#019 語られる過去
今から二十五年ほど前のことの話。
ある鬼族の母親と子供が山道を歩いていた。
母親は子供に話しかける。
「もうすぐ村に着くわよ。ほら、あそこよ。あそこ。きっとお父さんが出迎えてくれるはずよ。行きましょう、さぁ」
六歳ほどの子供は、母親の優しい声を聞いても、怯えた様子で母親の顔を見上げる。
「ねぇ、ほんと? おかあさん。あそこにはこわいひとたちいないの? またいつもどおりになるの?」
母親は少し顔を曇らせたあと、笑顔を見せる。
「ええ。きっと大丈夫よ。あそこには来ないはずよ。それに、お父さんだっているんですよ。大丈夫に決まってるわ」
「ほんと?」
「ええ、ほんと」
この母子は、自分たちの村が奴隷狩りに襲われたのだ。そのおかげで住み慣れた村は壊滅した。
なんとか逃げ切った母子は父親が出稼ぎに出ている村を目指していたのだ。
そんな母子の後ろに二つの怪しい影が迫ってきていた。そのうちの一人、細身の男が手を銃の形にして子供を狙っている。
そして、「くひひ」と笑った。
「サンダースピア」
そう言った男の指が少しスパークした。
その音と光に母親は気づき、咄嗟に息子を突き飛ばす。
「ゴードッ!! 危ないっ!!」
それとほぼ同時に男の指からサンダースピアが放たれる。
しかし、それは元々の狙いの子供ではなく、母親を貫通する。
「チィッ! 余計なことしやがってッ!!」
男たちは走ってこっちに向かってきている。
「ゴ……ゴード。逃……げて……。おね……がい……だから……ね……?
今まで……とっても……良い子……だった……でしょ……? 行き……なさい……!!」
突き飛ばされた子供、ゴードは母親の元に走り寄ってきて母親の体を揺さぶる。
「おかーさんっ!! はやく! はやくにげよーよっ!! 起きてよぉっ!!」
母親は辛そうに笑いながらゴードの頭を撫でる。
「ゴード……。あな……たは……本当に……本当に……優し……い……子だ……わ。
優……しくて……、良い……子だった……わ。
だ……から、だから……最期ま……で良い子……の……姿を……私に……、お……母……さんに……見せて………………」
母親は目を閉じ、ゴードを優しく撫でていた手からは力が抜けて、重力に従って、落ちた。
ゴードは、「おかーさん、おかーさん、おかーさん」と、必死に呼びかけるが、その目が開くことはなかった。ゴードが振り返ると、もうすぐそこまで二人の男が接近してきていた。
ゴードは母親の遺体と迫ってくる男たちを交互に見て、悔しそうな顔をして村の方へ走り出した。
「うぅ……。おかーさん……。ごめんなさい……。ぼくじゃ……、ぼくじゃはこべない……。ごめんなさい……。ごめんなさい……」
それを見た細身の男が
「逃すかよッ! せめて餓鬼だけでもッ!」
と言いながら、手を銃の形にしながらゴードに狙いを定める。
「傷モノにしたくはねーかんなぁ……。変に動いてくれるんじゃねーぞぉ……」
男の人差し指がピカッと光った。
「ピアスサンダー・散弾」
そう男が言うと、人差し指から雷が発射され、無数の細い雷撃に分裂した。
それがゴードを綺麗に避け、地面に無数の穴を開けた。
ゴードはそれに驚き、逃走を一時的にやめてしまった。
その隙にもう一人の太めの男が地面を指差し、何やら魔術を発動させる。
「ペインボックス」
そう言った直後、ゴードの足元から、闇に包まれた黒い箱が生えてきてゴードの体を一気に飲み込んだ。
箱の中から、ゴードの「うわ、うわぁ……」と情けない悲鳴が聞こえたあと、無音になった。
「静か……だな」
細身の男が恐る恐ると言う風に呟いた。
「防音完璧にしといたんだ。いつも叫び声凄いだろ? アレ。神経に直接痛みを伝えるから、体にダメージ与えずに済むから、愛用してたんだが、やっと完成かな。
それに、精神の方も骨抜きにできるときもあるから便利なんだよね」
太めの男はウンウンと頷いている。
細身の男は冷や汗を垂らして呟く。
「毎回思うが、あんなかにはぜってー入りたかねーな」
それに太めの男も同調する。
「だよな……。ヤバそうだもん……」
男たちがペチャクチャと世間話をしていると、箱の中からゴードが出てきた。いや、出てきたというよりは、排出されたと言った方が正しいか。
「お、出てきた出てきた」
「いや~、ホント便利だよなぁ。気絶したら自動で排出なんてさ。よく作ったよな……。お前……」
「ありがとさん」
いや、別に褒めてない。と細身の男がポツリと言うが気にせずゴードの方へと近寄った。
なんと言うか、残念な感じになっていた。
白目剥いて、脂汗をビチョビチョにかいて、口から泡を吹いて……。
それを見た細身の男は、
「うわ~。悲惨だな~」
太めの男も気まずそうにポリポリと頭を掻く。
「やはは……。子供にはちっとばかしキツかったのかな~? まぁいいや。ちゃっちゃと縛ろうよ」
「それもそうだな」
二人の男たちはゴードの手を後ろに回してキツく縛った。
「なぁ、コイツ汗で臭いし、目覚ましがわりに冷水で流そうよ~? ねぇ~」
「それもそうだな~。鬼族だしな! 俺もはやく手を洗いたいんだよな」
そして二人の男はゴードを抱えて川の近くまで持って行った。
そして、川に投げ飛ばす。
「あーらよぉっと~」
ゴードは宙を舞って川にボチャンと落ちる。少しブクブクと沈んでいたが、すぐに上がってきた。
「ガボォアッッ!! おぼれるッッ!!」
それを見ていた二人の男は「おー」などと言って手を叩いている。
「縛られてても溺れないとはな。さすが鬼族。脳筋種族の化物というわけか」
「溺れてもらっちゃ困るんだけどね? 一応商品だよ? それなりには大事に扱わないとね」
「オッケオッケオッケ。んで、餓鬼。ちゃっちゃ上がってこい。はやくしろよ」
だが、ゴードは上がろうとせずに、「キッ」と男たちを睨んでいる。
「んあ? どうしたよ。餓鬼?」
「……くは…………じゃ……い……」
「はぁ? なんて?」
「ぼくはがきじゃないといってるんだッ!!」
細身の男は拍子抜けしたかのようにガクッと型を落とす。
「なんだよ。そんなことかよ。んじゃあなんだよ。餓鬼じゃないならよ」
ゴードはその問いに誇りを持って答える。
「ぼくはクリゴード・マイトフェノルディだ」
「フーンあーそーかー。じゃあとりあえず上がってこいよ、クソ餓鬼」
細身の男は面倒臭くなったのか、クリゴードを縛っている縄を引っ張りだす。
クリゴードは必死に抵抗しようとするが、『ペインボックス』のせいで、足腰に力が入らず、いつもの十分の一も力が発揮できない。
そのため、簡単に引っ張られる。
「うわッ!! ちからが、はいらない……。いつもなら、いつもならもっと……!」
「ふはは。ホントだぜ~。こいつらの恐ろしい所は同じ年齢の人間に比べて五十倍くらいの力があることだよなぁ~」
「そうだよね~。ホントに。凄い奴は百倍くらいいきそうだもんねぇ」
「そうだよな~。まぁ、だから奴隷に使えるんだけどな。ははっ!! 所詮魔物だし、心が痛まない所が良いよな」
「ちがうッッッ!!」
クリゴードは男たちの勝手な言い草に耐えきれずに大声で叫んでしまう。
「ちがうッッッ!! ちがうちがうちがうッッッ!!」
男たちは嘲るようにクリゴードを見て、「プスス」と笑う。
「どうちがうんだよ? オーガみたいに馬鹿力でご丁寧に角まで生えてんじゃんよぉ~」
今度はクリゴードが男たちを嘲るように見る。
「バカだね。そんなこと言ってたらおじさんたちもまものじゃんか。じゅうじんぞくだってまものになるよ」
男たちは怪訝そうな目でクリゴードを見る。
「お前、阿呆か? どうして俺らが魔物になるんだよ」
クリゴードはしっかりと男たちを見据える。
「あほはおじさんたちだよ。ぼくたちがばかぢからだからオーガ?
だったら、まものだってまじゅつをつかうよ。そのいいかただとエルフもハーフエルフもまものだね?
それにつのがはえているからオーガ? じゅうじんぞくだってしっぽとか、まものみたいなみみがはえてるよ?
ぼくたちきぞくだけがいじめられるりゆうなんてないじゃんか!」
クリゴードは男たちに向かって声高に反論する。
それに対して、男たちは驚きの表情を見せたあと、細身の男が怒りの表情を浮かべる。
「テメェ、多少は頭は回るようだがよぉ、ハーフエルフ様を魔物に貶めるたぁ感心できねぇなぁ。
ハーフエルフ様我々エルフや人間のために様々な発明や研究をしてくださっているんだぞッ!!
そのハーフエルフ様を魔物だとぉッ!?
いくら商品だからって傷つけられないとでも思ったのか!!」
クリゴードは忌々しそうに二人の男を見る。
「コイツッ!!
もう我慢の限界だ! ぜってぇぶん殴るッ!!」
太めの男がクリゴードの方へと走り寄り、殴ろうと拳を振り上げる。
しかし、細身の男がその男を羽交い締めにして動きを止める。
「おい! 落ち着けって!!
相手はまだ六歳のガキんちょだぞ。本気にしてどうする!
そんなくだらんことで報酬が減るのはごめんだぞ」
殴りかかろうとした太めの男は力を緩め、深呼吸をする。
「あぁ、危なかった。すまねぇな。俺ももう少し丸くならんといかんな」
男がそう言った時、不意に後ろから声が聞こえた。
「ふむ。それもそうだな。子供の戯言に本気になっては小物そのもの……だな。くっくっく」
二人の男はすぐに振り返り、その声の主の姿を確かめる。
その人間は、黒いロングコートを着た男だった。
青緑色の髪に、淡い紫色の瞳、素材不明の服。
若々しくありながら、それでいて、跪きたくなるような、そんな圧倒的な貫禄。
そんな、あやふやな男だった。
「!? 何者だ!!」
「ふむ。私はただの魔術師……とでも言っておこうかね。くくく。
なぁ、小物。ソレを譲ってくれよ」
その瞬間、男は汚らわしい笑みを浮かべ、ロングコートの男と向かい合う。
「払う額によるなぁ? 先客がいるんだわ、コレ。ひひひ」
ロングコートの男は本当に残念そうな顔をした。
その次の瞬間、満面の悪い笑みに染まる。
「ふむ。ドス黒い欲望が渦巻いているのがよく見えるな。残念だよ。
私は譲ってくれと言ったのだがな?
なら、力で交渉をしようか」
ロングコートの男はグッと拳を構えた。
その臨戦態勢に男は後ずさり、よろよろとよろける。
「お前、戦る気かよッ!? そんなにこの餓鬼が欲しいのかよッ!? そんな価値ないだろうッ!?」
ロングコートの男は不敵な笑顔になる。
「ふむ。やはり、小物はのせやすいな。まぁ、単純だしなぁ。
ふふ。そんなものに興味はないさ。
私の力の試運転だ。出たばかりでな、少々加減が分からんのだよ。
そんな餓鬼のことなど、二の次だよ」
男たちはジリジリと後退し、無様に走りだした。
「コイツッ!? 意味分かんねぇよッ?! その餓鬼はやるからッ!! やるからもう関わってくんなぁッ!!」
ロングコートの男はなんの前触れもなくフッと消えた。
男たちは姿を探すが、走るのだけはやめなかった。
キョロキョロと見回しながら、「どっかに行ってくれたのか?!」と叫ぶ。
男たちが後ろを向いたとき、前の方から声が聞こえた。
「ふむ。そんなに怖いか? 未知の存在というモノは。私はむしろワクワクするがな。
まぁ、とりあえず、お母さんから習わなかったのか? 人と話すときは目を見て話しなさいって。な?」
男たちは前を向き直し、急ブレーキをかける。
「は? は? は? どうしたんだよ?! さっきまではあそこに……!?」
ロングコートの男は細身の男の肩に手を置いた。
「ひぃっ?!」
「人と話すときは、目を見て話した方が良いぞ? 相手を見てなきゃ危ないだろ? 何されても反撃できないからなぁ。いやぁ、母親も良いことを言うもんだよなぁ」
男たちは弾かれたかのように、後ずさる。
「クソッ!! 瞬間移動なんて聞いたこと無ぇよ!? 何もんだよッ!! テメェッ!?」
ロングコートの男は大げさに肩をすくませ、ため息をついた。
「ふぅむ。だから言ったのだよ。人のと話は目を見てな……と。
先程言っただろう? ただの魔術師だ……と、なぁ」
男たちは両手をロングコートの男に向けた。
「知るかよぉッ!? 明らかに普通の魔術師じゃねぇだろーがッ!! これでも喰らえッ!!」
男たちは同時に叫んだ。
「「氷と炎の双破龍ッ!!」」
二人の男の手からそれぞれ炎の龍と氷の龍が飛び出し、絡まり合い、交じり合い、さらに大きな龍へと変化を遂げる。
ロングコートの男ごと消し去らんばかりの威力だ。
「ほう? 複号魔術か。其れ程の威力をたった二人で、そのうえ複合魔術か。
ふふふ。其れ程の高等魔術を名誦とは、な。
中々粋なもてなしではないか。素晴らしい。
では、こちらもやらせて頂こうかね」
ロングコートの男は目を瞑り、両腕を横に差し出す。
すると、足元に魔法陣が浮かび上がり、ロングコートの男の服がはためく。
魔術文字がロングコートの男の周りを回り始める。
「術式・五行。五行崩壊」
ロングコートの男が両手を天に掲げると、その頭上に丸いエネルギーの塊が出来る。
魔術の範疇を大幅に超越したものであることが一目で分かる代物だ。
それをロングコートの男は男たちに向けて振り下ろした。
五行崩壊は男たちの氷と炎の双破龍と激突し、衝撃波を発生させる。
衝撃波により、地形はみるみるうちに形を変えていく。
川は逆流し、干上がり、緑を抉っていく。
「なんだよこれぇッ!?」
「おかしいだろッ!? 押されまくってる! どんどんこっちに近づいてくるぞ!! 俺たちの魔術がまるで効いて無いッ!?」
ロングコートの男は不敵な笑みを浮かべる。
「ふむ。ダメだな。コイツらはやはり小物か。中々いないものだな。
この世界じゃダメなのか? なら、やはり、変えるしかないな、世界を。
とりあえず、この小物は始末するか」
ロングコートの男は手を銃の形にして五行崩壊に向けた。
そして、
「ふむ。終わりだ」
と言い、「爆散」と呟いた。
それと同時に五行崩壊が光り、膨張する。
五行崩壊はあっという間に氷と炎の双破龍を飲み込む。
「「うそだろおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッッ!?!?」」
男たちはそう叫び、飲み込まれていった。
それを見届けたロングコートの男は手をギュッと握りしめた。
すると、膨らみ続けていたのが止まり、急速に縮んでいく。
そしてそのまま、消えていった。
「ふむ。やはり、つまらん。折角情報収集に来たのになぁ。
やはり、世界を……変えるか。
さて、手始めに、アレから弄るとしよう」
ロングコートの男はクリゴードの方を向いた。
クリゴードは惚けていた。
ーーえ? なに……これ? 助かった……の? でも、誰も僕を……。
二の次? 僕のことを僕無しで勝手に決めてるの? どうして? え? え? え?
こっちに来たよ? アレ? 僕は、僕は、僕は………………。
ロングコートの男はクリゴードの頭を鷲掴みにした。
* *
クリゴード少年は気づいたら父親のいる村に居た。そして、目の前にはお父さんが居る。
「お……父さん……?」
「あぁ、あぁ。そうだ。私だ。お父さんだ。辛かっただろ?
お母さんは……残念だが、間に合わなかった。本当に……残念だが……。
折角運んできてくれたんだが、流石に治療は間に合わなかった」
クリゴードはボーッとして、キョロキョロする。
「うん……。うん……。分かった……よ。お父さん……。うん……」
お父さんはクリゴードを抱きしめた。
「仕方ない……よな……。俺たち鬼族は……化物って思われているんだ。魔物って思われているんだ。
ゴミ種族のハーフエルフ以下のクズ種族っていろんなヤツに罵られても、何にも、言い返せない。
耐えるしか、隠れて過ごすしか、ないんだよな……」
クリゴードはブツブツと繰り返すお父さんの横顔をじっと見つめる。
「そう……なんだよね……。僕たちは、奴隷当然で……、家畜当然で……、仕方……ないんだよね……。
ねぇ……、お父……さん……」
お父さんはクリゴードの手を引いて家の中に連れて行った。
そして、クリゴードは、十五年を経て、二十一歳になったとき、奴隷として、自らを売った。
お父さんは五年前に自らを売った。
鬼族の村から運ばれる途中で、事件は起きた。
クリゴードを乗せた馬車が巨大なオーガに襲われたのだ。
奴隷商人たちのキャラバンは必死に抵抗したが、致命傷すら与えられずに薙ぎ払われた。
クリゴードも、生きるために必死に戦い、なんとか打ち倒したものの、生き残ったのは、クリゴード一人だった。
クリゴードは拘束服を脱ぐための鍵を商人の死体から漁り、拘束服を脱いだ。
今度は生きている馬を集め、無事な馬車や、壊れた馬車から新しい馬車を造り、それに乗った。
クリゴードは自分の買う予定だった人の所に行くつもりなど微塵もなく、奴隷商人のやり方はこれまでの人生で嫌というほど見てきたため、知っている。
クリゴードは生きるために奴隷商人になった。
自分を売ったときの金を使って奴隷を買い、それを売り、それを元手にまた買っては売り、を繰り返した。
いつしか、クリゴードは有力な奴隷商人になっていた。
お久しぶりです
これから忙しくなるので、
今以上に投稿スピードが
遅きなります
すみません




