#11 新しい家族と
ルーについての話も一段落ついたので、お昼ご飯を食べることになった。夕は食器の準備をしながら考え事をする。
ーーソフィーの過去……か。ソフィーがうなされるのは深層意識を思い出しているからか? いやでも、二、三歳だったら覚えている可能性もあるし。まぁ、つまり、苦しんでいるのは変わらないのか。それに……ソフィーは……。
「ちょっと~! 夕! 手が止まってるよ~!」
「ん? あぁ、悪い悪い」
夕は食器並べを再開する。
しかし、これが意外と難しい。紅葉は毎回作る料理を教えてくれないので作っている途中を見て予想する必要がある。
紅葉曰く、気遣いの練習なのだとか。
しかし、いまいち微妙だ。
紅葉だけで練習しても駄目な気がする。しかし、観察力は上がった気がするからよしとしよう。
例えば、ソフィーが紅葉の料理を観察する振りをしてつまみ食いを狙っているのが分かったりとか、それに気づいているルーが未然に防いでいることとか、紅葉がソフィーと絡めずに悲しそうなこととか、ということに気づいたりする。
そしてもう一つ。夕は培った観察力を持ってして、気づいたことがある。
ーーあれ? 俺だけ仲間はずれっぽくねぇ?
だが、三人が三人ともとても楽しそうなので、それに入るのは忍びない気がしないでもない。
それに、見ているだけでも結構楽しかったりする。例えて言うなれば、愛娘を見ている気分。
程なくして、料理が終わったらしい。もちろん夕も食器並べは完璧に終わらせてある。まだ、数えるほどしかやっていないのに素晴らしいものだ。
まぁ、理由は簡単なものだ。失敗したらお仕置きね! と満面の笑みで言われたからである。
その笑みに生命の危機を感じた夕はもともと高かった観察力や注意力などを駆使して生命の危機を脱し続けている。
紅葉は夕を餌食にできなくて悔しがるかと思ったが、それはそれで楽しそうである。いつでも仕留められるという余裕の表れだろうか。
閑話休題
夕たちは食卓についた。のだが、夕は少しばかり居心地が悪い。
「なぁ、何で俺だけ少し豪華なの?」
すると、紅葉が頰を赤く染め、体をクネクネさせる。
「あなたのことが……好きだから……」
「はいはい。戯言は良いから」
「えー。何よー。この美少女の好意を素直に受け取りなさいよー」
紅葉がブーブー文句を垂れる。
「あのなぁ、昔はともかく今はもう慣れたよ……。で? 理由は?」
「そりゃ夕が一番頑張ったのが夕だからよ。ご褒美ご褒美」
「一言言いたいが、もう作ってしまってるから仕方ないとしても、別に全員でも良かったんじゃない? とっても居心地が悪いんだけど……」
特に、ソフィーの目線が痛い。
「大丈夫だよ。手は出せないようにルーがガードするから」
「普通はっ! そんな食卓ないよなぁっっ!?」
「あるある。ここにある」
紅葉が上手いこと言ってやったぜ、みたいな顔をするので、追求を諦めた。
「それが居心地が悪いって言ってるよなぁ……。俺……」
夕はがっくりと肩を落とす。
「まぁ〜、本音はソフィたんが私に『がんばったごほうびちょーだい!』っておねだりしてくれたらいいなぁ〜って思って。あはっ」
「あぁ、それが一番の本音みたいだな……」
夕はぐたりとする。
その隙を見て、ソフィーがスーッと手を伸ばしたが、それを止められて残念そうにしているのが見えた。
何か微笑ましくなり、夕は体を起こして二人を見ながらご飯を食べた。
ソフィーは「あぁ……」と項垂れ、ルーは「うふふ」と楽しそうだった。家族は一緒にいるのが良い。
「ところでルー。学校に行きたくはない?」
「学校、ですか?」
ルーが不思議そうに首を傾げる。
「うん。行きたくない? ソフィーは行ってるんだけど、どうする?」
「でも、奴隷が学校なんて……」
「解放出来ないの? 夕」
「知らないよ。アストマは原則奴隷禁止だからね」
「それもそうね。うーん。どうしましょう」
「父さんなら知ってるかもしれない。後で聞いて見るか。で、ルー、どうする? 行けない理由じゃなくて、行きたくない理由はないだろう?」
「まぁ、はい」
その答えに夕は満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ決まりだね」
「いえ、でも、お金が……」
心配そうなルーに夕は手をプラプラと振った。
「心配しなくていいって。大丈夫大丈夫」
「なにせ、夕のお父さんは学園長だから」
紅葉が自慢気に言う。だが、紅葉のその言葉に夕はきまり悪げだ。
「何で言うんだよ」
「言わなきゃ何で大丈夫か分からないじゃないの」
「うっ」
紅葉にしては正論だった。夕は押し黙る。
「はぁ、じゃあ、紅葉。ご飯食べ終わったらルーの採寸をしといてくれ。俺は後片付けしておくから」
「むっ! おねーちゃんがっこういくの〜?」
かなり置いてけぼりだったソフィーがやっと声をあげる。
「あぁ。ソフィーと一緒だ。学年が違うけどね」
ソフィーのアホ毛がタラリンとへにょる。
「むぅ。おなじくらすじゃないの?」
「うん。残念ながらねでも、ソフィーはいい子だろ? そんなことでわがまま言わないよな?」
「うん! ソフィーいいこ!」
「おおー、よしよし」
夕はソフィーの頭を撫でてやる。
* *
紅葉は不機嫌だった。採寸中に嫌なことに気がついたからだ。
「何でルーの胸の方が大きいのよ……」
それは、採寸中の出来事だった。
* *
「はいはーい。ルーたん、服脱いで〜」
「ふぇっ!? たん? 脱ぐ?」
ルーは顔を真っ赤にして狼狽える。
「えー? いーじゃん別にー。友達なんだからさー。私なりの愛情表現だよー?」
すると、ルーはもっと慌て始め、目をグルグルとさせる。
「ふぇぇっ!? 脱がせるのが愛情表現!? 私、知りませんでした」
その時、紅葉の心に悪戯心の風が吹く。
「えぇ、そうよ。友達はそうやって愛情を確かめ合うの! たんとかつけたり!」
「そ、そう、なんですか? でも、夕さんと紅葉さんは別にたんづけで呼び合ったりしてませんよね?」
「あぁ、えっと、その……、そう! 私たちは友達以上の関係だから! もうその地点は通過した! みたいな!?」
「ふえぇ……、友達以上……ですか。末長く……」
ルーは何故か頭を下げた。何だか想像以上の勘違いをしていそうで怖い。
「え、えぇ。ほら、納得した? ほら、脱いで!」
「は、はい。恥ずかしいですけど……」
ルーは顔を赤くしながら、ゆっくりと服を脱いでいく。紅葉があげたアグレッシブな下着も相まって、ものすごくいけないことをしているような気分になる。
ーーあっ、私悪戯中だった。てへっ。
心の中で自分の頭をコツンとし、改めてルーを見た。
「すごく良いプロポーションね。奴隷やってたから痩せ気味だけど、お尻はキュッと締まってるし、ウエストもくびれてる」
「あわわわわわわわ。ちょっと解説しないで下さい……」
「ギルティ」
「え?」
「んーん。なんでもない。さて、採寸しよっか、採寸」
「あぁ、はい」
ーーうわー! 敵だわー。何で私より年下なのに私より胸が大きいのよ!
紅葉の目にはルーの胸が映っていた。まだ、成長途中に見える、形の良い胸。
ーーうぅ。私なんてもう成長しないのに! なんで成長途中の方が大きいのよ! あぁ、神様って理不尽……。
紅葉は放心気味に採寸を始めた。
「うぅ。苦しいです……」
「え? あぁ、ごめんごめん。つい」
紅葉は無意識のうちにルーの胸を軽く締めていた。
「え!? ついってなんですかついって!」
「むむむ。えい!」
バシィッと紅葉がルーの胸を鷲掴みにする。
「あ……! あうぅ」
「この胸か! この胸か!」
「ちょ、ちょっと……、あうぅ、紅葉さ……ん」
たっぷりルーの胸を堪能した紅葉だったが、表情は優れない。
「はぁ、許せないわね」
「許せないのはこっちですよ! 紅葉さん! いきなりなんなんですか!」
ルーはプンプンという擬音が似合いそうな感じに詰問する。
「いやぁ、別にいいじゃない。減るものじゃなしに」
「そういう問題じゃ、ありません! もう!」
ルーは腕をぶんぶん振り回す。どうやら、見た目以上に幼いようだ。
ーーまぁ、十四歳といえば十四歳かぁ。
紅葉はしみじみと思いながら自分の胸とルーの胸を見比べた。
「はっ!? いやいっそ毎日死ぬほど揉みまくって脂肪を燃焼させようかっ!?」
「何言ってるんですか!? 名案みたいに言わないで下さい!」
二人とも、仲良くなれそうである。
* *
夕は軽く食器を洗いながら食洗機に食器を入れ込んでいた。
「おとーさん。つぎこれー」
とてとてとソフィーが食器を少しずつ持ってくる。正直効率は悪いが、それでも、ソフィーがやりたいと言うのでやらせている。
夕おとーさんは娘には甘いのだ。
「おー、ありがとなー」
「むふふ〜」
ソフィーは褒められてとても嬉しいようで、アホ毛がピョコピョコしている。
「よーしと。終わった終わった。助かったよ、ソフィー」
夕はソフィーの頭を撫でる。アホ毛がグリングリンしているので正直怖かったが、全然痛くなかった。いつもアクロバティックなアホ毛なので、もっと硬いかと思っていた。つい、先入観を持ってしまっていたようだ。
「むにゅ〜……。こしょばい〜……」
どうやらアホ毛周辺は感覚が鋭敏なようだ。初めての発見だ。
流石、アホ毛レーダーなだけはある……のか?
「おとーさん。おねーちゃんとくれはのとこいこ〜!」
「そうだな」
夕はソフィーを連れて二人が居る部屋の前まで来た。
「あ……あうぅ」
「この胸か! この胸か!」
ーーWhat? なにやってんの?! あいつら?!
夕は冷や汗を垂らしながらノックしようとした状態で固まる。ソフィーは何で夕が固まったか全く分からないようで、意気揚々とドアノブに手をかける。
「おねっ!?」
夕はソフィーの口を抑え、ついリビングに戻って来てしまった。
「むぅ。どうして? おとーさん?」
ソフィーは少し不満気だ。だが、まぁ、仕方ない。ソフィーには早すぎる。
対する夕はずーんという感じに俯いていた。
「……。ソフィー、今はあいつらの秘密の時間なんだ。邪魔したらダメなんだよ。分かったか?」
「ん? わかった? きがする」
「おーよしよし」
ーーはぁ〜。危なかった。マジで危なかったソフィーが開けると俺にも必然的に見えてしまうからな。危なかった〜。
ところで、夕にはこのシチュエーションには見憶えがあった。
ーー確か、総二が貸してくれた本だったっけか? あれじゃあ、こんな状況になった後、何故かコトを始めちゃったんだよな〜。全く意味が分からん。現実じゃ絶対ないんだろうけど、反射的に逃げてしまった。いや、逃げた事自体は正しいだろう! 紅葉の裸なんて見たくないし。
どうやら、夕も中々純粋なようで、夕の親友、総二が無理矢理夕に貸したえ〇本の事を思い出してしまったようだ。
「ソフィー、もう少ししたら行こう。その頃には終わってるはずだから……」
「うん。わかった!」
ソフィーは夕の心中の事など全く分からないまま、元気に頷いた。
「よ……しと。そろそろいっかな?」
夕は意を決して、再びドアの前に立つ。
ーー逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
夕はノックしようと手を伸ばす。すると、会話が耳に入って来た。
「はっ!? いやいっそ毎日死ぬほど揉みまくって脂肪を燃焼させようかっ!?」
「なに言ってんですか!? 名案みたいに言わないで下さい!」
ーーやべぇ。超絶入りたくねぇ。
「むぅ? おねーちゃんたのしそう!」
「楽しそう?」
「うん! とってもとってもたのしそうだよ!」
ーーそりゃまぁ、楽しくないのにする奴居たら引くけどさ? でも、ここ、俺ん家だぜ? ……。なんかもうどーでもよくなってきた。行くか。
コンコンコン
「入って……いいか?」
「あー、ちょっと待って〜」
ふむ。ちょっとでいいのか。
「あぁ、うん」
夕は大人しく引き下がる。やっぱり中に入るのが怖かったりしたのだ。とばっちりなんてゴメンだ。
そうやって夕が勘違いを加速させているうちに紅葉が夕を中に入れた。
夕が頰を紅潮させているルーを見て、想像は事実だったのかと思ったのは彼だけの秘密だ。
「採寸……終わった?」
夕が恐る恐るという風に聞く。
「えぇ。もちろんよ……」
紅葉は紙を夕に渡した。
紅葉は何だか疲れたようにも見える。やはり……と夕の想像は加速する。
「じゃ、私帰るね」
「おう。今日は早いな?」
「うふふ〜。アグレッシブな下着をルーたんにあげちゃったからね〜。また買って帰らなきゃいけないし、お母さん、うずうずしてるかもしれないしね〜」
夕は目をそらしつつ、何とか返答する。
「お、おう。大変……なんだな?」
「あはは」
紅葉は立ち上がって玄関に向かった。紅葉は途中で振り返り、苦笑いしながら言った。
「両親がコトを始めちゃったらまた来ていいかな? 流石に両親の嬌声は聞きたくない……」
夕はもはや苦笑いするしかない。
「……おう。いいよ」
夕は少しだけ、小野田家の内情が気になってしまった。
紅葉がにこやかに手を振りながら帰っていくのを三人で見送った。
横顔がとても笑いを堪えているように見えたのはきっと気のせいであろう。