#13 事件発生 (1)
母さんの死因について、俺は詳しくは知らない。
事故死、とだけ聞かされた。親族にもそう説明されている。
何か、研究していたらしいのだが、詳しくは覚えていない。俺も何度も行ったことがあるのだが、蓋がされたかのように覚えていない。
思えば、俺が炎に包まれた研究所にいたのも、その時な気がする。親友、ルークと遊んでいると、研究所に火の手が上がった、気がする。
ルーク? そういやどうしているのだろうか。あれから、一度も会っていない。
どうも思い出せない。ただ、とても、とてもとても怖かったことだけは覚えている。
……。そういえば、今日、地震があった時、過去を思い出した。
いろんな母さんを思い出した。
悲しそうな顔をしていた。
それと同時に、申し訳無さそうな顔をしていた。
ルークも思い出した。火の中で、辛そうに笑っていた。もしかしたら、ものすごい大事故だったのかもしれない。
だとしたら、ルークは、生きているのだろうか。生きていて欲しい。
夢を語りあった親友で、お互いを高めあったライバルだから。
俺は、約束を果たす為に努力してきた。
才能なんてまるでなかった。ルークと違って、物覚えも悪かったし、要領も悪かった。
だけど、約束を果たす為には、どんなに辛くても、どんなに難しくても、やめることはなかった。
だって、約束だから。約束は守るものなのだ。守るのが正義に決まっている。
なんで、今迄、忘れていたのだろう? 俺だってあそこにいたはずなのに……。
大方、自分で封じたのだろう。嫌な記憶だ。怖い記憶だ。
そうか、だからあの時思い出したのか。あの地震の時。
ソフィーだって、悪夢を見ていたみたいだし。
だが、嫌な事をずっと忘れているままというのも、きっと正義じゃない。思い出すべきだ。
かと言って、大したことは覚えてはいないだろうけど。随分前のことだし、まだ、小さかった。
覚えているのは、そこの研究所には託児所が有って、たくさん居たことぐらいだ。なんの研究してたかなんて、まるで知らない。
俺も、たまに、行っていた。母さんに連れられて行っていた。
その頃は両親のうち、片方は家に居たし、居ないなら、研究所の託児所に母さんに連れていかれた。
その頃までは、父さんも普通だった気がする。やはり、父さんが変わった原因は、母さんの死にあるのだろうか。
確か、父さんは母さんが死んだ日、俺を抱いて、泣いていた。うん。覚えている。
そして、何かに謝っていた。
「ごめん。ごめん……。ごめん……!」
あれは、きっと俺に対してではない気がする。
まぁ、それは良い。問題はここからだ。
父さんは泣いていた。泣いていたのだ。葬儀が終わるまでは……。
それからだ。父さんは家に全然帰って来なくなったのは。
俺は、ほぼ、一人暮らしだったと言ってもいい。正確には、侍女が一人居たのだが。
父さんは全然帰って来なかった。俺は、出来ることは全て自分でやった。出来ないことだって、侍女に教えてもらいながら、必死に覚えた。それが、正義な気がしたからだ。
そうだ。この頃からだ。正義を気にし始めたのは。
確かに、ルークと救世の魔道士みたいになろうと約束したし、母さんはとても献身的な人だった。
俺も、そうなりたいと思った。だから、俺は今も正義正義と口走っている。
俺にとって、ただ一つ、貫きたい信念だ。
そう、それから少し経った頃だ。確か、俺が十歳の時だ。父さんがソフィーを拾って来た。夕は家族が欲しかった。もう、その時には一にはなんの感情もなかった。
俺はもう、父さんを諦めていたのかもしれない。だから、せめて、弟か、妹が欲しかった。
その時、父さんがソフィーを拾って来た。俺は頑強に主張した。
「俺がお世話する」
父さんはすぐに許してくれた。あっさりと許してくれた。
俺は嬉々として、ソフィーを育てた。
もう、望むべくもないと思っていた家族だ。妹だ。
俺は大事に育てた。俺が育てると豪語したなら、それに準ずる行為を見せなければならない。
俺は、他の人が、お兄ちゃんとか、お姉ちゃんとか言われてるのが、羨ましかった。
だから、俺は兄と思ってもらえるように頑張った。
だが、俺はソフィーの言葉に驚くことになる。
「おとーさん」
俺は耳を疑った。
「え? もう一回言って?」
ソフィーは嬉しそうにまた言った。
「おとーさん!」
えー……、だ。おとーさん……?
「お兄ちゃんとかじゃなくて?」
「うん! おとーさん!」
ソフィーがちょこんと抱きついてきた。
俺は複雑だったが……
「まぁ、良いか。家族は家族だ。俺の大事な家族なんだ」
俺はそう思うことにした。
それからは中々楽しい生活だった。
今迄家族が居なかった分、家族ができたらしたかったことをたくさんやった。
そして、中三の時の留学だ。
ソフィーは泣いて嫌がった。俺だって嫌だった。やっと出来た家族だ。一緒に居たかった。
俺は父さんへのマイナス感情が増えた。
だが、どうしても嫌えない。
なんだか気持ち悪い。もうこの事は考えないようにしよう。
そういえば、そう思った気がする。
俺は、父さんが何をしているのかなんてことは全く知らない。分からない。
もしかしたら、そういう魔術があるのかもしれないし、俺が愛想をつかしただけなのかもしれない。
まぁ、どうでもいいことだ。
そう、俺にとって、父さんはどうでもいい存在なのだ。それが一番しっくりくる関係だろう。
俺はそんな人間にルーの為とは言えど、物事を頼むのは嫌だったし、父さんの言う通り、七光りなんて使いたくはなかった。
だが、俺に出来ないことはある。自分の為じゃないなら、人の為に献身できるなら、それを俺が正義と信じられるなら、俺なんてどうでもいいのだ。
俺の感情なんて二の次で、正義を為す。それが、俺の信じる道だ。
だけど、だからといって、したくないことをするのはストレスが溜まる。
だから、溜息は一度では済まなかった。
「……。ふぅ。やめだやめ。これじゃあまるで俺が父さんのことが嫌いみたいじゃないか」
俺は父さんに対して、何の感情も抱かない。そうだったはずだ。
俺はそう思って、皆のいるリビングへと向かった。
* *
「ルー、朗報だよ。俺の七光りが七つから六つになった」
「ふーん。てことは成功したのね。良かったじゃないの、ルー」
「はい! 私、学校には行ってみたかったんです」
ん? ルーの紅葉を見る目が姉を見る目になっている。
ということは、紅葉は失われたお姉ちゃんポジを、ルーの姉となることで取り戻したようだ。
一体どうやったのかは皆目見当もつかない。
もしかすると、語り合ったのだろうか。恐ろしい。
「おう。てなわけだから、空を借りるね」
「えっ!?」
空が心底びっくりしている。子守の方が好きな彼は悲しそうでもある。
ちなみに、将来の夢は保育士なんだそうだ。彼は姉と違って、気術だけではなく、魔術も上手いのに……。
まぁ、自分のしたいことをするべきではあろう。
「どうして?」
そう言う紅葉の顔がとても嬉しそうだ。なんかムカついたので、紅葉を連れて行こうと思ったが、すんでのところで思い止まる。
「ルーの部屋には何もないから、最低限の物でもなぁと思ってね」
「それ、私の方が良くない? 空より力もあるし」
「いや、空の方が断然良い」
「どうしてよ」
「俺の精神衛生上の問題だよ。当然だろ?」
「あぁ、な~るほど」
「ちょっ、空!? なるほどって何!?」
「まぁいいじゃん。ソフィーちゃんとルーさんと一緒に居られるんだからさ」
こなれている。弟は姉の扱い方を非常に心得ている。
しかも、紅葉の言葉に返答していない。ここが素晴らしい。
夕は純粋に、羨ましいと思った。
「まぁいいじゃんそういうわけだよ。じゃあルー、何か欲しい物でもある?」
「えぇと、それでは……」
夕はルーのリクエストをメモし、買い出しに出かける。雑談しながら、市場へと向かった。
夕と空は、お互いがお互いに、振り回される対象がいない為、手分けしてルーのリクエストを消化していた。
ある程度揃ってきて、二人が集合したときだ。それは起こった。
ドグァン!
爆発音が聞こえた。いや、爆発とは言いがたいが、何かが爆ぜた音だ。
夕と空は目を合わせた。
「あの音は……」
「あぁ、家の方向だな。紅葉がいるから滅多なことにはならないと思うけど……」
二人荷物を置き捨て、走り出した。
夕は風纒と気術の複合。空は気術の身体強化だ。どちらも相当速い。
二人とも、すぐに家の前に着いた。全力で戻って来た為、警察はおろか、野次馬も少ない。
だが、夕は唖然としていた。いや、夕だけではなく、空も、だ。
それぐらい、目の前の光景が有り得なかったからだ。
「うそ……だろ?」
リビングの大きな窓に、大きな穴が空いている。
無理やりブチ破ったような、そんなあとだ。だがしかし、窓の破片は中ではなく、外に散らばっている。
ということは……?
「ここから逃げた?」
いやしかし、どこから入ってきた?
「夕! あそこに姉ちゃんが!!」
空が叫んで庭の木にもたれかかる紅葉に駆け寄る。もちろん、夕もだ。
「姉さん! しっかり!」
「紅葉、何があった?」
「う……あぁ……中……に……」
「ちっ。空、俺は中を見てくる。空は紅葉に応急処置を頼む」
コクリと空が頷いたのを見て、夕は中に入った。
「うっ」
中は惨状だった。家具や調度品がズタズタになっている。
壁には血が飛び散り、床に血溜まりができている。その中心にルーがいた。全身に切り傷があり、横たわっている。
「ルー?! ルー!」
夕はすぐさま駆け寄る。
「あ、うぅ……。あぅ……。夕……さん? ごめん……なさい……。守……れ……ませ……んでした……」
ルーは苦しそうにそう呟いた。




