EP11:魔王の魔王たるは
地図を頼りに魔物を先導し始めて三日ほどか。
木々の隙間から見える偽空は、いつもより濃いモヤがかかっている。あんなでも眺めてると少しは気晴らしになるもんだ。
魔物達との行動、つまり大嫌いな集団行動が俺の足枷になっていた。
休憩が多いのだ。
いつものことだとワンダは言うが、俺にとっては死活問題。蘇生ポイントの更新で中層に釘付けはゴメンだとワンダに訴えても、理解はしたが自分らはそれが望ましいと突っぱねる。
俺だってこいつらが上層より中層の森で生き返った方がマシなのはわかる。
だがしかしってやつだ。
こいつらにはまだ利用価値がある。このまま別々のルートに戻ったらついて来た時間がまるっと無駄になる。
それは嫌だ。
「なあワンダ、せめてもう少し歩調を早められないか?」
「急ぎたいのはオレたちとて同じだが、皆は心が疲弊しているんだ。せめて体だけでも休ませないと保たない」
「そういってチンタラしてる間に人間に見つかったらどうするんだ。疲れてんのはわかるが、だからこそ急いで目的地に行くべきだろ」
「簡単に言ってくれるがな、ここまでの旅路は大変だったんだぞ! いつ襲われるかわからない、終わることのない極度の緊張の中で、オレ達は……実際、犠牲になったのは一人や二人じゃないんだ」
「だからだワンダ。もう少しで辿り着けるんだろ? なら急いで」
「わからん奴だな。もういい。わかった。なるべく急がせる。だが譲歩出来る範囲でだ。いいな、魔王」
「ちっ、最悪お前ら切り捨てるからな」
「好きにすればいい」
それが出来たら苦労しねーっての。
いっそ南下すると見せかけて少しずつ北上して、適当なところでバイバイしてやろうか。
俺は目的地に近づくし、一緒にいてやったという建前が通るから義理も果たせる。
我ながら名案だな。
足場は木の根っこが隆起してるから、それを迂回するように見せかけて進路をコントロールすりゃいい。どうせわかりゃしない。
こんな奴らに付き合い切れるか。
だが別れる前に可能な限り情報を抜き出しておきたい。貴重な情報源。まずは上層について聞き出すか。
少し落ち着いてからワンダに歩調を合わせ並んだ。あからさまに牙をむき出しにしてくる。
目を閉じて深呼吸。
感情的になったら負けだ。
「ワンダ、お前の言う苦労ってのがいまいちわからん。上層ってどんなとこなんだ」
「……思い出したくもないところだ。人間ばかりがいる地獄だよ」
「地獄ね。よく生き残れたな」
「オレらは目鼻が効くからな。それにオレらは強くない。それが救いになったんだ。力のある奴から捕まっていった。そういう奴は目立つ。歯向かって、すぐに捕まるんだ。そして武器になる」
捕まっても捕まらなくても囚人か。
「魔王は人間と関わりがないのか」
「下層には来ないからな」
「ぬくぬくと過ごしてのか。羨ましいものだ。奴らはな、価値のない弱い奴には本気で追ってこない。追い詰めていたぶるだけ。オレらが無事だったのは人間の気まぐれだろうさ。遊ばれてたんだ」
「自由のない暮らしか。そりゃ辛いな」
「魔王が共感か。意外だな」
「魔王と呼ばれているが悪魔じゃない。俺だって似たような境遇だったんだよ」
「そうかい」
ワンダが俺の顔から目を離さない。
歩調を外してもそれでもチラ見してくる。犬に、足元見ないと危ないぞと指差してやると、おっとなんて言いながらわざとらしく足を上げた。
上層が地獄か。捕まったら武器か奴隷。
弱者である俺の場合、永遠の隷属。
その言葉だけでも嫌になる。
そういえば昔ネズミが言ってたな。武器にされた奴の末路。残った部位が死と蘇生を繰り返し、いつしか理性を失うのだと。
永遠の労働を強いられる奴隷はましだろうか。
ワンダ達にとって自由があるだけ中層はまだマシ。
だったら、自由さえあれば隷属を受け入れられるってのか?
俺だったら……
「おい、おい魔王」
ワンダの声でハッとする。
「な、なんだ?」
「どこか手頃な場所で休もう」
「休憩? またか。さすがに早いだろ。もう少し進んでからだ。歩み寄りって大事だぜ。なっ? ワンダ」
「……わかった。だがいい場所を見つけたら譲らない」
「はいはい」
条件付きだがやけに素直だな。ワンダの強い意志を讃える眼差しが少し柔らかい。
強さと優しさを兼ね備えたリーダーか。弱い奴らは楽してこういうのに身を委ねる。
つくづく好きになれん。
それに比べて異質なのはスネーカだ。魔物が消えて悲しむ素振りを見せたきり、どこか飄々とした態度。
そして、どういうわけか俺を見る度に薄く笑う。
この蛇はエリメアクに似ている。
敵ではないが味方にもならない……っていうのは魔物全般に言えることではあるが、スネーカはその中でも特筆すべき厄介者だ。
今は辺りを眺め回しながら後ろに付いている。
ワンダ達とはどこか違う雰囲気のこの蛇女は一体何者なんだ。
上手く言えないが、嫌な感じがする。
なるべく距離を取ろう。
ワンダ達を騙すため、俺はこっそり道順を変えて北に進路をとっていた。
するとワンダが隣に来て俺の腕に軽く振れた。
急に馴れ馴れしくされると拒みたくなるのだが、口から出た言葉は友好的ではなかった。
「おい魔王。あんた頭大丈夫か?」
「寄り添って喧嘩売ってくんな」
「そうじゃなくて、こっちは南じゃないだろ」
「そうか? わりぃな。もしかするとちょっと迷っちまったみて—だ」
ワンダの質問は想定内だ。
適当に立ち止まり、地図を見て考えるフリをする。
一応善処しているように見せた方が角が立たないだろう。
こちとら嘘をつくのは慣れてんだよ。
俺が地図を眺めていると、ワンダがあたりを見渡し確信に満ちた顔で言った。
「あっちだ」
指し示したのは南。俺の認識とも一致している。
ワンダは鼻をひくつかせている。黒ずんだ太い鼻で世界を嗅ぎわけたってか。
「な、なんでわかるんだよ、ワンダ」
「臭いだ。お前が行こうとした方はお前の臭いが漂ってる。お前の臭いがない方が正しい方角だ」
もう一度鼻先を南に向けたワンダ。
つられて同じように鼻を向けてしまった。やっぱり臭いなんてわかりゃしない。
わかったのはなんか土っぽいのと木の独特の臭いくらいだ。
バレたかもしれない。
ちょっと痛いくらい唇を噛んでいたら、スネーカが目ざとく見つけてまたニタリと笑う。
舌打ちして目を合わせないようにした。
いかん、こいつらのペースに呑まれてる。
一旦落ち着こう。
「ワンダには悪いんだが、根拠がお前の感覚ってんじゃ判断材料としては弱いだろ。臭いだけじゃ正確さを欠くと思うんだがな」
「それはそうだが、でも魔王が行こうとしている方向は絶対に違う」
「だからその根拠が弱いんだ」
「あら、それでしたらワンダさんがおっしゃる方向が南で間違いありませんよ」
でた。
スネーカさんのご登場だ。
ニヤつくだけじゃ満足できなかったらしい。ここぞとばかりに攻めてくる。
やけに自信たっぷり。
「どうして言い切れる」
「魔王さんはご存じないのですね。とても簡単なことです。この青い木の葉は南側の方が濃い色をしているのですよ」
とても簡単、が耳につく。
スネーカはぼんやりと光る近くの葉っぱを一枚ちぎり取りじっと見つめてみせた。俺も試しに一枚取って観察してみる。
葉先が濃くなっている……気がしなくもない。
スネーカの知識が正しいのか判断がつかない。
だがリーダー格が意見を合わせた以上、その意思決定を覆すのは難しいだろう。
実際正しいし。
二度目はない。そう判断して仕方なく南下する。
いいさ。
情報抜き取ってさっさと一人で行けばいい。
俺は独りが好きなんだから。
青い木の根を避けながらウネウネと南下する。
しばらくすると窪地を見つけた。小さな空き地。ワンダは魔物達の状態を把握してから、全員を座らせた。
ここが手頃で譲れない場所ってことか?
一目で見つかっちまうような窪地は本来避けるべき所だ。
正気かよ。
「こんな見晴らしのいい場所を選ぶのか。警戒心が薄いんじゃないか?」
「そんなことはない。感覚を邪魔する木がない方が都合がいいんだ」
「だが、もしこっそり近づかれたら」
「それに気づけるのがオレらなんだ。そうやって上層で生きてきたんだ。信じろ」
無理だろ。
だが言い合いは時間の無駄。賢明な俺は押し黙る。
クソったれ。
木の根が絡みあったところに体を預けた。やや硬いハンモック。ひんやりとしたしなやかな根の弾力が思ったより心地いい。
急激な眠気と共に体の力が抜けていく。
だけどこいつらの感覚なんてあてに出来るか。
俺は一人で生きていく。
いつだって、この先も。
俺は、太陽を……
———魔王、起きろ。おい魔王。
遠い声。
うるさくて押しのけたらなんかモフモフ。
そうか、声ってモフモフしてるんだな。
目を開ける。
眼の前にはワンダ。
なんてワンダホー。
モフモフしてない時間は硬い。
慌てて両手を引っ込めると、ワンダも身を正した。
「魔王、目を覚ませ」
「おう」
「何かが近づいている」
「距離は? 姿は見たのか? 人間か?」
「近い。けど何がいるのかはまだわかっていない。臭いはわからなかった。ただ仲間が感知した息遣いは静かで、足音も落ち着いているらしく、訓練されているようにも感じるそうだ」
「お前らを追ってきた奴とかか」
「いや、追っているような足取りじゃない。どちらかというと、じっくり距離を詰めてきている」
「となると偶然とも思えるが……ちっ。人数は」
「……おそらく一人だ」
一人。
この状況で一人。
こんなところを単独でうろつける存在。
ワンダの背後にはスネーカもいた。
落ち着いてはいる。だが双眸はいつにも増して鋭く尖っている。
「スネーカはどう思う」
「人間、それもバトラーである可能性があります。あるいは悪魔軍に属する者かもしれませんが、魔物とはいえ彼らは合理主義です。どう扱われるかわかりません。あまり楽観視はできないでしょう」
「俺も同感だ。訓練された足音なんて嫌な予感しかしねーし。ワンダ、お前らはどうするつもりなんだ」
「逃げるさ。逃げるに決まってる。それ以外にどうしろというんだ」
言葉とは裏腹に、獰猛な獣さながらに唸る。
もしも人間だとしたら、問答無用で襲ってくる。
戦うという選択肢も考えてみたが、背後の連中は怯えている。ワンダが逃げると言ったのはもっともだ。
だが怯える魔物達の中で、少し落ち着いてる奴がいる。
ゾウみたいな魔物。
耳に集中して音の世界を形作ろうとしている。北に顔が向いているが、やはり迫る相手は人間か。
俺としては迫る相手の姿が見たい。もしカルネや鬼怒なら、ムカつくけどあいつらがいればこの先が楽になる。
だがもしもこの辺りを見回りしているのが人間だったら……
魔物共を助けてやる義理なんてそもそもないんだ。
こいつらを餌に引き寄せて、物取りが落ち着いた頃に話しかける。
結局のところ、未知に対して準備なんて出来るわけもないんだ。
手軽に人間の世界へ行けることを考えればいい。
そうだ、それでいいはずだ。
合理的な……はずだ
そのはずなのに……なのに、俺は何を迷ってんだ。
「魔王、行くぞ」
「……ああ」
森よりも暗い顔で魔物達はワンダについていく。足取りはしなやかだ。さすが魔物というべきか。
これなら早々気づかれないだろう。
その後ろで俺は一人、同じ道を進んでいる。
……俺は何をしてんだ、クソったれ。




