20時間目 新たな日常
放課後の穏やかな話し声で賑わう教室。
そんな教室に、ふと何かの音が響く。
激しく廊下を踏み鳴らす音だ。
それは徐々に教室に近づき、そして。
「もおぉっ! 相変わらずあの馬鹿はっ‼」
ドアを乱暴に開けて教室に飛び込んできたユキに、室内にいた生徒たちが揃って身をすくませた。
ユキはてきぱきと机の荷物を鞄にしまい、逆に鞄から事務員のジャンパーを取り出す。
「いいか? オレは行方不明ってことにでもしとけ。」
「う、うん…」
ぎこくちなく頷く同級生たちには目も暮れず、荷物を抱えてジャンパーを羽織りながら猛ダッシュで教室を去っていくユキ。
「いつものことだけど、ほんとに忙しそうだな…」
「うん。あいつ、絶対に暇なの耐えられないタイプだよな。」
「でもさ、ユキが急いで出ていったってことはさ…」
「ああ……」
なんとなくこの先の展開を察する一同。
その予想に反することなく…
「ユキ、どこー?」
息を弾ませてナギがやってくる。
「ユキどこか知らなーい?」
「えっ……ああ…ちょっと分かんない、かな?」
「荷物は取りに来たみたい、だけど……」
あらかじめユキに言われていた彼らは、歯切れ悪くもそう答える。
ナギが子犬だとしたらユキは魔王だ。どちらに従うかは、言うまでもなく全員の認識が一致していた。
「そっかぁ、残念…」
しょんぼりとするナギ。
すると。
「ユキ、お疲れー。」
運が味方したのか、遥か遠くからそんな声が。
ナギが小動物のように辺りをきょろきょろと見回し、声を追ってベランダに向かう。
階下ではちょうど昇降口から出てきたらしいユキが、同級生に絡まれてそれをうざったそうにそれを追い払っているところだった。
「見ーっけ!」
嬉しそうに表情を明るくしたナギの周囲には、ぽんと音符が浮かぶようだ。
「ちょっ…」
ナギの様子を見ていた生徒たちが途端に慌てる。
ナギが躊躇いなくベランダの柵に足をかけたのだ。
「待った! ここ三階―――」
「よっと!」
「ユ、ユキ―――ッ‼」
「………んあ?」
突然背後から轟いた自分の名を呼ぶ声に、ユキは間の抜けた反応でそちらを向く。
次の瞬間。
「はああああぁぁぁぁっ⁉」
ありえない光景に目を剥いた。
「って、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿‼」
硬直しかけた体を理性で叱咤し、両手に持っていたゴミ袋を地面に捨てたユキはどうにかナギの落下点に滑り込むことに成功する。
「いってー……こんの馬鹿野郎! 死ぬ気か⁉」
二人で地面を転がり、いち早く起き上がったユキは遠慮なくナギの頭を拳で殴った。
本気で何を考えているのだ。常識以前の問題じゃないか。
怒り心頭といったユキに対し。
「えへへー。」
ナギはこのとおり。何も悪いと思っていない様子。
「ユキなら来てくれると思ったんだもん。」
ぎゅっとユキの服を握るナギ。
「捕まえた♪」
「―――」
脳内で盛大に何かが切れる感覚。
怒りで火照っていた体が一気に冷めていく。
人間、限界を突破するといっそ冷静になれるもんだ。
そんなどうでもいいことを思いながら、ユキは据わった目でナギを見下ろす。
「……お前なぁ…今日という今日は許さねぇぞ?」
ちょうどよく間合いにナギもいることだ。
ユキはナギの手首と胸倉を掴んだまま立ち上がり、華麗な身のこなしでその体を投げ飛ばした。
その衝撃でナギが動けないでいる間に、先ほど放り捨てたゴミ袋を掴んですぐにナギの元へと戻る。
「いたたた…おおおっと⁉」
身を起こしたナギは、身構える隙もなく飛んできたユキの蹴りを間一髪で避けた。
「チッ…避けられたか。おらっ!」
「わわわわわっ」
まだ立ち上がるまでの体勢を整えていないナギに、ユキは次々に足だけの攻撃を仕かけていく。
「ほんとさぁ、馬鹿と天才は紙一重ってよく言うわ。お前につける便利な薬がどっかにないもんかな。その無鉄砲で考えなしなところ、いい加減どうにかしろってんだよ。なあ?」
「わっ、ちょっと…ユキ⁉」
両手を塞いだ状態で攻め立てるユキもすごいのだが、慌てながらもそれを綺麗に全部避けているナギもすごい。
周囲が完全に引いていることには我関せず、ユキはナギを追い立てるように進む。
「ほらほら、構ってほしいんだろ。ごみ捨てついでに、ちょっとは付き合ってやるよ。」
「よっ…え、ほんと⁉」
パッとナギの顔が輝く。
「てめっ…」
ユキは大きく顔を歪める。
それは、早くも二回目の限界突破の合図だった。
「嬉しがってんじゃねえぇ! 反省しろっつってんだよ、この馬鹿が‼ しばらく弁当作ってやらねぇからな⁉」
「えええ! やだぁ‼」
「やだじゃねぇよ! お前はオレの胃に穴を開けるつもりか⁉ ええ⁉」
「ご、ごめんなさーい‼」
「食べ物に釣られて謝んな、ボケ‼」
「うわーん!」
すばしっこく蹴りを避け続けるナギに、心底苛立っているユキは奥歯をぎりぎりと噛み締める。
慌ただしく走るこちらに突っ込む人間は誰もいない。
不本意この上ないが、この光景はもはや日常茶飯事となりつつあるからだ。
論文について話し合っている時だけは、天才だと言われるのを納得できるくらいまともな態度だったのに。それに感化されてちょっと態度を改めたら、すぐに調子に乗りやがった。
試験が終わった後も自分が特に避けないと分かった今、その懐きようはエスカレートの一途を辿っている。初めは同情するようだった周囲の目も、今じゃどこか生ぬるいというか微笑ましげというか。
冗談じゃない。こいつとそういうプレイを楽しんでいるわけじゃないのだ。ちょっとはトモが相手をしてくれればいいのに、彼はナギのことになると全てをこちらに押しつけて、自らは高みの見物気分でナギを煽ることしかしないのである。
一体何度ストレスからくる胃痛と戦えばいいのだ。騒ぎは落ち着いたとしても、自分の周りの騒々しさはこれまでの倍以上じゃないか。
「うう…いたた……ユキったら、ほんとに攻めるの上手いんだからぁ…」
「その言い方はやめんか。」
何度か蹴りを受けたり転けさせられたりして痛む体を押さえるナギを横目に、ユキはごみ捨て場に袋を放り投げた。
「あのさ、今日のことはマジで反省しろよ。あんなとこから飛び降りるとか、お前じゃなかったら大事件なんだからな。」
「だってちまちま階段下りてたら、ユキいなくなっちゃうじゃん。あの高さなら受け身取れると思ったし。」
「だから、そういう問題じゃないっていつも言ってんだろ。」
ユキは唇を尖らすナギの髪を乱暴に掻き回す。
「お前が大丈夫でも、周りは心配するだろうが。心臓止まるかと思ったんだぞ、こっちは。」
本人が言うなら、おそらくは大丈夫だったのだろう。
だが、もしあの時自分が落下点に入るのに間に合わなかったら…。
そんなもしもを考えずにはいられなくて、今目の前で普通に笑っているナギにものすごく安堵している。
それこそ、今さらながらに手が震えてしまうくらいに。
「心配、してくれたの?」
ナギがぱちくりと瞼を叩く。
「お前はオレをなんだと思ってんだ? 普通心配するだろ。」
不可解そうにナギを見下ろすユキ。
彼は時々、こんな風に当然のことに対して疑問を投げかけてくることがある。
そりゃ生きている人間を相手にしているわけだし、怒りや呆れもすれば心配だってするだろうに。
「……そっか。」
ぽつりと呟き、ナギは嬉しそうに笑う。
「分かった。次から気をつける。」
それは、確実にこちらの伝えたいことが伝わったことを示す顔だった。
(何をどぎまぎしてんだかなぁ、オレ…)
内心の動揺を悟られたくなくて、ユキは思わず明後日の方向に目をやった。
今でこそこうだが、試験規定が改定されてからしばらくの間、ナギはまるで怯えた子供のように大人しかった。
そういえば、ナギにはあの騒ぎがただのパフォーマンスだと言っていなかった。
トモが当たり前のように事情を察してくれていたので、彼がそう気づくまで自分もその事に全然思い至らなかった。
当時は、自分が権力に訴え出るほどにナギを嫌っているという話が嵐のように飛び交っていた時。
可哀想に。
でも半分は自業自得だ。
ユキと関わるのはこれきりにした方がいい。
話を鵜呑みにした連中が余計な慰めや助言をしていたようで、普段は空気を読まないナギもさすがにへこんでいたらしい。
こうなるように仕組んだのは自分だが、ここまで狙いどおりだと存外にいい気分だ。
暢気にそんな感想を述べた自分に対し、顔面を蒼白にしたトモは瞬く間に部屋を飛び出していってしまった。
まあ、事情説明はトモがやってくれるだろう。わざわざ自分から言うのもめんどくさいし、それはなんか恩着せがましいような感じがして嫌だ。
そんな気持ちから特にトモを追うことはせず、こちらはこちらで期日の迫っている論文を進めることにした。
感極まったナギが押しかけてくるまでにかかった時間は、たったの十五分だった。
迷惑レベルでインターホンを連打され、とりあえず怒鳴ってやろうとドアを開ければ、そんな暇もなく部屋の中に押し倒されてしまった。
何語を話しているのか分からないナギを受け止めて後頭部を床に打った自分の頭に浮かんでいたのは、大型犬に倒されて顔を舐められまくるシーンだったのをよく覚えている。
『ありがとう。ユキ、大好き。』
純粋に嬉しそうな泣き笑いでそう言われれば、用意していた文句なんて一つも喉から出てこなくて。
『……はいはい。』
―――なんて言うんじゃなかったと、今は毎日のようにひしひし思っている。
ちょっとでも気を許すんじゃなかった。
自分がこんな風に詰めが甘いからナギが調子に乗るんだ。
「ちょうどいいや。一つ気になってることがあるんだけど。」
ごみ捨て場から戻る道中、ユキはナギにそう切り出した。
「なぁに?」
目をきらきらさせて寄ってくるナギ。
いくら普段自分からは話を振らないからといって、そこまで食い気味に迫ってくるんじゃない。
いつものようにナギの顔を押しやり、ユキはまた口を開く。
「最近、何人かがオレを見ては怯えて逃げていったり、果てには登校拒否をしてる奴もいるらしいんだが……何をした?」
「ん?」
いやに早く返ってきた一言。
ナギの顔に浮かぶ満面の笑みは、自分以外の他人に見せる仮面のものだ。
「とぼけるな。ネタはあがってんだよ。」
ユキは半目でナギを睨む。
確かにあの事件以降、自分は多くの人々に恐れられる存在となった。だが、一部の人間が自分を見る目はそういうレベルじゃないのだ。
なんとなく気にはなっていたがしばらくは黙して様子を窺い、折を見て一番チョロそうな奴を問いただしてみれば…。
『い、命だけは! 命だけは助けてくださいぃ!』
土下座で泣かれてしまった。
どうにかなだめながら根気よく話を聞いてみると、そいつの口から飛び出したのはナギの名前だったのである。
「んふふ。」
ナギは瞬時に笑顔の種類を変えた。
それは、悪巧みで人を転がす魅惑的な小悪魔のよう。
初めて見るナギの顔に、ユキは息を飲んでしまう。
「別に。今までの貸しを倍にして清算してあげただけだよ?」
「それで? 相手が泣くまで何をしたんだ?」
訊ねてみる。
ナギはにっこりと笑みを深めた。
「だって、トモったらお願いしたらなんでもやってくれるんだもーん。」
★
「こおぉら、このナギ馬鹿あぁっ!」
「ええええっ⁉」
自室のドアを開けた瞬間に蹴りが飛んできて、それをまともに食らったトモは廊下にもんどりを打つことになってしまった。
「え、なんで? なんで?」
何が起こったのか分かっていないトモは、仁王立ちでこちらを見下ろしてくるユキに目を白黒させる。
「なんで、じゃない。お前、一体あの馬鹿に何をどれだけ話したんだ。で、あの馬鹿にどれだけ手ぇ貸した?」
単刀直入に訊ねる。
ようやく一発お見舞いすることができてすっきりした。こんなにもバイトの時間が長く感じたのは初めてだ。
「あ、察し…。ついにバレた?」
「隠す気なかっただろ。あんな分かりやすく色んな奴を追い詰めておいて。」
「それはあいつらの自業自得ってやつでしょー。いてて…ユキ、最近すぐに手足が出るんだから。」
蹴りが直撃した腰をさすりながら立ち上がったトモは、部屋の中をくいっと指差した。
とりあえず話は中で、ということらしい。
無言の提案に頷き、ユキは玄関から廊下に足を下ろした。
「おれさー、昔からナギのことをずっと見てきたけど、あそこまでナギが怒ったのは初めて見たんだよね。」
二人分のコーヒーを淹れてきたトモは、片方のマグカップをユキに渡す。
「怒る? あいつが?」
なんだか想像ができない。
コーヒーをすすりながら思案げに虚空を見やるユキに、トモはくすくすと笑った。
「おれだって初めて見たって言ったじゃん。いやぁ、面白かったよ? おかげでおれの心残りもすっきり。」
「だから何をしたんだって。」
「それは言わないでおくわ。ただ言えるのは、あいつらが親も含めてナギに頭が上がらなくなったってことくらい。」
「ぶっ…」
瞬間、飲んでいたコーヒーが食道を逆流してきて、ユキは軽く咳き込んでしまう。
「おい、まさかそれ犯罪…」
「あー、完全に黒だろうね。でも誰もナギを訴えられないでしょ。ナギに技術協力してもらってるとこも多いから、訴えでもしたら協力がなくなる上に、道連れで自分もお陀仏だもん。そもそもそちらの馬鹿な息子さんが全面的に悪いって話でしょ。親のお怒りが向かう矛先は一つだけよ。」
ふと思い出したのは、ナギの小悪魔的な笑み。
自分だってあの顔にはたじろいだくらいだ。なんの前触れもなく追い込まれてあの笑顔にとどめを刺されたら、トラウマになるには十分すぎるかもしれない。
というか、本気で何をしたんだろう。訴えたら道連れで自分もお陀仏ということは、世に出されては都合の悪い相手の弱味を握ったことには違いないだろう。
知りたいような、知りたくないような…。
「眠れる獅子は叩き起こすなってか…」
「ほんとそれ。天才は怒らせるもんじゃないね。……でも、おれは嬉しかったよ。」
トモは語る。
「ユキと話すようになってからのナギって、すごく人間らしくなったと思う。そりゃもちろん、他人と関わるって、嬉しかったり楽しかったりするだけじゃないよ。今回のこと、ナギには相当キツかったと思う。でも、だからナギがあんな風に普通っぽくなれたんだと思うんだよね。」
トモはカップの中で揺れるコーヒーを見つめる。
その目は、どこか遠い過去を見るようだった。
「ナギはどこかでさ、誰かに期待するってことを諦めてる節があったんだよね。周りに期待しちゃうと、自分の心を見てもらえないって知って傷つくじゃん。何にも期待しないで、ただ周りの言うことを聞くだけってのは、ナギなりの処世術だったと思うんだよね。そうやって笑顔の奥に引きこもるナギを外の世界に連れ出してやることは、おれにはできなかった。そうだって気づいた時にはナギのことも、ナギの周りの人間のことも知りすぎてて……逆に動けなかったんだ。ここでおれが無理にナギに外を見せれば、きっとナギは潰れるだろうって…。あの時は、おれが安心できるくらい信用できる味方なんていなかったからさ。」
「トモ…」
ユキは目を見開く。
あの突っ走りタイプのトモがそんなことを考えていたなんて。
純粋に驚いてしまい、同時に彼が自分の性分を抑えるほどにナギを大事に想っていることを知る。
トモの危惧は間違っていないだろう。
こんな気持ちになるなら知らなければよかったと。
自分に泣きついたナギは何度もそう嘆いた。
「なんか、悪いな…。知らなかったとはいえ…オレがそれをぶち壊したんだもんな。」
こうしてトモの話を聞いてしまうと、自分も大概暴走列車だったんじゃないかと思う。
ナギは自分のことを深くは語らないし、今までの自分は嫌いの一点張りでナギの抱えるものまでは深く見ようとしていなかった。
目の前にいる人間をきちんと見ることは自分にとっては普通のことで、心のどこかで当然それは他人もやっていることだろうと思っていた。だからまったく他人の中身を見ようとしないナギのことがあんなにも嫌いで、それ故に関わりたくないとあえて目を背けた。
今考えると自分もまだまだ視野が狭い。
「いいんだって。知らないからこそよかったんだ。むしろ、おれはそういう誰かを待ってた。」
あっけらかんと笑ったトモは、次にふと目を伏せた。
「まあでも、おれの中でも相当な賭けだったよ。良くも悪くも、今のおれらは中途半端にこずるい時じゃん。ナギがユキに懐けば、それを面白く思わない奴がユキを攻撃する時が来るだろうことは分かってたんだ。その時にユキがどこまで踏ん張れるのか、ナギが壊れずにどこまでそれを受け止められるのか…結構、おれなりに悩んで考えたよね。でも―――ユキなら大丈夫。それが去年一年でおれが出した答えだった。ナギのことは強制しないって言ったけど、本当はめちゃくちゃ期待してた。……で、信じてた。」
顔を上げてユキを見つめるトモ。
「ありがとね、ユキ。最後まで見捨てないでくれて。さすがはあの理事長が見込んだ男だよ。その不屈の精神と平等性に、ナギもおれもすごく救われた。」
「え…と…」
ユキはたじろぐ。
「救われたなんて…」
「それだけのことをユキはやったよ。おれとナギがすごく感謝してるの分かってんでしょ? ユキはそういうの、ちゃんと分かって受け取れる奴じゃん?」
「………」
ぐうの音も出ない。
確かに分かってはいる。
二人にどれだけ感謝されているか。
ナギの懐きようが一段とひどくなったのも、トモが吹っ切れたようにナギを押しつけるようになったのも、それだけ彼らが自分のことを信頼してくれているからだ。
それは確かにいいことのはずで、もっと素直に喜んでいいことのはずなのだが…。
胸がざわつく。
なんかこう、自分の理想とは違う気がすると思ってしまうのは、一体何故なのだろうか。
(もっと、軽い感じがいいんだけどな…)
トモには申し訳ないのだが、それが自分の本音だった。
「うわ、微妙そうな顔してやんの。」
心に湧いた違和感は、すぐにトモに悟られてしまった。
「うるせ。」
しかめっ面でユキが言い返すと、トモはまた笑って小さく肩を震わせる。
「ほんとに感謝してるよ。だって、だって…だってね! あのナギが初めておれに頼ってきたんだよ‼」
「………」
なんだかそれを聞いて、感情という感情が一瞬で引いていった感覚がした。
言葉だけ聞くなら、それは大層いいことのはず。
なのに不思議だ。
両の拳を握り締めて歓喜に打ち震える友人が、どうしようもない変態に見えてきてしまうのだから。
「……はあ…」
「はあ、じゃないって! 何その呆れてものも言えません、みたいな態度! これがどんだけすごいことか分かってる⁉」
「知らねぇよ。」
興奮したトモに肩を揺さぶられ、ユキは気だるそうに顔を逸らす。
「じゃあ今知って! これが何年越しの願いだと思ってんの‼」
「あー、分かった。はいはい、すごいすごい。もうそこまで犬が染みついててナギ一番なんだったら、いっそ結婚でもして二人で勝手に仲良くやってろ。」
このまま話させたら絶対に歯止めが効かなくなりそうだ。
とりあえずトモを殴るという主目的は果たしたわけだし、ここはすぐに退散することとしよう。
「えぇー、それはさすがにユキに譲るわー。」
「あっそ、だから勝手に――――――は?」
完全に帰るつもりで玄関に向かっていたユキは、思わず立ち止まって後ろを振り返った。
「……どういう意味だよ。」
露骨に嫌そうな顔をするユキに、トモはどこかからかうような口調で爆弾発言をかました。
「だってユキ、案外まんざらでもなさそうじゃん? 性格的にもうナギのこと放っておけないだろうし、いっそナギとくっついちゃえばー?」
「はっ⁉」
ユキは顔を赤くして声を引っくり返す。
何意味不明なことを抜かしているのだ。まさか冗談百パーセントで言ったことが自分に返ってくるなんて、さすがに予想はしていなかった。
ふざけただけなら、さっさと冗談だと言ってくれ。
そう思ったのに。
「ちなみに、ナギはその気だと思うよ?」
彼の口から飛び出したのはさらなる爆弾発言。
それにぐらりと眩暈がしたのは言うまでもない。




