EP7:ようこそ戦場へ
鬼怒とカルネの組み合わせは予想外の出来事に繋がった。
禁酒による禁断症状のせいで暴れ出すバカ鬼を、なんとカルネが抑え込んでしまったのだ。
鬼怒は正気とは思えないほど喚いて暴れた。
そしてあろうことかカルネに、その肉食わせろぉという禁句を叫びながら襲いかかった。
カルネは迫る鬼を正面から受け止めるかと思われた。だが次の瞬間、鬼怒がくるりと反転して地に落ちたのだ。
鮮やかな技。流れるような体術。のびる鬼怒。
さすがの俺も驚きを隠せずどこで覚えたのか聞いてみたら、大昔に学校の授業で教わったと得意な顔してゲハハと笑う。
なわけねーだろ、と分厚い腹にツッコミを入れたらゲハハとまた笑う。
結局カルネはどこで覚えたのかは言わなかった。
ともあれ、お陰で繰り返すバカタレの暴走も、次第にいつものやり取りに変わっていった。
中層がいよいよ近づいている。
そう感じたのはダンジョンで植物を目にした時だった。それは青くほのかに発光する木。近づいて眺めていると気分が落ち着いてくる。道の奥へと目を凝らすと青い木が点々と続いていた。
初めて見るものに興味津々な俺を見て、カルネがニンマリと笑みを浮かべた。
「まおーくんはブルーツリーも知らねぇんか」
「うるせ。おいカルネ、これありゃ明るくて便利なのになんで下層にはないんだ?」
「じゃあおめぇさんが植えりゃいいだろ」
「そんな暇ねーよ」
「それが答えだぁな」
「お前らは暇だろ」
「ゲハハ。確かに暇だぁな」
答えになってねーだろ。
言ってみて思ったが、確かに下層に住んでる魔物で忙しそうにしてる奴なんて見たことはないか。
忙しい奴。強いてあげるなら俺だ。
カルネはフヒッと笑って続けた。
「だがよ、こんなもん植えたがるやつぁいねぇのがなぜだかわかるか?」
「めんどいからだろ」
「そりゃおめぇさんだわな。植物ってのは環境さえあれば勝手に育つもんだ。だが大きくなるまでは世話してやらなならん。それが辛いんよ」
「やっぱ面倒臭いだけじゃねーか」
「おめぇさんはやっぱ違うんだな。いいか、下層の魔物は長生きだ。だが木はおれらほど長くはないし、丹精込めて育てた木が枯れてみなぁ。つれぇんよ、思いの外な」
「ふーん」
最初に感じた雑な荒っぽさとは裏腹に、何度か話してみたカルネの印象は意外と理知的なものだった。
言葉遣いは悪いが、意外な教養に少なからず好感が湧く。
対して鬼は自分と戦い続けている。酒がないだけでこうも不安定になるとは。
鬼の威厳はどこへやら。
順調と言っていいのかわからない旅路も、ようやく節目に差し掛かろうとしている。
大滝が近い。
大量の水を叩きつける派手な音が次第に強くなっていく。
それと、周囲の環境が良くなってきている。
小屋のようなものがたまに建てられていて目を見張った。道はならされ、水回りも整備されている。
文明とまでは言えないが、下層の奥深くと比べ、とても文化的な生活をしていた。
思わず寄り道をしながら遠巻きに見ていった。
「粗野な野獣とは違うか。へっ」
「あぁん? なんか言ったかボンクラ魔王」
「べっつにー」
「聞こえてんだぞぉ。てめぇさんよぉ、おれらが野暮なやからと思ってんじゃねぇだろなぁ」
「違うのか?」
「その認識……ぶっ殺だぁ」
「わわっ、冗談に決まってんだろ。ていうかそんなだから粗野だっつーの」
「ゲハハ、じゃぁ殺さん代わりにその腕引きちぎってやろう。それでいいよなぁ?」
「いいわけねーだろっ!」
俺とカルネのやり取りを見て鬼怒が神妙な面持ちで呟いた。
「仲睦まじく」
「アホか。どこをどう見たら仲睦まじいんだ」
「まさしくだぁ」
「この鬼、隠れて飲んでんじゃねーのか。果てしない酔っ払いめ」
「いつも赤ら顔だしなぁ」
「へっ、ちげーねーぜ」
「赤鬼なのだから仕方なかろう」
「やーい、年中酔っぱらい—」
「酔っぱらいぃ、ってかぁ」
「キサマラァァァ……」
鬼怒がそれまでにも増して赤くなっている。
俺とカルネは顔を見合わせて素敵な笑顔を作ると、鬼怒に向けてヒラヒラと手を振った。
「やーい、鬼さーんこっちらー」
「手の鳴るほぉえぇー、ゲハハッ」
「ムガァァァァ!」
俺達は襲いくる鬼から走って逃げた。
鬼怒はずっと追ってくる。だから俺達もずっと逃げた。そして……
走り回った俺達は疲れ果て、休むことにした。
仰向けになって息を切らす俺の横で、カルネもブヒブヒいいながらひっくり返っている。
さすがの鬼怒も座り込んで肩で息をしていた。
「はぁはぁ、つ、疲れた」
「おめぇさんよ、体力無さすぎんよ」
「うるせー。お前と鬼怒の取っ組み合いに巻き込まれないように走り続けてたんだから仕方ねーだろ。てか鬼怒も本気になんなよ」
「う、うむ!」
体がだるい。
ちょっと長めに休んだあと、俺達は誰ともなく立ち上がり歩き出した。
ものすごい轟音が響いている。
鬼怒やカルネの無遠慮なデカい声でさえほとんど聞こえないほどの轟音。濁流の水しぶきが弾けて粉のように舞っている光景は綺麗だが、近くにいると少し寒くなってくる。
下層と中層の境目とされる大滝だ。
緩やかな坂を登って滝の横を通り過ぎる。
跳ねる水しぶき。清涼感のある冷気。間近で見る大自然の力強さに圧倒される。
大滝の前ではカルネも鬼怒も小さく見えた。
俺達は黙々と歩き続けた。
ついに俺はここまで上がって来た。
そうしてたどり着いたのが、魔物達がダンジョンバレーと呼んでいる大滝。
ここ越えた先が中層だ。
そうしてしばらく歩き続け滝の音も遠ざかった頃、坂も終わり視界が開けた。
目の前に広がるのは草原というべきか荒野というべきか迷うようなだだっ広い大地。
地平線のように揺らぐ大地の果て。
高い天井には雲のようなモヤさえかかっている。
雲の上には何か青く発光するものがある。ブルーツリーかもしくはそれに類似する植物が大量に生えているのかもしれない。
俺の目に映るその光景はダンジョンの天井ではない。
まるで……それはまるで、空だった。
天然の空と比べると薄暗く濃い青色に見えるが、見間違うほどに空だった。
下から流れてくる風。そう、これは風だ。俺の髪をくすぐるように撫でて流れていく。ずいぶんと昔の記憶の中で風に流れる雲が目の前の光景と重なった。
久しく感じなかった大自然の息吹。
目を奪われ、立ち尽くしていた。
我に返り横を見ると、鬼怒もカルネもニヤニヤしながら俺を見ている。唇を引き締めて睨み返した。
「おら、さっさと行くぞ!」
「魔王様のお通りだぁ、ゲハハ」
「ゲマよ、あれを見ろ。あの崖のようになっているところに要塞がある。そこが目指す場所だ」
鬼怒が指さしたところは地面からせり出したかのように高く、まさに崖のようになっている。
人工物のようにも見えるし、ダンジョンの地形そのものにも見える。
しかし要塞ときたか。あの規模、相当デカい組織であることがうかがえる。ちょっと思ってたのと違うかも。
要塞はここから数時間ほどの場所にあるらしく、パンパンになった足を酷使して歩いていった。
次第に近づく崖。
黒々とした岩肌はどうやら天然の岩。きっと要塞はその中をくり抜いて作ったに違いない。
ここに下層の魔物たちを呼びつけるほどの者がいる。
悪魔エリメアク。
人間と渡り合う魔物を率いる司令官。
どんな奴なのか。
俺にとってどんな相手になるのか。
いよいよ中層。人間と魔物の戦場のど真ん中。
ここからは、完全に未知の世界だ。




