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異世界の魔術事情  作者: 後田池一/狸丸
第一部 Rove about the labyrinth
15/20

#15 夕の出陣

「夕! 俺も行くッ!」


  空が詰め寄るも、夕は、


「ダメだ。許可出来ない。危険だ。それに、空には紅葉とルーの護衛をして欲しいんだよ。まだ、ルーには首輪もついてるし」


「でもッ! 姉ちゃんの仇をッ!」


「それに、そろそろ警察も来る頃だろうし、その対応もお願いしたいんだよ。そして、俺は、弱い」


「弱いなら尚更!!」


「だからだよ。基本的に攻めより、守りの方が難しいんだよ。魔術戦においてはね。俺じゃ奇襲があったとき、空を守れない。俺は自分しか守れないんだよ」


「……」


「俺が弱いせいで失うのは絶対に嫌だ。なら、一人で行くのがいいに決まってる。それに、今は動けない人がいる。その人を信頼できる人間に任せれば安心できるだろう?」


「……。攻めたって、負けるかもしれないだろ……」


「でも、その場合、いなくなるのは俺だけだ」


「何で……、何で……。それじゃ何も解決しないじゃないか……!」


「俺自身の正義の結果だ。それに、人を無用に巻き込むのは正義じゃない」


「…………。こうなったら、もう曲がらないんだろ?」


「あぁ」


「分かったよ。無事でな。夕を心配している人がここにいることを忘れるなよ。悲しませたくはないんだろう?」


「分かったよ。じゃあ、行ってくる」


  夕は巻物を凝視し、位置を覚える。そのとき丁度効果が切れ、巻物がただ神に戻る。

  夕は念のために探査魔方陣の巻物をいくつかの手持ちに入れる。


「風纒、炎纒。複合」


  これが、夕の切り札、複合魔術だ。

  切り札と言っても、初級魔術しか使えない夕では手札が増えるくらいだが、それでも、戦いやすくはなる。

  それに、魔術の組み合わせ如何によっては、元が初級魔術でも、中級、上級魔術程度の威力になったりもする。

  とはいえ、夕では中級が関の山なのだが……。

  夕はグッと地を踏みしめて、空中を駆ける。瞬動の空中verだ。もちろん、紅葉や空と比べるべくもなく、拙い。


「空、ごめん。だけど、君は冷静じゃなかった。あんな詭弁、冷静に考えれば簡単に論破出来たはずだよ。感情的になったって、怒りに震えたって、冷静さを忘れたらダメだ。そんな人間は絶対に大きなミスを犯してしまうから……。

  それがルールのある試合なら構わないさ。ミスをしたって死ぬことはほぼない。

  でも、今からするのはルールのない、戦闘だ。些細なミスが、取り返しのつかないことになるかもしれない。

  俺はもう、そんなことになりたくないんだよ」


  夕は空を駆け抜け、目的地に着いた。


「ここ……か? ここなのか?」


  夕は辺りを見回した。


「そんな……馬鹿な……」


  そこには何もなかった。正確に言うと、アジトらしきものは何もない。

  おかしい。何が起こった?

  夕は巻物を広げた。


「教え給へ……」


  魔方陣は光り、ソフィーの服の端が移動する。


「は?」


  夕の進んできた方向とは逆の方向に。さっきと真逆の位置にある。


「は? いくら空間転移したからってこの速度は……」


  おかしいだろう。


「ん? この動き……」


  座標の動きがカクカクしていた。普通に移動しているならありえない軌道。

  つまり、絶え間なく空間転移をしていると言うことだ。

  それが表すことは、


「追手の存在を現在進行形で認知している……?」


  夕は辺りを見回す。

  どこだ。どこで見ている?

 ーーーーーーーーーーーーー

  女が立っていた。スーツを着た。キャリアウーマン然とした女だ。ただ、漂う俗っぽさは拭えない。

  その女は通話していた。


「クリゴード様。上手く撒けているようです。対象の動きが止まりました」


「ははっ! じゃなきゃ困るぜぇ! 俺たち秘蔵の瞬間移動用の魔術道具だからなぁ!」


「はっ。この町限定とは言えど、仕事がとてもしやすくなりましたしね」


「そうだなぁ。よし、頃合いを見て、対象を始末しろ。殺しても構わん。むしろ殺せ」


「承知いたしました」


  女は通話を終了し、歪んだ空間の中に入っていった。

 ーーーーーーーーーーーーー

  夕は索敵用の風魔術を展開していた。敵はこれにも引っかかっっていない手練れ。油断は出来ない。


「!」


  直近に反応が出た。その方をすぐに向き直す。


「!? ぐはぁっ!!」


  夕は突然現れた女に蹴飛ばされた。

  地面を数回バウンドした後、すぐに立ち上がる。


 ーー空間……転移? 歪んだ空間が見えた気がしたぞ?


「どういうことだ! 何でお前まで空間転移が出来る……!?」


  夕は戦闘用に頭を切り替えつつ、叫ぶ。

  そんな夕の耳に聞こえたのは衝撃的な女の言葉。


「魔術道具ですよ。私たちの組織は実行部隊に全員持たせています」


「魔術……道具? 道理で索敵に引っかからないわけだ」


 ーーだが待て。だとすると、あの男のリングの能力はスピード系か? いやしかし、そうなると、最後の斬撃に矛盾が……! いや別に空間系の能力でもいいのか。だがそれじゃああの馬鹿げた膂力は!?


  夕の中に浮かんだいくつもの推測。だが、その吟味を今するべきではなかった。戦闘中のそれは隙にしかなり得ない。

  女が消えた。


「なっ!?」


  夕は後ろを振り返った。しかし、いない。


「どこだ……っ!?」


  前を向き直した瞬間、拳を振りかぶる女が夕の視界に入る。


「死角ばかり狙う戦い方は、素人のするものです。突くべきは」


  女の拳が夕の喉にめり込む。


「むぐぅ……ッ!? ぐばっ! げほ……」


「死角ではなく、意表ですよ」


  夕は指を鳴らした。何回も、何回も鳴らした。その結果、空気の破裂が女を襲う。


「ひゅー……。ひゅー……」


「無詠唱ですか。喉を攻撃する意味はあまりなかったようですね。ですがまあ、いいでしょう」


  女にとっては、目眩しにもならなかったようだ。


  パチン


  夕はもう一度指を鳴らす。女は少し身構えたが、少し風が吹いただけだった。


「失敗……ですか?」


  女はまたもや姿を消した。

  そして、夕の横に現れる。女が拳を握ったとき、夕の目が女を捉えた。


「?!」


  女の拳に夕は無詠唱で纏わせた火拳で応じる。

  だが、明らかにタメの足りない夕は押し負ける。


「ふ……ぐぅ……」


  よろめき呻く夕に対し、女は拳を振り抜いたその姿勢のまま、スピードを殺さず、回し蹴りを放つ。


「なっ!? ぐぁ!」


  夕は防御が遅れ、モロに食らってしまう。


「何を驚いているのです。気術ぐらい見たことがあるでしょう?」


  女はまた姿を消し、夕の背後に現れる。


「さっきのは偶然に決まっています。そう簡単に見切られるはずが、ないのです」


  女が拳を握ったとき、火拳を構えた夕が振り向いた。


「なっ!?」


  今度は夕も十分腰が入ったパンチだ。簡単に押し負けることはなかったものの、少し拮抗して押し負ける。

  女はまた姿を消し、夕の背後から攻撃を加えようとする。だが、反応される。

  背後に移動する。反応される。背後に移動する。反応される。


 ーーどうしてッ?!


  背後に移動する。反応される。背後に移動する。反応される。背後に移動する。反応される。


 ーー何故です! 何故何故何故何故何故なのです! こっちは背後を! 狙っているのですよっ?!


「ひゅー。ごほ、ごはっ……。は……は……は……」


  女が姿を消し、背後に現れる。

  だが、すでに、夕は振り返っていた。


「何故分かるのですかあぁぁぁッ!」


「突……くべき……は」

  その瞬間、女の顔に夕の火拳の右ストレートがめり込む。


「ぐふぅっ……!」


「意表……なんだろ?」


  夕は風纒を体にかけ、即座に地面に転がる女に馬乗りになる。

  そして、地魔術で手首、足首、首、腰を拘束する。


「魔術道具を出せ」


「嫌だ、と言ったら?」


「こうする」


  夕が人差し指をクイッと上に向けると、女の右肩を細い土の針が貫いた。


「あぅあッ! ぐっ……」


「さて、もう一度聞く。どこだ?」


「左手の……指輪……です」


  夕はそれをつまみ上げ、しげしげと見つめた後、壊した。


「なっ!? 壊っし……た?」


  夕はさも当然という風に鼻を鳴らす。


「何故です。何故……。それを使えばすぐに追いつけるというのに……!」


「はっ。どうせ登録された人間しか使えないんだろ? 迂闊に使って防御機構でも発動したらどうする?」


  女は「?!」と夕の透察力に驚いている。


「だっ、だったら! 何故、私の瞬間移動を! 見破ったのですか!」


  夕は喉の調子を確かめて声を出す。


「ゴホ、ゴホ。んんっ! 簡単だね。あんたのそれが空間転移じゃないなら、あんたは、あんたの移動先の空間に無理矢理割り込むわけだ。

  なら、その分、空気が揺れるだろう?

  だから、俺は自分の周りの空気を濃くして、その揺れを感じやすくした。だからあのとき風が吹いたんだよ。あんたが魔術の不発と勘違いした、アレだ。

  だから俺は、わざわざ風纒を使わず、火拳で対応した。風纒をかけると分からなくなるからね。

  あぁ、あと、あんたが焦って死角しか狙わなくなったってのもある」

  夕は雷纒を手に使う。


「じゃあ、眠ってな」


  女は薄く笑った。


「天才……ているんですね……」


「はっ、天才? 俺が? 俺はただの出来損ないの小手先だけだよ。才能なんてまるでない。俺の努力の結果だ。俺は、人の努力を、たった一言で片付けるその言葉が大っ嫌いだ……!

  もう、寝てろよ……」


  夕は女に触れ、感電させた。

  女はびくんっと痙攣し、ぐったりとなった。


「……。所詮、無詠唱の初級魔術だよ。直に目がさめるさ」


  夕はそう吐き捨て、瞬動で空を駆けていった。

 ーーーーーーーーーーーーー

  夕のそんな戦いを見ていた青年がいた。

  そう、キングだ。

  雨も降っていないのに、レインコートを着込んでいる。


「ククク。ふふふ。ははは! いいぞ! 良い良い良い良い良い良いぞぉっ!

  夕ぅぅぅうううううぅうっっッッ!!!! やっぱり君はぁ! 良いッ!

  さすがぁ! 僕の夕だぁっ! くふふふ! そうだ、そうだ。うん! うん!

  そんなところで躓くはずがないと信じていたよ! 僕はッ! 今! 君の姿を瞳に刻んだ……!」


  キングは人しきり哄笑し、唐突に姿を消した。

 ーーーーーーーーーーーーー

  男性と女性が合わせて二十人ほどいる。その中の首領のような男が口を開いた。


「さぁてぇと、そろそろ出荷の準備をするか。お得意さんも、そろそろ我慢の限界だろうしなぁ。まぁ、その代わり、極上の商品になったわけだ。

  おい、縄からこいつら専用の手錠に変えろ」


  首領の男が指示を出し、残りが動く。

  その中の、一人の女が男に聞いた。


「そういえば、追手というのはなんだったんですか?」


  男は女の方を向く。


「フェスが始末しているはずだぁ。長距離を移動して多少は弱ってるはずだぁ。それにぃ、あいつも一応転移装置を使える。負けるはずがねえよぉ」


  女は男の言葉に納得しながら準備を再開した。

  そのときだ。ブザーが鳴った。


「ん? なんだぁ? どうしたぁ?」


  すると、画面を見ていた男が声を張り上げた。


「侵入者です! 侵入者! 次々とトラップ回避しています! ていうか飛んでいますッ!!」


「あぁ~ん。侵入者ぁ? 潰してこい」


「はっ! 了解です!」


  首領と幹部を残し、構成員たちは駆け出していった。


「チッ。フェスの奴、負けやがったのかぁ? どっちでも良いっちゃ良いんだがぁ、あいつを売り飛ばさなきゃなんねーかんなぁ。邪魔者は潰すだけだぁ」


  首領の男は誰に語るでもなく、呟いた。


「ムグ。ムグムグ!! ムグムゥッ!!」


  猿轡をはめられ、縛られたソフィーは何か言おうとした。


「んんん~? ざぁんねぇ~ん。折角の助けかもしれんがぁ~、安心しろォ? ぶっ潰してやるからよぉ~」


  首領の男が汚らわしい笑みをソフィーに向ける。

  しかし、ソフィーは気丈にも男を睨み返した。


「ムグム!! ムグムグムグ!! ムグ~!!(ちがう!! おとーさんはまけないもん!! ぜったい~!!)」


  首領の男はソフィーの顎を靴で持ち上げ、ニヤリと笑う。

  男は少しずつ靴をあげていき、最後に軽く蹴りつけ、ソフィーを仰向けに倒す。


「ム?! ムグム!!」


「良かったなぁ。人間のカッコさせて貰えてよぉぉ。だが安心しろォ? あいつを始末したら奴隷服を着させてやるからよぉ~」

  そう言って、首領の男と、幹部三人は画面の前に座った。

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