いて結構」

 自虐的な発言で剣を磨くことを再開。こちらを見てもくれません。昼間の道化を切った際の油がぬぐい切れないんですかね。

「んー…それは困りました。いざ指示を出そうにも、小娘の勝負も受けられれない臆病者相手に一体何を指示すればよいのか…」

「…………は?」

 視線は今度こそ睨むもの。声も低くなっております。しかし私は本当に困ったように尻尾を揺らします。

「深層パッチにおける精神汚染は個人の性格によって症状が変わります。臆病者は錯乱しますし、慎重さは過度な消耗を。特に厄介なのが、視野が狭く思考が硬い方で、誇大妄想に囚われて無謀な行動を起こすそうです。それが筋肉の塊となるともうお手上げですよね」

「………」

 オルヴァさんはまだ何も答えません。小娘の戯言程度にしか聞こえてないのですかね。しかし血流が良くなって顔色がちょっと良くなってます。皮肉くらいは理解できるようで良かったです。

 しかし、彼からすれば少なくとも、今まで私に対して失礼な言動等はなかったのです。いきなり挑発的な発言を受けるいわれもなく、ただ不快な思いをしているわけです。

『ったくめんどくせぇ、いいかイコナ、こういう奴にははっきり言うべきだ。その角の生えた頭に脳みそが入ってるかどうか確かめたいから、頭を使ってる所みせてくれってな』

「そこまでは言ってません!」

 ガンターの発言にいきなりオルヴァさん立ち上がったので、慌てて訂正しちゃいました。立ち上がるとでっかいですね! 威圧感でひえーって感じです。鬼の形相とまでは行きませんが、牛の角がお似合いな高身長と体つきです。つまりオーガと呼ばれる種の中でも、オニという虎皮下着を愛用する種族のキメラなのかもしれません。

 太い爬虫類の尻尾は色が変わって黒くなり、模様がはっきり見えます。威嚇色ってやつですかね。

「あはは…うちのガンターが失礼しました。彼の軽口は適当に流してくれると幸いです。イコナさんもそこまでは言いませんよ。言わないだけで思ってたりはしますが」

 おっと口が滑ったぁ! 臆病担当の脳内イコナさんごめんなさい! パッチ生活ですっかり存在感が無くなっておりますが、いかがお過ごしでしょうか! 引退されてのんびり過ごされている事をお祈り申し上げます!

 オルヴァさん、すごい形相で見下ろして鼻息が荒くなった気がしましたが、胸倉をつかまれるような事はしてきませんでした。やはり理性的であられる。それでもほんのりリムの気配を感じますが、空気の読めるあの子は姿を出しません。

「イコナ殿、その勝負とやらお受けしましょう。それであなたが納得いくなら」

「やったぁ、ではこちらへ。せっかくなのでみんなで遊びましょう」

 焚火の方へ向かい、ほんのり熱が感じるくらいの距離の場所で座り込みます。

 どすん、と腰を下ろした彼に石入りの缶を渡し、残りの一つを脇によけておきます。

 それぞれ仕事を終えた皆もこちらの様子に、視線が集まります。せっかくなので、ちょっと声量を上げて皆にも聞こえるようにしましょう。

「今からやるのは、嘘つきゲームです」

 私の分の缶をひっくり返して見せます。

「缶の中には赤、黄、青の石が各五個入ってます。これを好きな組み合わせ、好きな数を選んで、数は明かさずに缶の中に入れます」

 小石を片手で拾い、手元を隠し空き缶の中へいくつかを入れます。オルヴァさんも、一度手のひらに出した色付きの石を同じように、からからと入れていきます。

「缶の中へは最低でも六個入れてください。入れ終わったら、残りの石は隠して見えないところへ」

 握った石は自分の後ろに隠し、彼もそれに倣います。

「ここからが本番。私達は選んだ石がいくつあるかを言い合います。今回は二人なので、各色最大でゼロから十個あるわけです。さてオルヴァさん、何色が合計でいくつあると思いますか? 一色選んでみてください」

 彼は大きな手で缶を傾け中を覗き、宣言します。

「赤が六個だ」

「なるほど」

 私も自身の缶の中を見ます。私の缶の中身は、赤が四つ、青は三個、黄色は一つ。つまり、彼が赤を二つ持っていれば正解、という事。

「前の人が色と数を宣言したら、次の人が取れる選択肢は二つ。一つは、より大きな数を宣言する事。今回の場合は『赤が六』との事なので、『青が七』、みたいな感じですね。もちろん、赤が七でもいいですし、黄色が八と数字が飛んでもいいです。ここまではいいですか?」

 オルヴァさんは素直に頷いてくれます。尻尾の色も落ち着いて、集中してくれていますね。

「では、少しやってみましょう。赤が七」

「………青が八」

「黄色が九」

「…………ありえないな」

 オルヴァさんは短く呟き、自らの缶の中身を床に出して見せます。

「俺の石には黄色が二つしかない。九にするには、俺が最低でも四つは入れてないといけない。だからその数は、嘘だ」

 彼の石は黄色が二、青が四、赤が二でした。すごい、最初の赤が六はどんぴしゃですよ。

 私も缶の中身を出して見せ、彼はどうだ? とばかりに腕を組みます。敬語も忘れて、自然な振いです。

「そう、それこそが数を吊り上げる以外の選択肢。誰かが嘘を言ったとわかったら、嘘だと指摘してください。指摘通り嘘なら、見抜いたその人の勝ち。外れてたら指摘した人が負けです。今回の場合は、私が嘘を言っていて指摘したオルヴァさんが正しいので、そちらが勝ちですね。お見事」

 おー、と誰かが声を上げ、小さな拍手。歓声にはルールの理解の意味が強い気がします。でもアマリとニブレットのお子様二人は首を傾げてました。

 これでくだらない、とオルヴァさんが缶を握りつぶす可能性もあったのですが、彼は口の端を持ち上げて言うのです。

「なるほどな。ではこの数であれば、俺の青の八をそちらが嘘だと言っていれば、そちらの勝ちだったわけだ」

 理解が早くて大変よろしい。この時点で彼は頭の中身まで筋肉では無い事がわかりましたね。険しい表情も少し楽し気になってました。どうやら、この手の勝負事は嫌いではない性格のようです。本来はもっと粗野で気持ちのいい振舞いが似合う方なのでしょう。

「その通り。ですがゲーム的には青の八は私からすれば自分で四つ入れてますので、もしかしたらありえるかも? という数なので宣言するには微妙な数です。最初の人がどの辺りの数から始めるかが肝ですね。つまりこれは駆け引きのゲーム。そして、ここにもう一人加わってくれると、もっと複雑化して楽しくなるという事です。さて」

 集まっていた皆さんに視線を向ければ、リュミンと視線が合いました。釣られて周囲の視線も彼に。

「ほら師匠、やって見せて! わたしももう一回見れば理解できそうだから!」

「えー? おいらこういうの苦手だよ?」

 そう言いつつもアマリに背中を押されて席に座り、すぐに缶を手にします。乗り気に見えます。

「ではやっていきましょう」

 自分の分の石を拾えば、オルヴァさんもそれに続きます。

 手元を隠して、石を適当に入れて。そのタイミングで聖堂に穏やかな曲が流れ始めました。

 見れば、ニブレットさんが私の戦利品であるレコードを蓄音機にセットして、石像の前で流していました。明るいテンポで、美しくも楽し気な声が静かに流れ始めます。機械式で放っておいても勝手に音楽が流れる蓄音機。薄暗い聖堂が少しだけ華やかに感じました。

 本来は静かに身を潜めて休む時間、なんて野暮な考えは今はしません。

 各自、残った石を後ろに隠して、顔を見合わせました。

「誰から行きましょうか?」

「こういうのは、新入りからだろう? そこから時計回りでどうだ」

 口の端を持ち上げて楽しそうなオルヴァさんに、リュミンは眉をひそめて困った表情。でも余裕があります。

「お手柔らかにねぇ。そうだねぇ……まずは様子見で『青が五』かな」

 困った顔で絶妙な数字。

 私が入れたのは、赤が三、青が二、黄色が四。宣言できるのは六以上。嘘とコールするにはまだリスクが釣り合ってない状況です。二人で合計三個、ぴったりじゃないといけませんから。

「次は私ですね。黄色が六」

「青が七」

「んー………黄色が八」

 まだそれぞれの傾向が読めず、なんとも言えません。二人が黄色を合計二つ入れてれば成立します。ここは数を大胆に引き上げましょう。自分の番の際に、絶対にありえない数が来ないように調整するのも大事です。

「赤が十」

「う……いや…」

 指摘しようとしたオルヴァさんは缶の中を見て、考えこんじゃいました。各石は最大で十五個。実に微妙なところです。私に嘘宣言をするか、自分が嘘つきになるか。コールする方がリスクが少なく感じる数です。見守るみんなも、考えてしまってます。

「黄色が、十一」

 数字をあげる事を選びました。リュミンは自らの缶を見て、小悪魔のように悪戯っぽさの滲んだ魅力的な笑みを浮かべました。

「ごめんよ。それ嘘だねぇ」

 リュミンは床に缶の縁を滑らせるようにし、綺麗に石を並べて中を公開。

 黄色がゼロ。青が三、赤は五。

 私も続きます。黄色が四。青が二、赤が三。

 オルヴァさんは黄色が三、青が三、赤は一。 

 黄色七、青八、赤が九。やはり無難にほどほどに入れますね。リュミン以外は。

「……いきなりゼロを選択するとは。リュミンやったことあります?」

「いやー? でもこういうのは面白いねぇ。何点先取りにする? 交代でやってみようよ」

 確かに、一行の興味はこちらに向いてます。見張りをやってる二人まで、何をやってるんだと。呆れ混じれの視線はオルヴァさんに向いていますが、今は彼は背中を向ける形で座ってるので気付きません。

「とりあえず三点先取り。勝った人から抜けてやりたい人と入れ替わりでいきましょう」

 一応、我々は目的があってこの場にいるのです。それでも、即興の嘘つき探しは、パッチの中とは思えない和やかさとそこそこの盛り上がりを見せたのでした。

 一回あたりの時間はとても短く、さほど掛からず勝者が決まります。私です。

 内訳は言うほどではないですが、オルヴァさんが私を疑って自爆したのと、私がリュミンの嘘を見破った事による事でした。大胆に一色を五個いれたり、偏らせるのが初心者に効きますね! 慣れてきたら石の数をもっと増やしてもいいかもです。

 本来のサイコロに比べ、自由に石の数を選べるのもポイント。運に頼らず相手の傾向が出ますので、相手を知るにもよいです。性格の悪さとかは、考えないのが大切。

 早抜けした私はアマリと交代し、少しの間勝負を見守ります。

 尻尾が持ち上がって興奮気味の彼女は以外にも大胆に数字を吊り上げたり、宣言をすることで点を取ります。しかし、表情に出てしまうためか見破られ、点を譲ってしまうようでした。

「青が十!」

「嘘だ! なぜなら俺は青を一つも入れてない!」

「わたしは五個入れてるよ! 師匠は?」

「んー…残念、一個だけでしたぁ。赤だったら五個だったのに残念だねぇ」

「んぁー! 誰かコツ教えてよぅ!」

 連続で点を取られて頭を抱えるアマリに、笑い声もあがります。オルヴァさんですら、険しい顔を崩しておりました。素敵な好青年じゃないですか。

 早くもリュミンはコツをつかんだのか、順調に点を取り既に二点。アマリの後ろで彼女を応援していた私に一瞬だけ視線を送ってきます。

「…アマリ、あなたがここから勝てたら、なんでも一個お願いを聞いてあげますよ」

「なんでも? 姉さま今なんでもって言ったね? うぉぉぉ! 負けられない戦いが始まる!」

 急に元気になった彼女を置いて、私は教会の正面左側、お手洗いもある方のドアへ向かいます。

 蓄音機の音が厚い木の扉に遮られると、途端に雨の音が大きくなった気がしました。純粋にドアが分厚く静寂が勝つのです。この分なら、聖堂の外を通ったアノマリーにも気付かれないでしょう。狭い廊下の奥へ向かえばお手洗いなのですが、その手前の左にある室内へ。

 何もない。机と椅子がワンセットあるだけの部屋。空っぽの本棚には蜘蛛の巣すらないです。隠し扉のスイッチのようなものもない。

 机に寄りかかって雨の音を聞いて少し待てば、予想通り。ふわふわ尻尾の犬ヤギさんがやって来る訳です。

「あっさり勝っちゃったぁ」

 へへっと、リュミンは笑います。結果は別に驚きません。なぜならリュミンはこの手の騙しあいは絶対に得意だから。

「嘘とか隠し事得意ですもんね!」

「う………得意というか、結果的にそうなっちゃってるんだよ……傭兵は雇い主との信頼が大事だから。この話の後でまた嘘つきとか言わないでね?」

「それは内容次第ですよ。少なくとも、何か心当たりがあるんですね? あぁガンター。わかってると思いますが」

 返事が無い。ポーチの上から小突いてみます。

『なんだ? あぁ、試合が気になるのか。今はニブレットが優勢だな。アマリもわかってきてるようで一点取ってるが、俺様から言わせれば駆け引きとは言えない。せめてもう一人増やすんだな』

 声を発する彼の本体は私の腰のポーチにありますが、彼自身は遊びに興じるみんなの状況がわかる位置にいる、という事です。はっきり言われてはいませんが、やはり彼自身は、ある程度自由に動き回るまさに透明な人なのでしょう。制約はありそうですけどね。範囲はそこまで広くないし、壁をすり抜けたりもたぶんできません。黙っていたり話を聞いてないなって時が頻繁にありましたが、周りを見て回っているのだと思います。

「強力なアノマリーとの絆に、キャラバンでも知らない知識、人格を持ってるアノマリー。知れば知るほど底が見えなくなるね。キミはまだまだ秘密があるんじゃないかな?」

「ふっふーん! 古来より女の謎とはそのまま魅力であると言われています。おまけに幸運ウサギで竜のキメラ、秘密がたくさん詰まったこの体はさぞ魅力的でしょう!」

 リュミンにはまだ、私の竜としての本当の特性を教えていないわけですから、実際、秘密がたくさんあります。もはや魅了してしまってもおかしくないほどですが、胸を張る私を見る翡翠の目は微笑ましいとばかりの生暖かいものでした。

「イコナが魅力的なのは認めるけど、本題に入ろうか。今回の件、結論だけ言っちゃうと、イコナに関してあの三人が敵意を向ける理由はおいらもわからない」

 具体的にどう魅力的なのか好奇心がそちらに傾いてしまいますが、がんばって頭の隅に置いておきます。

 村に突然やってきた旅人を目の敵にする理由。もしかしたらキャラバン視点なら違う見方もあるかもしれないので、冗談みたいな可能性も口にして、情報共有です。

「私の有力説は、彼らはアマリの隠れファンで、距離を急速に近づけてる私に殺意を抱かんばかりの嫉妬を抱いているというモノですね。つまりイコナさんが魅力的すぎる故の自業自得と、村の推し活事情」

「面白い話だけど、キミの相棒がそんな事に反応するならこの先大変じゃないかな? あの子はアノマリーで、しかもここよりも深い場所の子なんだから。それこそ本気で害を与える気じゃないと反応しないんじゃない?」

「それは」

 そうです、と口にしようとしましたが、入り口付近にいたはずのリュミンが一瞬で目の前にいて、その両手が私の細い首にかけられ、古い机に押し倒されます。優しく、抵抗もできない自然な動作で。

 眠たげに見える翡翠の瞳が近い。息遣いを感じます。驚きに肺が息を吸おうと反応するも、撫でるように細まった手のせいで、不完全にしか吸えませんでした。一瞬だけ、殺されるかも、と思いはしました。しかし、リムが現れる事はありません。

 本気じゃないからです。

「……ほらね?」

 さらに力を入れれば首を絞められてしまうような状況での優しい微笑は、狂気をほんのり含んでいっそ魅力に見えてしまいます。しかしすぐに緩み、リュミンは離れ、私の首にかけていた手を差し出すのです。

 手はすぐに取らず、頭をごん、と音を立てて机に預け、古びた木の天井を見上げて詰まった息を吐き出すように呟きます。

「………襲われちゃうかと思いました」

「えぇ…? そんなつもりは無かったんだけど…」

 体を起こせば困惑と羞恥の混じった表情を浮かべてました。言葉だけなら、押し倒されたという事ですが、実際は首を締められてたんですよね。

 雇われのワーカー。さっきは傭兵とも言ってました。不意というか、意識の隙をつくような動きは対人向きです。このご時世、キメラ種同士の諍いってあんまり……いやまぁ、ありますね。山賊とか盗賊みたいのはいないですが、柄の悪い方はどこにでもいます。

「もしや暗殺とかしたことあります? 獲物を狩るようなさっきの顔は不覚にもドキッとしました」

 素直な感想を述べれば、リュミンは硬直し、本当に意外とばかりに言うのです。

「キミはてっきりその手の感情は無いものかと」

「なんと失礼な! イコナさんも乙女なのです。しかしどれだけ吊り橋効果や壁ドゥンを行っても、私の愛はリムに捧げられているので無駄になってしまいます。残念でした! イコナさんを攻略するにはまだまだ条件が足りないようです! 意外な一面と通常時との緩急は得点が高かったですが、圧倒的な包容力と信頼感を得ているリムの前ではつま先ほどにしか及びません!」

 なお、壁ドゥンとは旧時代の一部の民族が行ったとされる異性を壁の前に立たせ、背後の壁をどれだけ強く叩いて破壊できるかという一種の求愛行動と伝え聞いています。情報源が自称学者さんなので間違っていないと思います。私の見解では該当民族の男性は化け物揃いで筋肉の塊のような民族。そういえば、アマリは壁をぶち抜けるというので、ドラコニアンを生み出す上で人間部分の基礎として使われてたりしそうですね。つまりカイリスの求愛方法は壁ドゥンの可能性がある。今後の彼の恋愛事情は人間の歴史を紐解く重要な要素となるでしょう。

 それはともかく。

「イコナが直接狙われる理由はわからないけど、彼らが元老院から派遣された精鋭なら、ついでに巻き込まれてるって感じなのかもね」

「……やっぱり。何か知ってるんじゃないですか」

 じとっと見てあげれば、観念したように手を上げます。

「いや、それでもキャラバンが元老院に狙われる理由は今回の件で済んでるはずなんだよ。アンカー作りは元老院もわかってて、交易の件も向こうが望んでるくらいだから。個人の感情はともかく」

「えっと、つまり? 組織的には敵対してたけど、今は仲直りしてるはず、って事ですか?」

 ざっくりとしたまとめをしてみましたが、リュミンは頷いてくれません。不透明な部分は補足してくれました。

「荷台に悪戯した村人は覚えてるかな。彼らはキャラバンが出ていくかもしれないって懸念で足止めをしてたんだよ。あと、おいらの個人調査にもこっそり張り付いてきたのも、締め上げてみたら元老院の使いって誇らしげに言ってたんだ。目的までは聞き出せなかったんだけど、たぶんおいらが事故でいなくなれば、調査は遅れるし、キャラバンは村に留まる事になっただろうね。だから元老院は、キャラバンを無理やり村に引き入れたいんだろうってマルセナは感じたみたい。ニブレットなんか余計に損害を被る前に村を発つべきだって意見が割れてたんだよね」

 元老院はキャラバンに村にいて欲しい。だから嫌がらせや襲撃……かなり手荒な事もしてたんですね。リュミンの調査は交易路確保に繋がるものかもしれないですが、元老院が欲しいのは即戦力のワーカーだったのでしょうか。村に居ついてくれれば、パッチから回収できる物資は間違いなく増えますし、それこそ牛一頭潰したところで補えるようになるでしょう。

 ニブレットの子供たちは精神的に幼くとも、その実力は本物。本気で物資探索に回れば相当な助けになるはず。

 アマリの話を聞く限り、村はキャラバンとの交流で希望を得て明るい雰囲気になってきている。逆に言えば、彼らに見捨てられればまた暗い日々に戻り、同じ機会は二度とない。

 ならば強硬手段も止む無し。最悪、人質も手段に入れるかもしれません。リュミンが受けた強襲も、キャラバン内の対立を扇動するためだったりしそうですね。マルセナさんはその線も私にちらつかせてましたか。

 状況は一触即発、両者ともに判断が急がれる中、降って湧いた交易路確保の道。キャラバンの方針がはっきりし、メリットに元老院も同意。要となるアンカー作りに両者前向きに動いている現在です。

 ふむ、敵対の意味がわかりません。完全にイコナさんが調停者で救世主じゃないですか。決定から行動に移すまで早すぎたために、信じ切れない個人的な不信感にリムが反応したんですかね。

 しかし、疑念や理性で抑え込める程度の瞬間的な感情にリムが警戒を示すかどうかは、わからないですね。放浪生活中も、危険に対して過度に反応する時もあれば、ぎりぎりまで助けてくれないときもありました。

 もしや本当に個人的に嫌われてる? アマリの事を信仰レベルで愛してるという事? 背中から刺す事も厭わないという事ですか? もしそうなら、お話の場を設けてあげるくらいはしてあげるので、和解したいところです。

 そして徐々に私に頭が上がらなくなって、最終的に便利に使える小間使いになってほしい。それが一番平和で素敵な世界。運命よかくあれ!

「そういえば、アマリの話によれば、村の中もワーカーと中の仕事でどうも仲が良くないそうですね。組織の思惑とか派閥の感情とか、面倒な話です。直接お話して終わらせちゃいますか?」

「それができれば苦労しないよねぇ。それに、マルセナは元老院がまだ何か隠してる線を捨てきってないんだ」

 カラスとフクロウの翼を持つ魔女。彼女の懸念については、私も心当たりがありました。文書の中に。

 落書きにも見える調書の中に、アンカーが存在しない理由をひたすらなぜ、なぜ、なぜと疑問が繰り返されていました。疑問の答えについては私にもわかりません。この壊れた世界には全てに理由をつける事は難しい。それに立ち向かう自称学者もいますけどね。立派な肩書ですが、彼女の収入源はアノマリー鑑定の報酬。膨大な知識と知恵は趣味の賜物です。

 彼女に倣って気になる所を考えてみると、浮かぶのはやはりそもそものお話。

「……セトルメントって、言葉があるくらいなら実は発見報告が多かったりするんですか?」

 アンカーの存在しない居住地の事を、セトルメント。キャラバンがそう呼ぶからには、前例があるという事。質問の答えは、期待しているものとは違いました。

「噂話の域だよ。家族でパッチに暮らしている一家に会ったとか、キメラが経営しているパッチ内の店とか。マルセナは村を見つけた時、かなり興奮してたよ。しかもドラコニアンの存在で三日は興奮しっぱなしだった」

 あの魔女が興奮している様子は想像ができませんが、それだけ発見例が少なく、具体的な状況例がわからないのです。存在を再確認できてないという事は、リバインドでどこかに行ってしまって再発見はできていないのでしょう。

 つまり、何もわからない。もやっとします。嫌な感じ。悪だくみでもなんでもいいから、さっさと動いていただきたい。いっそ無防備に囮になってみますか。三人を連れ出して状況確認とかどうですかね。何もしてこないなら、二手に分かれられるので捜索効率もよくなる。あれ、良案では?

『あー…イコナ。大事な話をしてたら悪いが、時間をかけすぎだ。怪しまれてる。お前ら二人は出来てるんじゃないかと茶化してる牛が居てな。今、アマリが覗き見しに行くところだ。まさか本当に盛りあがってたりしないよな?』

 盛り上がるの意味はよくわからないのですが、知らせてくれてありがとうの意味でポーチを一発殴っておきます。

「お話はここまでですね。いずれにせよ、万が一狙われるようでしたら自分たちの事を優先してください。私はほら、囮役としては適任ですから」

 机から降りて、リュミンの横を通ってドアを抜けます。その際に、小声で言われました。

「おいらが知り会ってから、マルセナの予感は外れた事がない。十分に気を付けて」

 お気楽思考で行きたいのに、嫌な言葉。つい睨んじゃいますが、にまっとした笑みを返されちゃいました。

 後ろ手で個室を閉めて、聖堂に戻るドアに手をかけたら、ノブが捻られて細くドアが開きます。

「あっ」

 好奇心に満ちた瞳と目が合い、相手が取り繕う間もなくドアを開け放てば、アマリはわざとらしく両手を上げて見せるのです。

「えっと、姉さま! わたし勝ったよ! 褒めて褒めて!」

 誤魔化しが下手でかわいい。思わず笑顔になっちゃいます。

「凄いですね! でも私の予想だと、三回くらい負けてますね?」

「う」

 一試合あたりはすぐに決着がつきます。今遊んでるのは、ニブレットさんのお子様と、カイリスと、オルヴァさん………勝ち抜けのはずなので、まだ負けてるんですね。

「なんでもいう事聞いてくれるって話は…」

「あれはあの回だけのお話なので無効です」

「そんな! 頭沸騰するくらい考えたのに!」

 やや興奮気味の彼女は確かに少し顔が赤いです。このタイミングで体調不良だけは大変だからやめてほしい。まぁ、深層パッチで体調不良はつきものなんですけど。精神汚染で免疫系が弱まり風邪をひいたり、些細な傷から感染症なんてなったら本当に笑えません。キメラでさえ人間よりずっと丈夫に設計されているので、ドラコニアンの免疫はさらに上を行くかもしれませんけど。

 しかし過度なストレス状態は危険。深層パッチでは幸福こそ命を救う。なのでこんな選択が大正義。

「頭が疲れたなら、また甘い物を食べましょう。お腹もこなれたので…つまりデザートの時間です! フルーツ缶で何か作るのです!」

 私の宣言に、アマリは満点の笑顔で尻尾まで持ち上げて喜んでくれます。

「なんか、遊びに来たみたいになっちゃうね。姉さまと一緒ならパッチでも暮らしていけそうだよ」

「実際、暮らしてたしできるんですけどね……イコナさんはリバインドで遭難はもうご遠慮します。そのためにこんな場所まで来てるんですからね?」

 絶対に嫌ではありますが、そうなってしまったらパッチで素敵な家を見つけてセトルメント化をやってみたいですね。さっきのお話に出てきた謎のお店とかロマンがあります。人造アンカーでパッチを切り取れたら面白いのですが。放浪前にセトルメント関連の情報は欲しかったです。そうしたら放浪する謎の道具店として伝説を残せたのに。

「それよりアマリは何か用事があったのでは?」

「あ、えっと、師匠と何を話してたのかなー…なんて」

 誤魔化さずに聞いてくるとは。普通にお手洗いに行こうとしてたとでも言えばよろしいのに。

「明日の探索についてどうするか打ち合わせです。予定よりも皆さん、精神汚染への順応度が高そうなので、二手に分かれて捜索も視野に入れる案を検討してました。あと予想以上にクラスターの規模が大きいので、内部構造次第では物資が足りなくなる可能性についても相談を」

「なんだ、まじめなお話だったんだね…師匠の性別がわかるチャンスだと思ったのに…」

 それは私も気になるところです。押し倒された際の印象では悪くなかったですが、危機感を感じなかったのは首を絞められてたからか、異性という感じがしなかったからか。最初に会った時からリュミンは性別的特徴が実に曖昧で、仕草やキメラ的特徴で故意に隠している感じがしてなりません。犬とヤギのはずですが、私の知らない幻獣種とか、よくわからない生物の可能性もありそうです。

 そんな事を考えつつも聖堂に戻れば、ゲームはなかなか盛り上がっておりました。

「オルヴァ! お前いい加減勝て! なんで今のでコールしないんだ!」

「いやギーネ! 黄色の十一はまだ可能性が!」

「確かに黄色はまだありえるが、残念ながら青の十二は無い。私の青がゼロだからね。コール」

「あぁ! カイリス貴様ッ!」

「だから言っただろうが! 代われ! 次は俺がやる!」

「まてまて、三点先取りだからまだ」

 オルヴァさんのやる気は評価しますが、お相手がカイリス。ニブレットのお子様も子供っぽいとはガンターの評価ですが、侮れる相手とは思えません。

 そんな遠慮のないやり取りを見てると、疑ってる私がおかしく感じちゃいます。

 オルヴァさんとギーネさんに比べ、入り口の窓ではとてもまじめに見張りを続けるジルニアさん。彼が司令塔で、黒幕であってほしい。

 私は缶詰アマリにデザートの件を完全に任せて、入り口に近寄り、怪しい言動を取る事に期待を込めつつ声をかけます。

「せっかくなので、あの騒ぎに混ざってみては? 気を張りすぎていると、明日からの精神汚染は深刻に影響が出ますよ」

「……それが目的での催しなら、やはり侮れん。実際、あいつらは調子が良さそうに見える」

 細い目が薄く開いて、紫の瞳で騒いでいるお仲間を見つめます。

「深層パッチでは後ろ向きな感情が特に重くなります。こういうお遊びは特に効果がありますので、無理に楽しむくらいが丁度良いのです」

「言わば、明日の準備の一環か。それならそうと告げれば良いだろうに」

「意識せず楽しんで緊張をほぐすことが目的ですからね。何よりまじめな空気のままで居るのが苦手なものでして」

 すんなりと立ち上がった彼ですが、その場でじっと私の顔を見ておりました。細い目です。糸目ってやつ。見えてるんですかね。

「すまんな」

 文句の一つでも言われるのかと思えば、謝罪とも感謝とも取れる言葉でした。

「あいつらが、あんなに笑ったのは久しぶりに見た」

 振り返れば、ニブレットのお子様と代わったギーネさんが驚嘆の表情を浮かべており、オルヴァさんが指をさして大笑いをしていました。本当に楽しそうです。

「勝手な事を言いますが、もっと肩の力を抜いて生きてください」

 彼は敵。何を企んでいるか知りませんが、声をかけずにいられません。なんだか、自分はその資格が無いとでも思ってそうです。

「どうせ世界は無責任に壊れてるんです。楽しく生きた方がいいでしょう?」

「………すまんな」

 柔らかい、とは言えない無表情でもう一度謝って、彼は騒ぎの渦中へ。なんだか、これから私に悪い事をするから謝ってるみたいで嫌ですね。罪悪感に駆られて思いなおすがよいです!

 こうして見張りを交代し、リュミンはタイミングを見て自然に戻り、アマリと一緒に本日の戦利品である果物缶を開けてくれます。そこにニブレットさんが加わって、同じく戦利品のお酒を使ってもいいかと私に聞きに来ました。もちろん了承すると、ミックスフルーツの洋酒漬けを作ってくださりました。キャラバンの食事係を兼任されているとの事で、実にすばらしい配慮。これが素材合成と呼ばれる技術です!

 お酒が苦手な方用に取り分ける気遣いもすばらしい。私がどちらを選んだかは、ご想像にお任せします。ただまぁ、気持ちよく寝れそうでしたね。みんな楽しそうで、陽気で、今だけは小難しい事考えていないみたいで。しがらみや役目なんか忘れて。

 人は皆、自由な旅人であるべきです。心も、体も。

 その後は開けてしまったからと、お酒をたしなみながらも石も人数も増やしたゲーム大会。深層パッチでは憚れるような盛り上がりでしたが、こっそり教会の外にリムに姿を現してもらい、門番をお願いしました。

 試合に参加しない間は見張り位置に陣取っていた私ですが、道化が通った際に持っていたナイフを放り出して、諸手を上げて逃げて行く様が実に滑稽でした。テントに報告に行って、やばいのがくるぞーなんて連動してくれませんかね。道を開けてほしいものです。そして高純度エーテル結晶を献上するのです。これを差し上げるのでお帰りくださいって。そこまでの知能はないか。

 こうして調査前日。お気楽主義のイコナさん好みの雰囲気といい加減さで、いつまでも来ない夜の時間が過ぎたのでした。


End_Beneath the Surface /潜む真実


お気に召しましたらブックマーク、評価等していただけると励みになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。