#17 ソフィー救出戦 (2)
夕は印を結び、風纒をかける。
「付与複合、炎纒」
風纒の上に炎纒を重ねがけする。
「巻き込み、燃え上がれ、紅蓮の焔。
我が纏うは灼熱の紅蓮。
紅蓮朱雀」
夕の手から炎が吹き出す。
それは大きく燃え上がり、夕の体を包み込む。
その形は、鳥、朱雀と言うのに不足はない猛々しさだった。
それは、夕の持てる最大の自己強化魔術と功性魔術だ。
いわば、炎纒と風纒の複合魔術の最終形態(夕の出来る範囲で)である。
紅蓮朱雀は大技なだけはあり、消費魔力も馬鹿にならない。
それでも使ったのは短時間で勝負を決めるためでもあり、そうでもしなければ勝てないかもしれないからである。
夕は意を決して思いっきり跳躍する。
「おおおぉぉオオォオォッッッッッ!!!!」
夕は三人にめがけてものすごいスピードで突進する。今の夕では、細やかな制御は難しいので、そうするしかないのだ。
三人は冷静に三人とも別の避け、全滅の可能性を減らす。
「ほっほっほ。まさかここまで余力が残っておるとはな。驚き驚き。
だが、足りんのう~」
ブマラトの言葉に続き、ホニエマも口を開く。
「いやぁ、もぉ勝つのを諦めちゃったんじゃないのぉ? 決死の突撃ねぇ~。いいわぁ~。いいわねぇ~。ホント若いっていいわねぇ~。なんでも出来そうな気がしてくるものねぇ」
一方ティスニは少し下がったところでぶつぶつと呪文を詠唱していた。
夕は何も考えちゃいなかった。いや、考えることが出来なかった。魔力を極限まで使っているのだ。魔力欠乏症になりかけている、いや、もしかしたら、なっているかもしれないレベルなのだ。
そもそも、紅蓮朱雀が使えていること自体がおかしいぐらいである。
理性が飛んでいる夕は手近に居たブマラトに飛びかかることしか考えられない。
夕はまた突進する。
が、しかし、
「直進など単純すぎるわッ!! 小童ァ! そうなる前の雑魚共と戦っている時の方がだいぶ強かったぞ?」
「ぐ……ぎぎ……があああアアあアアアあああッッッッッッ!!!!」
夕は白目を剥いていた。理性は完全にトんでいる。だが、さらに夕は加速する。あとのことなど何も考えることが出来ていないからだ。
しかし、その分、加速度は半端じゃなかった。
夕は広場の隅々を縦横無尽に跳び回る。
そのため、広場は熱波とソニックブームの嵐となっている。
だがしかし、ブマラトとホニエマは避け続けている。
熱波とソニックブームの嵐となっても、避けることしかしていなかった。否、しなかった。
何故なら、それだけで勝てるからだ。
「お前さんは自滅するのがオチのようじゃのう。魔力欠乏症で死ぬがよい。突進攻撃なぞ、避けることは幾らでも出来るからのう。ひっひっひっひっひ。残念じゃのう……。お前さんには期待していたのにのう。
あぁ、憐れなことよの……」
夕の決死の特攻は全く通じず、簡単に避けられてしまう。
夕の速度はみるみるうちに遅くなる。
しかし、理性のトンでいる夕は止まらない。止まることなど考えない。
そのときだ。夕の耳に聞こえた音があった。
ソフィーの悲鳴だ。
ーーきゃあぁぁぁっっっ!!
微かに聞こえたその声に、夕の理性が戻りかける。
「ソ……フィ……?」
夕の目に理性の色が宿る。
夕の目は、獣の目から人の目に戻った。
そして、夕はピタリと止まる。
無防備。それが今の夕を表すのにぴったりだろう。
その隙を見逃すようなホニエマとブマラトではなかった。
「隙あり!」
「隙だらけよぉ!」
二人は同時に夕に飛びかかる。
しかし、それは、夕を捉えることはなかった。
スカしたのだ。
「「?!」」
そう、そこに夕はいるのだ。確かにいるのだ。
夕はぼそりと言った。
「はは。俺も人のこと言えねーな。空を連れてこなかった理由が冷静じゃないだったのにさ……。
やっぱり、冷静になるって大事だな。
そうだった。この魔術は……使い方はこうじゃなかったな。本当の使い方は、蜃気楼だったな。
相手を焼くんじゃない。惑わすんだ。
理性を持って、スマートに……ね。
もう無駄は許されない。決めさせてもらう」
夕は揺らめいた。
ブマラトとホニエマは冷や汗を垂らす。
見えているのに、見えない。
いるのに、いないのだから。
「「うぐっ……」」
二人は後ろから首を掴まれ、持ち上げられる。肉の焦げる匂いがする。
「ウアアァァァアァッッッ!!」
「熱い! アツイアツイアツイッッッ……!!」
夕はもう躊躇ってはいられない。手加減出来るほど余裕がない。
夕は手に力を込める。
「よし、完成だ……。あとは、二つ……か。くくくく」
夕は忘れていた。もう一人の存在を……。
ティスニは転移装置を使ってホニエマとブマラトの間に移動し、その間を思いっきり殴る。
ティスニの手に、しっかりとした感触が帰ってきた。
「お……ぐ……ぎ……」
夕は辛うじて吹っ飛ぶようなことはなかったものの、精神力で保っていた魔術が解けてしまった。
それと同時に二人の首からも手を放してしまう。
「ぐ……。どうして……分かったんだ……?」
夕の姿は無残だった。体中から血が滲み、皮膚は所々剥がれ、服は半分ほどはだけている。
「くはっ! どうしてだと? 簡単。こいつらが同時に攻撃されてるなら、その間に本人はいるだろうよ」
夕は「ゴボリ」と吐血する。
「ほっといても死にそうだけど、どうせなら俺の新魔術を試させてくれよ。もう準備は終わってんだ」
ティスニはニタリと笑う。
夕は辛うじて口を開いた。
「ハァ、ハァ。何……を……する……つもり……だ?」
ティスニは「簡単」と言って、倒れているブマラトとホニエマの頭を掴んだ。
どうやら二人は気絶しているようで、呻き声をあげることしかできない。
「あとはよな生贄を捧げるだけなんだよ」
そう言ったティスニは詠唱を始めた。
「ここに二つの命を捧ぐ。発動させ給へよ……」
短い詠唱だった。
だが、それだけで十分なのだ。
何故なら、生贄魔術は、命を、生命を全て魔力に変えるだけの魔術なのだから。
「な……に……?」
夕は困惑する。当たり前だ。生贄魔術は当然禁忌。使っている人間など、魔神教の人間ぐらいのものだ。
だがそれを、この男はなんの躊躇いもなく使った。我流とも見える、雑な方法で……。
しかも、実験台は自分。マッドサイエンティストとしか思えない。
夕は考えるのを自主的に放棄してしまった。
こいつはヤバイ。
夕はそれ以外考えられない。
恐らくティスニは二つの命を捧げねばならないほどの魔術を使うのだろう。
今の夕ではどうしようもない。
ティスニの足元に魔方陣が浮かび、ティスニを囲んでいく。
文字列が浮かぶ上がり、ティスニをくまなく取り囲んでいく。そして、ティスニは姿を変えていく。
魔術基本五大属性の一つ、地属性へと。
それと同時に生贄にされたブマラトとホニエマは土塊と変わり、ボロボロと崩れ去っていく。
「オオォウォア……」
涙すらも土に変えながら、助けを求めるように、夕の方へ、手を伸ばしながら……。
その二人の残骸を上から踏みつける足があった。
完全に魔術と同化したティスニである。
「幾つ、禁忌を犯す……つもりだ……? 生贄魔術に……魔術と同化する魔術。それほどの魔術師なら……知っている……はずだろう……!」
「どうダ? スごいダろ? 我流で編ミ出シタんだゼ? チからがアふれテクるッ!! はっハァッ!! 試サセてもラうゼ?」
ティスニが地面を殴ると、彼の腕がめり込んだ。
それと同時に夕の真下から巨大化した土の腕が勢いよく生えてきた。
その腕は夕の顎にアッパーを直撃させる。
夕は衝撃を殺すことすら出来ず、無残に吹っ飛ぶ。
「う……ぐが……あ……ぐぁ……」
夕は受け身を取れずに地面に落ちた。
それに追い打ちをかけるように巨大な足が生えてきて蹴り飛ばす。
「くカかかかひヒヒひッ!! 手もアシも出ナいのかっ!! 試しにモナランんゾ。ガガゴババビャバババッ! ぐはハハはッ!!!」
ティスニが次から次へと繰り出す地面の腕と足は夕が地面に落ちることすら許さずに、追撃に追撃を重ねる。
「モぉいイぞォォぉあアアぁぁッ!! モおどドベだあァぁぁァァッッっっ!! ざッザとジねヨォォォッッ!!」
ティスニは同時に両手を地面に突き刺す。
すると、天井と床から巨大な手が飛び出してきて夕を押し潰そうと迫ってくる。
宙に浮いた状態の夕に避ける術がない。
だが、夕は諦めず、印を結ぼうとするが、そんな気力も残っていなかった。
「うぅ……。く……そ……ったれ……!! こん……な……所で……えぇ……!」
夕は無意識のうちに左手を横に伸ばしていた。
「うぐ……ぁ」
荒削りのまともに練ってすらいない、魔力を放出する。
「ぽふ」
と、軽い音がした時、迫り来る二つの巨大な手が夕を潰す。
ーーグチャァ
血飛沫が舞う。
あまりの威力のせいか、土の腕はボロボロと崩れ去り、四散する。
そして、四散した土の向こう側に力の抜けた人の形をしたものが見える。
「ぐぎゃギャぎゃぎゃギャぎゃ!! ガハハははハハっっ! ひゃはははははははっはああっ!!ぎひヒヒひひひヒヒっっッッ!!」
ティスニの笑い声とともに、バラバラと土の破片と、人の形をしたものが地面に落ちる。
それを見届けたティスニは両腕を地面から引き抜くと、そこには、ボロボロに崩れた腕があった。
ティスニの体も一回りほど小さくなっている。顔も崩れかけている。
予想外の出来事にティスニは叫ぶことしかできない。
「なンだッ!? ごれはッ!! どうシれクズれる?! 俺ノケンキュうは間違イではナカッタはずだッ!!」
ティスニの困惑具合は頂点に達するが、どうすることも出来ず、やはり叫ぶだけだ。
「分……からない……のか……?」
「ナっっ!?」
ティスニはまさかと思い、声のする方を振り向く。
するとどうだろう、そこに夕立っているではないか。
ティスニは振り向いた振動と驚きで、さらに体が崩れる。
「ドウじでイギでルンダッ?!」
夕は左腕を抑えながら、ティスニの方へ歩きながら、口を開く。
「くはは……。
やっぱり……か……。
そ……こから……お前は……おかし……いん……だよ……。
その……魔術が……成功して……完全に……魔術……と、同化し……たなら……腕一本潰した感覚と……人一人潰した……感覚を……間違え……るはず……が……ないん……だよ……。
人一人と……左腕……感覚が……同じはず……が、ないだろ……。
つまり……お前は……失敗した……んだ……よ。
「ナ……な……な……」
「負担……も……大き……い。
失敗……もした……。
不完ぜ……んな……変換……魔術の……成れの果て……ぐらい、知ってる……だろう……?
ははは……。
さ……よなら……」
夕が種明かしを終えたと同時に、ティスニの体が、ボロボロと無残に崩れ去っていく。
「いやダ……。じニだグナイ……。だじげで……グレよ……!!
だのむ……。おレが、おレがわるがった……」
夕は崩れゆくティスニの近くへ寄って行き、ティスニの耳元で小さく囁いた。
「お前が……生贄にした……二人も、きっと、同じことを……考えて……いたんだろ……ウヨ」
「うオァアあおウェイウおっっ……」
ティスニは、唸り声をあげながら、みるみるうちに崩れ、形が崩れていく。
腕、足、胴体、頭、その全てが、ティスニという人間の命が崩れていく。
「さよなら……手加減できるほどの強さじゃなかったし、できるほどの余裕もなかった」
ティスニの絶望した顔が崩れ去り、足元に残るのは、完全に土となった、ティスニだ。
夕はそれを跨いで次のフロアへと向かう。
「ソフィーの……悲鳴が、聞こえる……!? てことは!? 近い……! のか? 近いはずだ……。きっと…近いはずだ。待ってろ……ソフィー」
夕は、平べったくなった、辛うじて繋がっている左腕を、ブラブラブラブラとぶら下げながら、足を引きずりながら、少しずつ、少しずつ前へと進んでいく。
夕は壁を手摺代わりに進む。手をついた跡には、痛々しい、真っ赤な血が、血の手形がついている。
夕は、絶対に止まらない。




