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第14話:【街道の弁当半額戦】

 半額市の門をくぐり、私たちが足を踏み入れたのは、どこまでも続く一本の街道だった。

 土と草の匂い、遮るもののない広大な空、遠くに見えるなだらかな丘の稜線。見るものすべてが新鮮で、私の心は新たな「戦場」への期待に高鳴っていた。


「すごい……! 世界って、こんなに広かったんですね!」


「本当ね。空気もなんだか美味しい気がするわ」


 私とユイが感嘆の声を上げている隣で、シオンは常に周囲への警戒を怠らない。その緊張した面持ちは、私たちが半額市という特殊な環境でいかに守られていたかを物語っていた。


「リナ殿、ユイ殿。あまりはしゃぎすぎると体力を消耗する。街道の旅は、ペース配分が肝心だ」


「はーい」


「わかっています」


 シオンの堅苦しい忠告に二人で返事をしながらも、私の目はきょろきょろと道の端を観察していた。食べられる野草は? 変わった形の石は? 何か拾って売れるものはないか? 『端福流』の心得は、どんな場所にいても私を駆り立てる。


 昼餉の時間になり、私たちは街道沿いにある宿場町にたどり着いた。

 馬をつないだ旅人や、荷を運ぶ商人たちで賑わい、いくつかの食堂や茶屋からは美味そうな匂いが漂ってくる。


「さて、どこで食べましょうか」


 ユイが思案顔で店先を眺めていた、その時だった。


 一軒の茶屋の女将が、店の前に小さな木台を出しながら、朗らかな声を張り上げた。


「お昼の残りの弁当、もったいないから半額だよー! 旅のお供にどうだい!」


 その言葉に、私の血が騒ぐ。

 半額――! なんと甘美な響きだろう。

 私の目は一瞬で戦闘モードに切り替わった。


「腕が鳴ります……! ここが、外の世界における『端福流』最初の戦場です!」


「ちょ、ちょっとリナちゃん! 落ち着いて!」


 私が身構えた瞬間、隣に立つシオンから、氷のように冷たい声がかけられた。


「リナ殿、待たれよ」


 彼の表情は、半額市で私に敬意を示した時とはまるで違う、厳しいものだった。


「我々は、半額市の伝道師として旅をしている。いわば、市の看板を背負っているのだ。売れ残りを買うなどという見苦しい振る舞いは、我々の品位を貶めることになりかねん」


「みすぼらしい……ですって!?」


「そうだ。ここは私が正規の値段で、温かい食事を用意しよう。それが騎士としての務めであり、旅人としての礼儀だ」


 シオンの言葉は、正論だったのかもしれない。だが、私の哲学とは決して相容れない。


「シオンさん、あなたにはまだ『端』の価値が分かっていません! 残り物には福があるんです!」


「その価値観が、ここでは通用しないと言っている!」


 二人が睨み合う間に、ユイが困り果てた顔で割って入る。


「まあまあ、二人とも! 喧嘩はよしましょう。お腹が空いていると、気も短くなりますから」


 言い争っている間にも、戦場は動く。私は他のライバルたち――他の旅人や商人たちが弁当に殺到するのを予測し、身を低くした。


 だが。

 異変に気づいた。誰も、半額弁当に見向きもしないのだ。


「あら、半額だって。残り物でしょ?」

「どうせなら出来立てがいいわよねぇ」


 そんな会話をしながら、人々は茶屋の暖簾をくぐっていく。まるで、そこに弁当など存在しないかのように。


「……うそ」


 ライバルが、いない。

 半額市では血で血を洗う争奪戦が繰り広げられるというのに。ここでは、半額品は「選ばれなかったもの」として、静かにそこにあるだけだった。

 これが、外の世界……。私は、軽いカルチャーショックで立ち尽くした。


 だが、すぐに気を取り直す。そうだ、『端福流』の本質は、他者に勝つことではない。食材の価値を最大限に見出すことだ。

 私は残された数個の弁当を、鋭い観察眼で吟味し始めた。


(こっちは少し軽い、米が乾いている可能性が。あっちは煮物の汁がご飯に染みすぎている。……これだ!)


 私が選んだのは、一見地味だが、揚げ物、焼き物、煮物のバランスが良く、ご飯が少しも潰れていない、完璧な一品だった。

 私は銅貨数枚を女将に渡し、誇らしげに弁当を掲げる。


「大勝利です! 最高の福を、最小の出費で掴み取りました!」


 満面の笑みで振り返った先。

 ユイは、私が栄養バランスのいいものを選んだことに安堵し、苦笑いを浮かべていた。


 そして、少し離れた席では。

 シオンが、銀貨をきっちり払って注文した、湯気の立つ肉そばを、無言で食していた。

 彼は、私のことなどまるで目に入らないというように、ただひたすらに、己の信じる「正しさ」を貫いていた。


 三人の間に、見えない、しかし確かな溝が生まれたのを感じた。

 私は自分の勝利に夢中で、その溝の深さに、まだ気づいていなかった。

 ほかほかのご飯を頬張りながら、私は思う。

 外の世界の戦いは、半額市とは違う、静かで、そして根深いものなのかもしれない、と。

リナ

外の世界で初めての半額戦に挑む。競争相手がいないことに戸惑いつつも、『端福流』で最高の弁当を勝ち取る。しかし、それが仲間との亀裂を生むことにはまだ気づいていない。


ユイ

リナとシオンの価値観の対立に頭を悩ませる常識人。リナの栄養を心配しつつも、二人の関係性を案じている。


シオン

騎士の誇りとして、半額品を買うことを断固として拒否。リナの行動を理解できず、自らの信じる礼儀と務めを貫く。

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