SHR もうこれじゃなきゃ嫌かな♪
(その気ってなんだ! その気⁉)
広い校内の隅の隅で、ユキは顔を覆った。
勘弁してくれ。昨日は久しぶりに悶々として眠れなかったじゃないか。ナギを見ると昨日のトモの発言が何重にも頭に響いて、今日の授業なんてほとんど身に入らなかった。
とても誰かといられる気分ではなかったので、昼休みに入るや否や逃げ出して今。ここには人も来ないだろう。こういう時は、ウォルトについて至る場所を巡回していてよかったと思う。
(オレ、なんか変な間違いしてないか? なんか間違ったっけ?)
ぐるぐると巡る思考が止まらない。
(いや、間違いは最初っからやってるよ。やらかしてるよ…。)
そうでした。先に仕かけたのはこっちでした。
はたと思い至り、半ば本気で絶望する。
いやでもあれは、本気でムカついたから衝動的にやっただけのこと。決してナギに好意を持ってやったことじゃない。
だが二回目の過ちもあるわけだし、責任を取れなんて言われたら自分に逃げ場などあるのだろうか?
(ってか、責任ってなんだ? 男女の責任っていったら……そうだよな? でも待てよ! オレら男どうし‼)
思考が迷走に迷走を重ねる。
ユキは大混乱する頭を両手で掻き乱して目を回す。
(つーかさ、普通惚れる? 合意じゃないのにあんなことされて、嫌いにはなっても好きになるか⁉ いくら色々と助けてもらったからってさ!)
ああ、分からない。
あの馬鹿が何を考えているのかが全く分からない。そもそも、出会ってこのかた分かったことなどないが。
いや、多少は分かることもある。
ナギにとっての自分は、どこからどう見ても〝特別〟という部類に入っている。
だがその〝特別〟はあくまでも友情―――から越えてはいない、よな?
「ああああもうううう! 分っかんねぇぇぇぇっ‼」
「何が?」
「うわあぁぁぁぁぁぁっ⁉」
突然背後から耳元に囁かれた声。
完全に自分の世界に入り込んでいたユキは、絶叫とともにその場を飛び上がった。
「ナ……ナギ! お前、ど、どうしてここにっ⁉」
「えっと…」
飛び上がった上にとてつもない距離を逃げていったユキに、さすがのナギも戸惑っているようだった。
「トモが、多分ここなんじゃないかって。」
「あのストーカー野郎‼ プライベートなんて総無視かよおぉぉぉぉっ‼」
「ユ、ユキ、落ち着いて…?」
ナギが困惑していることには気づかず、狂ったように側にあった木の幹を殴りまくるユキ。
「頼むから今は一人にしてくれ…」
一通り暴れた後、ユキはずるずるとその場にしゃがみ込んだ。それでもう近づいても大丈夫だと判断したナギが、ユキにとことこと歩み寄って自分も隣にしゃがむ。
「ねえねえ。」
ナギがユキの袖を引っ張るが、ユキは深く項垂れたままピクリとも動かない。
「トモからの伝言。」
「………」
「勝手に言うよ?」
「………」
「一人で考えてても答えなんて出るわけないから、いっそ本人に訊いてすっきりしたら? だって。」
「―――っ‼」
バッとそちらを見ると、思ったよりも至近距離からこちらを見る二つの瞳が。
(あいつ、わざと…っ)
今ごろ一人でほくそ笑んでいる彼の姿が目に浮かぶ。
「俺にはよく分かんないんだけど、どうかしたの?」
「いや……べ、別に…」
ユキはぎこちない動きでナギから目を逸らした。
本人に訊けないから逃げてきたというのに、なんでわざわざ本人に伝言を頼むのだ。
これがトモの狙いだと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。
自分でもあまりに苦し紛れな態度だと思っていただけに、こちらの反応を受けたナギが子供のように頬を膨らませた。
「ああ、ごまかした! なんで? トモは知ってていいのに、俺はだめなの?」
「いや、だめっていうか…」
「じゃあ教えてくれたっていいじゃん!」
「それは…」
「やっぱり言えないの? なんでぇ⁉」
「だあぁぁぁぁっ! うるさいな‼」
早くも脳内の糸が切れてしまい、ユキはナギのネクタイを掴んでぐっと自分の方に引き寄せた。
「そんなの、お前のことで悩んでるからに決まってるだろ⁉ なんでこんな簡単なことが分からないかな⁉」
いつもと同じ流れで怒鳴る。
「え、俺?」
盛大にぶちまけてしまったことに気づいたのは、ナギが目を丸くしてそう言ってからのことだった。
(オレの馬鹿! 短気! 能無し‼)
脳内に響く自分への罵声が痛い。
「トモが言ってた本人って、俺のこと? 俺に訊いた方がいいことがあるってこと?」
「皆まで解説すんじゃねぇよ。言わなきゃいけない流れだろ、それは…」
ユキはまた顔を覆うしかない。
誤爆にも程がある。穴があったら入りたいくらいだ。
ナギはそんなユキをしばらく見つめ、ふいにそっと両手を伸ばした。
「ユキ、なぁに?」
手を顔から剥がされ、澄んだ両目で問いかけられる。
ユキは息を飲んだ。
なんだか胸の辺りが妙にざわつく。
その目はやめてくれ。
拒めなくなるじゃないか…。
「…………って…」
「え、何?」
「……だから…………こと、……かって……」
「聞こえないよー。もう一回。」
「だから! お前って、オレのこと好きなのかって‼」
「うん、そうだよ。」
「なっ…⁉」
そんな即答するレベルなのか⁉
目を剥くユキに、ナギは少し不可解そうだ。
「え、今さらどうしたの? 俺、ちゃんと大好きって言わなかったっけ?」
「い、言いはした、けど……」
ユキは思わずそろりと腰を浮かせた。
「それは、さ…その……あくまでも、と、友達として…って……こと、だよな?」
「……あ!」
冷や汗を浮かべてじりじりと後退するユキに、何をひらめいたのかナギが手を叩いた。
「トモが余計なこと言っちゃったかもって言ってたけど、これのことかぁ。―――ふうぅーん?」
「ひっ…」
なんだその笑顔は⁉
本能的に身の危険を感じ、ユキはナギからどんどん距離を取る。
「ユキ。」
「な、なんだよ…?」
「多分、今のユキすごくパニクってるだろうから言うね?」
「だっ、だからなんだよ⁉」
「後ろ、もう行き止まりだよ?」
「―――っ⁉」
言われて後ろを見れば、確かにそこには高くそびえる塀が。
(…って、しまった!)
我に返った時には、ナギの手が耳元をかすめて壁に到達した後。
ユキを壁と自身の間に閉じ込め、ナギはくすりと笑う。
「ユキ、逃げないでって言ったでしょ?」
「うっ…」
追い詰められたユキは呻く。
誰だ。こんなシチュエーションがときめくとか、訳の分からないことを言い出したのは。むしろ別の意味で心臓がどうにかなりそうなのだが。
「あのね、ユキ。俺はずっとユキのこと気になってたし、仲良くなりたかったんだよ。」
「う、うん…」
「でも別に、特別こうなりたいってのはなくてね。仲良くなれるなら、この気持ちがどんな種類の〝好き〟でも、なんでもよかったんだ。」
「あ……そう、なんだ…」
これはもしかして、危険回避か?
ユキは少しだけ肩の力を抜いた。
―――だからナギ相手には詰めが甘いのだと。
直後に後悔することになる。
ナギは壁から手を離すと、解放されたと勘違いして安心するユキの首に手を回して体を密着させた。
そして、体だけではなく唇をも密着させたのだ。
「~~~~~っ⁉」
ユキがパニックに陥って動けないでいるのをいいことに、ナギは自ら舌を忍ばせた。
「ん、んんんっ‼」
ユキはたまらず目をきつく閉じる。
後ろは塀で行き止まり。体は全然動かない。
完全にお手上げ状態だ。
軽く遊ぶ程度に舌を絡め、ナギはゆっくりと唇を離した。
「今は、もうこれじゃなきゃ嫌かな♪」
にこり、と。
ナギが天使にも悪魔にも見える微笑みを湛えた。
「―――はっ…」
ユキはゆでダコのように顔を真っ赤にする。
そして。
「離れろ、この馬鹿ぁぁぁぁぁっ‼」
校内中に轟きそうな絶叫が空気を揺らすのであった。




