#12 紅葉の爪痕
夕は二人を連れてリビングに戻る。その時だ。
衝撃的な言葉が夕の耳に届いた。
「夕たんさん! 脱いでください!」
ルーである。
「え? あぁ、う……ん?」
夕は頷きかけて、すんでのところでおしとどまる。
「何て?」
「えぇ、ですから、脱いでください!」
どうやら聞き間違いではないようだ。
「いや待て! どういうつもり!?」
「……。やはり、私では、ダメですか?」
「普通に駄目だろう!?」
「私では育むに値しませんか……」
「ちょ……。え? え?」
何を?
ルーの勢いに夕はタジタジだ。
「私と紅葉たんさんはこれで仲良くなりました!」
「なっ!? やっぱりアレはそうだったのか?!」
「はい! だから夕たんさんともしたいのです!」
「その結論は色々とおかしいだろう!?」
今、夕の中で、ルーが変態認定された。
「どうしてですか? 普通はこうするものだと聞きました! 裸の付き合いだとか!」
「そんなことして仲良くなるのはフィクション(総二が貸してきたエ〇本)だけだ!」
「だったら大丈夫ではないですか!」
「何がどう大丈夫だと!?」
ルーがジリッジリッと近づいてくる。
「待て! 落ち着けルー……」
夕はルーの肩に手を置き、落ち着かせようとする。
「はっ!? 私から脱ぐのですか?!」
ルーは顔を赤くする。
つまり、全然落ち着いてない。
そこで、夕は一筋の光明が見えた。
「ルー! 紅葉にどんな悪戯されたんだ!?」
ここで紅葉の名前が出てくるあたり、紅葉の積んできた実績が予想できる。
「え? いたずら? いたずらかどうか分かりませんが……」
ルーは紅葉から聞いたことを話した。
友情を育むには裸の付き合いをした方が一番手っ取り早いこと。
友達同士はたんづけで呼び合うこと。
夕と紅葉は友達以上の関係なこと。
等々だ。
「あぁ……それ……全部嘘……」
ルーはボフッと顔を真っ赤に染める。
「うそ!? うそですよね? うそっていうのがうそですよねッ!?」
「本当だよ……。俺も昔はたくさん煮え湯を飲まされた。あの時はもう海も飲み干せるかと思ったぐらいだよ……」
そう言いながら、夕はあの時二人のところに行った時は、紅葉による悪戯の実行中だったのだと、認識を改めた。
決してルーは変態ではないのだ。アブノーマルでもないはずだと。
「しっかし、紅葉の奴、悪戯するときだけは頭が回る回る……」
夕はウンザリした顔でルーを見た。
「あぁ、私は男性に向かってなんて破廉恥なことをしてしまったのでしょう……。うぅ……。恥ずかしすぎます……」
ルーは正座して、真っ赤になった顔を俯かせてブツブツやっていた。
彼女のゆるいウェーブのかかったセミロングの薄桃色の銀髪が垂れている。
そのため、表情は分からないが、プルプル震えているところを見ると、羞恥に震えているようだ。見ていてちょっと面白い。
「ところでルー」
「る、ルー……」
「え? 駄目だった? 呼べって言ってたし、結構呼んでたんだけど」
「いえ、落ち着いて考えてみると、ルーって呼ばれるの、久しぶりで、嬉しいんです」
「おねーちゃん! おとーさんとってもいいひとだよ!」
「そうですね。あ、ソフィーのお父様なら、私もお父様とお呼びしても……」
「止めてぇ!? ソフィーからおとーさんって呼ばれるのにも結構恥ずかしいうえに、慣れるのにも時間かかったのに同年代にお父様とか絶対ムリ!!」
「あぁ、そうですか……」
「おねーちゃん、かわいそう」
「ええぇ……。なんで俺が悪いみたいな空気になってんの……?」
夕は「コホン」と一つ咳払いし、気を取り直す。
「ところでルー。ルーがこの家に住むにあたって、重大な問題がある」
夕はとても真剣な表情で、フザケている様子はまるでない。
「問題……ですか?」
「あぁ、とても重大な問題だよ」
ルーがゴクリと唾を飲む。ソフィーすらも、息を飲んでいる。
「ルーの着る服がない……」
「それは確かに重大ですね……」
ルーが顎に手をやった。
「のはたいした問題じゃないんだが、」
「たいした問題でしょう!」
ルーがガクリと気落ちしながらも、当たり前なことを叫ぶ。
「え? そうか? 多分紅葉がどうにかしてくれると思うけどな〜。だから、本題はこっちだ。つまり、紅葉の餌食が増えてしまうことだ!」
「ヘン……タイ……ですか? ハッ!? 夕さん先に宣言したってダメなものはダメですよ! ん? 待ってください。餌食が増えるって言いました? まさかソフィーはもう既に……」
コツンとルーの頭に夕の手刀が飛んでくる。
「落ち着け。それじゃ俺がロリコンになってしまう。変態は俺じゃなくて、紅葉だよ」
ルーは痛くも痒くもない手刀にキョトンとする。
「紅葉さんですか? どういうことです?」
「ルー。もう忘れたのか? あの恥辱を忘れたのか? ルーは紅葉に裸に剥かれた後、とんでもない嘘の常識を吹き込まれたんだぞ?」
「……。っ! っ!」
どうやら羞恥心が蘇ってきたらしい。顔をふるふるし始めた。
「うぅ。私、貞操が守れるか心配です」
「おねーちゃん。紅葉もやさしいよ? ごはんとってもおいしい!」
……。ソフィーにとって、紅葉は御飯が美味しい人らしい。紅葉、アーメン。
「まぁ、じゃあ、難題の話は終わりっと」
「いやいやいやいや! 重要な議題ですよね!? そんなスパッとサクッと終わらせないでくださいよ!」
ルーは事の重大性をあたふたと身振り手振りを交えて伝えるが、夕は気の毒そうな笑みを浮かべただけだった。
「ゴメンよ、ルー。俺じゃあいつは止められない。せめて、ソフィーは守ることを努力すること誓おう」
「紅葉さんどんだけヤバイ人なんですか……。努力を誓うことしか出来ないなんて……」
「おねーちゃん」
ソフィーがポンポンと、ルーの腰のあたりを撫でた。
「ソフィー?」
ルーが振り返ると、ソフィーは全て分かっていると言わんばかりの顔で頷いていた。
「ソフィー!」
二人はぎゅっと抱き合う。
夕はそれを微笑みながら見ていた。
ーー茶番だわー。
「で、だ」
「「?」」
二人は同時に振り向いた。
夕は「姉妹だなぁ……」と思いつつ苦笑する。
「ルー、部屋はどうする? 一人部屋が良いかな? ソフィーと一緒が良いかな?」
「ん〜。それでは、一人部屋でお願いします」
「ううぅ。おねーちゃんと一緒がいい……」
「ソフィー、我慢してください。二人一緒に居たら、被害者が……被害者が増えてしまうのです……」
夕は内心冷や汗ダラダラだった。
ーーヤベェ。ちょっとした冗談のつもりが深刻な事に……。
…………。まぁ、いっか。紅葉だし。
でもまぁ、根も葉もあることだけど、フォローぐらいしとくのも正義かなぁ……。
夕は冷や汗がスッと引いていった。
「なぁなぁ、ルー、そんなに警戒しなくてもいいんじゃないかなぁ……? ね? どう?」
「え? でも前科ありますし」
ーーそうなんだよっ! あいつ前科ありすぎなんだよ! 前科百犯と言っても足りないぐらいにさぁ! もういいや、紅葉、自分の罪深さを知ってくれ。
「あぁ、そうだね。うんうん。とってもよく分かるよ。とっても共感出来る」
あぁ、紅葉よ。アーメン。
「おとーさん、へんなの〜。なににいのってるの〜?」
「コラコラ。そんなこと言ったら駄目だぞ〜。俺が傷つくから」
ピンポーンピンポーン
「ん?」
「だれ? だれ? むむぅ」
夕が玄関に行こうとすると、
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
「む〜。うるさい〜」
「なんですかっ! 敵襲ですかっ!?」
ルーは聞いたことがないのか、かなりテンパった反応をしていた。
それにしても敵襲とか初めて聞いたなぁ、と夕は思いながら玄関に向かった。
「敵襲……ねぇ。まぁ、強ち間違ってないかもなぁ……」
夕は警戒しつつ、ドアに手をかけた。
が、夕が開ける前に、
ガチャリ
「夕おっそーい!」
「うわっ! って、やっぱりね……」
「ヤッホー。夕お待ちかねの紅葉で〜す」
「久しぶりだな、夕」
出てきたのは、紅葉とその弟、空である。
空は紅葉と違って頭も素行もいいのです夕的に点数高い人である。
とりあえず、夕はホッとした。ないとは思ったが、昼の組織が報復に可能性もあったからだ。
「おう、久しぶりだね、空。 あと、紅葉早くないか?」
「あはは。私が家に帰った時には、もうお父さんも帰って来ててね、もう二人の世界にのめり込んでたから、既に全裸だったけど、下着をお父さんに被せた後、赤い顔してた空を連れて来たってわけ」
「そ、そうですか……」
お父さん、変態?
「じゃ、そう言うわけで、お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
二人が家に入っていくと、ルーの反応は案の定だった。
「やっぱり敵襲です!! ソフィー、避難です!!」
紅葉が夕の方を、スッと見た。
夕はスッと目を逸らした。
「あっ、そら〜」
ソフィーが空に近づいて、手を握った。
「そ、ソフィー! 危険です! その人の横には要注意人物がッ!」
空はニコリと笑って手を握り返した。
「久しぶりだね、ソフィー。そして姉ちゃん、その子に何したのさ。怯えてるじゃん?」
「悪戯しただけよ?」
「初対面の子に?! それはなかなかあれだな、姉ちゃん……」
空ががっくしとうなだれた。
「いや〜、しかし、タイミングは良かったよ。空、三人を頼める?」
「? あぁ、いいぜ。頼まれた」
「おう、サンキュー。父さんに電話しなきゃいけなくてね」
「三人? もしかして私もっ?!」
紅葉が何か言っていたが、安定の無視で、スルーする。あの頃とは違うのだ。(*ヴァレンタインの頃)
そう思っていると、ルーがとても焦っていた。
「ちょっ、えっ? 夕さん? 紅葉さんいるんですが?」
「うん、大丈夫。悪いようにはならない……と思うから」
「その間があるってことは確信はないですよね?! それに私は裸に剥かれたんですよ!?」
その言葉に空が「何やってんだよ」と言うと、紅葉は「ぐふっ」とダメージを受けているようだった。そして、ふらふらとルーに近づいた。
がっしりと肩を掴む。
「ひっ!?」
「怯えないで、ルー。私は絶対に貴方を裸にしないわ」
「何言ってるんですか。毎日死ぬ程揉むとかどうとか言ってたじゃないですか」
「? 揉むだけなら裸に剥く必要はないじゃない?」
紅葉はきょとんとしている。
「夕さん! やっぱりダメです! 色々とダメです! 不純なことを純粋な顔で言っちゃってます」
「あぁ、紅葉は純粋に不純だからいつもどおりだね。大丈夫だ」
「それ、不安要素しかないですよね!? ね!?」
「まぁ、大丈夫だよ。今は空もいるんだし」
夕は内心別のことを考えていた。
紅葉は貧しい。もちろん、どこが、とは言わない。悟られる。
とりあえず、紅葉は着痩せだと言い張っても無茶かある。あるったらある。ありすぎる。……。この辺でやめとこう。
対して、ルー。ルーは紅葉ほど貧しくない。それに、奴隷服を着ていた頃と比べると、着痩せしている。つまり、その時点でルーは紅葉より豊かなのだ。
ということは、だ。紅葉はルーにそういう系の悪戯をする度に、ダメージを受けることになるのだ。
恐らく、紅葉も自分もダメージを受けるような悪戯は積極的にはしないだろう。
つ・ま・り、ルーは安全! Q•E•D!!
「というわけだから、よろしく」
「今に夕さんの中で何が解決したのですか?!」
夕は、血涙の思いでリビングを後にした。
* *
プルルルルルルル。プルルルルルルル。ガチャ。
『もしもし。霧村一です』
「俺だよ。夕だ」
『あぁ、帰っていたのですか。どうでした? あちらで学んできた複合魔術の感触は』
「はっ。そりゃもう、俺らしさに磨きがかかったよ。とてもね」
『そうですか。それは良かったです』
夕の耳に届く無感情な声。
「あぁそうあぁそう。で、父さんに報告があるんだけど」
『報告ですか? はいどうぞ』
「ルシュディー・フェンドーバルツって子が家に住むことになったんだ。もちろん、事後承諾だよ。よろしく」
『分かりました。……。しかしまぁ、ルシュディー・フェンドーバルツですか。ソフィアさんのお姉さんですか?』
「あぁ、そうだよ」
『ソフィア、ルシュディー。似ています……』
「え? 似てる? どこが? 会ったことあるの?」
『名前ですよ、名前』
「いや、全然似てないと思うけど」
『まぁ、良いです。他にはありますか?』
「あぁ、こっちが本題だよ。ルーを学園に入学させて欲しいんだ。学園長の父さんなら簡単だろう?」
夕のその言葉に一はクスクスと笑う。相変わらず無感情な声。
『フフ。珍しいこともあるものですね。貴方が親の七光りを使うなんてないと思っていましたよ。嫌いではなかったのですか?』
夕は心底嫌そうな顔で、心底嫌そうな声を出した。
「あぁ、嫌いだよ。大っ嫌いだ。反吐が出る」
ここで一の声に初めて感情が乗った。
『ほう。では、どうしてですか?』
「自分の為に使うなら俺は認めない。それは正義じゃないと思うから。
だけど、人の為なら、正義になるかもしれないと思ったんだよ」
『フフフ。そうですかそうですか。そうでしたか。では、手配しておきましょうか。制服はどうするのですか?』
「紅葉が採寸したよ。送る」
夕は近くにあった情報送信用魔術道具にルーの採寸結果を入れた。
ポシュンと音がして、送信完了の文字が浮かぶ。
『あぁ、来ました。学年はどこですか?』
「中三」
その後、必要事項を軽く確認した。
「じゃあ、切るよ。父さん」
『はい、ではまた。夕さん、他の方々にもよろしくお伝えください』
「はいはい」
夕はガチャリと受話器を置いた。
そして、「はあ」と溜息をついた。
「はあー……」
一度では気が済まなかったので、もう一回溜息をつく。
何も隠すことは無い。夕は父、霧村一が好きではない。
嫌いとまでは言わないが、マイナス感情の方が勝っている。なんのことはない。
合わないのだ。馬が合わない。そりも合わない。
それに、一は秘密主義者なのだ。どうしてただの学園長が一週間に一度も家に帰って来ないのか。怪しすぎる。紅葉には気にしすぎと笑われたが、夕はモヤモヤが無くならない。
最初は違っていた。夕がまだ幼い頃は、とても優しく、明るい父だった。あの日だ。あの日を境に急に変わった。
そう、母が死んだ日だ。




