第六話 BΞ⧉ΞΛ⧉H⧉THΞ⧉SΛ⧉⧉FΛC⧉ (1)
パッチやらリバインドやらに破壊されているこの世界において、缶詰や保存食は各地の居住地を支える重要な食料資源でございます。
コロニーにおいて土地は有限であり、作物を育てられる場所は限られます。そもそも土地が作物を育てるに向いてない事もしばしば。そのため、植物や家畜を育ててるこの村はかなり特殊な環境にあります。
缶詰や保存食はそのまま食べるのはもちろん、アレンジをすることで別のメニューに化けます。固形の栄養バーを粉末にしてクッキーを焼くのは定番ですね。残念ながらイコナさんはその辺りはあまり執着しないというか、貧困生活時には低等級缶詰を食べていましたし、工房が軌道に乗ってからは近所のパン屋ばかり通っていたので、お料理は全然しませんでした。
ちなみに、低等級缶詰とは判別不能の錆びたラベル無し缶詰や、旧時代の愛玩動物用の缶詰だったりです。後者は人によってはおいしく食べれるそうですが……一緒に並んでいたウサギ用のドライフードは私には合いませんでしたね。トカゲ用フードは……お察しください。
イコナさんの暗黒時代はともかく、私にとっての第二村人でありお世話になりっぱなしなマーニさん。蜘蛛の足が背に生え、足先が鳥の足、タロンとなった彼女ですが、お料理が趣味という事で昨日のうちに私の保管している缶詰をいくつかお譲りしたところ、朝から素敵な料理を作ってくださってました。
「豆缶は即席ポタージュ。魚缶はハーブ焼きに。スープ缶はリゾットにしてやったよ。あと、弁当にも缶詰肉を使ったサンドイッチを作っといた。昼でも夜でもいいから食いな!」
私の本日の予定は既に伝わっており、食堂でそんな特別メニューを頂いてしまいました。何人か、お仕事前と思われる方々からの羨む視線もなんのその、涙を滲ませながらいただきました。
黙々と租借するだけの豆缶がおいしいスープに。油っぽい魚もハーブの香りが素敵な一品に。リゾットについては栄養の味がいたしました。
「マーニさん、一緒にコロニーに行きましょう…! 村の食材を仕入れ、コロニーで食堂を開けば富はあなたのモノです!」
「そんなにうまいかい? でもそれならここでコロニーからの客相手に金を取った方がいいね。値段も今のうちに決めないとか? まずは金銭感覚を身につけないとねぇ」
「食事目当てでくる観光客を相手にふんだくってやりましょう! その際は村は農作業や畜産業に集中し、頻繁に催し物を行って観光地化すると潤うと思います!」
アンカーが無事に定着した後も地直しが発生するならそれ自体が観光の目玉になりそうですね。私の予想だと、発生しなくなってしまいますが。
「うわー、イコナねーちゃんめっちゃ美味しそうなの食べてんじゃん」
カウンター席で騒いでいた私ですが、ひょいと横から覗き込んできたのは、村のお子様一号、豚と羊のキメラであるハルゴ。一緒に鳥とネズミのキメラのリッカもおりました。
「ふっふーん、羨ましいでしょう? マーニさんにお世話になってますので、代金にと支払った缶詰がこんな形で返ってきました。残念ながら村の方全員分はないかと思われます」
「いいなー…マーニおばさん、おれ達の分はないのー?」
カウンターによじ登って、左側にハルゴとリッカが並んで席に着きます。しかしマーニさんは困ったように頬をかきます。
「わるいね二人とも。もう一人分あるんだけど、予約済みなんだ」
「えー」
実に残念、こんなに美味しいものを分けてあげられないのは心苦しいです。しかしイコナさんはこれから村にとって重要な任務があるのです。しっかり食べて栄養をつけておかなくてはいけないのです。
「わー、姉さますごく美味しそうなの食べてる」
私のウサギ耳の間から顔をのぞかせたのは、顔を見るまでもなくアマリでした。待ち合わせ場所はここではないのですが、立ち寄ってくれたようですね。
「いいなぁ。わかってたら朝ごはん食べてこなかったのに! 今日に限って兄さま張り切ってご飯作るんだもん」
カイリス、料理できるんですね。なんでも出来そうな雰囲気はありますか。屋敷の主のような雰囲気も似合いますが、執事の方がよほどお似合いかもしれません。軽く想像してみましたが…悪くない。
「そいつは残念だ。あんたの分をとっておいたんだがねぇ」
「予約ってアマリ様のことなのかー? あ、じゃその分もらってもいい?」
アマリに聞きな、というマーニさんの視線に、きらきらした目を向けるハルゴとリッカ。アマリがそれを断るはずもありません。
「もちろんいいよ。二人で分けて! あ、でも姉さまはわたしに一口ちょうだい、ひっひ!」
突然笑いだすアマリ。一体どうしたのかというと、いつまでも人の耳のあいだに頭を乗っけていたので、持ち上げた尻尾で首をくすぐって差し上げたのです。
アマリはすぐに離れ、首元を撫でながら右隣に座ります。あげるとは言ってませんが、ぱかっと口を開けるので仕方なく、リゾットをすくって口に入れてあげました。
ひな鳥よろしく、ぱくっと口を閉じて頬を押えます。
「おいひー…コロニーから人がきたら、いっぱいお金もらおうよ…」
『こいつ、イコナと同じこと考えてやがる……姉と慕うのは勝手だが、思考まで寄ると身を亡ぼすぞ!』
「次はポタージュです。味気ない豆缶が魔術が如く調理によって化けた至高の一品ですよ!」
「わーい」
ガンターを無視してそんなやり取りをしておりましたが……何やら強烈な視線を左側から感じます。見てみれば、リッカが血眼でこちらを凝視しておりました。目の前に料理が出されてもお構いなしです。
私のウサギ耳でようやく聞き取れる声で何やら呪詛を吐いておられる。
「ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい代われ代われ代われ代われ代わってください代われ…」
にこりと微笑み、無視してあげました。
料理を一通り味見させてあげて、ほどなくしてお皿が空っぽに。食後の余韻もほどほどに席を立ちます。
「では行ってきますね」
「あいよ! 気をつけてな! しっかり頼むよ!」
お子様二人は首を傾げておりましたが、マーニさんは私達が何をするか知っているので短い激励をいただき、食堂を後にしました。
集合場所は村の入り口方面にある村のワーカーが利用する建物です。庭先にバリスタがあり、裏手に小屋と一緒に空に浮かんだまま固定されている地面の欠片が特徴的な建物。
食堂の外に出れば、見慣れない物が演台代わりの平たい石の前にあります。その周囲では朝から人々が集まり、あぁじゃないこうじゃないと意見を交わしておりました。
「あれが電光掲示板ですか? 浮いてる…ということは、アノマリーですかね…」
二本の塗装の禿げかけた柱の間に、半透明の緑のガラス板が渡され、張り紙のような立体映像がくっついてます。ホログラムってやつですね。パッチでもたまに見ました。
張り紙についた吹き出しにはこんな事が書いてあります。
『緊急開催! 求む村の象徴! デザインコンテスト開催中! 入賞者には配給優先券一年分を進呈!』
『重要:キャラバンの今後の方針についての発表』
『重要:今後の村の発展について』
役割を考えれば、私達回収部隊の見送りがあってもおかしくはないのですが、村人達は降ってわいた突発イベントに夢中。そうなるようにお願いしたのは私なんですが、羨ましいくらい楽しそうで実にお気楽に見えます。そもそも、私達が何をするのかは、マーニさんをはじめとした、村でそれなりの立場の人達だけです。
「デザインコンテスト、わたしも一枚応募したんだー。姉さまの銅像」
「象徴にされるなら、ドラコニアンのお二人の方がいいと思いますよ? なんせこの村特有ですから」
そんなやり取りをしつつ、集合場所へ歩き始めます。
アマリは動きやすい細身の衣装に、旅人用のリュックサックを背負ってます。服は見た感じ、彼女に合わせて仕立てたというよりは、ある程度人の形をしたキメラようの汎用服に見えます。村の資源事情を考えると、見た目を気にするのも一苦労なのかもしれません。それでも、アマリが着ている服は彼女の肌や髪色を意識した白系で統一されていました。探索に行くには軽装ですけどね。
防具に関してはリュックの横には甲冑の小手部分がぶら下がっておりますが、かなり表面がへこんでます。これも防具ではなく、彼女の得物、つまり武器なのでしょうけど。
「姉さま、すごい軽装だけど大丈夫なの? 鞄もすごくちっちゃいし…」
一応、私も放浪中に使っていた小さい背負い鞄を装備しております。水筒とか、携帯食。ちょっとした小物ぐらいしか入ってません。マーニさんのお弁当も入ってますね。装備の軽さだと、アマリの方がよっぽど防御面で心配なのですが、触れないでおきましょう。
「鞄以外にも腰のポーチにアレコレ入ってるんです。何が入ってるかは、ひみつです」
ペンや紙、昨日用意した呪符と呼んでいる魔法の品もあります。特筆すべき装備は…ラベルを張っただけの空の瓶ぐらいですね。これも後ほどちゃんと意味があるので今は秘密です。
人通りの少ない道を二人で並んで歩いていきます。周囲は草地に、目的地である建物はすぐに目に入りました。
「うー、なんだか緊張してきたよ…ほんとに大丈夫かなぁ。そもそも村から誰が来るんだろ…」
「行くと決めた以上は行くしかありません。集まる予定の皆さんはベテランだけ。心配なら私と手を繋いでてもいいですよ?」
からかうように笑みで手を差し出してみますが、彼女は少しの葛藤の後に首を振ります。
「兄さまと約束したんだ。無理はしない。経験を積むつもりでやれることをやれって。だからまずは、がんばってみる」
「すばらしい意気込みですが、肩の力は抜いてください。イコナさんはお気楽主義であり、長時間緊張感を保てないようになっています。あんまりがちがちだと、その尻尾に抱き着いて緊張をほぐしにかかるかもしれません」
「う、触りたいなら触っていいけど……あの、意外と力強いから気を付けてね…?」
そういえば尻尾で下あごを撫でられただけで後ろに倒れましたっけ。気をつけましょう。
目的地に到着し、二階建ての建物の入り口でノックをしようとしますが、思いとどまり、一息に開け放ってしまいます。
「おはようございます!」
お気楽で元気な挨拶を響かせれば、机に噛り付くようにしていた二人がびくりと身をすくめて顔を上げました。
黄色いふわふわ髪の下半身が犬、足先はヤギとなったキメラのリュミン。そしてもう一人は……でかいリス?
「お、おぉ、あんたがイコナか。話は聞いとりますぞ。ガンターさんには息子らが世話になった。わたくしがニブレット・スカリーです。リスとカピバラのキメラになりますぞ。見ての通り、人間要素は喋れるぐらいで」
カピバラという生き物はよくわかりませんが、顔が特徴的なリスって感じでした。人サイズの。人サイズ故に、彼は椅子に座られています。あと顔がこう、大きいというか、能天気にみえるというか。結構好きな感じの顔立ちでした。動物的な意味で。
「イコナです。竜とウサギのキメラですよ。本日はよろしくお願いします」
室内に入り、差し出されていた黒い毛並みに覆われた小さな手を取ります。続いて彼はアマリとも握手します。
「ちゃんと挨拶するのは今日が初でしたな。よろしくアマリ様」
「今日はお世話になります!」
既に緊張して硬いアマリ。幸先不安ですが、これからほぐれていくでしょう。
室内は散らかっていて、中央の机に乱雑に積まれた木箱でかなり狭いです。完全に物置されていて、ほんのり埃っぽい。窓から差す光に埃が舞ってました。
二人が見ていたのは、キャラバンが作成したパッチの簡易地図。おおまかな道、建物が四角で表現されており、その様相はさながら迷路のようです。
赤い線は最適ルートでしょう。極力直線を選ぶような線の行き着く先は、巨大な丸い円。そこが中核型アノマリークラスターとなっているわけです。
「一日も経ってないのによくこんなものが作れますね」
「いやなに、大したものではありません。普段は複雑な廃墟や森でやっておりますゆえ。ちょいと建物に登って書けばこんなもんですな。そういう意味ではとてもやりやすいパッチです」
ニブレットさんはそんな風に言いますが、とても得意げです。
「せっかく屋根に登るなら、廃材でも渡して一本道にしちゃえばっておいらは言ったんだけどね」
「あぁそれよ。悪くない案だったのですが、妙な仮面をかぶったカラスが厄介でしてな。地上の方がよっぽど安全のようで。幸い、暴れ回るアノマリーは見られませんでしたな」
地図はよくできていますが、あくまでも簡易的な略図。この道にはこういう特徴の建物がある。ここに時計塔があるぐらいのもので、一軒一軒の縮尺まで合っているなんて事はさすがに無いでしょう。
「イコナさん的にはこのルートすれすれにある、赤いぐるぐるって書いてあるモノが気になります」
地図の真ん中あたり。大きな通りにそのまま、赤いぐるぐると書いてあるのです。
「そこは道が螺旋状に横方向に伸びてて、一応まっすぐにテントの方に向かえるみたいだよ。ただ重力がおかしくなってて、横方向に進むために階段を上り続けなきゃいけないみたい。それなら普通の道を進んだ方がいいかもねって話を丁度してたんだ」
「なるほど。しかし複雑な道中を考えると、選択肢としてありに思えます。変なアノマリーが他になければ、ですが」
一方通行で迷わない代わりに、アノマリーが立ちふさがっていたら面倒極まりないです。途中で引き返すなんて事だけは絶対にしたくないですね。
「ささ、そんな端っこにいないで席にすわりなされ。お茶はいかがですかな? 地図のついでに漁った廃墟で拾ったものなのですが、なかなか状態が良い物でしてな」
金属カップをこちらに滑らせて、注ぎ口から湯気の立つポットを地図の上に置いてくれます。
地図を汚すのもまずいので、ポットを受け取って色のついたお茶をカップへ。アマリにも回してあげました。
香りのよいお茶。これは……わかんないです。赤っぽいので紅茶ですかね。なんか違うような。もっと華やかな香りはしますが、味がなんというか、微妙。おそらくハーブティーと呼ばれる類のものだと思うのですが、状態がいいというのは腐敗していないだけの劣化品という意味なのでは。
「………なんか味わかんない」
「アマリ、遠慮しすぎです。こういう時はおいしくないって言っていいのです」
ぎょっとした彼女に対し、ニブレットさんは目を細めて体をゆすって笑いました。
「ほっほ! やはりそうですよなぁ。なんの茶だかわかりませぬが、何をどうすればこんな微妙な味の茶ができるんだか……マルセナも渋い顔していたし、ジルバはそれらしい事を言っておりましたが、案の定強がってるだけですな」
聞いたことのない人の名前が挙がりますが、リュミンは苦笑いです。
「ジルバさんは何を飲んでもおいしいって言うんじゃないかなぁ。あの人はどんなものからもいい所から見るが信条だし」
「彼の心意気はすばらしいが、限度があろうよ。あぁ、蜂蜜を入れると多少よくなります。好きなだけお使いくだされ」
ごん、と音を立ててよこされた黄金色の瓶。かなりの贅沢品ですが、せっかくなので匙一杯分をカップに垂らします。軽くスプーンでかき回しますが、それでもマシ、ぐらいの味でした。正直蜂蜜そのまま舐めた方がいいです。
「そういえば、村では養蜂とかしてないんですか?」
「一応やってるんだけど、地返しが蜂によくないみたいで、あんまり上手くいかないんだよね。外が森とかになってる時に野生のならたまに取ってるよ」
アマリが木にぶら下がってる巣を叩き落として手をベトベトにして蜜を舐める姿が浮かんでしまいますが、これでは竜ではなくクマですね。それに、現実の彼女は落ち着いてお茶を飲んでます。
そこまでおいしく感じないお茶を楽しんでいると、ドアがノックされ、見知った人がすぐに入ってきました。カイリス。今日は貴族然とした姿ではなく、シャツの上に要所のみを守る革の鎧を着ており、特徴的な尻尾にも防具を装着しておりました。
本格的ですが、アマリが軽装すぎるように見えてしまいますね。
「お待たせして申し訳ない。ニブレット卿。この度の一件、村を代表し感謝申し上げます」
「あぁおきになされるなカイリス君。キャラバンの未来にも関わる事だ。我々とて、長らく方針が定まらなかったからね。村の方々には不安にさせた部分もあろうよ」
気さくに握手を交わしながらの挨拶は、社交辞令ってやつに聞こえてしまいます。キャラバンに関しては嫌がらせで実害を受けているのに、完全に皮肉に聞こえます。ニブレットさんもカイリスも、実力があるからこの場にいるのでしょうけど、なんだか嫌な感じですね。
「その件ではその、迷惑をお掛けしたようで。彼らには謹慎を言い渡しました」
「それこそ気にする事ではない。あれが旧時代の技術ならお手上げだったが、あの多脚式荷車は我々キメラ種の技術なのでね。修理なんぞ慣れたもんですな」
キャラバンのキャンプに置いてあった六本の足が生えた荷車。機械式ですが、あれらは旧時代崩壊後にキメラ種が作り出した機械技術らしいです。拾って生活が基本の我々ですが、発展を諦めたわけではなく、キメラ種の独自の技術や文化は確立しているのです。
カイリスはニブレットさんに一礼をすると、それからようやく私達の方へ向きます。アマリは朝会っていますし、私も改めて何か言うような仲でもありませんので、お茶を飲みながら軽く手を振っておきました。
「カイリス君もお茶はいかがかね? そちらのポットに入っているから、好きに飲むといい」
「お気遣いに感謝いたします。それと、他の村の者ですが、もう少々お待ちいただきたい。もう間もなく来るとは思いますが……その前に」
彼は自分の背負い鞄を漁ると、薄いケースを取り出し机に置いて、アマリの方へ滑らせました。彼女はそれを受け止めますが、すごく嫌そうな顔をします。
「兄さま、別に今渡さなくてもいいじゃん」
「後でも構わないが、万が一はぐれる事もあるかもしれない。余分にもらってきたから、予備として自分で一つ持っておきなさい」
「うー…わかった」
とても不服そうな彼女は、渋々といった風に自分の鞄にケースを仕舞います。
遠慮なく中身を聞きたいところですが……少女という生き物は繊細な配慮が求められる場面が多々あるもので、同じ少女としてなんとなく、人前で聞くのは彼女に恥をかかせるような気がしたので好奇心は封じ込める事に致しました。
『なぁ中身を聞いても』
「ニブレットさん! こちらがガンターです! まだちゃんと紹介してませんでしたね!」
バチンと机にガンターを叩きつけてイコナさんの配慮が無駄になるのを阻止します。自称ワイルドで空気も読めるいい男らしいですが、生物的なアレコレに対する配慮にはまだ経験値が足りないようです。忘れてしまいがちですが、彼はアノマリーで人とは違う理の中に生きる者なのです。知識の偏りある。
「あんたについても話は聞いております。息子たちがずいぶん気に入っていたようで。機会があれば自分も触らせていただきたいですな」
『あ、あぁ。それについてだが、機械油のついた手で触るのだけはやめろってきつく言っておいてくれ。まだ内側がべたべたしてる気がするからな』
最近はガンターに内蔵されているゲームで遊ぶ事もしていないので、彼の端末を開くことはあまり無かったのですが…汚いのはやだなぁ。今度水洗いですかね。
それからほどなくして、建物の外に話し声が聞こえます。野太く低い声と男性にしてはやや高い声、冗談を言い合ってるようですが、いさめるような静かな声が一つ割って入り、それからドアがノックされて静かに開かれます。
「お待たせしました。オルヴァ、ギーネ、ジルニア、入室致します」
礼儀正しさとは違う丁寧さを感じましたが、入ってきた三人はいずれも若い男性で、同じ革の鎧を纏っており、どこか兵士のような統一感と物々しさを感じました。平和な村でようやく、警備とかその手の荒事をしている雰囲気の人をみました。
「う、わたしあの三人苦手……」
ぽつりと聞こえないような声のアマリの呟きに、耳が反応。人懐っこく人当たりもよい彼女が苦手と言うからには、態度や性格もある程度伺えますね。単純に交流が少ないとかですかね。
彼らは私達の正面にいるカイリスの隣に並ぶと、背筋を伸ばして直立。手を後ろに回した姿はまさに兵士。
「改めて紹介します。今回の村からの協力者です。いずれも村が誇る精鋭であり、多少の荒事にも対応できます。向かって左から、オルヴァ、ギーネ、ジルニア。何のキメラかは……ご覧の通り」
オルヴァさんは体格も身長もある青年。牛の角に鱗の特徴的な尻尾。ほんのり色が変わっていく…カメレオンとかいう擬態能力があるトカゲですね。
真ん中のギーネさんは背は高いですが線が細い獣頭型のキメラでした。斑模様のある猫頭に、大きな垂れた耳は左耳が半分切れてしまっていました。それに目元に傷があります。ウサギと山猫?
ジルニアさんは銀の髪を後ろで撫でつけた髪型が特徴的で、耳が人間のものではなく尖っています。妖精種の耳に、下半身がもこもこした鳥類の羽毛に覆われているようです。上半身だけなら古の物語にでてくるエルフですね。弓とか使いそうです。
イコナさん放浪生活が長くて人の名前覚えるの苦手。三人も覚えられないかも。ニブレットさんは毛玉なので覚えられます。毛玉なのに仕草が人間っぽいので、とても愛嬌がありますね。声は渋みでも朗らかな口調がまたいい。イコナさんのお気に入り人物ランキングに入っております。
三人とも寡黙で、軽く頭を下げて終わりです。緊張とかではなく、余計な事を喋らないようにしているのでしょう。訓練された兵士か、自分達に何か自信を持っているような明確な意思を感じますね。仕事か役目に対して忠実な人が持つストイックさってやつですかね。昨今では非常に珍しいタイプの人です。
「では時間も惜しいですからな。どうぞ席もお茶も好きにしてくだされ。あぁ、一応本件につきましては、わたくしニブレット・スカリーが進行を務めさせていただくが、異論はありますかな?」
議長でも任命するかのような大げさな物言い。誰も異論はなく、彼は粛々と進めてくれます。
「まず、詳細は既に各員に通達が行っている通りであります。本件は村とキャラバン、双方にとって利のある未来を掴むための共同作業となります。我々回収班は人造アンカーの制作の要となる素材の回収を目的とし中核型アノマリークラスターへ赴くこととなりましょう。しかしリバインドの猶予もあります故、急な決め事に疑問も尽きぬ事やむなしと存じます。この後実際の段取りを決める……その前に。人造アンカーの重要性について、技術担当のイコナさんから説明をお願いしたいと思います」
穏やかな口調と言葉に完全に油断していた私は、え? というのが正直に思ったところです。
カップの底の蜂蜜を楽しんでいたのですが、口元を舌でなめとって、カップを置きます。
「改めまして、技術担当らしいイコナです。人造アンカーの重要性、との事ですが、皆さんが気になるのは回収対象の素材と、それをどうするのかというお話だと思います」
アンカーについては、既にキャラバンが交渉の際にお伝えしていると思うので、説明は省かせてもらうのですが……素材の話も知識ゼロの人に上手に伝えるには言葉を選ばないとですね。
「回収対象の高純度エーテル結晶ですが、簡単に言うと、特定のパッチの世界観を模るための、いわばパッチ用のアンカーのようなモノです。パッチ用のため、コロニー用のアンカーとは性質も効果も違うんですが、これを調律することでコロニーでも使用できるアンカーとします。エーテル結晶の発生地点はココ」
身を乗り出して地図の大きな赤い丸を指さし。
「地図のこの場所には巨大なテントがあり、今回の環境でも異質な特異点となっている事が確認できています。この場所こそが中核アノマリークラスターであり、このテント内のどこかに高純度エーテル結晶が隠されています」
内部がどうなっているかは流石に私もわかりませんが、頭が痛くなるような異常が次々と見れるでしょうね。迷路みたいになってるのが一番厄介で、人数が必要になりますね。
「質問の許可を」
低い声と共に挙手したのは、牛の角とカメレオンの尾をもつヴァ…オルヴァさん。
「どうぞ」
「現地では具体的にどうすれば目的の回収物を発見できるのか、教えていただきたい」
堅苦しい物言いです。筋肉がすごいし、組んだ腕は二の腕の筋肉を自慢しているように見えちゃいますね。
真面目モードのイコナさんは、面倒な質問もちゃんとお答えします。
「前例が少ないので確定とは言えませんが、クラスター範囲のほぼ中心にあると予測されます。しかしクラスター内は見た目以上に内部が広くなる空間の歪みが発生しますので、方角はあてになりません。具体的な確かめ方になりますが、不可解な事がより多く発生し、感覚や意識が混濁する方がクラスターの中心になりますね」
「それは……かなり危険なんじゃないのかね?」
カイリスが口を挟むくらいには、彼は困惑しているようです。緊張感では、アマリと同等かそれ以上に持っているようです。つまりこの場の誰よりも警戒している。
「そのために内部で体を慣らす時間を予定しています。パッチの起こす不快感等は私達人造種族は耐性を持っていて、すぐに慣れる事ができます。とはいえ人によりますので、どうしても無理だったらキャンプでお留守番ですね。あとは出口の確保。結晶を回収してパッチ全体が崩壊するようなことは無いのですが、前例が少ないので確かな事は言えません。クラスター自体が崩壊して外に放り出されたり、結晶を回収しても何も起きなかったり。状況次第です」
こっそり盗み出す事が出来ればそれでよし。万が一見つかっても、数が多いだけで一体一体は大したことない……はずです。もしくは強力な個体が数体だけ徘徊するかですね。
「エーテル結晶だっけ? それって見た目はどんな感じなのかなぁ」
堅苦しい雰囲気の中、リュミンがふにゃっとした口調で質問してくれました。わざとやってるなら大したものです。
「見た目は一抱えもある石ですね。透明感があり艶がある、色のついた宝石みたいなモノです。見た目よりかなり軽く微妙に光ってるので判りやすいですが、何かに隠してあるので探す必要があります」
「何かって?」
「何かは何かです。パッチによって変わるのですよ。宝箱か、布に巻かれてたり……今回に限れば生物の中という事は無いと思いますが、近くに行くと不快感が急に無くなるのでわかると思います。あとかなりあからさまに置いてありますね」
まさにお宝、という風に置いてあるのが一番いい。欲を言えば、二つくらいあると嬉しいですね。エーテル結晶はアンカー以外にも、とても有益な性質があるのです。私のような幻獣種のキメラには特に。
喋りつかれたのでお茶を飲もうとしましたが、底に残った蜂蜜だけでした。お茶のお代わりをしたくなるほど美味しくはないし、水筒の水を今から消費しても……雨だからいいか?
「他に質問が無ければ、私の番は終わりにしたいのですが」
見た感じ、キャラバン側の二人は大丈夫そうです。カイリスは何か考え込んでいますし、アマリはまだ緊張している感じですね。村側の三人…のうち、真ん中の、山猫ウサギさんが手を上げました。
「体が無事に慣れたとして、その際は各々探す形になりますか?」
「それは何人慣れたかによります。理想は広範囲を二人一組で捜索し、定期的に報告して位置を特定する方法ですが……人数が少なかったり安全を考慮すると、全員で固まっていた方がいいかもしれません。内部構造次第ですね」
不安と緊張感は沈黙を通りて伝わります。ですがニブレットさんは笑って言うのです。
「あまり重く考えなさるな。ようは我々は宝探しをしに行くようなものです。コロニーで同じことをしようとすれば、そもそもこの手のパッチに辿り着くのに三日は掛かりますからな。前哨キャンプを構えられるのも大きい。元トレジャーハンターとしては、他のお宝探しに時間を割きたいですな」
「中核クラスター内部は相応に危険ですが、お宝と言える品は多いですよ。馴らしの間探るのもありかもしれません」
ワーカーの中でも特に、金銀財宝やお宝と呼ばれる部類のロマンを追いかける人達。自称トレジャーハンターの彼らは変わり者ですが、個人的に応援したい方々ですね。そういえば、私の工房にも常連さんがいました。いつの間にか来なくなってしまったあの人は、命を落としたのか、あるいはリバインドに間に合わずどこかへ行ってしまったのか。
「失礼、みくびる訳ではないのだが、ニブレット卿とイコナ殿は腕に覚えは? 戦闘を想定すると、お二方がどれだけ動けるかで我々も対応が変わるので教えていただきたい」
真面目な声でヴォ……オルヴァさんが問います。先に答えたのはニブレットさん。
「わたくしは昔は人並みでしたが、今はスカウト……地図役と斥候として考えてくだされ。不意打ちの類ならともかく、殴り合いとなればお任せしたいところですな」
私の位置からは見える彼の背後には、機械式の強弩が見えます。バリスタの小っちゃい奴ですね。単純な構造ではなく、おそらく旧時代の構造を参考にしたキメラ種魔改造モデル。
「私は戦闘についてはからっきしです。ですが年単位でパッチで過ごした経験は伊達ではありませんので、心配は必要ないですよ。戦闘になってしまったら、私はアマリに守ってもらいましょうかね」
「あ、うん、まかせて!」
村人三人の実力はわかりませんが、状況によってはドラコニアンの二人が前に出た方が状況は早く済みそうですが……無理をして傷付くのは見てられないです。アマリの実力はともかく、彼女は極力戦闘を避けて、経験を積む事に専念してもらう形ですね。
「ではわたしめはリュミンの影に隠れるといたしましょう。やむを得ない場合を除き戦闘は避けたいですが、その際はお三方とカイリス君におまかせしましょう」
「お任せを」
質問はそこで途切れ、ニブレットさんは次の話に進めてくれます。
「では次に道中の注意点と確認されたアノマリーの共有を。各々地図を見てくだされ。まずここが…」
淡々と続く会議。私からすると大げさな確認事項ばかりですが、この人数でパッチを進んでいくのです。道順から隊列、緊急の際の対応まで事細かに決めていきます。あらかじめ決めておけば、あとは黙々と進んでいくだけなのだから楽なものですね。
リムについては……アノマリー避けの効果を期待して紹介するつもりではあったのですが、あまりにニブレットさんが周到に用意しているので、タイミングを完全に逃してしまいました。低位のアノマリー生物が嫌う光をだすランタンまで用意してくださったのです。リムは完全上位互換とはいえ、話をややこしくするよりはいざという時まで隠した方が良さそうです。
それに懸念もある。マルセナさんの思い過ごしであればそれに越したことは無いですが、元老院という組織はどうも、私から見ても単純な意思決定機関ではないように思えます。
黙り込んだままのシルバーの端末。モノに干渉できなくても、私達に近い感覚を持つ彼が何か掴んでくれるとよいのですけどね。
そんな私の思考をよそに、あれこれと話を詰めてもらっているうちにお昼になってしまい、お弁当を食べてしまいました。そこから少し戦闘になった際の連携の話を武闘派が打ち合わせをし、それが終わって、他の皆さんも食事休憩を行い、ようやく出発。
内心、一人で行けばよかったかな、なんて思ってしまう長丁場でございました。




