第9話 『制動』
特急「しらなみ」第15Dは、一定の速度で走っていた。
エンジン音。レールを刻む振動。
運転台。
仁十は前方を見据えたまま、計器に目をやる。
速度。規定内。
時刻。ほぼ定時。
そのまま維持する。
右手はマスコンに添えたまま。
力は入っていない。
ただ、いつでも動かせる位置。
前方。
線路が緩やかにカーブする。
わずかに操作する。
車体が滑るように進む。
揺れは小さい。
視線は動かさない。
やがて、前方に構内が見えてくる。
浦川口。
分岐器の多い駅。
速度制限。確認。
少し手前。
マスコンを戻す。
惰行。
エンジンの回転が落ちる。
距離を測る。
タイミング。
――ここだ。
ブレーキ。
一段。
減速が始まる。
車体がわずかに沈む。
さらに一段。
ブレーキを重ねる。
前方の信号。
分岐器。
位置を確認する。
ズレはない。
そのまま進む。
分岐器通過。
わずかな振動。
速度はすでに抑えられている。
ホームが近づく。
停止位置。
白線。
標識。
距離を詰める。
ブレーキを調整する。
強すぎない。
弱すぎない。
滑らせる。
静かに。
車体が前へ進む。
残り、わずか。
一段、緩める。
タイミングを合わせる。
――停止。
衝撃はほとんどない。
所定位置。
ズレなし。
「ドア、開けます」
ドアが開く。
外の音が流れ込む。
乗客が動き出す。
運転台。
仁十は前を見たまま、時計に目をやる。
わずかな余裕。
問題はない。
――だが、動かない。
「……交代か」
「はい」
運転台のドアが開く。
次の乗務員が入ってくる。
軽く会釈。
「異常なし」
「了解」
短い引き継ぎ。
それで十分だった。
仁十は席を立つ。
運転台を降りる。
星華も続く。
ホーム。
さっきまで乗っていた列車。
ドアが閉まる。
ブザー。
ゆっくりと動き出す。
別の乗務員が、そのまま南へ運んでいく。
仁十はその後ろ姿を一瞬だけ見る。
何も言わない。
「……終わりだな」
「ああ」
短いやり取り。
それで終わる。
特急「しらなみ」第15Dは、次の乗務員の手で、さらに先へと進んでいった。




