【全年齢】第二話:魔導皇を揚げ物で「うまいぞー」させた話
これは味皇……ではなく魔導皇が「うまいぞー」する話です。
アニメ版ミスター味っ子の味皇様にオマージュを捧げました。ご存じの方はニヤリとしていただければ幸いです。
※寺沢大輔先生。尊敬してます。ごめんなさい。
煌々としたLEDライトに照らされる室内。かつてヴァルフェルト王国で「深紅の戦乙女」と称えられたプリシラ・スカーレットは、赤い長髪を振り乱しながら、テーブルに肘をついて聡介の背中を見ていた。
彼女はカルボナーラの一件以降、住む場所がないので聡介の家で居候をしていた。
「聡介殿、夕餉はまだか……私の腹と背中がくっついてしまいそうだぞ……」
この家の主である橋本聡介は、ちょうど仕事から戻ったばかりでスーツ姿のまま冷蔵庫を眺め、テーブルで情けなさそうな声を出す戦乙女に向かい返事をした。
「プリシラさん、この一週間ですっかりこの世界になじみましたよね。今日はとんかつでも作りますよ」
「トンカツ……なんだそれは」プリシラは顔を上げた。
「えーっと……トンカツというのは」聡介が説明しようとしたその時、寝室の方でガタガタと物音がした。
「……聡介殿」プリシラが鋭い目線で立ち上がる。
冷蔵庫の隣の収納スペースに鎮座している深紅の大剣、プリシラの愛刀を手に取ると寝室の扉に近づいた。
「聡介殿は離れていろ……」扉をゆっくりと開けるプリシラ。
扉の先には興味深そうに寝室の様子を眺める老人がいた。
老人はつばの広い灰色の帽子をかぶり、白銀の長髪に紫紺の瞳をしていた。全身を包む灰色のローブは年季が入り、その手には分厚い古びた本が握られている。一目でただの老人ではないとわかる、老練な魔導士の風格があった。
「な……ヴォーレ様……なぜあなたがここに……」戦乙女は剣を地面に降ろした。
「おお?深紅のか。久しいな。ここは変わった場所だがどこだ」
その質問に聡介がプリシラの横から顔を出し答えた。
「えーっと……俺の家です。日本という国の東京という都市です。多分あなたがいた世界とは別の世界です。プリシラさんとお知り合いなんですか?」
「この方は魔導皇と呼ばれる精霊術の権威、オイ・ヴォーレ様だ。我が国が誇る世界有数の大魔導士で、後進の育成にも力を入れており魔導皇アカデミーという魔法学校を運営している」プリシラが説明をした。
「へぇ……プリシラさんとは違ってすごい方なんですね」
「な……私も騎士団長としてあっちの世界ではなかなかえらいんだぞ!愚弄するな!切り伏せるぞ!」プリシラは顔を赤くしながら抗議した。
「ふむ……やはり異世界か。精霊のめぐりあわせだろうか。プリシラもいるとなるとこの世界と元の世界に何らかの力が干渉しているか……マナの力はほとんど感じられない。でも精霊はいるのぉ……」
オイは二人の会話を気にすることなく何かつぶやきながら分析していた。
そして、手をかざすと辺りにぽつぽつと淡い光の粒が広がって部屋を照らしていく。
「ふむ……力は弱いが言葉は通じるようだ。素直な精霊たちだ。さまざまな種族がいるようだな」オイは口角を上げた。
「うわ……すごい。これが魔法なんですね」聡介は驚いて部屋の中を見渡した。
「ああ……精霊術の一種だ。ヴォーレ様は身体強化や、攻撃魔法・補助魔法・生活魔術にいたるまでありとあらゆる魔法に精通されている。私たちの世界ではいろんなことが魔法で成り立っているのだぞ」プリシラが自分のことのように嬉しそうに語った。
そのとき「ぐぅ~~~~っ」という音があたりに響いた。聡介はその音を聞いてプリシラの方を見た。
「わ……私ではないぞ」プリシラが顔を赤くして自分の前で両手を振った。
「精霊が……精霊が呼んでおるな」オイはぼそりとつぶやいた。
「そうですね……夕食はまだですか」聡介は確認した。
「明日の講義の準備中だったのでな……まだ食べておらぬ」
「ちょうど準備しようと思っていたところなので、プリシラさんと待っていてください」
「かたじけない」オイは聡介とプリシラに続いてリビングに向かい、椅子に座った。
聡介は二人が椅子に座ると梅昆布茶を出した。
「ふむ……花の香りと、磯の香りが重なる不思議な茶じゃな」オイは湯呑に手を付けると一口飲んだ。
「塩味の奥に広がる刺激的だが、さわやかな味わい。まるで海の近くの花畑にいるような錯覚さえさせる。素晴らしい飲み物じゃな」
「梅という花の実を塩漬けにしたものと、昆布という海藻が材料です」聡介が説明した。
「なるほど……味わい深いわけじゃな」オイは嬉しそうに眉を上げた。そういうと周囲にまた淡い光が広がった。
聡介はそれを見てまた驚いた。プリシラは一瞥したが、落ち着いた様子でオイと同じように茶をすすった。
プリシラとオイは会話を始めた。その様子を尻目に聡介は冷蔵庫をあさり始めた。
「三人になったから少しかさ増しも考えないとな」
冷蔵庫を確認すると、いろいろな食材を取り出した。
聡介は、キャベツを洗い、まな板に載せるとザクザクと小気味のいい音を立てながら千切りにしていく。ザルに乗せボウルに移し冷蔵庫に入れた。
レンコンは皮をむき、繊維に沿って細切りにする。
玉ねぎの皮をむき、スライスする。麺つゆを水で割ったものに、玉ねぎを入れて鍋に火をかけた。出汁から取るのもおいしいが、サラリーマンの時短工夫だ。
梅干しの実を外してたたくと小鉢に移した。大葉を軽く水で濡らしたキッチンペーパーでふきあげた。大根の皮をシュルシュルと桂剥きにして、金おろしで小さく削っていき大根おろしを作った。
ボウルを取り出し、卵、水、薄力粉、そしてマヨネーズを少量入れて泡立て器でかき混ぜる。トンカツを揚げるためのバッター液を作る。マヨネーズを入れることでサクサク感が増す。
大量の油を鍋に入れて熱し始める。パン粉をバットに広げた。
「ふう……準備はできたな」
ロース肉を取り出すといくつかは薄切りにする。まずは厚切りのロース肉をバッター液にくぐらせパン粉をまぶす。油に入れた。
ジュワァーっという音と、肉の揚がる香ばしい匂いがキッチンに広がる。
まずはシンプルなトンカツの完成だ。トンカツは二枚分揚げた。
次にロース肉の間に梅肉を塗る。大葉を二枚敷き、その上にレンコンを重ねた。さらに肉を重ねてはさみ揚げにした。ロース肉とチーズでも同じようにはさみ揚げを作る。
一枚のトンカツを包丁で切り分ける。黄金色の衣に包丁を当てて力を入れるとザクッ!ザクッ!という軽快な音に続き、豚の脂が溶けた匂いがリビングに広がった。
玉ねぎを麺つゆで煮込んだものをフライパンに入れて煮立たせる。切り分けたトンカツをその中に入れて卵を加えて一煮立ち。ふたをする。
「よし、これで概ね完成だな」
大皿にトンカツ、はさみ揚げなどを並べ、食卓に運ぶ。トンカツの卵とじはフライパンのまま運び鍋敷きの上に置いた。冷蔵庫から出したキャベツをさらに添え、付け合わせにほうれん草のおひたしと、インスタントの豆腐とわかめの味噌汁も並べて、完成だ。
「な……何という美しい色の衣をまとった肉料理なのだ……」プリシラは息をのんだ。肉汁の芳醇な香り、カラリと揚がった衣の香ばしい香り、そして和出汁の鼻腔をくすぐるような柔らかい香りに体を震わせた。しかし、目上のオイ・ヴォーレがいるのでフォークを持たず、見つめているだけだった。
「はぁ……ヴォーレ様、先に召し上がってください」プリシラは頬を赤らめて言った。
「うむ……見事な料理じゃ」オイはプリシラに促され、フォークを手にした。
「そちらのトンカツにはこのソースをかけてください。あとお好みでこのからしも。少し辛いですので気を付けてください」聡介はとんかつソースのボトルと、和がらしのチューブを渡した。
「ふむ……いただこう」ソースを少量かけ、トンカツを口に運ぶオイ。
「ザクッ!サクッ!」という音がリビングに広がった。無言で咀嚼するオイ。
「外側のサクサクした触感に、柔らかな肉、そしてこのあふれんばかりのジューシィーな肉汁。それに野菜の風味が入った甘辛いこのソースが調和している。うまいぞ。これは……」
オイがそういうと小さな光がまた広がり始めた。プリシラは横で震えながらその様子を見ている。聡介は少し嬉しそうだ。
「これもつければいいのか……」からしのチューブを手に取り、トンカツに少量絞った。
そして口に運んだ。目を見開くオイ。
「う……」オイが、下を向いた。静寂がリビングを包む。聞こえるのははぁはぁというプリシラの荒い息遣いだけだった。
「う……」カランカランという鉄の音がリビングに響いた。オイがフォークを落としたようだ。
「うーーまーーぁぁあいいいいいぞおおおおおおお!!!」
大地を揺らす咆哮のような声が響いた。いや、実際にリビングが揺れた。
ミシミシという何かがひずむ音が聞こえた。
次の瞬間オイの筋肉が隆起し、上半身の服がはじけ飛んだ。
「な……この世界でこれだけの身体強化を行使できるとは……流石ヴォーレ様」プリシラは目を輝かせ、その様子を見ていた。
「いや……そこじゃないと思うんですけど」聡介は、はじけ飛んだ服の切れ端を拾いながら答えた。
「うまい、うまい、うまいぞぉー!少年よ。サクサクとした衣、サラリとした肉汁が滴るジューシィーな肉、それに甘辛いソースでもうまかったが、そこにこの鼻をドーンと突き抜ける刺激的な辛さ!こんなに昂ったのは口の中に手を入れられ、爆裂魔法を食らった時以来の衝撃じゃ」
「それで生きているってマジでバケモノですか」聡介は苦笑いした。
オイは、破れた服をそのままに少し咳払いをすると落ち着いた声で言った。
「さて、こちらもいただこうか」
チーズのはさみ揚げをフォークで刺す。オイはからしのチューブに手をかける。
「あ。それはソースだけがいいと思います」聡介が横から声をかけた。
「ふむ……ではそのままソースだけでいただこう」
サクリという音がリビングに広がった。オイは無言でまたそれを咀嚼した。
切り口からドロリと白いチーズが垂れた。
それを見たプリシラはごくりと息をのんで頬を赤らめた。しかし、急に立ち上がると叫んだ。
「いかん!聡介殿!目をふさげ!」
「え……?」聡介は驚いて言われるがままに目を瞑り手で覆った。
次の瞬間、オイの体がまばゆい光を放った。リビングに、家全体にその光が広がった。
「うーーーーーーーーーーー」
「まーーーーーーーーーーー」
「いーーーーーーーーーーー」
「ぞーーーーーーーーーーー!!!!!!」
大地を砕き、海を破り、空を裂き、そしてすべてを断つような咆哮が響いた。
それと同時にオイの目、口、さらには全身の毛穴から黄金の光線が射出された。
「サクサクとした衣、ジューシィーな肉、甘辛いソースは言わずもがな、そのあとにくるこのドロリとした濃厚なチーズの味わい。口の中に広がる甘みがソースの甘辛さと合わさり調和して引き立て合っておる。甘露!甘露!甘露だ!!!少年よ。さながら精霊の踊りのようじゃ」
しばらくして光が消えた。
「よ……喜んでもらえて光栄ですが、大声を出したり、光ったりするのはやめてもらえますか」
「むぅ……すまぬ、気をつけよう」
オイは大葉と梅肉のはさみ揚げにフォークを差した。
「あ、それはこちらの大根おろしに少しポン酢をかけて、それを乗せて食べてください」
「ふむ……食材に合わせてソースを変えるのか。精霊術も組み合わせで、さまざまな現象を起こせるが、世の理というのはどこでも同じだのぉ」
大根おろしを乗せ、ポン酢をかけてはさみ揚げを口に運んだ。無言で咀嚼するオイ。
サクサク、シャキシャキという咀嚼音だけがリビングに広がった。
プリシラは静寂の中で身構えていた。額には汗がにじんでいた。
聡介は家の中にいた。リビングにいた。いたはずだった。
聡介は目を疑った。目をこすり周囲を見渡した。
梅の木に囲まれていた。リビングのテーブルと椅子、聡介、プリシラ、オイだけがその空間にいた。
聡介は椅子から立ち上がり、梅の木に触れた。ごつごつとしたリアルな質感、鼻腔に梅の香りが広がる。
その時、オイは座ったままの状態で浮き上がり梅の木の間を滑走した。
「うまい!うまい!!うまい!!!うまいうまいうまいうまいうまい!!!!!!!!!!」
「うーーまーーぁぁあいいいいいぞおおおおおおお!!!」
オイは滑走したまま遠くに行ってしまっていたが、聡介の隣にいるような爆音でその声は聞こえた。地面が揺れて梅吹雪が辺りを包んだ。
「豚の肉汁、油。繰り返し食べると味に飽きてくるが、塩辛く酸味もあるこの花の実、独特の香りだがそれをふぅわーっとした香りで引き立てるさわやかな葉の味。素晴らしい。さらにこのシャキシャキシャキとした根菜。触感だけでなく、ほのかな甘みが全体に調和……いや、底上げしている。このような魔法は異世界でも見たことがない。見事!見事!!見事である!!!」
オイはぐるりと旋回すると聡介たちの元に戻ってきた。
「少年よ。うまいぞ」そう言い残すと、ものすごい勢いでフライたちを食べ始めた。
その勢いに聡介もプリシラもあっけにとられていた。
気付くと皿の上には何もなかった。カツ煮もすべて食べ尽くされていた。
「あ……ああ、そんな……まさか」プリシラはがくりと肩を落とすと、椅子から滑り落ちた。
「終わりだ……何もかも……もう私にはどうすることもできない……このような惨めな思いには耐えられない……」
聡介はプリシラに近づき肩に手を置くと「また、作ればいいですよ」と笑った。
「聡介殿……貴殿は何と温かいのだ」
キッチンに向かい冷蔵庫を開ける聡介。
「あ……キャベツしかもうありません」聡介が空になった冷蔵庫の扉を大きく開いて、プリシラに見せた。
「なん……だと……くっ……殺せ!いっそ殺してくれーーー!」
戦乙女の慟哭が、リビングに広がった。
オイはその様子を見ながら「茶がうまい」と梅昆布茶をすすった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
オイ・ヴォーレというキャラクターはアニメ版ミスター味っ子に登場する味皇様から着想を得ています。美食に感動するたびに服が破れ、光り、空を飛ぶあの名シーンをどうしても異世界ファンタジーでやりたかったのです。
ご存じない方はぜひ「ミスター味っ子 味皇」で検索してみてください。元ネタを知ってから読み返すとまた違う味わいがあるかもしれません。
次こそはチーズフォンデュあたりかなと思っています。ほかの作品の筆休めなので更新は未定です。
懲りずにまたお付き合いいただければ幸いです。
※本作は各作品へのオマージュ・パロディを含みます。権利者の方でご不満がある場合はご連絡ください。




