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下働き魔王のダンジョン攻略  作者: Tongariboy


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16/21

EP16:笑う魔王

案内されたのはどこかで見たような地下通路。

そこに俺の影。

影の輪郭がちゃんと俺を形作っている。

白い明かり。そう、間違いなくこれは電気だ。

電気の通った天井から、白く淡い光が地面の隅々まで行き渡っている。


足を上げ、手を振って飛んでみる。

顔のないもう一つの俺がまねをする。

横を歩くスネーカに笑われた。


「別にいいだろ」

「ふふふ、そうですね。正直なところ私も少しはしゃぎたい気持ちです」

「全然そうは見えないけどな」

「大人なもので」

「へいへい」

「あら、言い返してこない。つまらないですね」

「その手にのるか」

「ふふっ。ですが、これで皆さん落ち着きますね」

「ワンダたちはな。俺は長居したくはない。蘇生ポイントが更新されたら終わりだ」

「そうですね。ねえ魔王さん、この通路を歩いていると学校の廊下を思い出しませんか」

「あん? 学校ねぇ」


岩を掘り固めてまっすぐ伸びた通路。電灯が並ぶ天井。他にはほぼ何もない。これのどこが?

強いてあげるなら、通路から見えたいくつかの部屋は文明的ではないが、文化的ではあった。

人間の設備を流用してるのだろうか。


照らされたこの通路が何に見えるのか。

人の世界。

ずっと続く道。

戻りたくない過去のどこか。

この景色、俺には……


声が聞こえる。

またあの声だ。

最近ずっと耳について離れない。

出たり消えたり。


不意に出てくる遠い記憶の景色。


立ち並ぶデスクと同じ数のスーツ姿。

騒がしいオフィスの奥。

革張りのソファに座りながら、誰もが聞き流す適当な指示を出すのはどこのどいつか。

そいつがいつも見ているのは窓の外。

曇天の合間に見える濁った白い空。

冷たく輝く丸い太陽。


「魔王さん。ついたようです」

「……ああ」


案内役が通路の間にある部屋を顎で示す。

中を覗き込んでみると、椅子が一つ。

部屋はまさに尋問部屋。


「取り調べを始める」


まだ座ってもいない俺の背中に気の早い声がぶつけられた。




「キサマが魔王か。カルネ殿から聞いてはいるが、本当に人間そのままなのだな」

「悪いかよ。カルネはどこにいるんだ? 軽く挨拶くらいしておこうと思ったから来たんだが」

「しばらく滞在されたが、今はいない」

「あいつの戦友とやらを探しに出てるのか」

「それについては答えられん」

「守秘義務ってか」


俺のことを聞いてるなら別に尋問なんてしなくてもいいだろうに。

まあ、それにおっしゃる通り見た目人間ですし、組織に身を置いてりゃこうもなるか。

形式ね。

くだらん。

適当にここまでの経緯を話しておけばいいか。




固唾を飲んで聞き入る尋問官。

苦渋の表情で伝える俺。

大変だったな、と尋問官が相槌を打ちながら、コップに注がれた水を差し出した。

受け取り少し飲んだところで一息ついた。


大まかな経緯を伝えてやった。

ポイントはいかにしてカルネに会い、別れたか。

鬼怒の話も出した。

湖については伏せる。

目的は聞かれたらにしようと思い黙っておいた。

誤解を生みかねない。


話し終えると尋問官は、まずはゆっくり休んでくれと別の部屋を案内した。

部屋には大きな青い木の箱。

敷き詰められた青い葉。

これはまさか。


「……ベッド、だと」

「そうだ。体に合わなければ言ってくれ。ある程度は調整できる」


俺が何も言えずにいると、肩をポンと叩いて出ていった。




試しに横になってみると、とても寝心地が良かった。

300年ぶりのベッド。

人間らしい生活。

ここにもコップがあり一抱えくらいのボトルに水がたっぷりと入っていた。


ボトルにはキャップ。

回すとキュッ、キュッ、キュルっと音がして開いた。

コップに水を注いでキャップを閉める。ゆるい溝と溝が噛み合ってちょっとずつ硬くなる感触。

閉めすぎてこすれた手がピリリと痛む。このやろうとまた開いて閉めなおす。

そしてベッドに背中から飛び込むと、脇や足の間から青い草が舞った。


体を支える浮遊感にも似た感触に口元が緩む。

寝てはいけないわけではない。

だが我慢なんてできるわけも、ない。

我慢なんて、できる、か、よ……




目が覚めると体が軽かった。

それくらい寝たんだろうか。ワンダやスネーカなら大体わかるはず。

部屋から出ると何かを踏んだ。

紙だ。


拾ってみると流れるような綺麗な筆跡で、話がありますので外でお待ちしております、と書いてある。

スネーカだろう。ちょうどいい。

部屋から出て出入口に行くと救命軍の門番が顔を上げた。


「出るのか」

「スネーカって蛇女が出ていったはずだ」

「さあな。悪いが交代したばかりだ」

「そうか。出たいんだが、構わないか?」

「ああ。だが慎重にな」

「わかってる」

「よし。待っていろ」


門番が奥にいくと声が聞こえた。

聞こえてくる言葉からすると、どうやら外の様子を確認しているらしい。

声が途切れると、代わりに足音が戻ってきた。


「待たせたな。異常はない。出ていいぞ」

「戻る時は?」

「顔は覚えた。入り口を小突け。あとは任せろ。くどいようだが周りには気をつけろ」

「ああ」




外の空気は軽い。夜空にも見える青い偽空。

上手く隠蔽された出入口。パッと見はただの岩。だが地面に擦れた跡が残っている。

見渡すがスネーカの姿はなかった。

外ってどこだよ。


正面の岩が乱立する間を適当にブラブラしてみる。

蛇どころか誰もいない。いても困るが。


適当に岩にもたれると背中にヒンヤリとした感触。

寝起きの頭にはちょうどいい。

暇を持て余して頭に叩き込んだネズミの道を思い描いた。


東地区を北上するならもう一度森を抜ける必要がある。

かといって中層の中央地区は主戦場だから選択肢にはない。

となると西側。

一度は諦めたルート。しかしここからだと相当時間がかかる。


息が詰まる。


岩の間を風が通った。岩よりも少し冷たい。

まるで秋の夜みてーだ。


「秋、か……」


季節なんて概念、まだ残ってたんだな。

300年で、俺は何を失ったんだろうか。


「地上に出て、太陽を見て。それでどうなるんだ。もう昔には戻れないんだ。俺はもう……」


また耳鳴りのような声。意識すると霧散していく。

一体なんなんだ。ここ最近、頻繁に聞こえてくる。


「幻聴か? この声は? 俺は、本当にここにいるんだよな……?」


姿形は人間と変わらない。

魔王ってのは嫌いじゃないが意味はない。

魔王と呼ばれるたびに鬼怒の問いが迫ってくる。

あの時、俺は孤独だと応えていた。

あれは無意識だった。


「同族がいない……か。皆が呼ぶ魔王って奴は、何者なんだろーなぁ」


身体が冷えてきた。

呼びつけたスネーカはいないようだし、そろそろ戻るか。

入り口に行けば開けてくれるんだったな。

まあ、散歩も悪くはないか。


「ふっ、散歩とはな。これもいつ以来か」


足元には青い木の葉が点々としている。

風に巻かれてここまで飛んできたのか。

青い点、硬い地面、朧げな影。

俺の影。

その影が……二つある。


「魔王とは何者か、だったね」

「なっ! しまっ」


腕が首に……絞まる。

息ができない。

この手を外さないと。

うっ。

鋭い激痛が背中に。

力が抜けていく、呻くしか……でき、ない……


「この世界の理を乱す者」


あれ、こいつの声、どこか、で———


「それが君さ。おやすみなさい、魔王様」




———目が覚めると人工的な灯りが目に入った。

ぼんやりとする頭が視界の景色とおぼろげな記憶を照合させていく。

そこは救命軍の基地、最後に俺が寝たところだった。


俺は間違いなく刺された。

そしてここにいる。

生命の湖じゃない。

背中は痛くない。

死んでいないのか?

それとも俺は、まさか……


背中を触ろうとする手が、震えてしまう。

何もなかったら、何もなかったら俺はどうすればいい?

もう何もないんだ、ここで、下層に戻れなくなったら、どうしたら、いいんだ……?


誰か、誰か、俺を助けて……

あの耳障りな声でもいい。

誰か俺を助けてくれ!


「大変だ魔王!」


ワンダが入ってきた。


「ま、まおう……大丈夫か? なんだか、泣きそうだぞ」

「黙れ。消えろ」

「わ、わかった。だがこれだけは伝えておく。入口付近で人間が潜んでいたらしい。捕らえようとしたが自害したそうだ。だが死に際に、ウサギは捕らえたと、そう言ったらしい」

「で?」

「いや……その、向こうで待ってるから、落ち着いたら来いよな」


邪魔な奴。

殺してやろうか。

剥き出しになった感情が宙づりになったまま、胸につかえている。

犬のせいで頭は冷めたのに、体はひどく脈打っている。


俺の中の何かが、壊れそうだ。


「もう……ほっといてくれよ……」


ベッドに横になる。

草の茎が背中に当たり手で払った。

無意識だった。

刺された場所を撫でてしまった。

何もなかった。

何もない。

傷もない。


つまり、ここで、蘇生した。

俺は二度と下層に戻れない。

この中層で、魔物と人間の狭間で殺され続けるのか。

再生も期待できずに。


それが弱者の末路。


「は……ははは、あははははは……ははっ…………あははははははっ!」


誰かがドアを開けた。

でもどうでもいい。


「どうした! おい……魔王、どうしたんだ……」

「魔王さん? どうなさったのですか!」


どうもしない。

傷がないだけ。

それだけだ。


「……ちくしょう」

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