#020 決着
「あァ、そうだ。そうだ。そうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだ」
クリゴードは繰り返し、繰り返し同じ言葉を言っている。
夕は今の情報に顔を顰める。
「今と、価値観が違う……? しかし、そんな急に……。
それに、思想が百八十度変わってる……。
お前、ロングコートの男に何されたんだ……よ?」
夕はそこまで言ってクリゴードの様子が更におかしいことに気づいた。
「情報の漏洩を確認。
自殺機構の稼働を要請。
隠滅機構の稼働を要請。
要請の許可。
ハードのコマンドへの服従を確認。
実行、開始」
クリゴードは淡々とした無機質な声で告げた。
その次の瞬間、夕は地面に叩きつけられていた。
そして、流れるようにクリゴードの拳が夕の腹に次々と打ち込まれる。
あまりの衝撃に段々床が陥没していく。
「ウッ、ガハッ! グハァッ!! グアアアアァァァァァァッッッ!!!!」
クリゴードは拳の嵐を振り下ろし続ける。
拳が殴りすぎて潰れても殴り続ける。
血塗れになっても殴り続ける。
夕はなす術もなく、ただ、殴られ続ける。
そのとき、クリゴードの後ろからソフィーの声が聞こえた。
「やめてっ! やめてよぉっ!! おとーさんをなぐるなぁっ!!
おとーさんは、おとーさんだけは、とらせない!!」
クリゴードは動きを止め、クルリと後ろを振り返る。
すると、そこには、水牢から出てきたソフィーが立っていた。
「第二対象を確認。
推奨行動、排除。
迎撃態勢へと移行」
クリゴードは近くに倒れていた味方たちの頭を持ち上げ、ソフィーに向けて投げつけた。
だが、ソフィーはこけるようにして避けた。
投げられた体は壁にぶつかり、グチャリと潰れ、血飛沫が舞った。肉は壁にへばりついた。
返り血がソフィーにピシャピシャと降り注ぐ。
「ひ……!? ち……ち、だ。ちだぁ……」
ソフィーは顔を真っ青にしてへたり込んだ。
夕はどうにかして床から這い出し、ソフィーに向けて叫ぶ。
「ソフィー!! 立てッ!!! 水牢に逃げ込めッ!! なんで出てきたんだッ!! 危険だろうがッ!! 速く戻れッ!! 死にたいのかッ!?!?」
それを聞いたソフィーは泣きそうな顔で夕を見た。
夕はさらにソフィーに向けて叫ぶ。
「行けっつってんだろッ!! 戻れッ!! 巻き添え食らいたいのかッ!? 俺はッ!! 言っただろッ!! 絶対助けるってさぁッ!!」
ソフィーは涙目で立ち上がって、その場から去った。
その間にクリゴードは完全に夕に狙いを定めていた。
夕はフラリと立ち上がる。
その瞬間を狙ったかのようにクリゴードは床に転がっている部下たちを連続で投げつけてきた。
夕は転がるようにして避ける。
「アイツ……! まだ生きてるってのに……!」
全部避け切った夕はクリゴードの方を見た。
その瞬間、クリゴードが消えた。
「なっ!?」
正確には、消えたというよりは、高速移動をしただけであるが、当然夕にはついていけるはずもない。
夕の目前に現れたクリゴードは夕の顔面を強かに殴り飛ばす。
夕は勢いよく吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
だが、倒れるような真似はせず、壁に背中を預け、踏ん張り立つ。
そして、ほぼぶら下がっているだけの左腕を引きちぎる。
「グッ……!! よし……。派手に……壊し……て……くれてるけど……、途中で……描いて……きた魔法……陣……は、多少は……残ってる…残ってはず……だ……。
文字通り……血……という最高の……媒体で……描いたん……だ……からな……。
今から……魔法陣を……発動さ……せてや……る……!!」
夕はそう叫び、左腕を掲げ、詠唱を開始する。
「我が左腕を讃え、魔力の糧とさせ給え。
よしッ!! あとは魔法陣に魔力を……!!」
夕の詠唱とともに、左腕は消えていった。
だが、魔力はある程度手に入った。
夕は片手で印を結び、魔法陣に魔力を供給し、魔法陣を遠隔起動する。
「喰らえッ!! 爆裂魔法陣ッ!! イラプションッ!!」
夕は心の中で祈る。ソフィーがちゃんと水牢の中に入っている事を。
ーー後で謝らなくちゃなぁ……。ちょっとキツく言い過ぎたからなぁ……。頼むから、頼むから無事でいてくれよ、ソフィー。紅葉とも約束したんだしな。
建物のアチコチから爆発音がする。
その中でも、クリゴードは何か雄叫びを上げながら、夕に突進を仕掛けようと、飛び込んで来る。
だが、それとほぼ同時、建物が崩壊する。
クリゴードは落ちてきた瓦礫を踏み越えながら駆けてくる。
ーー……そう言えば、何とか機構だの何だの言ってたな……。アレはどういう意味なんだ? あの黒いコートの男に会ってからアイツは変わったと考えられる。
一体、何を仕込まれたんだ?
夕は崩れゆく建物の中を疾走してくるクリゴードを見つめる。
ーーあれほどまでに、強力に人格を変える何かがあったってことか? 隠滅機構だとか言ってたってことは知られたくなかった何かがあったのか?
過去の話を聞いた直後にああなったってことは、そういうことなんだろうが……。
クリゴードが夕の目の前まで来たとき、建物は完全に崩れ、クリゴードは瓦礫に巻き込まれ、見えなくなった。
クリゴードはタダでさえ無理な機動で動いていた。
その上、瓦礫にまで巻き込まれたのだ。
さすがにこの物量には耐えられないだろう。
夕の上から、瓦礫が降り注ぎ、夕の姿も見えなくなる。
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キングが魔道具の双眼鏡で夕を見ていた。
その顔に浮かぶ表情はまさに恍惚。
口唇は裂けていると言わんばかりに釣り上がっている。
「あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、あぁ!!!!
あは、いひ、うふ、えへ、おほ……。
夕ぅぅうぅ……。君って奴は……、ホントに……! ホントに見ていて最ッ高に……! 最ッ高に面白い……!!!!
君は変わらないねぇ……。ホントに昔っからさぁ……」
キングはその場に崩れ落ち、自らの肩を抱く。
その体は歓喜から震えていた。
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建物は完全に崩れ去り、その跡にはソフィーを守っていた水牢が浮かんでいた。だが、その水牢も蒸発し、ソフィーただ1人になった。ソフィーは瓦礫の山にフラフラと近づく。
ソフィーはゆっくりと瓦礫をどかしていく。
「う……。うぅ……。
おとーさん……。おとーさんを……たすけなきゃ……。
たすけなきゃ……」
ソフィーはただ必死に瓦礫をどかし続ける。
すると、指が見えた。血だらけではあるが、微かに動いている。
「おとーさん!? おとーさんなのっ!? へんじっ! へんじしてよっ!!」
ソフィーは瓦礫をどかすスピードを速めた。
みるみるうちに瓦礫はどかされ、手が見え、腕が見え始めた。
しかし、ソフィーは途中で気づいた。
その腕は、腕は腕でも、左腕だったのだ。
「あっあっ……。おとーさんは……ひだりうでは……。これは……おとーさんじゃない……」
ソフィーは飛び退くようにその場を離れた。
「でも、ちかくにいる……かも……」
ソフィーはさっき腕を見つけた所の近くまで行き、瓦礫をどかし始める。すると、血がこびりついた瓦礫が見え始めた。
「お……おとーさん……!? かも……しれない……!」
ソフィーはそこを重点的に掘る。それと比例するように血の量が増えだし、滴り始める。
「おとーさんっ! だいじょうぶっ!? しなないで……」
ソフィーが必死に掘り続けていると、やっと腕が見えてきた。今度は右腕だ。
「おとーさんっ!? おとーさんっ!! へんじっ! へんじしてよぅ……」
ソフィーが泣きながら掘り続けると、夕の顔が見えた。見るからに辛そうな顔付きをしている。ソフィーは咄嗟に口元に耳をすませば、呼吸をしているのが確認できた。
「よかった……。よかった……。いきてる……。いきてるよぉ……」
ソフィーは瓦礫をどかす速度をあげる。その甲斐あって、夕の体が見えてきた。そのとき、ソフィーは気づいた。夕の左腕が潰れるどころか、無くなっていることに……。
「う……でがない……?? どうして……?」
そのとき、夕が呻き声を出した。
「う……うぅ……。ソ……フィー……か。良かった……。無事……なんだな……。本当に……、良かった……」
夕は右腕を持ち上げ、ソフィーの頭をポンと軽く撫でる。ソフィーは泣きそうな目で夕をじっと見ている。
「……? どうしたんだ……? どこ……か、痛い……のか……?」
ソフィーは俯き、呟いた。
「ねぇ、どうして、ソフィーを、たすけてくれたの?」
「どうしてって、家族だろ? 俺たちは」
「ソフィーはきぞくだよ……。それでも、どうして……?」
夕は頭を掻きながら、にっこりと笑った。
「知ってた」
「え?」
「俺、知ってたんだ。紅葉も知ってる。空も知ってる」
「え、え、でも……」
「うん。誰も嫌だなんて言わなかったよ。
それに、何年一緒にいると思う。俺はソフィーのお父さんだぞ? 気づかないわけないだろ。でもまぁ、何で魔術が使えるのかは全然わかんなかったけどね。
俺はソフィーが自分の口で伝えてくれるのを待ってたんだ。結局、クリゴードの口から言われちゃったけど、構わないさ。
今、言ってくれたからね。
なぁソフィー、俺たちは、家族だろ?」
ソフィーの目からポロポロと涙が零れ落ちる。
「うぅ、うぅ、おとーさんっ! おとーさんっ! うあああああぁぁぁぁぁ……」
夕はソフィーの頭を撫でる。
「俺も、紅葉も、空も、皆、ソフィーを嫌いになんかならないさ」
夕はソフィーを抱え、クリゴードの左腕のあるところまで行く。
「ソフィー、ちょっと離れててくれ。俺はまだコイツに聞きたいことがあるから」
「だい……じょうぶなの?」
「あぁ……」
夕はクリゴードを掘り出す。
「ぐ……」
夕は無表情で尋ねた。
「隠滅機構ってなんだ? 自殺機構ってなんだ? あの男は何者なんだよ。答えろ」
クリゴードは夕の方を見た。無機質で冷たい眼差し。ゆっくりと、口を開いた。
「対象を再確認。隠滅機構の再稼働を要請。自殺機構の正常な稼働を確認。
……肉体がコマンドの実行を不能と判断。
フェーズの移行の検討を推奨。
ソフトの機能の一時停止……」
クリゴードは意識を回復させた。
「うぁ……あぁ? 俺は……?」
「負けたんだよ。俺に」
「そうか。負けたか」
「今から言う俺の質問に答えろ」
「クク……」
夕は先ほどした質問をもう一度繰り返した。
「…………」
「どうした?」
夕の問いに対して、答えはなかった。帰ってきたのは冷たい無機質な声。クリゴードは無表情になり、言葉を発した。
「ソフトの機能を復旧。フェーズの移行を検討終了。
対象の抹殺より、これ以上の不必要な情報漏洩の防止を優先。
隠滅機構の停止。
自殺機構の再稼働を強く要請。
……要請受諾。速やかに実行……。
肉体のコマンドへの服従を確認」
クリゴードはあんぐりと口を開け、舌を思いっきり出した。
夕は今から起こることを察知し、ソフィーを抱き寄せ、視界を奪う。
その直後、思いっきり口が閉じられ、舌が宙を舞う。クリゴードの口の中は血で一杯になり、溢れ出している。
舌もクリゴードもピクピクと痙攣していたが次第に動きが小さくなって、止まった。
それを見届けた夕は、手が塞がっていたため手を合わせることができなかったので、深々とお辞儀をし、その場離れることにした。
しかし、二、三歩歩いたらばたりと倒れてしまった。
「おとーさんっ!? おとーさん、おきて!?」
ソフィーは夕を揺すり、起こそうとするが、一向に起きる気配がない。
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その様子を見ていたキングはパチ、パチ、パチ、と拍手していた。心から嬉しそうに笑っていた。
「いやぁ、すごいよ。さすが夕だ。さすが僕の夕だなぁ……。いいなぁ……。ねぇ、夕、僕は、早く……、早く……、一つになりたいよ……。なりたいなぁ…………。くひ、くふ、くふふ……」
キングはおもむろに携帯電話を取り出した。
「……えぇ。はい。◯△の近くです。人が倒れてます」
キングは通話を終える。
そのあと、ふっと煙のように消えた。




