第8話 『車内』
特急「しらなみ」は、定刻通りに走っていた。
エンジン音。一定の振動。
流れは整っている。
車内。
座席はほぼ埋まっている。
大きな荷物を持つ乗客。
窓の外を眺める者。
静かな時間が続いていた。
通路。
星華はいつも通り歩いていた。
視線を動かす。
座席。荷物。足元。
一つ一つ確認する。
異常はない。
そのまま進む。
車両の中ほど。
ふと、足を止める。
通路側の席。
小さな子供が、身を乗り出して窓の外を見ていた。
隣には母親。
「見て、速い!」
子供の声。
少しだけ弾んでいる。
「立たないの」
母親が静かに言う。
「うん……」
子供は座り直す。
それでも視線は窓の外。
流れる景色を追っている。
星華はその様子を一瞬だけ見る。
何も言わない。
そのまま通り過ぎる。
数歩進んで、止まる。
振り返ることはしない。
ただ、視線だけを戻す。
問題はない。
再び歩き出す。
車端部。
デッキに出る。
外の景色が流れている。
すぐに戻る。
通路。
さっきの席の横を、もう一度通る。
子供は変わらず窓を見ている。
小さな手が、ガラスに触れている。
子供が母親を見上げる。
「どこまで行くの?」
「方南だよ」
母親が答える。
「ふーん……」
少し間。
「遠い?」
「もうちょっと」
母親が静かに返す。
短いやり取り。
それだけだった。
星華はそのまま通り過ぎる。
前方へ。
運転台の手前。
ドアを軽く叩く。
開く。
「異常ありません」
「了解」
短いやり取り。
ドアが閉まる。
再び車内。
アナウンス。
「次は、神郷江波。神郷江波です」
落ち着いた声。
変わらない調子。
車内に広がる。
やがて減速。
ブレーキ。
わずかな揺れ。
星華はドア付近に立つ。
停止。
「ドア、開けます」
開く。
空気が入れ替わる。
数人が降りる。
数人が乗る。
流れは小さい。
すぐに落ち着く。
さっきの親子は、動かない。
そのまま座っている。
「閉めます」
ドアが閉まる。
確認。
「出発、合図」
ブザー。
列車が動き出す。
再び巡航。
通路。
星華はゆっくりと歩く。
同じ動き。
同じ確認。
さっきの席の横。
子供は、まだ外を見ている。
さっきよりも、少しだけ静かに。
それでも、目は動いている。
流れる景色を追っている。
星華は立ち止まらない。
そのまま通り過ぎる。
何も変わらない。
特別なことはない。
列車は走る。
人を乗せて。
同じように。
ただ、それだけだった。




