第15話:【山村の干し芋と、すれ違う心】
街道沿いの宿場町を発ってから、私たちの間にはどこか気まずい空気が漂っていた。
原因は、昨日の昼餉。私が勝ち取った半額弁当と、シオンが正価で食した肉そば。その間には、銅貨と銀貨の価値以上に、深く、静かな溝が横たわっていた。
「いい天気ですね」
「そうね」
「山の空気が澄んでいるな」
「ええ、本当に」
ユイが必死に会話の糸口を探してくれるが、私とシオンの間の空気は、まるで湿った薪のように、燃え上がってはすぐに消えてしまう。
もっとも、私自身はその空気をあまり気にしていなかった。私の意識は、道端の草木や、転がっている石ころに注がれていたからだ。
(このキノコは食べられるかも……いや、毒キノコの特徴と一致する。こっちの薬草は……ユイなら高く売れるかもしれない)
『端福流』は、私の思考そのものだ。どんな時も、どんな場所でも、価値を見出し、無駄をなくす。そのことに夢中で、仲間たちの表情に浮かぶ小さな曇りに、私はまだ気づけずにいた。
太陽が西の山に傾き始め、街道が薄暗い山道へと姿を変える頃、私たちは完全に道に迷ってしまっていた。
「まずいな……。夜の山は魔獣が出るやもしれん」
シオンが剣の柄に手をかける。ユイの顔にも不安の色が浮かぶ。
その時、森の木々の向こうに、ぽつり、と温かな灯りが見えた。
私たちは、吸い寄せられるようにその光を目指した。たどり着いたのは、数軒の家が寄り添うように立つ、山の中の小さな村だった。
「おお、旅の方々かい。こんな時間に珍しい。ささ、今夜はうちに泊まっていくといい」
家の戸口から現れた人の良さそうな村長は、私たちの姿を見るなり、快く招き入れてくれた。
通されたのは、家の中心にある大きな囲炉裏の間だった。火の周りにはすでに村の人々が集い、素朴だが美味そうな夕餉の準備が進んでいる。
私たちもその輪に加わり、山の幸をふんだんに使った温かい鍋料理をご馳走になった。
「いやあ、今年は芋が豊作でな。見てくれ、この干し芋を」
村長が、囲炉裏のそばに積まれた、小山のような干し芋の籠を指さした。ねっとりとした飴色に輝き、甘い香りを放っている。
「冬を越すために作ったんだが、それでも余っちまってな。旅の方々、遠慮はいらん。好きなだけ持っていってくれ。長旅の腹の足しになるだろう」
その言葉に、私は衝撃を受けた。
ただで。こんなに、たくさん?
半額市では、ひとかけらのパンの耳ですら戦って手に入れるというのに。ここでは、価値ある保存食が、無償で差し出されている。
次の瞬間、私のなかの節約家としての本能が、理性を吹き飛ばした。
「ほ、本当によろしいのですか!? ありがとうございます! これだけあれば、一週間は戦えます!」
私は自分の布袋を取り出すと、まるで宝物を詰め込むように、一心不乱に干し芋を詰め始めた。ずっしりとした重みが、袋を通して腕に伝わってくる。これぞ、幸福の重みだ。
その私の姿を、シオンが冷え冷えとした目で見つめていたのを、私は気づかなかった。
(なんと浅ましい……。村人の温かい好意に対し、まるで略奪者のようだ。騎士の誇りは、施しにはまず感謝と謙譲で応えるべきだというのに)
そして、ユイもまた、複雑な表情で私を見ていた。その瞳には、心配と共に、今まで見せたことのない、かすかな寂しさの色が浮かんでいた。
(リナちゃん、村長さんのお話も、もっと聞いてあげてほしいな……。せっかくのご厚意なのに、まるで獲物を前にした狩人みたい……。節約はあなたの素敵なところだけど、なんだか、人の心まで節約してしまっているような気がする……)
私は、袋一杯に詰まった干し芋の山に大満足だった。今夜は安心して眠れる。明日からの食費は、完全に浮いた。
『端福流』の新たな勝利に、私の心は満たされていた。
けれど、その夜。
私が幸せな寝息を立てる隣で、ユイが静かにため息をついたこと。
そして、シオンが囲炉裏の輪から一人離れ、宿の外で夜空を仰いでいたこと。
三人の心の距離が、物理的な距離以上に、少しずつ、しかし確実に、離れていっているという事実に、この時の私は、まだ気づく由もなかった。
リナ
「分け合い」という村の文化に触れるが、それを節約の機会としか捉えられず、大量の干し芋確保に夢中になる。仲間の心の機微には気づいていない。
ユイ
リナの行動に、初めて明確な寂しさと不安を覚える。リナが節約に没頭するあまり、大切な何かを見失っているのではないかと感じ始めている。
シオン
無償の好意にがっつくリナの姿を「浅ましい」と感じ、騎士道精神との違いから、さらに心の距離を置く。




