EP14:本心
下層のウサギが目の前だ。
機械の光に照らされて、ムキムキピンクが踊ってる。
ニコニコなのはいつもの通り。
存在が浮いている。場にそぐわない。じゃあどこならいいのか。ピンクの筋肉質なウサギが当たり前にいるところ。この青い森はそぐわないのか。そんなこともないのかも。青にピンクも悪くはない。
ここはウサギの森のワンダーランド。
「おい魔王! しっかりしろ!」
ハッ!
「ここは、どこ……」
「ったく、噂通り雑用しか出来ねぇのか」
「なんだとてめー!」
「アホ魔王! バカプール! 遊んでないでこっちを手伝って! 深層のウサギをなんとかしないと」
オメロンの叱咤に現実と向き合う。
ウサギは人間達を容赦なく圧倒していた。
次々に人間をへし折っていく。
なんとかって、ウサギだぞ。
しかし面識ある俺くらいしかどうにも出来んか。人間共め、しっかりと恩に着せてやる。
とりあえずウサギに声をかけてみた。
「お、おいウサギ、なんでこんな所にいるんだ。えーっと、まさかお前も悪魔の招集に応じたのか?」
「悪魔? そういえばネズミがそんなこと言ってたっけ」
「違うならなんで」
「だっていつの間にかまーくんいないし、そのネズミに聞いたら中層に行ったって言うから追っかけてきた」
「な……んで?」
会話は成立しているのか?
困惑する俺の方が馬鹿みたいに思えてきた。
そうだ、もう考えるのも面倒だし、いっそルアプールに全振りしよう。
ルアプールは、っと。
あいつ、立ち止まってじーっとウサギを凝視している。何を見てるんだかわからんな。
どうしたんだと声をかけようとしたら、大声を上げてウサギを指さした。
「あー! テメェの首につけてんのオレの蝶ネクタイじゃねぇか! 魔物風情が付けたってなんも意味ないんだから返しやがれ!」
なんだ今更か。
ウサギもすげー小馬鹿にした顔をしている。
「やれやれ。人間の君はバカだなぁ」
「なっ、なんだとぉ! おいデカウサギ、オレのどこがバカだってんだ!」
「簡単に相手にのせられているところだと思うよ、ルアプール」
兵士に包囲を指示していたオメロンが振り向いて、冷静なツッコミを入れた。俺も同感。
ウサギ相手にまともな回答を期待したら負けだが、あいつの言葉の続きが気になってきた。まさかだが、あのネクタイの機能について何か掴んだのか?
聞こうとした矢先、指示を終えたオメロンが襲いかかった。
拳が主体の格闘は見事な連続技を放つ。奴は格闘だ。ガントレットとブーツが武器なのだろう。
どうりで武器を持ってないように見えたわけだ。
ウサギは捌いている。速い。見えても認知が追いつかない。
たまにガードを交えて致命傷を避けているのはわかった。そして合間のカウンター。
恐るべきは木の根が入り組んだ足場を自在に二人が動き回っていることだ。あんな攻防をしておきながら周囲の状況まで把握してんのか。
規格外な連中。
あのウサギも下層の魔物なのだと初めて知った。
息を切らしたオメロンの動きが止まった。そして呼吸を整えてトレードマークの蝶ネクタイを軽く握りしめる。
息苦しいわけじゃなさそうだが。
何をするつもりだ?
「はぁ、はぁ。まだ使いたくなかったけど仕方ない……エネルギー残量問題なし、よし。変・身!」
その声に応えて蝶ネクタイが羽ばたくように広がり、緑の膜がオメロンを包んだ。
膜はぎゅっと急激に縮み、緑の輪郭が人型になるとシャボン玉みたいに弾けとんで消えた。
現れたオメロンは兵士の姿から黒っぽい燕尾服になっている。蝶ネクタイだけは相変わらず緑のまま。
まさにバトラーだ。
ただのダジャレ?
「ルアプール、さっさとやるよ」
「ああ、そんで俺のネクタイを返してもらう」
緑の軌跡が闇を横切った。さっきよりもさらに速い。もう、目で追えない。
瞬く間にオメロンがウサギの横にいる。
驚いたウサギはガードを間に合わせるがよろめいた。
追い詰める緑の一撃を避けてウサギは距離をとる。代わりに直撃した木が爆ぜて真っ二つに倒れた。
ピンクと緑の戦いに、赤く淡い光を帯びた剣が加わる。ルアプールだ。
オメロンが追い詰め、ルアプールがその隙をつく見事な連携。ウサギは防戦一方になりつつある。
「さっさと逃げるか。だが……」
俺はウサギから目が離せなかった。
あいつはいきなり来て俺の上層行きを阻んでいる。
なのに、なんで……?
人間がやられて俺はホッとしてるのか?
最近の自分が自分でわからないことがある。自己診断における行動原理は合理的な判断に基づいていると、そう自負してる。
そのことに満足もしている。
なのに、妙な感情が湧き立つのはなんでなんだ。モヤモヤしてイライラする。
俺は、俺に仇なす魔物なんてどうだっていいし、むしろ敵のはずだろ。
凄まじい戦いを前に立ち尽くす。
これが魔物と人間の戦い。直に見るのは初めてだ。
ウサギが大きく間合いをとった。
素早く近づくのは、スネーカ?
ウサギとの短いやり取りの後、すぐに離れていく。
オメロンはなぜか動かない。
ウサギが、さっきとはどこか違って見えるのは気のせいだろうか?
今のは、どういうことなんだ?
呆然とする俺の肩を誰かが引いた。
肩には犬の手、振り返るとワンダが頷いた。
「魔王、この隙に」
「あ、ああ、だが」
ウサギの毛皮は桃色から赤く染まり始めている。
あいつの剛腕は空振るばかり。
緑の殴打が肩に食い込む。
ガードが解けた。
わき腹を赤い剣に刺される。
浅い。
ウサギの顔に笑顔がない。
このままじゃウサギが負ける。
つまり。
あのウサギが、死ぬ?
「うそだろ。殺そうとしても一度も上手くいかなかったんだぞ。そんなあいつが、まさか」
死ぬだけならいい。
だが、人間と戦って負けるということは、それは……
「魔王。これが魔物と人間の争いだ。これがオレらのいた地獄なんだ」
ワンダのいた地獄。
これが日常。
これが魔物と人間のいる世界。
スネーカが俺の腕を掴む。
「魔王さん。ここはあのウサギさんの気持ちを汲んで我々は退散しましょう」
「ウサギ一人であれは無理だ」
「お気持ちはわかりますが、私たちがこの場に残ったところでどうにも出来ません。むしろ早く離れればウサギさんも撤退する機会が増えるというものです」
「たしかにそうだが」
あいつは、なんでわざわざ俺を追ってきたんだ。
ネズミの案内で?
何のために?
俺がいなかったから?
だったらなんだってんだ、なんで俺なんかを追ってくる。
いつも空気無視して、いつもいつも、最悪なタイミングで。
「いつもの合理性はどこに行ったのですか」
「魔王、今しかないんだ」
「……わかった。行こう」
振り向いた俺に気づいたウサギがウィンクした。
なに余裕ぶってんだ、バカやろう。
白い光が見えなくなった。
争いの音はまだわずかに聞こえる。
霧が少し、濃くなった。
「天上の霧ですね。時折上から霧が落ちてくるのですよ」
「鬱陶しい」
「深い霧はいつか晴れるわけではありません。自ら出るしかないのです」
「うるせーよ」
どいつもこいつも、俺のペースを乱してきやがる。
曲解する犬。
先読みする蛇。
身勝手なウサギ。
どこまでもどこまでも。
何もかもが疎ましい。
「魔王さん。何に腹を立てているのですか。良ければお話ください。八つ当たりで構いませんから」
「てめーはカウンセラーかクソ蛇。お前ら魔物達も人間も全部気に入らねーんだ」
「コントロールしていた状況に、自分が振り回されているのが嫌だ、ということですか」
「ああそうだクソったれ。どれもこれも俺が上手に転がしてるはずだった。だが気づけば俺が振り回されてる。だがよ、何より気に食わねーのが……気に食わねーのが……」
「はい」
「……気に食わねーのがその発端がいつも俺自身にあるってことだ。ああそうだ、気にいらねーんだクソったれ! なんでだ、なんでこうなったんだ。俺は……俺は他人がどうなろうとどうでも良かったはずなのに、なんでこんなとこで犬の後ろ歩いてんだ! なんで蛇女にこんな愚痴言ってんだ俺は!」
「ゲマさん、あなたのおっしゃることは」
「気安く呼ぶな。大体なんで俺の名前を知っている。お前はなんなんだ、何を知ってんだ、いつもいつも、薄ら笑い浮かべてんじゃねーよ、鬱陶しいっ」
「わかりました。魔王さんのご質問にお答えいたします。では、まず安全な救命軍の拠点に」
「待てよ、待て待て、なんで俺がそこまでついていくんだ。勝手に決めんなよ、ああそれだ、それなんだ。なんでついていくんだ。なんでだ、なんでこうなる、後ちょっとだったんだぞ。後ちょっとで俺は、俺は……なんでだよ…………ちっくしょぉおっ!」
前を行く魔物達が止まった。無遠慮な視線。
睨み返しても無感情な目はびくともしない。
くそっ、くそっ……俺はガキか!
俺の300年は何だったんだ?
俺の時間は本当に止まったままなのか……?
地上に出たい。
いつか見た太陽を今見たい。
俺はなんでこんな穴倉にいるんだ。
いや、ほんとになんでだ?
なんで、ここにいるんだっけ……?
声が聞こえる。
包み込むような優しい声。
霧のせいか。
幻聴かもしれない。
「魔王、もうじき霧から抜ける。そうすれば気分もよくなるさ」
ワンダの口を塞いでやりたい。
喉を切り裂いてやろう。
ああ、剣はもうなかったか。
霧の先に開けた土地が剥き出しの岩をさらしている。
随分と明るい。
魔物達が森から出ていく。
俺はまだ、なんでか今は、霧の中にいたかった———




