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P4TCHW0ЯK_W0R⧉D  作者: 哉守柚栞
第一章
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10/29

第五話 HЯT⧉CL KN⧉WLƧDG (2)

 村には見張り塔、という構造物がございます。

 場所は食堂のある広場。下の広場と呼ばれる場所です。村とパッチとの境界線へ続く通りを食堂と挟む形で立っているさほど高くない石造りの塔なのですが、天辺から橋が伸びており、逆さまになったまま上空で固定されてしまっている地面の欠片に繋がっております。

 ゆるい捩れ方をしている橋は風当たりもよく、強風でも揺れない場所となるため洗濯ものがすぐ乾くそうなのですが、その名の通り本来は見張りに使われる塔でして。

 そこで見張りをしている方がどうやら、早朝より姿をくらましていた私の事を探していたようでして。

 時刻はお昼前。マルセナさんとの打ち合わせも終わり、今日のお昼はなにかなー、でも食べるよりやる事があるなーなんて考えながらガンターを連れて状況を共有しつつも一人で帰ってきたのですが、ふと視線に気づいて空を見上げたら、見張り塔から伸びる捩れた吊り橋に誰かいたのです。

「うわ」

 白っぽいシルエットのその人はこちらに気付くと、突然橋から飛び降りて一瞬だけ横方向に落下、すぐに本来の重力に従い放物線を描いて落ち始めますが、見事に食堂の屋根に足先から着地、転がるようにして衝撃を受け流し、建物の二階からなんのためらいもなく飛び降りるのです。こんな立体的な重力計算ができて実行に移せる人は、一人しか知りません。

 彼女は草地の上でも転がって衝撃を再度受け流し、そのまま全力で道をかけてきました。

「ねえぇさまあああぁぁぁ!」

 両手を広げて抱擁のポーズのまま、頭から突っ込んでくる角と尻尾が特徴的なドラコニアンの少女。彼女の抱擁を私は。

「とう」

 ぴょいん、と草地に自ら飛び込むことで回避いたしました。

「そんな!」

 お腹から草地に飛び込んだ私に対して、アマリは頭から踏み固められた土に突っ込みましたが、驚くことに顔面をする直前に片手をついて空中で身をひねり足から着地、ずしゃあああなんてかっこよく音を立ててブレーキをかけます。とんでもない身体能力でした。

「もー! 避けるなんてひどい!」

 自らが行った離れ業の自覚もなしに文句を言う彼女。私はみっともなく手も膝もついて起き上がります。内心、猛烈なタックルを避けられた事に安堵しております。

「イコナさんは確かに竜のキメラですけど、肉体的には標準的なキメラぐらいの防御力しかないのです。あんな砲弾のようなタックルをもらったら壊れちゃいます」

「えー? 師匠みたいに投げ飛ばしてくれてもいいのに…」

『あれも相当雑な扱いだが、それでいいのか…?』

 スキンシップにしてはかなり乱暴なやり方です。イコナさん的にはもっと普通のハグとかにしていただきたいです。

「それで姉さま、朝からどこ行ってたの? 探したんだよ? せっかく同じ建物に泊まったのに一緒に寝てくれなかったし!」

 色々考えたい事もありましたし、朝から抜け出すつもりだったので、足の怪我を理由に同じ建物に泊まった彼女の提案はお断りしました。何よりベッドがそこまで広くないのです。

 近づいてきたアマリは、起き上がった私の頭にくっついていた葉っぱを取ってくれますが、ついでに耳の先を指先でもにょもにょと揉んできました。別に嫌ではないので好きにさせてあげます。

「パッチが本当に変わってるか見てきてたんですよ。ついでに秘密主義のあなたの師匠に会ってきて尋問して、キャラバンの一番偉い人とお話してきました」

「本当? 何か教えてくれたの?」

 不安と期待の混じった顔をされるので、私は得意げに胸を張ってお答えします。

「ふっふーん、驚くがよいです。私のすばらしい知識がキャラバンの抱えるあらゆる問題を解決に導き、彼らはこれより交易路を確立するための作業を村と共同で行う交渉に入る……予定です」

 マルセナさんとの打ち合わせがついさっき終わったばかりなので、交渉にどのくらい時間が掛かるのかはわかりませんが、今日中には決定すると思います。キャラバンに至っては、既にパッチの調査をリュミンが主体で始めてくれております。村がどう反応するにせよ、エーテル結晶の回収と人造アンカーの作成準備は進めるという方針です。

 出発までに私のすることはマルセナさんの調書を基に、アンカーが自然発生していない理由、あるいは存在しても機能不全となっている理由を確かめる事と、結晶回収に必要な前準備なのですが。

 アマリの反応がいつまで経っても帰ってこないのでちらりと彼女を見てみます。完全に固まってました。信じられないとばかりに目を開いて。

 指先で挟まれたままの耳を動かしてみると、ようやく彼女の意識は、はっと、戻ってきます。

「えっと、どういうことなの? キャラバンが交易で? 尋問が師匠で? 村と共同で? つまり村はどうなるの?」

 まだ混乱されてました。その証拠に両手で耳を揉まれてしまいます。ちょっと気持ちいいかもしれない。こういうスキンシップなら、まぁ悪くないです。

「将来的には村とコロニーをキャラバンが往復しますよ。村には人が増えて、物資の心配は無くなります。すぐ外のパッチも今より良い場所で固定されて、あなたもコロニーに遊びに行くことができるし、いつでも村に戻ってくることもできます。そしてイコナさんは陰の英雄になるのです」

 地返しとかその辺りがどうなるかはわかりませんけど、アンカーが存在すればその辺りももしかしたら安定するかもしれません。思えば、リバインドによって個々が遭難するのではなく村という単位で遭難しているのは、アンカーの効力が弱いからなのかもしれません。存在はしていますが、不完全な状態だから地返しなどという半端な事が起きているのかも。原因特定して、結晶回収にさぁ行くぞ、というタイミングで解決したら最高に面白いのですけどね。物語的展開よりもそういう気の抜けるお話の方が笑い話になりませんか?

「おふ」

 突然の抱擁。本日二回目。

「まだよくわかんないけど姉さまありがとぉぉぉ」

 かなり力強く柔らかい感触…混乱に喜びが勝った涙交じりの声。とてもいい匂いがしますが、無理やり引きはがして離れていただきました。

「お礼を言われるのはまだ早いですよ。そのためにはパッチに出てエーテル結晶を回収しないといけないですし、村には象徴的なオブジェが必要です。その辺りどうするかはわかりませんが、とりあえず私はパッチ探索の準備を進めないといけません」

「…? 姉さまが直接取りに行くの? 師匠とかキャラバンの人じゃなくて?」

「えぇまぁ。初見だと絶対にわからないですし、エーテルの特性上、魔法を扱える幻獣種キメラが適任ですので……感覚を知ってる私が行くのが確実ですからね」

 リムの件もありますし。と、思ったところで耳から手を離されて、きらきらした目でアマリがこちらを見てました。

「わたしも魔法使えるよ! わたしも連れてって!」

「あー…」

 やっぱり。この展開は予想できたのに、まったく迂闊な。

 正直、ドラコニアンである彼女が付いてきてくれるのはすごく、頼りになります。でもお兄さんの方がこう、雑に扱えそうなのでそちらの助力を期待していたのです。

 邪魔ではないですが、目が離せなくはなりますね。

『別に構わんだろ。動き回るのは間違いなくアマリの方が上だ。逃げる時にでも抱えてもらえばいい』

「姉さまなら抱えても走れるよ! すっごく軽いから!」

 過酷な放浪生活、肥えられる方がいらっしゃるならその人は相当な物資集めのプロですね。華奢ですが、痩せすぎでもない身体を維持できている私も実はすごいのです。そもそも竜の代謝のおかげで太りもしないし痩せもしない。おまけに成長も止まってます。

「…私も別に構いませんけど、お兄さんの説得は自分でしてほしいですね」

 露骨に嫌そうな顔をしました。うわー、みたいな。本当に面倒みたいです。

「キャラバンの事前調査の進捗にもよりますが、回収部隊の出発は遅くても明日のお昼ぐらいが望ましいです。それまでに準備をしないといけません。やる事はそんなにありませんが、確かめたいことはそこそこあるのですよ」

 食堂方面に歩き出した私に、すぐアマリは横に並びます。

「兄さまの説得はがんばるけど……具体的に何を準備すればいいの? というか、何を探しに行って、そもそもなんで探しに行くのかも気になるかも…」

「簡単に言いますと、村が遭難する原因がアンカーというアノマリーが無いか、弱ってるかしているので、いっそ新しく作っちゃおう、というお話です。その材料になる高純度エーテル結晶というのがパッチの危険地帯に絶対にあるので、回収しに行きます。準備に必要なものは、野外でのお泊りと落ち着いて思考に耽れる状況を作る方法ですね。コーヒーなんかほしいです」

「危険地帯……わたし、邪魔になっちゃうかなぁ…」

 歩きながら肩と尻尾を落とすアマリ。その様子にいっそ安心してしまい、私は笑って言いました。

「余計な自信を持っている三流ワーカーに比べたら、謙虚なあなたの方がよほど信頼できます。危険地帯と言いますが、言いつけを守っていればなんてことないですからね。とはいえ、戦闘も起こり得ますのでその辺りの心得はあってほしいですけど」

「こころえ…あるよ! みてて!」

 落ち込みかけていたアマリはすぐに元気になって数歩前に出ます。こちらが立ち止まれば、彼女は側面を見せる形でその場で右半身を少しだけ引き、軽く握った左手をやや前に、腰のあたりに同じく軽く握った右手を置きました。

「しゅっ」

 パァンッ!

 響いた破裂音は、空気がはじけるような音でした。視覚的に見えたのは彼女の右手が一瞬ぶれたという事だけ。

 続けて見せてくれた動作は先ほどよりは目で追えましたが、とんでもない速度でした。空気を引き裂く音とともに左手、右手と真っすぐに突き出される手、さらに身体を回転させるような裏拳に足技が加わり、その度に逃げ遅れた空気が殴られるような音が聞こえるのです。

 食らえば顎が吹き飛びかねない蹴りを飛び上がりながら行い、高さをほとんど変えずにその場でくるりと回って見せます。ついてまわった尻尾と髪がじつに美しい円を描いておりました。

 洗練された美しさよりも、細身から放たれる破壊的な力強さ。されど積み重ねてきた技術があるのは確かに感じ、最後に彼女は腰に手を当てて胸を張るのです。

「どやっ」

 そして愛らしいどや顔。思わず拍手。

「お兄さんが心配してるのがおかしいくらい、見事な連撃です! 正直、リュミンより強いのでは?」

『リュミンは一撃がでかいパワー型だ。対してアマリは技能型。相性の問題だろうが、見事だったな』

「すごいでしょー! 小さいころ、体力づくりにって教わったやつなの! あとは自分で動きやすいようにしてって、たまにクマさん…外回りの専門の人と訓練してるんだ。本気出すと岩ぐらい砕けるよ! さすがに手甲使うけど」

 彼女の規格外な部分を垣間見ましたが、岩をも砕く一撃を腹部にくらって平気な兄も相当すごいと思います。改めて竜という生き物は規格外すぎます。私の内に眠れる竜が地味に感じませんか? 種族特性…魔法は本当にすごいんですよ?

「これは回収部隊に推薦せざるを得ない……私とアマリだけでも出来そうな気がしてきました。でもかわいい妹を危険にさらしたくない気持ちもある、そんな姉心芽生えつつあるイコナさんですッ!」

「姉さまやさしー、でも怪我ならすぐ治るから大丈夫だよ?」

「その考え方は改めていただきたいです」

 反射的に返した言葉ですが、構えを解いた彼女がどうも自覚がないようなので、綺麗な瞳を真っすぐ見て言ってあげました。

「いいですか? 回収に連れていけると決まっても、戦闘は極力回避しますので、あなたのその力が必要になる事は無いと思ってください。それでも必要な時は怪我はしない事。深度の深い場所にいるアノマリー生物による怪我は精神に影響を残すことがありますから肝に銘じてください。何より乙女の肌はもっと大切にするべきです」

「はーい……気を付けるけど、姉さまちょっと兄さまに似てきたかも…大事にしてくれてるのはわかるんだけど…」

 ぐぬぅ、カイリスと一緒にされるのは複雑な感じがします。確かに過保護かもしれないですけど、アマリの色白の肌や見事な艶の鱗が傷付くのはもったいなさ過ぎます! 尻尾とか撫でまわしたら絶対に気持ちがいいに違いないです。きっと吸いつくような肌触り。一晩でいいから抱きしめて寝たい。熱帯夜とかに試したいです。

『実際問題として、治るから怪我してもいいなんて考えは早々に直した方がいい。そういう奴に限って取り返しのつかない怪我をするもんだ。そもそも真の達人は負傷なんざしないもんだしな』

「ガンターまで…わかった、わかったよ。気を付けるようにする。ごめんさい」

 素直でいい子。今後、外界との交流が始まってもこのままでいて欲しい。

 歩きを再開して、私達はそのまま食堂前を通り過ぎて、丘沿いに畑側へと回る道へ足を向けます。

「あれ? 姉さまご飯を食べにいくんじゃないの?」

「あぁ、いえ、実はマルセナさんの調書で気になってる部分があったので下調べを。いわば村をぐるりと回るお散歩ですね。ご飯は…あとで缶詰でもいいかなと」

 今は姿を隠してくれているリムが鞄ごと消えてくれているので、頼めば鞄も一緒に持ってきてくれます。小さくなれる事が判明した彼は、私が鞄を使わない時はちゃんとどこぞに鞄を置いた状態で現れてくれる。流石と言わざるを得ないですね。

「えー、だめだよしかっかり食べないと! 先行ってて! マーニさんに歩きながらでも食べれるもの作ってもらってくるから!」

 返事をする前に彼女は食堂の方へ駆けだしてしまいました。別にいいんですけど、付いてくるつもりなのですね。地直し二日目は仕上げ程度の作業量と聞いておりますが、そちらのお手伝いもあるでしょうに。私の事大好きじゃないですか、知ってますけど。

 ご機嫌な後ろ姿を見るに、朝から続いた私の選択は間違っていなかったと思えます。将来的な利益ももちろんあるんですけど、私の根本的な目的はあの子のため、なんて言っても過言ではないです。

『思うに、お前はアマリに甘すぎないか? 出合ってまだ何日も経ってないってのに』

「あー…それは私の根本的な理想に基づいているからですよ」

 姿があれば首を傾げていたでしょう。今は穏やかな気持ちなので、ご機嫌に教えてあげるのです。

「私は私の世界のすべてを好きで埋めたいのです。そして世のあまねく人々はかくあるべきと信じています。故に、その好きの中に私を加えてくれているあの子には、できる事をしてあげたいのですよ」

『…実にお気楽主義な言葉だ。お前はもっと利己的で計算高い奴だと思ったが、考え直す必要があるかもな』

「そんな事微塵も思ってませんよね? 私はお気楽主義でロマンチストなのです。先ほどの理由に付け加えるなら、ドラコニアンは大変ロマンがありますからね!」

 その後、畑を横目に村を見て回っているとすぐにアマリはサンドイッチなる、野菜と塩漬け肉を挟んだパンを持ってきてくれました。大変美味で、こんな手軽に食べられるものを生産できる居住地との交易の重要さを改めて実感したのでした。

 なお、調査の方は大した収穫もなく、アマリと楽しくお散歩しただけになってしまったのでした。


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 お部屋に唯一の窓から吹き込む優しい風に頬を撫でられ、自慢のウサギ耳が虫でもくっついた時のようにぴぴっと動きます。こういう自らの体の反応が気になるときは集中力が限界を迎えた時。伸びでもして身体をほぐせ、という本能からの指示だと思っております。

「うわ、もうこんな時間なんですね。久々にここまで集中しましたよ…」

 心地よい昼下がり、というには遅い時間。飛び込んでくる声は地返しの影響で一日自宅謹慎を言い渡された子供らがはしゃぐ声…だけではなく、長らく続いた不安が解消されたことによる人々の驚きと喜び、そして降ってわいたお楽しみイベントに対する声です。

 残念ながら広場側に面している窓から身を乗り出したところで、その騒ぎの様子を直接は見れはしないのですが、老若男女問わずはしゃいでいるのは雰囲気で伝わってきます。

「キャラバンの方針に村側も協力、人造アンカーの土台となるオブジェ作りについての意見募集、どんな形で伝えたのかはともかく、騒ぎの原因は間違いなくそれですね」

 それらは全てマルセナさんと打ち合わせした内容です。しかしどのように伝えたかは、気になるところではあります。彼女との会話では電光掲示板なるものがあるそうですが、広場にそんなのありましたかね。

「見に行きたいところではありますが、久々に一点集中の考察を続けたのでイコナさんの脳みそは気だるさを感じています。甘いモノとかなかったですっけ…」

 ペンを放り出して立ち上がり、ベッド脇の大鞄へ向かおうとしましたが、床に座ってじっとこちらを見上げる子がいました。小さくなったリム。私は無抵抗の彼を抱き上げて、そのままベッドに横になります。

「あぁー…このもふもふたまらないです……なぜこんなにも癒し効果を得られるのか…自分に対して全幅の信頼を預けてくれる者特有の愛しさですよね。そういう意味ではアマリもいい線いってますが、まだまだリムと私の間に割って入れるほどではないですね。リムもこのサイズなら連れまわしても警戒されない気がしてきましたよ」

 とても珍しい状況でガンターも今はおらず、二人だけの甘い時間が過ぎていきます。リムは完全に虚無で、後ろから抱き着く形で横になっておりますので、視線はぼんやり窓の外に向いています。頭部の角のような耳のような突起の間が実に形容し難い香りがしまして、なんだかとても安心するのです。

 懐かしさと切なさを混ぜた安堵感。どこかで嗅いだことあるのに絶対に思い出せないのですが、穏やかな心にどうでもよくなっていくのです。

「絶対にここから何か分泌されてますよね…うふふ、この謎生物め………」

 夜明け前から起きて、それなりに頭を使った上に村を一周しておりますので、体が眠りにおちようとし始めます。体がじんわり温かくなり、特に手足がぽかぽかしてきます。リムの首筋に顔をうずめれば、外の明るさにまぶたを焼かれることもない。優しい香りの中の午睡。眠りに落ちるぎりぎりを行ったり来たりするのが一番きもちがいい。贅沢な時間の使い方です。気のせいでしょうけど、とても親しい誰かに頭を撫でられたような幸せな感覚すら感じました。

 抱いていたふわふわの感触が不意に消え、硬いノックの音に意識が覚醒。眠っていたのかどうかもわからない刹那の時間でしたが、部屋はだいぶ薄暗くなっており、外も相応に暗くなっておりました。

 体を起こし、来訪者のためにドアの鍵を……と思ったところで、先日の騒ぎで鍵が破砕されたのを思い出しました。お出かけの際はリムが大鞄を隠してくれるので、留守中に誰が入っても問題ありませんので気にしてません。寝込みを襲われたら……それこそ無残な事になってしまいます。既に彼は姿を隠してしまっていました。

「空いてるのでどうぞ」

「……失礼する」

 ためらいがちに入ってきたのは、予想通りの方。廃材を上手に使って貴族然とする、金色の髪には冠のような白色の角、金縁の眼鏡が似合うドラコニアンでした。

『おうイコナ。今戻ったぞ。偵察の結果だが、ドラコニアンにしてはずいぶんありふれた兄妹愛と言わざるをえない退屈な展開だったと報告しよう。お前の求めるロマンってやつは無かった』

 彼が両手で恭しく持っていたのは、シルバーの筐体に傷が目立つ娯楽端末。昼のお散歩の別れ際、カイリスと話をするならと、一応説得役に持たせてあげたのです。カイリスから私の元へ返すようにとお願いもして。

「こんにちはカイリス。そのご様子だと、納得はしてないけど彼女の希望は叶えてあげた感じですね。あぁ、ガンターはその机においてください。ついでに電気をつけてくれると助かります」

 この建物は全室電灯が完備。ドアの脇のスイッチを押してもらうと、すぐに部屋は人工的な白い灯りに照らされます。

「…今回の件、兄としては実に不本意だがね。だが逆に考えれば良い機会でもあると考えたのだ。キャラバンからはニブレット卿、リュミン殿、そしてイコナ。村からは私と外周りの手練れ三人。よほどの事がなければ大事には至らない。アマリには良い経験になるだろう。これを機に、普段から慎重になる事を期待しているよ」

 合計八人。意外と多いかな、と思いますが、中核クラスターに挑むなら普通のワーカー基準では妥当かと思います。ニブレットさんはスカリー一家の家長でキャラバンの要と伺っております。さらにドラコニアンが二名に、村からも精鋭三人。あらゆる危険に対して無敵のイコナさんもおりますので、余裕ですね。私の要望では、半数がクラスター直前の臨時キャンプの維持なんですけどね。

「メンバーが決まったなら、顔合わせ等は明日ですかね? お昼には出発が望ましいのですが、必要な道具等も伝わってますよね」

「その辺りは抜かりない。食料品はもちろん、万が一の医療品も手配しているよ。あぁそれと、別途頼まれていた空の薬瓶も持ってきた」

 一度外に出て、木箱に入った透明な瓶の山をガンターのすぐ横に置いてくれます。これは私が注文したもの。後ほど準備に使用します。

 カイリスの横顔はここまで険しさが滲んでおり、緊張しているような雰囲気があります。未体験の危険に自らや妹が飛び込むことに身構えているように見えますが。

 交渉、取引、言葉の駆け引き。そういうのはもう、今日は疲れてしまいました。

 彼とは仲が良いとは思えませんが、関係が最悪という訳でもない。相手が勝手に敵対さえしてなければ、変に遠慮する仲ではないように思えます。

 故に、単刀直入に尋ねる事にしました。

「この件に関して、あまり乗り気じゃないですか? 村が救われるかもしれないのですよ?」

 ベッドから抜け出しながら、なんでもない世間話のように切り出しました。

 カイリスはすぐに答えません。箱を置いて、しばらく底を見つめてから深いため息をつきました。

「キャラバンが村にやってきてから、いつかこんな日が来ると覚悟…いや、期待をしていた。村の危機が救われ、外界との交流が始まる。そうなれば、村の外を見てみたい者も現れるだろうとも。私にそれを止める権利はない。無論、元老院にも」

 元老院に対する物言いに感情はこもってません。諦めてるような雰囲気ですかね。

 夕闇が迫り、部屋の明るさが下がります。アマリによく似た青の瞳がこちらを向き、険しさの取れたカイリスの表情は不安を押し込めた弱々しい物でした。

「アマリがもし、外の世界に行きたいというなら、私は精一杯送り出してやるつもりだ。そのためにやるべきことはやるつもりだが、イコナ、キミだったらどこまでやる?」

「それ聞く必要あるんですか? 当然、あと腐れなく、です」

 ゆるりと尻尾を揺らして、不敵に微笑んでやります。

「旅立つ彼女がなんの心配もなく新しい生活を送れるように。自分の事だけ考えて楽しめるように。彼女が心配する全てを引き受けて差し上げればよいのです。もっとも、私だったら村を放り出してアマリについていきますけどね。たった二人いなくなっただけで機能しなくなる村ならば、滅んでしまえばよろしいのです。でなければ全権を譲渡して村の運営そのものを任せていただきたいですね」

 元老院なる謎の統治機構に言い様に使われるだけで、なんの権限もないなんて実につまらないです。誰もかれもが私に頼ってくれるなら、いっそ新しい村として革命を起こしてやりますね。

 そして皆が私をイコナ様と呼び崇めるのです。村のど真ん中には空の柱を模したオブジェと神殿を建造、リバインド直前はお休みにし空の柱とウサギを崇める宗教を発展させ、食の探求と娯楽を充実化、観光資源化してコロニーからの来訪客からお金を巻き上げるのです。そこまでやらせてくれるなら、この村に留まってあげます! アンカーを作った英雄としてそちら方面の交渉をすればよかったですかね?

「無責任なあなたが実に羨ましい」

「責任まみれのあなたは実に哀れです」

 頭の中は悩み事で溢れてる、しかしその悩みを誰にも相談できないとは。それなりの立場というのは実に面倒でつまらないですね。今回の件で彼を英雄に仕立て上げ、圧倒的なカリスマ性から村を牛耳る方向性でも提案してみましょうか。村の信頼の矛先が元老院ではなく彼に向けば、簡単そうですけどね。

「アマリはおそらく、あなたと共に村を出たがるだろう。その際は面倒を見てあげて欲しい。あの子はその、外では騙されそうで心配なのだ」

「それは同感ですが、あなたも村を出ていくという選択肢がありますよ。その丈夫さがあればワーカーとして稼ぎ頭になれますが?」

「ははは、悪くないが、あなたも言っただろう? アマリの心配事を片付けてやらないといけない。それが済んだら、私も追いかけるかもしれないな」

 楽し気でしたが、まだ寂しさが残ってます。現実になると信じ切れてないのでしょうね。私も放浪中に何度も思った事ですので、よくわかります。

 その諦めたようなすまし顔を笑顔と涙でぐしゃぐしゃにしてやりたいので、アンカー作りは本気でやりますかね。全てが現実になるその瞬間まで、せいぜい悩むがいいです。

「別にそれで構いませんが、その際は急いでもらわないとアマリを本当に妹にしてしまうかもしれません。私はこれでもまだ彼女にかなり、遠慮していますので」

「それは……肝に銘じよう」

 苦笑いをし、彼は部屋を出ていこうとします。

「カイリス」

 そんな彼を縫い留めるように鋭く声をかけました。立ち止まった彼は横顔だけを覗かせて視線を向けてきます。

「内緒の話があるなら、今の内ですよ」

 何か隠してるだろう、その意味を含ませて言ってやりましたが、彼は目を閉じてドアノブをひねりました。

「明日は忙しくなる。お互いに気を付けよう。何かあれば、アマリが悲しむからね」

 そんな言葉を残して、彼は去っていきました。

 足音は遠ざかり、まだ見ぬ謎の影だけがちらつくもやもや感に、尻尾が波打ってしまいます。

「私が全知全能の神であれば、わっといってガっと解決するのですが…」

『規格外の能力を持つ奴に限って介入したい問題から遠ざけれる。そして問題が致命的になってようやく介入できる。世界の法則ってやつなんだろうな』

 ガンターはいつでも他人事です。彼からしたら物語の傍観者でしかないので当然かもしれません。好き放題言えるくらいの権利は残してあげましょう。

「私が物語の主人公であれば、全能の能力を持ちながらしれっと物語に混ざりこむ、平凡な登場人物の一人でいたいです。そして裏で活躍して、人々に感謝されてる表の英雄をにまにましながら眺めるのです。つまり明日のエーテル結晶の回収はアマリが活躍するストーリーを希望します!」

『余計な考えを巡らせてる余裕があればいいな。それより準備をしたらどうだ? その瓶はそのためのもんだろう? 俺様はそんなもんで一体何をするのか実に興味がある』

「そうですね! では早速準備をしていきましょう」

 ガンターの横に置かれた木箱から小瓶と何かを漬けるのに丁度よさそうな大瓶を一つ。それから空のインク瓶も取り出して、調書を広げていた机に並べていきます。頼んでおいた清潔な布もありますね。

『放浪中の装備を丸ごと持っていけるお前に今更どんな準備が必要なのかさっぱりだが……瓶にこの間のアノマリーを詰めて爆薬にでもするのか?』

「この瓶で何か作るのではなく、触媒の入れ物ですね。ガンターには私の魔法について、どこまで話しましたっけ?」

『そうだな。よくわからん、おまじないで商売してたくらいか? その程度しか聞いてない。それについてもよくわからんがな』

 マルセナさんの調書と私のメモ書きをまとめてひとまずベッドに放っておきます。それから大鞄を開けて、探し物。がらくたまみれ…頭を突っ込むような形になっちゃいますね。

「アマリやカイリスは水竜か氷竜のようですが、私の竜の部分はどうやら『邪竜』とか『呪竜』と呼ばれる類のモノのようでして。種族特性は『呪い』なんですよ。響きがいいので私は邪竜って呼んでます」

『…急に物騒な話になってきたな。お前、そんなに陽気なのに闇属性だったのか』

「旧時代の創作物にありがちな属性という概念は嫌いではないですが、キメラ種の魔法概念を考える際に、相関関係等の先入観があると非常にややこしい事が始まるのでおすすめしませんよ。それに、呪いというより、マジナイ、と呼んだ方がわかりやすいかもです」

 鞄の底から黒のインクボトルを発掘。次に昔の自分が書いた手帳『邪竜のススメ』。使わな過ぎて奥に行ってました。ついでに先日回収したリフレクト・ゼロと伸縮式の棒も取り出しておきます。あとは、この辺りに針があったはず。

「私の種族特性についてお話すると、それこそ仕事にしていたくらいなので一日がかりで説明が必要で難解なんですが……簡単にお話すると、望む結果に対してどれだけ不利な条件を提示するかが基本的な効力です。結果と代償は常に求められ、最終的になんの結果も得られませんが、若干損をする。これが呪いと呼んでいる現象ですね」

『すまん、もっとわかりやすく話してくれ』

「擦り傷をしました。私はそれをすぐに治します。五分後、裂傷となって傷が開きます。これが私の魔法」

 天秤でイメージすると、最初から傾いている状態ですね。練度に見合った様々な望みを叶える事ができますが、結果として望みを台無しどころかより状態がひどくなるのが基本的な性能。

 このマイナスの効果をどうにかするのが、呪術師の腕の見せ所であります。

「時間のかかる儀式や陣を使ったり制約を設けたり、条件を調整することで支払う対価を調整したり効果を絞ったりすることができます。古来よりの雨ごいとか生贄なんかもお仲間ですね。先ほどの傷のお話なら、傷は癒えますが、一週間の間切り傷の痛みが続く、みたいな感じでしょうか」

『それだと擦り傷のままの方がよくないか?』

「そうですね。なので儀式とかの余計な手間を挟むことで、掛けた時間と労力を対価として支払い、デメリットを押さえていくのです。あとは望みの焦点をずらしたり工夫次第でいくらでも応用が利きますが…触媒なんかは特に効果がありますね。こちらも応用が利き、即席で色々作れるので今はそれを準備しておこうかと」

 探し物がみつかり、取り出したものをベッドに並べておきます。その中からインクのボトルと、注射器の入った箱を持って席に着きました。

『一番の疑問なんだが、なぜ放浪中に魔法を使わなかった? 何ができるかはともかく、手間がかかっても儀式でもなんでもすれば、もっと楽に進めたはずだろ』

「指摘はもっともですが、理由は単純です。パッチ内での魔法の直接使用はアノマリーの活性化を招きます。これは全てのキメラが扱う魔法に共通で、魔法現象を起こすと燃えカスのようなものが出るんですが、これがアノマリーと相性が悪いようです。さらに、私自身に呪いをかけようとすると、対価が何倍にもなってしまいます。実質無意味なのです。道具に関しては、基礎魔法を利用してもっと本格的な機材を作り上げる必要があったので、遭難中では作れませんでした。今回の探索で用意するのも基礎魔法の単純な応用品で、消費期限が短いものです。これも私には直接使えません」

 ちなみに私がコロニーで作っていた道具類は『錬成具』と呼んでいた呪いをさらに二段階ぐらい昇華させた技術なのですが、詳細は本格的な工房が必要なのでまたの機会に。具体的にはコロニーに到着してからですかね。

 上着を脱いで袖をまくって自らの細い左腕を露出させます。それから上腕を布できつく縛り、針の入った箱を開けて、小瓶に入った消毒液で清潔な布を濡らして肘の内側を消毒。特注の極細針をつまみ、同じ手の中にはいただいた小瓶を栓を抜いた状態で握っておきます。

 左腕は机に置いて、針の先端を浮いた血管にあてがい、深呼吸。覚悟を決めて事を進めました。

『あー……いきなり何をやってる? そういやキメラ種って輸血とかってどうなるんだ?』

「血は基本的に人間に準拠しますが、生物の混ざり具合によって違うため輸血は親族でも危険ですね。残念ながら現代において大量の出血は常に忌避すべき事です。増血剤が貴重品として取引される理由ですね。人間とは根本的に成分が違うので、パッチで回収された新鮮な血液パックも使用できません」

『なのにお前は小瓶一本分自分から血を抜いてるわけだが?』

 小瓶に十分量貯まったので針を抜き、刺さっていた部分を強く押さえておきます。穴から血が吹き出ないか心配になりますが、私に流れる竜の血はすぐに滲むこともやめ、小さな穴なんてなかったかのように止まってしまいます。とはいえ、無理に動かすのはしばらく注意です。針と一緒に止血道具もあるので、針の刺さっていた場所にあてがって縛っておきます。

 抜き取った血も劣化をする前に手早く作業をしないといけません。

 インクのボトルを開け、もらったインク瓶に丁寧に血と一緒に注いでいきます。同量を意識し、もちろんこぼさないように。

 ぴったり、血を注ぎ切って、インク瓶に蓋を締めます。それから両手をかざし、完成を宣言。

「邪竜のススメより、第六項。竜血のインクの錬成を宣言いたします」

 背後でベッドに放り出していた、私の手記が暗い色を発して輝きます。すぐに輝きは収まり、直後に感じたのはめまい。そして猛烈なけだるさ。

 尻尾は墜落、耳は頭の上で倒れ、額から机の天板に突っ込みました。

 ごっ。

 頭蓋骨から響く音。そんなのもどうでもよくなる、全身のだるさ。聴覚すら遠くなってます。

『うぉ、大丈夫か?』

「んー……へいきです」

 貧血、というよりは、体の中の魔法の源が一気に抜けた際に起こる急性欠乏症。マナと呼ばれるこの源は血と同じように全身に巡っていますので、失われた場所に流れてくればすぐに治ります。

 倒れる際に諸々を巻き込まないように置いておきましたが、血の混ざったインク瓶は私にとって見慣れたモノに変異しておりました。

 透明なインク瓶には赤黒いインク。よく見ると、インクは常に内部で流動し、生きているかのようです。このインクが私の種族特性たる魔法を、一段強力に引き上げてくれます。

『…貧血で倒れた、って訳じゃなさそうだな。そいつは一体なんだ? 妙に生々しいな』

「これは竜血のインク。文字通り、竜たる私の血を混ぜたインクですが、複雑な呪いが込められた呪物ですね。道具を作ったり、呪いを行使する際に使用する触媒となります。単純にこれを使えば、呪いを直接使うにせよ道具を作るにせよ、代価を大幅に減らせるんです。ちなみにそちらの手記にめっちゃ細かく効力とか制約とか使用方法とかを記してあって、体の中の魔法の源をたくさん使う代わりに宣言一つで作れるようにしてあるのです。この手の消耗品で毎度ルールを定めるのは大変なので、一部は手記に簡易儀式として簡略できるようにしてあるのです。つまり過去の私えらい」

 作業を短縮するためだけの手記。これ自体が魔法書とでも呼ぶべき道具になっており、実は作るのすごく大変だったのですが、その分の労力はとっくにもとがとれております。

 このインクがあれば、目の前で致命傷を負った人がいても『傷は塞がるが痛みは残る。ただし明日のこの時間に傷が開く。傷の完治に一年かかる』ぐらいの呪いが使えます。インク無しだと傷が塞がるのは一時間、傷の完治は五年とかになりますね。

 深呼吸をしていると、インクを持つ手に糸のようなモノがふれます。見れば、いつの間にか姿を現したリムが竜血のインクを持つ私の手を赤く長い舌で舐めていました。

 昨日も血に反応していたので、心配でもしてくれているのでしょうか。大丈夫と頭をなでると、リムはこちらを見て、いつも通り、微動だにしなくなっちゃいます。

「さて、ここからはこのインクを使って、あらかじめ効果と代償と期限を定めた札を作っていきます。それから秘密兵器も作ります」

『お前には秘密兵器がすでにいるじゃねぇか』

 椅子のすぐ横で待機するリム。確かに、この子は秘密兵器であり、必殺の兵器です。明日の同行の際にも、小さい姿で来てもらいましょう。紹介する機会があれば、ですが。リムが手を出すのは、最後の手段でいきます。

「備えあればなんとやら。何があるかわかりませんからね! 実験もしたいし!」

 そこからはあっという間に夜になってしまい、準備含めて夢中になっていたらマーニさんが気を利かせて食事を持ってきてくださいました。

 その後は蛇口をひねるとお湯が出る田舎に不似合いなシャワーをいただき、夜中までちょっとした作業。キャラバンからの使い走りでリスとハイエナのキメラであるスカリー一家の方がやってきたりと、何だかんだ忙しく、ほぼ部屋にこもっておりました。

 予定通り、明日は朝から回収班の顔合わせ。そして出発となりそうです。


End_Heretical Knowledge /異端の知識


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