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第17話:【火山のドラゴン肉と、果たされた約束】

 王都でのサラダの一件以来、シオンの態度が少しだけ柔らかくなった。

 私に向ける視線から侮蔑の色は消え、代わりに戸惑いと、ほんのわずかな興味が浮かんでいる。彼から話しかけてくることはまだないが、以前のような張り詰めた空気は、確かに和らいでいた。


 王都で旅の物資を補給し、次なる目的地への情報を集めた後、私たちは再び街道に戻った。

 出発の朝、シオンが珍しく自ら口を開いた。


「次の街へ向かう前に、少し寄り道をしても構わないだろうか。立ち寄りたい場所がある」


 彼の提案に、私とユイは顔を見合わせた。彼が自らの希望を口にするのは、これが初めてだった。


 シオンに案内されて私たちが向かったのは、遠くに見える、山頂からかすかに噴煙を上げる活火山だった。麓に近づくにつれて、空気は熱を帯び、硫黄の匂いが鼻をつく。ごつごつとした黒い岩肌が広がる、厳しい自然環境だ。


「ここは……?」


「竜騎士団の修練場だ。私も、幼い頃からここで育った」


 シオンは、荒涼とした景色をどこか懐かしむような目で見つめていた。


「騎士の誇りや強さは、安楽な場所では育たない。この厳しい大地で、ドラゴンの吐息を感じ、己の未熟さと向き合い続けることで、初めて本物の力が宿るのだ」


 普段は無口な彼が語る、自らのルーツ。

 私とユイは、ただ黙って彼の言葉に耳を傾けていた。騎士シオンの魂が、この灼熱の大地で鍛え上げられたのだと、肌で感じることができた。


 修練場の麓には、騎士たちのための小さな砦と、武具や食料を扱う売店があった。その店先に吊るされた、黒光りする塊に、私の足は釘付けになった。


 《名物・火口ドラゴンの燻製肉 一塊 銀貨五枚》


 こんがりと燻された、巨大な肉の塊。滴り落ちた脂が、下の受け皿でジュウジュウと音を立てている。その力強い香りは、空腹を通り越して、本能を直接揺さぶってくるようだった。

 しかし、その値段を見た瞬間、私の思考は急速に冷却された。


 銀貨、五枚。

 半額市のパン耳なら、何か月暮らせるだろう。私が勝ち取ったどの半額品よりも、圧倒的に、法外に高い。


「……た、高すぎます! 私にはまだ、山村でいただいた干し芋がありますから!」


 いつもの癖で、私はそう言って後ずさった。

 その時、隣に立つユイの、悲しそうな顔が目に入った。彼女は何も言わない。だが、その瞳が「また、そうなのね」と語っている気がした。

 脳裏に、半額市で交わした約束が蘇る。


『……わかりました。いつかは肉を食べます』


『約束だからね』


 そうだ。私は、ユイと約束したのだ。

 ふと、シオンに目をやると、彼もまた、そのドラゴン肉を特別な眼差しで見つめていた。それは、ただの食材を見る目ではない。憧れ、敬意、そして自らの誇りそのものを見るような、熱のこもった目だった。

 この肉は、彼にとって、彼の魂の一部なのだ。


 私のなかで、何かが変わった。

 節約は、生き抜くための知恵だ。無駄をなくし、価値を最大化する、私の誇りだ。

 けれど。

 目の前には、私の健康を心から案じてくれる友人がいる。自らの誇りの源を、静かに見つめる仲間がいる。

 彼らの心を、満たすこと。それは、無駄なことなのだろうか?


 私は、なけなしの銀貨が詰まった、重い財布をぎゅっと握りしめた。

 深く、息を吸う。


「……買います」


 私の口からこぼれた言葉に、ユイとシオンが、はっとしたように私を見た。

 私は、まっすぐ店主に向き直り、震える声で、しかしはっきりと告げた。


「節約は、生き抜くための知恵です。でも、仲間の心を満たし、約束を果たすためなら……これは、無駄な出費じゃない。必要な、『投資』です!」


 自分の口にした「投資」という言葉に、自分自身が一番驚いていた。

 けれど、それは紛れもなく、今の私の正直な気持ちだった。


 私は、値切り交渉など一切しなかった。提示された「正価」である銀貨五枚をカウンターに置き、三人分のドラゴン肉を受け取った。


「リナちゃん……!」


 ユイの目に、みるみるうちに涙が浮かぶ。

 シオンも、驚きに目を見開いていた。彼が何よりも重んじる「誇り」の象徴に、私が敬意を払い、正当な対価を支払った。その事実が、彼の心を強く、強く揺さぶっているのがわかった。


 私たちは、火山の見える見晴らしの良い岩の上に腰を下ろし、まだ温かいドラゴン肉にかぶりついた。

 一口噛むと、燻製の香ばしい香りが口いっぱいに広がり、力強い肉の旨味が溢れ出す。噛めば噛むほどに、体が内側から燃えるように熱くなっていく。


「……美味しい」


 心の底から、そう思った。

 それは、ただの肉の味ではなかった。友への感謝と、仲間への敬意、そして、自分自身の小さな殻を破った、新しい世界の味がした。


「約束、果たしました」


 私が照れくさそうに微笑むと、ユイは「うん」と頷き、ぽろりと一筋の涙をこぼした。

 シオンは、そんな私たちを、今まで見たこともないほど穏やかな目で見つめると、何も言わずに、ただ静かに自分の肉を噛みしめていた。


 三人の間にあった見えない溝が、この一切れの肉によって、確かに埋められていく。

 私たちの旅は、この日、本当の意味で、一つのチームになったのかもしれない。

リナ

ユイとの約束を果たすため、そして仲間の心に応えるため、初めて「価値ある投資」として高価な食材を正価で購入する。節約家として、人間として、大きな一歩を踏み出した。


ユイ

リナが約束を果たしてくれたことに深く感動し、涙する。彼女の長年の心配が報われ、リナとの絆を再確認する。


シオン

自らの誇りの象徴であるドラゴン肉に、リナが敬意を払ったことに心を打たれる。リナへの評価を確かなものにし、仲間としての絆を意識し始める。

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