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第16話:【王都のサラダ宮廷戦】

 山村での一件以来、私たちの旅はどこか静かなものになった。

 私は布袋に詰まった干し芋を時折かじっては、その甘みに満足のため息をつく。完璧な保存食を手に入れたことで、私の心は満たされていた。

 けれど、その隣を歩くユイとシオンの表情は晴れない。ユイは心配そうに私とシオンの顔を交互に見てはため息をつき、シオンに至っては、必要最低限の言葉以外、一切口を開かなくなった。


 そんな奇妙な道中を経て、数日後、私たちの目の前に巨大な城壁が姿を現した。白亜の壁が天にそびえ、その向こうには数多の尖塔が輝いている。

 王都だ。

 半額市とは比べ物にならない壮大で華麗な光景に、私もユイも思わず息を呑んだ。


「すごい……お城が空に浮いているみたいです」


「なんて綺麗な街並み……」


 厳重な検問を受ける騎士たちの、磨き上げられた鎧。行き交う人々の、上質で洗練された衣服。活気はあるが、半額市のような雑然とした熱気ではなく、どこか澄まし、整然とした空気が流れている。

 シオンは、その空気を吸い込んで、少しだけ表情を緩めた。騎士である彼にとって、この規律と秩序に満ちた場所は、故郷のようなものなのかもしれない。


 昼食時になり、私たちは王都の中央広場に面した、洒落たレストランが立ち並ぶ一角にいた。どの店も、美しく盛り付けられた料理の看板を掲げ、値段も半額市の十倍はしそうだ。


「こ、これは……『端福流』の出番はなさそうですね……」


 私が小銭袋を握りしめながら呟いた、その時だった。


「あらあら、こんなお洒落な場所で、ずいぶんとみすぼらしい方々にお会いするものですわね」


 甲高く、聞き覚えのある声。

 振り返ると、そこには、純白のドレスに身を包み、侍女を従えた金髪のエルフの女性が立っていた。扇で口元を隠し、私たちを見下すその瞳。間違いない。


「あなたは、半額市の……セレナさん!」


「わたくしの名を、そのような汚れた口で呼ばないでいただきたいですわ。ここでは、わたくしはセレナ様。この王都で知らぬ者のない、由緒正しき子爵家の令嬢ですのよ」


 そう、彼女こそ、かつて半額市のサラダ戦で美の哲学を叫んでいた、あのエルフ美容姫セレナだった。まさか、こんな場所で再会するなんて。


 セレナは、私たちを値踏みするように一瞥すると、わざとらしく大きな声で言った。


「さ、わたくしはいつもの『ジュエル・サラダ』をいただくわ。あなた方のような庶民には、一生かかっても注文できないでしょうけれど」


 彼女が案内されたテラス席に運ばれてきたのは、まさに宝石箱のようなサラダだった。完璧な形に切りそろえられた野菜、朝露をまとったかのような果実、そして、きらきらと輝く食用花エディブルフラワー。一皿で、銀貨が数枚は飛ぶだろう。


「これこそが王都の『食』ですわ。味や栄養など二の次。見た目の美しさ、希少性、それこそが絶対的な価値なのです。……あら、あなた方は何を召し上がるのかしら? その汚れた袋に入った、干からびたお芋かしら?」


 セレナの嘲笑が突き刺さる。だが、その時、私の目は別のものを捉えていた。

 レストランの裏口。料理人たちが、大きな樽に何かを捨てている。それは、サラダを作る際に出たであろう、野菜の切れ端や、少しだけ形の悪いトマト、分厚く剥かれた皮だった。


 私のなかの『端福流』の魂が、燃え上がった。


 私は裏口へ駆け寄り、料理長に頭を下げた。


「お願いします! その、まだ食べられる部分を、銅貨で譲っていただけませんか?」


 料理長は訝しげな顔をしたが、捨てるだけのものだと思ったのか、銅貨数枚と引き換えに、野菜くずを麻袋に詰めてくれた。


 私は広場の隅で袋を広げた。形は不揃いだが、どれも新鮮で、色鮮やかだ。


「ユイ、ナイフを貸してください!」


「ええ、もちろんよ!」


 ユイは心得たとばかりに、携帯している調理器具から小さなナイフと木の皿を取り出してくれた。


 私は、切れ端の一つ一つが持つ形を活かし、トマトの赤、キュウリの緑、人参の橙を、皿の上で踊るように盛り付けていく。それは、セレナのサラダのように完璧な形ではない。だが、生命力に満ち、それぞれの野菜が持つ本来の色が輝いていた。


 完成した「端福流サラダ」を手に、私はセレナの席へと向かった。


「セレナさん。あなたのサラダは、確かに宝石のようです。ですが、その美しさのために、これだけの『価値』が捨てられています」


 私は、皿を差し出した。


「私には、こっちのサラダの方が、ずっと『美しい』と思えます!」


「なっ……はしたない!」


 セレナは顔を真っ赤にして激昂する。だが、私の皿の上で生き生きと輝く野菜たちと、それを無駄にしないという私の哲学の前に、彼女は言葉を失っていた。周囲の客たちも、興味深げに私たちのテーブルに視線を注いでいる。


 その時だった。

 これまで黙って成り行きを見守っていたシオンが、静かに口を開いた。


「……確かに。どちらが真に『美しい』かは、一概には言えんな」


 彼の声は、セレナを非難するものではない。だが、明確に、私の行動を肯定していた。

 シオンは、セレナの言う「体裁」や「品位」を、騎士として理解できるはずだ。しかし、彼は半額市で、私が物事の「理」――本質的な価値を見抜く様を、その目で見てきた。ただ外面だけを取り繕う王都の文化に、彼は今、かすかな疑問を抱き始めていたのだ。


「シオンさん……」


 ユイが、驚きと安堵の混じった表情でシオンを見つめる。


 セレナは屈辱に顔を歪ませ、「覚えてらっしゃい!」と捨て台詞を残して去っていった。


 王都という華やかな舞台で、私の『端福流』は、半額市とは全く違う価値観と正面からぶつかった。

 三人の間に流れる空気は、まだぎこちない。

 けれど、シオンの口からこぼれたあの言葉が、凍てついた関係を溶かす、ほんの小さな兆しのように、私の心に温かく響いていた。

リナ

王都の「見栄」の文化に対し、『端福流』の哲学で対抗。捨てられるはずだった野菜くずで、本質的な「美しさ」を体現したサラダを作り上げる。


ユイ

リナの良きアシスト役。シオンの心境の変化にいち早く気づき、三人の関係に希望を見出す。


シオン

王都の貴族文化とリナの哲学との間で葛藤する。リナの行動を肯定するような発言をし、彼の内面が変化し始めていることを示唆する。


セレナ

王都の貴族令嬢として再登場。リナを貶めようとするが、逆に『端福流』の哲学の前に一本取られてしまう。リナへのライバル意識をさらに燃やす。

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