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異世界の魔術事情  作者: 後田池一/狸丸
第一部 Rove about the labyrinth
14/20

#14 事件発生 (2)

「ルー?! ルー!」


  夕は必死に呼びかけた。その声が通じたのか、ルーはピクッと反応し、ゆっくりと目を開けた。


「あ、うぅ……。あぅ……。夕……さん? ごめん……なさい……。守……れ……ませ……んでした……」


「ルー! 喋るな! 大人しくしてろ! 空! 治癒術はどこまで使える!?」


「あぁ、中級までならいける!」


  その答えを聞き、夕はルーを抱え、空のところまで運んだ。

  ルーと紅葉をさすがにいつまでも血塗れのリビングに置いておくわけにもいかない。

  とりあえず、空き部屋に連れて行く。


「頼む。空」


「分かった」


  空はルーに手をかざし、魔力を込める。


応急処置キュア


  さすがに初級の治癒術なので、深い傷までは治らないものの、出血は止まった。

  中級ではないのは、プロではないので、傷が残るかもしれなかったからだ。


「ふぅ。とりあえずはこれでいいか。いや、助かったよ。空が負属性の二属性魔術師デュアルウィザードでさ」


「はは、よしてよ。無属性は中級までしか使えないんだからさ」


「だけど、光属性は上級まで使えるだろう? それに、負属性の魔術師は少ない上に、正属性の魔術に比べて、覚えにくいんだろう? 十分すごいさ」


「ありがとう。だけど、今はこっちだ。姉さんたちをこんなにした奴を……」


「そうだな。ルー、何か話せることはあるかな? 空は紅葉から聞いてみて」


「分かった」


  空は紅葉の方へと向かった。夕はルーの近くに屈む。


「ルー、話せるかい?」


  夕が心配そうに尋ねる。


「はい……。空さんのおかげで、少し楽になりました……。じゃあ、えっと……」


  夕はルーの話に耳を傾ける。

 ーーーーーーーーーーーーー

  夕と空が買い出しに出かけた後、少女二人と幼女一人は楽しく話していた。


「それでね、夕ったら私が犯人だと分かると顔を真っ赤にして怒っちゃったのよ。いや~、あれはやりすぎたわ」


「……。あ……はは。それは……やりすぎ……というか、夕さんがかわいそうすぎるような……?」


「むぅ。くれは、おとーさんいじめちゃだめっ!」


  いや、盛り上がっているのは一人だった。

  その後も、大して女子らしい話もなく、やっと料理の話になった時だ。

  紅葉の背後の空間がねじれ、筋肉質な男が出て来た。


  「よぉ」


「紅葉さん! 後ろですっ!」


「何? ってきゃあ!?」


  男の出現に気づいた紅葉は一瞬で臨戦態勢になる。


「おぅおぅ嬢ちゃん場慣れしてんなぁ? うん?」


「ルー、ソフィたんを守ってて」


「ははは、良い目してる。うん。良い目だ」


「誰、何しに来たの」


  紅葉は警戒心も露わに問う。


「うん? 簡単に言うと、そこの逃亡奴隷を捕まえに来たってところか? そうだな、そうだ」


「……。なんでこの場所が分かったの」


「ははは!」


  今度は男が心底楽しそうに笑う。


「んなもん決まってんだろ~よ? 首輪だよ首輪。それを外さずに逃げ切れた奴なんざいねぇよ。俺の用事はそい……つ。んあ? クリゴード? あんだよ?」


 ーーしまった。首輪。首輪を忘れてたわ! でもあれ、無理矢理外すわけにはいかないし……。ていうか、それにしても来るの早過ぎない!? 今日の昼よ? そんなに大事な奴隷だったの? ルーって。


「あん? そこに誰がいるか? 黒髪のガキと、逃亡奴隷と、銀髪のガキだぜ? あ? 良いのか? あぁ、そうかい。あい分かった」


  男は通信を終えたようで、改めて紅葉を見る。


「あー、悪りぃな。そこの逃亡奴隷よりも、銀髪のガキが欲しいとの雇い主からの命令だ。どっちも貰ってくぜ?」


  紅葉は叫んだ。


「ルー! ソフィたんを連れて逃げて!」


「えっ?! あっ、はっはい! でも……」


「良いから!」


「させるとでも?」


  気づくと、紅葉の前には蹴りかかってきている男が迫ってきていた。


「な!?」


  紅葉は咄嗟防御態勢に入る。


「オラァッ!!」


  次の瞬間、爆ぜた。空間が爆ぜた。紅葉は男の足を視認出来なかった。

  しかし、ギリギリ吹き飛ばされることだけは避けることは出来た。


 ーーなんて、威力……! 気術の身体強化を全部防御に回しても防ぎ切れなかった……!


  紅葉はよろめきながら、ルーたちの方に迫る男を見た。


「させるもんですかッ!!」


  紅葉は瞬動で男の前に行き、そのスピードをフルで乗せた正拳突きを打ち込む。


「ほう。良い拳だ。スピードはな」


  当たらなかった。いつの間にか男は横に居た。


「なっ!? うそ!? 速い!?」


  紅葉が男の方を向くと、足が迫っていた。叩き落とすような回し蹴りだ。


 ーー避けられない! 防げない!


  紅葉の今の状態は隙だらけだ。正拳突きを外したことで、態勢を崩している。


 ーー直撃は避けられない。


  紅葉は床に叩きつけられた。


「ぐっ! かはぁっ!!」


  男は紅葉の顎を爪先で軽く持ち上げる。


「うん? やるじゃねぇか、嬢ちゃん。リングも持ってねぇのによぉ。ははっ! 俺は紛い物だが、それでも、嬢ちゃん、やるなぁ」


「リン……グ? まさか、あなた……オルフェウス・リングを……持ってる……の?」


  紅葉は男の顔を見た。

  男の右目は赤く輝いている。


「ふはっ。リングっちゃリングだな」


  男は足で紅葉を目線の高さまで持ち上げる。

  そして、男は足を瞬時に下ろし、紅葉が落ちる前に思いっきり殴り飛ばした。


  ドゴォン!!


  紅葉は窓を突き破って庭に飛び出した。

  そして、地面を転がっていき、庭の木にぶつかった。


「か……ふ……」


  紅葉の意識はそこで遠くなっていき、途切れた。

  対する男は満足そうに頷いていた。


「いやぁ、すげぇなこの家。あんだけ戦っても壊れないなんてよ。やっと窓が壊れたくらいか」


  男はルーとソフィーの方を振り返った。


「さて、と、邪魔者は消えた」


「紅葉さんは生きているのですか……?」


「うん? 死んじゃあおらんだろうよ。そんなにヤワでもないだろうしな」


「そうですか……。それは、良かったです」


  男は嘲るようにルーに話しかける。


「束の間の休息はどうだった? うん? 楽しかったか?」


  ルーはゆらりと立ち上がった。


「えぇ、楽しかったですよ。とっても。貴方に無残に乱されるのが理不尽だとイラつくぐらいには楽しかったですよ」


「ほう? そうかいそうかい。まぁ、また奴隷に戻りな。今度はそこの銀髪のガキも居るんだ。さして寂しくなかろうよ」


  男はルーの方に一歩一歩近づいてくる。

  ルーは戦闘態勢をとった。


「ソフィー、逃げなさい」


「えっ? おねーちゃん!?」


「うん? お前、戦うつもりか? 奴隷の首輪があるのにか? 奴隷じゃ戦えまい?」


「はい、当たり前です。家族を守るのは当然でしょう?」


「おねーちゃん……」


「ふーん、クリゴードさんよぉ~。そういうわけなんだがな……。んあ? あぁ、そうか、そうだったな、そういや。最初っからそう言ってたな。あいあーい、りょーかいりょーかい」


「ソフィー! 早く!」


「させねーよ?」


  男はソフィーの前に居た。そして、ソフィーをヒョイと抱えた。


「!? いや! はなして!」


「寝てな」


  ソフィーはいとも簡単に意識を落とされた。


「ソフィーッ!」


  ルーはソフィーに組み付き、引き離そうと引っ張るが、微動だにしなかった。


「邪魔だって」


  ルーは一振りで振り解かれ、投げ飛ばされる。


「もう動くな」


  男は左腕を縦横無尽に何回も振った。

  それと同時にいくつもの斬撃が飛んでくる。ルーは避けることが出来ずに切り刻まれる。


「くっ……。かふっ……。何故、生かす……のですか……。彼奴なら……、彼奴なら、殺せと命じるはず……です。どうして……ですか……?」


「ん? 主人の命令だからだよ。殺すな、ってな」


「殺……すな、ですか……? 彼奴が……そんなこと……」


「あいつ? クリゴードのことか? アレは俺を雇っただけだぜ? 俺の主人は別に居る」


「な……」


「そういうわけだ。あばよぉ~」


「待……」


  男は空間を歪ませ、そこに入って行く。去り際に腕を一振りしてルーの意識を刈り取った。

 ーーーーーーーーーーーーー

  ここは、廃ビルの隠し会議室。居るのはスキンヘッドの男と、雨でもないのにレインコートを着こんでいる青年、キングだ。


「キング様。ご命令の通りに」


「ご苦労だったね。下がっていいよ」


「はっ!」


  スキンヘッドの男は会議室から出て行った。


「ふふふ。くはは。ヒャハハハハッ! 夕、僕からの試練プレゼントだよ。喜んでね……」


「キング」


「ん?」


  キングが振り返ると、キチッとしたスーツを着込んだ、キャリアウーマンに見える女性が立っていた。気品が伺える。


「なんだ、ビショップか。どうしたのさ? ルーク様の命令はどうしたんだ?」


「……。貴方、一人先走り過ぎでは? それはボスの意思?」


「独断だよ? ルーク様は僕に対しては基本方針を示しただけだからね。そうだろう?」


「ボスは……」


「うるさいなぁ。お前はお前の仕事をこなせよ。それ以上は幹部でも越権行為と見なすよ」


「キング、貴方……」


「あぁ、それと、ボス、ルーク様のことはボスじゃなくて、ルーク様って呼んだ方が良いよ? ルーク様はボスと呼ばれるのが嫌いなんだってさ。まぁ、当然だよね~。折角コードネーム決めたのに使わないのはちょっとねぇ?」


「ボ……ルーク様は、今、何をしてらっしゃるのですか……?」


「さぁ? 知らないよ。つうか知ってても言わないよ。ルーク様が言って欲しくないっつってるからね」


「言ってるって、まるで今言ってるみたいではないですか」


  キングはくははと笑う。


「あぁ、今言ってるさ。今、ここにいるんだけどね?」


 ーー僕はキングと共にある。命令をこなせ。


「な? 聞こえたよね? 居るんだよ、ここにさ」


「ボ……ルーク様! お姿をお見せください!」


  ビショップは声を張り上げる。


「あ、離れていったよ。残念だったね」


「……。何故、ボスはキングを伝令役に……。こんな男……」


「ははは。嫌われてるなぁ……。でもまぁ、分かっただろう? 僕とルーク様は波長が合うんだよ。つまり、僕の耳はルーク様の耳、僕の目はルーク様の目、僕の口はルーク様の口だ。いつでも、いつまでも……ね」


「まぁ、いいでしょう。では、次の定例会議で会いましょう」


「はいはーい。じゃあね~」


  ビショップは苦い顔で会議室をあとにした。


「ふぅ。さ……て、と、夕、どうする?」

 ーーーーーーーーーーーーー

  夕は怒りに震えていた。

  まだ、ルーを奪い返しに来るだけなら大義名分はあるだろう。納得は出来んでもない。

  だが、何だこれは?

  何故、何故ソフィーだ? 大義名分も糞もない。

  こんなもの悪でしかない。裁くべき悪。自らの正義の打ち砕くべき邪悪だ。

  だが、どうすればいい?

  どうすれば、ソフィーを取り戻せる?

  どうすれば、悪を潰せる?

  手がかりがない……。


「すみ……ません。夕さん。私が、私が……」


  ルーが夕の怒りに気圧される。


「……。ルーは悪くない。悪いのは、掲げる正義もなく、他人をただ踏みにじるあいつらだ……!」


  どうすれば、潰せる。あの悪……。

 

  そのとき、夕はルーが何か持っているのに気づいた。


「ルー、何を持ってるんだ?」


「? あぁ、これですか? ソフィーから引き剥がされたときに握っていたソフィーの服が破れて、それで……」


「それを俺にくれ。探知する」


「は、はい。どうぞ」


「ありがとう。よし」


  夕は巻物スクロールを取り出した。探査魔方陣が描かれている。

  巻物とは、自分で使えない魔術を使う為の補助魔術道具で、総じて高価である。

  夕は惜しげもなくそれを広げた。


「教え給へ、授け給へ。我の目的、その場所を。

  示し給へ、記し給へ。我の目的、その場所を」


  すると、探査魔方陣が光り出し、媒介に置いたソフィーの服が動き出す。


「ふむ」


  空間を転移した……んだっけか? 確か、無属性の魔術にあるにはあるけど、片手間で使えるもんでもないし……。そういえば、あいつは右目が赤くなってたんだったな。だとすると、リング保持者の可能性が高いんだが、リングは一つにつき、一つの能力だからな。


「……。ふむ。まだ、止まらないか。どこまで行くつもりだ?」


  前提をリング保持者としよう。

  だがしかし、あいつはいくつかの能力を使い分けているように見えるな。

  とはいえ、空間の能力で無理矢理説明出来なくもないか?

  最初の出現はまんま空間系だし、紅葉との戦闘での高速移動は、短距離転移の連続行使をすれば、まぁ、良いだろう。


「……。もうすぐ町の端だぞ……。本当にどこに行くつもりだ……?」


  だが、あいつの怪力はどう説明する?

  紅葉は窓をぶち破って飛ばされた。

  家の窓、というか、この家は父さんの特注で魔術的、物理的にも、相当頑丈なはずだ。それをぶち抜くとか、どんな怪力だよ。

  リング保持者は魔術も気術も使えない。それは絶対の不文律。

  だが、魔力操作はできる。魔力操作による身体強化は出来ないこともないけど、それにしても、あの怪力はおかしい。

  もしや、リングを複数持っている?

  いや、ありえない。それが一番ありえない。


「おっ。やっと……止まった」


  夕は思考を一時中断する。


「よし……。行くか」


  夕はゆっくりと立ち上がった。そこに空が叫んだ。


「夕! 俺も行くッ!」


  空が夕に詰め寄った。

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