EP17:もう1人の魔王
スネーカ達は無視していたらどっかに行った。
一人でいるとグルグル同じことを考えちまう。
考えたくもないのに、ずっと、同じことを。
邪魔な頭をふっとばしたい。
「はぁ……」
どんなに打ちのめされても、冷静になっちまう。
年の功だろうか。
元々だったかも。
昔の自分って、どんなだっけ。
嫌なことは覚えてんのに、自分のことは曖昧だな。
さっさと離れていたら違ったかもしれない。
中層で蘇生。
これからは重症を避けないといけない。
死ぬなら即死がいい。
もし後遺症が残る事態になったら、もはやこの世の終わりだ。
どうしたものか。
全部自分のせいだとわかってる。
一人で進めばいいのに、魔物達を利用しようとしてついて来た。
呑気にぐっすり寝たのも自己判断。
当然ワンダやスネーカを責めるのはお門違い。
わかってんだ。
そんなことくらい。
「ここでのんびりと、ずっと、魔物達の世話でもしてのんびりと……」
上層を目指すより下層を目指した方がいいだろうか。
もう一度、生命の湖に居座る。
ジジイのへったくそな鼻歌や嫌味に付き合って。
コレクションルームで武器でも磨きながら。
……いや、ウサギはもう、いないんだったな。
あいつは下層の魔物で、しかもバトラー二人と渡り合った実力だ。
捕まれば間違いなく……
救命軍っていうくらいだし、頼めば救援に向かうだろうか。
動いたとしても手遅れか。
捕獲されたんだ。
もう結果は決まっている。
全部無駄。
……頼む?
俺が?
「俺が望んでるものって結局、なんなんだろうなぁ。ほんと、もうわかんねーや……俺って一体なんなんだ。最近これを考えてばっかだ」
人間の進軍は苛烈になってるつっても、こんな中層の外れをわざわざ優先して攻める道理はない。
救命軍が人間の侵攻を妨げない限り。
ここは比較的安全な場所だし、ささやかとはいえ文明の利器さえある。
外には偽物だが空もある。
もういいじゃねーか。
またいつか機会が巡ってくる。
どうせ俺は死なない。
「あっ」
ダメだ、湖がないと老化は止められない。
今の俺はただの人間だ。
俺はこのまま、ここで死んでいくか……?
嘘だろ……そんなの。
「魔王さん、いらっしゃいますか」
スネーカか。
何しに来たんだ。
いつもいつも、間の悪い奴め。
「いらっしゃいませんか」
しつこい。
騒がしくノックしてこないだけましだな。
さっさと追い返すのが良さそうか。
「失せろ」
「入ってもよろしいですか?」
「だからどっか行けって」
「ではこのまま話します」
「うるさいからどっか行けって言ってんだ!」
「通路は皆の共有スペースです」
こいつはっ!
ったく、共有スペースで騒ぐ方がどうかしてる、っていうかプライバシーの侵害だろ。
……あん?
なんか独り言つぶやき出した。
「めんどくせーな。はぁ……」
ああ、ここで動いちまうのか。
俺はまだ折れてないのか?
ほんと、口だけかよ。
やけに重い体を起こしてドアまで行く。
眼の前にあるのに一歩が遠い。
やっとのことでドアを開けると蛇は祈るように手を組んでいた。
何かの引用を口にしている。
しかしさすがはスネーカさん。
俺に気付いてるくせに止めようとしない。
「おい」
「あらごきげんよう」
「ああすこぶるご機嫌だよ。んで、なんなんだ」
スネーカは組んだ手をそのままに俺を見据える。
真剣すぎるほどに真剣だ。
ちっ。
「魔王さん。あなたがどう思おうと、ワンダさんたちはあなたに感謝しています」
「……だったらなんだってんだ」
「ふてくされてないで進んだらどうです。何でも利用してやるというのがあなたなのだと勝手に理解しておりました」
「うるせーな」
余計なことをペラペラと。
こいつは何でこうも俺にちょっかいかけてくるんだ。
「ここに長居は無用です。そうでしょう? 魔王ゲマ。行きなさい。あなたはここに居てはいけません」
「あんたが決めることじゃない。俺の問題だ。それに、もう手遅れだ」
「そんなことはありませんよ。あなたはまだ生きています。五体満足でここにいます」
「出来ることなんてねーんだよ。中層にくぎ付け。周りは敵ばかり。なっ?」
「私は敵ではありません。あなたは最下層からここまで来たではありませんか。魔王さん。あなた、何が怖いのですか」
何が怖いかだと?
バカ言え。
「全てに決まってんだろ。理由もなく襲ってくる人間と魔物。あいつらに何度も殺される。しかも、そのことに慣れちまった。それに、今はもう」
「再生しない。ですね」
「ああ……待て。なんで知ってる。そうだ、あんたはなんでそんなことを知ってんだ」
「灰の竜に会いたいですか?」
「ジジイに……あんた一体、何者なんだ。どうやって竜と」
「私はかつて竜に喰われたのです。その時にお話したのですよ」
竜に、喰われた?
あのジジイならやるだろうが、あいつが最下層から出てくるなんてことあるのか?
それ以外でジジイに会うにとしたら。
まさか……
「……あんた、湖まで行ったのか」
白い明かりの中で蛇の鱗が紫と紺に瞬いている。
神妙な面持ちで佇んだままスネーカは何も言わなかった。
だがそれが答えだった。
下層の魔物でさえ、なぜか湖を恐れると以前ネズミ言っていた。ネズミ自身、怖がって下には行こうとしなかった。
スネーカはその一線を越えた。
俺と竜と蛇。共通点はなんだ?
それにダンジョン最奥、生命の湖にいることで俺が魔王と呼ばれているなら……こいつだって。
「魔王さん」
「なんだよ」
「私についてお話するという約束でしたね」
「そうだな」
「では、どこからお話しましょうか」
正直どうでも良くなっていた。
だが、竜や湖まで持ち出されたら聞かないわけにもいかねーだろ。
ちっ。これも計算の内か。
「かつて私は人間でした。ふふっ、そう焦らずに。序章ですよ。私は教師。天使のような愛らしい子供たちの囲まれて、なら良かったのですが現実は小生意気な子どもばかり。ですがそれなりに充実はしていました」
「これって長くなるやつか?」
「竜よりは短いですよ。私は教師をしながら家族と暮らしていました。ある日、透き通った雨雲が空を覆います。あんたは知りませんよね。そして長い雨が降りました。雨に打たれて、そうして人々は魔物へと変容したのです」
「教科書通りだな。写真を見たことがある」
「あなたからすれば100年後ですものね」
「ああ。それ自体は昔話だ。ただ、俺の時代にも変容はする人間はいた。不規則に広がる変容を皆は恐れていたよ」
「皆は、ですか。ふふっ。竜によれば変容する姿はその者が抱く感情に起因するのだそうです。憧れ、象徴、強い嫌悪と様々です。私は蛇になりました」
「あのジジイはなんでそんなこと知ってんだ」
「いつかご本人に聞いてください。私からは言えません。体が変わって行く感覚は不思議でした。別の何かに変わる快感にも似た爽快感が湧いたのです。今でも鮮明に思い出せます。人という皮を脱ぎ捨て、余計な一切を捨てていったのです」
「ふっ。蛇だけに、な」
「ふふふ。ですがその姿は周囲には化物。理性など失ったことは一度としてありません。しかし家族にも、生徒達にも化け物と呼ばれ……居場所はありませんでした」
「んで? 色々知ってるのは、自分は最古種で、謎に知識を持ってる竜とお話して、理性的だからなんでもわかってると」
「平たく言えばそうですね。あとは人間から聞き出しました」
「ほう」
こいつ、俺がやろうとしてることを先に……
だとしたら望みは叶うのか?
「一番聞きたいのは、なんで俺にちょっかい出すんだ?」
「素敵な方だな、と」
「過去最高に下手な嘘だな」
「嘘じゃないのに。そうですねぇ、魔王さんが納得するとしたら。あなたが湖に到達したからです。同じ経験をした者はおそらく他にいません。だからでしょうね」
「ふーん。まあ疑うような理由ではないか」
絶対、それ以外にも何かあるんだろうけどな。
「魔王さん。人間の拠点へ向かうのでしたらささやかながらご助力いたします。地図を出していただけますか」
「これか?」
「はい。ここです。ここにあなたが求める拠点があります」
「あんたの目的はなんだ」
「救済を。ただそれだけです」
「意味がわからん。人間に戻りたいのか?」
「いえいえ。私が出会った魔物は誰一人として人間に戻りたいなどと望んではおりませんでしたよ」
「じゃあ何を……と言っても言うわけねーか。はぁ、行けばいいんだろ」
「あら、なんでいかなきゃいけねーんだ、とおっしゃるかと。魔王さんらしく雑用して生きますか? というとっておきを用意しておいたのに。残念」
「だからだろーが。あんたの嫌味をずっと聞くなら死に続けた方ががましだ」
「うふふ。お役に立てて何よりです」
俺は何も言わず立ち上がり支度を始めた。
部屋を出る前に、スネーカは何かを差し出してきた。
赤い蝶ネクタイ。
スネーカはウサギに近寄ったのはこれか。
「魔王さんに渡します。そうすればウサギさんとあなたが会う理由も必然でしょう?」
「そう言ってあいつからもらったのか。ふん、本来の持ち主は別だがな」
「でしたらどうぞ、バトラーへお返しください」
こいつ、本当に抜け目のない奴だ。
何も返すものはないぞと言うと、スネーカはあら残念、と薄く笑うだけだった。
外へ行くと、ワンダとスネーカが俺を見送りにきた。
何も言わずに立ち去ろる。
だが岩に紛れる前に、一度だけ振り返ってみた。
二人はまだそこにいた。
ワンダは仏頂面で力強く頷いた。
スネーカはいつもの嫌味な顔で微笑んだ。
なんでか悪い気はしなかった。
目指すは北に位置する人間の拠点。
目的は俺の地上生活を保証させること。
あと、ついでにウサギの解放を要求する。
あくまでついでに。




