【第67話】継ぎ接ぎ屋の誇りと、小さな波紋
『神耳の落ちこぼれ』
世界の声が聴こえる少女と、仲間たちの成長を描く長編ファンタジーです。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
「……勘違いしないで」
ルカが、再び声を張り上げた。 その声には、怒りも、怯えもない。ただ、腹の底から湧き上がるような、大地に深く根を張った大樹のような「圧倒的な力強さ」があった。
「私は『もう戦えない』なんて、一言も言っていないわ!」
罵声を浴びせていた群衆が、ルカのその尋常ではない気迫に押され、思わず口をつぐんだ。
「確かに、私は完璧じゃない。右腕は動かないし、大事な針も失った。……でもね、だからといって、この世界が壊れていくのを黙って見ているつもりは、毛頭ないのよ!」
ルカの瞳が、絶望に沈む大衆の目を、一つ一つ、炎で焦がすように力強く射抜いていく。
「世界は、完璧な神様が魔法の杖を一振りすれば直るような、そんな単純なものじゃないわ。空間の傷を塞ぐってことは、痛みと向き合うこと。摩擦を起こして、熱を出して、泥だらけになって……そうやって不格好に『継ぎ接ぎ』していくことでしか、本当に強い絆(明日)は紡げないのよ!」
ルカの脳裏に、アイアン・ヘイヴンで煤と熱にまみれて戦った父の姿が、そして囁きの森で自らの身を削って回路を縫い上げた光景が蘇る。
「武器がないなら、作ればいい! 腕が動かないなら、無理やり機械で縛り付けてでも動かしてやるわ! 私が欲しいのは、傷一つない完璧な奇跡なんかじゃない。痛くても、重くても、泥だらけになっても……誰かの手と手を繋ぎ合わせて、この不完全な世界で生きていくための『明日』なのよ!」
ルカの言葉は、綺麗事ではなかった。 それは、自らの絶望と無力を噛み砕き、血を吐きながらでも前へ進むことを選んだ、一人の「職人」の魂の底からの咆哮であった。
「私は、不格好な継ぎ接ぎ屋よ。……一人で完璧に直せないなら、あなたたちの力を借りるわ。汗も、泥も、悲鳴も、全部私のこの左手で束ねて、世界を縫い合わせるための『太い糸』にしてやる! ……だから、勝手に絶望して、立ち止まらないで!!」
静寂。
冷たい雨音だけが響く広場で、何百人という群衆は、目の前の小柄な少女の姿に、完全に圧倒されていた。 神様ではない。奇跡の力もない。ただの、傷だらけで不完全な人間の少女。
しかし、彼女の放つ熱量は、彼らが頭の中で勝手に作り上げていた「氷のように冷たい完璧な女神像」の何万倍も眩しく、そして、彼ら自身の心の奥底で凍りついていた「生きたい」という本能の炎を、直接火打ち石で叩いて着火させるほどの強烈な摩擦を持っていた。
「……あんた」
先ほど、娘を助けてくれと泣き叫んでいた初老の男が、泥水の中に膝をついたまま、呆然とルカを見上げていた。
彼の目に宿っていた「誰かにすがりついて楽になりたい」という依存の濁りは消え、代わりに、ルカの放つ生命力に当てられたような、小さな、しかし確かな希望の光が点り始めていた。
群衆の中には、まだ「そんな泥臭いやり方で世界が救えるわけがない」と背を向けて立ち去る者もいた。絶望に支配されきった者たちには、ルカの等身大の強さは眩しすぎたのだ。 しかし、残された者たちの目に変化が起きていた。
顔に傷のある傭兵が、腰の剣の柄を強く握り直した。 雨に濡れた若い母親が、泣いている赤ん坊を力強く抱きしめ、顔を上げた。 パンに困窮していた労働者たちが、自分たちの汚れた手のひらを見つめ、そして、同じように泥だらけで立つルカの姿を、まるで戦場を導く『旗印』を見上げるような、熱を帯びた視線で見つめ返し始めていた。
完璧な魔法の否定。 それは、依存を断ち切り、人々が自らの足でこの不完全な世界を歩き出すための、最も痛みを伴う、しかし最も誠実な『救済の第一歩』であった。
ルカは、群衆の視線の色が変わったのを感じ取り、フッと、泥だらけの顔に世界で一番美しい、職人としての誇り高い笑みを浮かべた。
「行くわよ、ノア。……まずは、新しい相棒(武器)を手に入れないとね」
ルカは、ダラリと垂れ下がる右腕を一切恥じることなく胸を張り、銀狼と共に、ゆっくりと、しかし確かな足音を響かせて、ヴァロワの石畳を踏み出し始めた。
道を開ける群衆。 彼らが今、畏敬の念を抱いて見送っているのは、偶像の魔女ではない。 痛みを知り、世界との摩擦を愛し、どんな絶望の淵からでも必ず「明日」を縫い合わせてみせると誓った、最高に泥臭くて逞しい、一人の『不完全な継ぎ接ぎ屋』の姿であった。
冷たい秋雨の中で、彼女の歩んだ轍から、新たな熱狂ではない、本物の静かな「希望の連鎖」が、波紋のように広がり始めていた。
* * *
ルカの泥臭くも力強い宣言の余韻が、冷たい秋雨に打たれるヴァロワの広場に、静かで確かな熱を帯びた波紋を広げていた。
完璧な神様などいない。しかし、自分たちと同じように痛みを感じ、武器を失い、腕が動かなくなってなお、この不完全な世界を見捨てずに共に足掻こうとしてくれる一人の「継ぎ接ぎ屋」がここにいる。
その事実が、大衆の心にへばりついていた「誰かにすべてを丸投げしたい」という脆い依存心を打ち砕き、代わりに、大地の泥に足を踏みしめて自立するための、人間本来の逞しい火種を灯し始めていた。
降りしきる雨音の奥で、人々のざわめきが、先ほどまでの恐慌状態から、ある種の連帯感を持ったざわめきへと変わりつつあった。 その、ささやかな希望が広場を満たそうとしていた、まさにその瞬間であった。
「――道を開けろォォォッ!! 緊急事態だ!! 魔女様は、ルカ様はどこにいらっしゃる!!」
広場の奥、王都へと続く巨大な大通りから、群衆を強引に跳ね除けるようにして、悲鳴にも似た絶叫が響き渡った。 新たな希望の灯火を吹き消すような、世界の破滅を告げる伝令の絶叫だった――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
セレンたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。




