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下働き魔王のダンジョン攻略  作者: Tongariboy


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EP4:中層への旅の中で

鬼怒と中層を目指し始めて早数日。

中層に近づいてはいるものの、ダンジョンには、暗くゴツゴツとした岩の道がまだ続いている。


無理にでも喋りたくなる陰気なトンネルだが、幸い魔物達が長い年月をかけて踏み慣らした道は歩きやすく、足の痛みはまだない。


まずは細道を通り、その先に大滝が待っている。

そうしたら中層は目前だ。


鬼怒が喋ることはほとんどなかったが、俺の足音とは対照的で、重機さながらに踏み鳴らしている。


出発した時、二日酔いに響くから静かに歩けと文句を言ったら、こうすれば他の魔物が誤って襲ってくることが減るのだと言う。


強者の理論を目の当たりにして呆れ半分に感心してしまった。

確かにいつもなら魔物に襲われていてもおかしくない。鬼怒のおかげなんだろう。

頭痛がするから感謝はしない。


順調な道のりに期待を抱く一方で、なんだか後戻り出来ないような心地がして、時々息が詰まる。

地上に出たら、もうここには二度と来ることはない。

俺にとっては良いことのはず。

息苦しいのは、ここが陰気な場所だからだ。


もうじき細道にぶつかる。

俺はただ進むことに意識を傾けた。




前方の高い壁に亀裂でも入って出来たような狭い道が続いている。俺ならそのまま通れるにしても鬼怒にはちょっと狭そうだ。


「鬼怒さんはここ通れるのか?」

「うむ。見ておれ」


鬼怒はカニ歩きで入って行く。分厚い胸板がこすれて岩がポロポロこぼれ落ちている。デカいのも難儀なもんだ。

鬼のカニ歩きを見て特に問題ないと踏んだ俺も入っていった。


入った瞬間、こもった独特の臭いが鼻をついた。壁はちょっとヌメっとしていて、鬼怒じゃなくても横歩きしたくなる。

松明を高く掲げてみたが天井はよく見えない。

掲げた炎が時々揺らめいていた。


ここを通るのは初めてだ。いつもいつも魔物達に襲われてきた。これまでここまで辿り着けたこともなかった。

鬼怒の存在が厄介な奴らを遠ざけているのは事実だが、悪魔の招集とやらも関係しているのかもしれない。

案外、みんな出払ってる可能性もある。

安心安全な旅になりそうだ。

なんて思ったその時、背後から誰かが囁いた。


慌てて振り返る。

何もいない。

暗がりはただただ静かなまま。

まとわりつく空気は生暖かいのに全身は底冷えするほどに寒い。


後退りしながら闇を観察していると今度は頭上近くから聞こえた。

一歩下がりつつ見上げたがやはり何もない。

寒気を感じ、立ち尽くしてしまった。


「どうした」

「うわぁっ」


いきなり出てきた鬼の顔。安定した低い声がエコーもなく暗くて狭い通路に響いた。

厳つい顔を見てると緊張した体が少し楽になる。

と気づいたら角をおもいっきりデコピンしたくなった。


「ふむ。狭い所恐怖症か?」

「ち、ちげーよ。今何か聞こえた。上からだ」

「ああ、そのことか」

「なに、なんかいんの? だったら先に言って欲しかったんだが」

「風で肌を斬り、傷口から血をすする吸血鳥がおるのだ」

「うそでしょ!」

「うそだ。風の音だろう。中層手前の大滝に近いから起こる現象らしい。気流が起こり、この細道にぶつかるとたまに風鳴りがする。知らんとスリルがあって楽しかろう。さあ行くぞ」


確かに、風だとわかるとそう聞こえる。淡白な鬼怒は首の向きを戻して、またカニ歩きで先を進んでいった。

だが俺は見てしまった。

あいつが手をギュッと握ってガッツポーズをとっていたことを。


「……鬼め。覚えてろよ」




鬼の横姿を見ながら歩くこと数分だろうか。視界から鬼怒がいなくなり、まさかと急ぎ追いかけた。


尾を引く松明がボボッと消え入りそうに唸るが無視して小走りに進む。鬼怒を見失った辺りまで来ると案の定、窮屈な細道がやっと終わった。


ようやく抜け出た解放感と共に飛び込んできた光景。それはずっと奥まで続く見晴らしの悪い景色だった。

素晴らしい景色を見て、少しでも早く進もうと固く決めた。


片手で頭を抱えてたら隣に鬼怒が並んだ。鬼怒は顎で先を促す。煩わしいから離れようとしたら、見越したかのように鬼怒が口を開いた。


「かつてと変わりなければこの先に少し開けた平地がある。そこで一旦休もう」

「急いだ方がいいんじゃないか? 悪魔の軍勢は結構押されてんだろ」

「だからこそだ。休める時に休むべきであろう。この先は人間が忍び込んでいても不思議ではない。先のオオカミがいい例だ」


一理ある。

さすがにそう頻繁には来ねーと思うけどな。だが可能性は捨てがたいし。


「わかった。はぁ、この景色もいい加減見飽きたぜ」

「300年見続けたものではないか。ふっ、まあ楽しみにしておけ。中層はこことは違う」

「遠足じゃねーんだぞ。ったく」


そんなこと言われたら余計休憩する気が失せるだろーが。




俺の斜向かいに鬼怒が腕を組んであぐらをかいている。

少し開けた場所とやらに着き二人で座り込んだ。適当な岩場に松明を差し込んだらちょうどいい照明になって辺りを照らしている。

ちょっとしたキャンプみたいだ。


遠く地鳴りのような音が聞こえてくる。きっと中層の入口にあるという大滝なんだろう。

ここまで何も起きずに来れたことに、嬉しさと悔しさが込み上げてくる。


過去300年の間に俺は何度も上を目指した。

その都度、下層の魔物達のいたずらや探索中の事故で断念してきた。さっきの細道でさえ初めて通った。

それがこうも簡単に……


鬼怒は黙ったまま。

以前、竜が今の姿になってから疲労など感じたことがないし、眠りも浅いと言っていた覚えがある。

鬼怒は目を閉じている。寝てるのか考えごとをしているのやら。

こいつは何を考えるのだろうか。


鬼怒に聞きたいことがあった。ここまでの言動から、中層への道のりを知っているのは明らか。

こいつ、たぶん起きてるよな。


「中層かぁ」

「急にどうしたのだ」


やはり起きていた。

鋭い眼光が俺を刺す。目を逸らした俺を無視して鬼怒は酒を煽り出した。

酒は止めたい。しかし今はしゃべらせたいし。けどこのまま飲ませてどうなるか、気が気じゃない。

まったく、こいつの顔色はいつも読めなくて困る。


「鬼怒さんは中層に行ったことあるんだよな」

「だいぶ昔にな。気になるか」

「まーな。下層から出たことないからよく知らんのだ」

「そうか。あの頃の人間との戦い、戦友達と共に何度となく追い返してやったものだ。腹立たしくも懐かしい。あの頃か……」


鬼怒は揺らめく松明の灯りを優しく見つめていた。竜と同じく希少種である鬼にとって仲間と過ごした時間はかけがえのないものなのかもしれない。


友情か。

人間だったころから俺には縁遠いものだ。誰かと一緒に何かを達成するのはどんな気分なのだろうか。

鬼怒と同じように松明を見てるのに、俺には何も見えてこなかった。




鬼怒がそろそろ行こうと言い、俺の返事も待たずに立ち上がり先に行ってしまった。

少しは気を使って欲しいもんだ。

後頭部を睨みつけていたら、ピタッと止まった。

……鬼の後頭部には目があがるのか?


「邪な視線を感じるな。人の頭をじっと見て何考えておる」

「べ、別になんもかんがえてねーよ。ただ強引だなって思ったくらいだ。別になんもかんがえてねーし」

「同じ事を二度言っておるぞ。素直なことは美点ではあるが、もう少し誤魔化し方を学んだほうがいいな」

「うるせーよ。純真さを忘れたら人間おしまいだってーの」

「人間ではないからなぁ」


ふざけた言葉をしんみり言いやがる。冗談なのかわからず困惑させられる。


「あんたはわかりづらいんだよ」

「はっはっはっ。よく言われたよ。ずっと、大昔にな」

「あんたも当然元は人間なんだよな。寂しくなったりはしないのか?」

「お前の口から寂しいとでるか。もう思わんな」

「世界でたった一人の鬼なんだろ?」

「だからどうだというのだ。そもそも誰しもが唯一であろう」

「俺が言いたいのは、何ていうか……同族がいないってことだ。自分と同種の存在に会いたいって思わないんだな」

「そうだな」


鬼怒は俺から視線を外さない。

ありもしない鬼の法術で金縛りにあった気分だ。


不敵に鬼が笑った。

俺はゴクリとつばを飲み込んだ。


「同族か、いい問いだ。我ら多様な姿を持つ魔物にとっての同族とはなんであろうか。では質問を一つ返そう。答えよ魔王。お前にとっての同族とは何者だ」

「お、俺の……同族?」


鬼怒が突きつけてきた指先に胸を貫かれた心地になった。

自分から出した話題に返す言葉が、出てこない。


同族、自分と同種の存在……

不老不死の俺には……

いないのか?


いや、違う……俺は、俺の同族は…………人間だ。

そうだ。

俺は人間だ。


何も好き好んでダンジョンにいるわけじゃない。ただここから出られないだけだ。

俺はこいつらとは違う。

俺は人間なんだ。


「たしかに考えたことねーな」

「そうか」


鬼怒に本心を打ち明けなかった。

それが自分でもよくわからなかった。

この居心地の悪さはなんだってんだ、クソったれ。


静かになるとどこからか水の流れる音が聞こえてきて、俺達は水辺を探した。


ダンジョンの湧き水はどういうわけかやたらと美味い。これさえ飲んでれば体調が崩れることはない。

鬼怒も美味そうに飲んでやがる。さっきまでイラついていたのに、我ながら不思議なほどスッキリした。


「ふむ。美味いな」

「酒と湧き水、どっちが美味い?」

「はっはっはっ、愚問だ」

「あんたらしいな」


鬼怒は酒瓶を揺らして腹から笑っていた。

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