#10 事案発生
夕たちが帰路についているとき、事件は起きた。
「そ、ソ、ソフィアー! ソフィー! ソフィーよね!」
奴隷服を着た少女がソフィーに向かって突撃してきたのだ。
「ソフィー。危ない」
夕がスッとソフィーを持ち上げ回避する。
そのため、行き場を失った少女は地面にダイブした。
シャチホコみたいになっている。ものすごい勢いだったみたいだ。
「う……わぁ……。ものすごい角度になってるんですけど……? 最早顔面で逆立ちするレベルになってる。あっ、顔面逆立ちするなんて余程バランス感覚が良いのね」
夕はその状況に冷や汗をタラリと垂らす。
「紅葉! そんなことに感心している場合じゃないだろ! 感心するより先にすることがあるだろ!」
「そうですそうです! 言ってやってください!」
いつの間にかシャチホコから寝そべるシャチになった少女も声をあげる。
「こうなったの夕が原因なんだけど……」
紅葉は少女を憐れみの目で見つめた。
少女は「あうあう」言っていた。
夕が満を持して口を開いた。
「こんなのがソフィーにぶつかってたらどうなってたか分かんないだぞ? 持ち上げて良かったよ。全く、紅葉ともあろう者がソフィーの心配をしないなんて……」
「はっ! そうだった! ソフィたん!」
「うぅ……。誰も私の心配はしてくれないんですね……」
地面に顔面ダイブした少女はヨロヨロと立ち上がる。
対する夕は、ソフィーがさっきからピクリともしないのに気がついた。
「ソフィたん! どっか怪我したのっ?! 夕! 治癒術!」
「使えねぇよ」
「ホントッ!? じゃあ、私が誠心誠意手取り足取り看病するしか……」
「落ち着け紅葉。看病じゃありえない単語が混じってる」
そんな中、ソフィーの口から衝撃的な言葉が発される。
「おねー……ちゃん……?」
「「おねーちゃんっっ?!」」
* *
ただいま、夕と紅葉は絶賛会議中である。ちなみにソフィーはお姉ちゃん(?)とお風呂に入っている。
「事案発生だよ? どうするの?」
「あぁ、どうするか……」
「そうよ! 私のお姉ちゃんポジが奪われつつあることに対して対策を!」
「それに関してはむしろ全力で邪魔したいな」
紅葉がガーンと崩折れる。
「さて、彼女のことはどうしようか……。ふーむ……」
「はぁ、貴方のことだからどうせこの家に匿うんじゃないの?」
紅葉は分かってますよと言わんばかりの口調だ。しかも溜息ブレンドである。
「いや、助けたいとは思うんだけど、うーん……。うちで匿った方が安全なんだろうけどね。でもちょっと……」
「へー。これまた珍しいわね。人助けを悩むなんて」
「あはは……。ちょっとした懸念事項があるんだよ」
夕はソフィーうなされているところを思い出して、表情を暗くする。
「懸念事項? あぁっ! 私が嫉妬するかもってこと?」
「いや、それに関しては全くどうでもいいんだ」
夕はスパリと切り捨てる。
「あらやだ。信頼されてる」
が、茶化されてしまった。
「ああそれはもうせいだいにとてつもなくせかいがおわるれべるで」
ムカついたので、真顔で無感情に言ってみた。
紅葉の方を見てみたが、全然こたえてなかった。ちっ。
むしろ興味津々と言った風に見える。
「じゃあ何? 不純異性交遊認定されるかもってこと?」
「いや、それも違……わないけど、違う」
「あそう。じゃあ私が責任を持って全力でその情報を流しとくわね」
「やめろ。俺が変態扱いされる」
「あら今更ね」
夕がその言葉に顔を青くする。
「え……マジで?」
「さぁ?」
紅葉はとてもいい笑顔だ。最近の笑顔では最高かもしれない。キラキラ輝いている。こんな状況じゃなかったらドキドキしていただろう。
夕は紅葉の肩を掴んでブルブル揺らしたがニコニコしただけだった。
「このことに関してはまた後日だ」
「嘘だよ」
「おい」
「私が情報操作してなかったら」
「おい!」
「ところで、懸念事項ってなんなのよ」
「お前な。後でじっくり話し合うからな」
「それで、懸念って?」
紅葉がそこまで言ったところでソフィーがリビングに戻ってきた。今日も銀髪が煌めいている。紅葉が嬉しそうだ。
「あれ? ソフィたん一人?」
「うん。おねーちゃんふくがなかったから」
「おー。ソフィー最近気がきくなぁ。よしよし偉いぞ〜」
夕が撫でるとソフィーは嬉しそうに目を細めた。
「ねえねえおとーさん。ふくないの?」
「うーん。この家には女物の服はソフィーのしかないからなぁ。仕方ない。俺の使ってない服でも……」
夕がそう言いながら立ち上がった時、紅葉が素朴な疑問を口にした。
「下着は?」
「……。俺は服を探してくるから」
「下着は?」
「……。知らないから! 俺が知ってたら変態じゃん!」
「今更ね」
「それも含めて後でな」
「うふふ。これなーんだ?」
紅葉は手元の袋から女性用下着を取り出した。いやにアグレッシブだ。
「実は、私、買い物の帰りだったんだー」
夕は一歩後ずさる。
「お前、背伸びしすぎじゃ……」
「ん? なんて?」
「……。い、いやなんでそんなの持ってんのかなーって……」
「お母さんが久しぶりに帰ってくるお父さんを誘惑したいんだってー」
夕はすぐさまソフィーの耳を塞いだ。
「むーむー。きこえないー!」
「聞こえなくていいんだ」
夕はゴクリと唾を飲んだ。
「おう、そうか。大変だな……。うん」
「本当よね。娘にこんなの買わせるなんてどうかしてる。私、店員さんに『このビッチが!!』ってな目で見られたのよ?」
「おう、そうか。大変だな……。うん」
「いいのかな〜? そんな口聞いて〜?」
紅葉が自信満々にアグレッシブな下着を振り回す。目の毒だ。ソフィーの目も塞ごう。
「むー! こんどはみえないー!」
「紅葉。どういう意味だ」
夕は警戒していた。また、根も葉もない噂を流すんではないかと。
「ふふふ。ソフィたんのお姉ちゃんは下着がない。ここにある下着。その心は?」
夕はソフィーを部屋に行かせた。さすがに薄着だったので何か羽織る物でも着てくるように言ったのだ。
その後、夕は紅葉に飛びついた。
「譲って! いや、買ってもいい! お願いだからそれを俺にくれ!」
そのとき、ギギィと音がした。二人が音のした方向を見ると、薄い桃色の銀髪が垂れていた。ソフィーのお姉ちゃん(?)だ。みすぼらしい格好をしていたときには気づかなかったが、あんな綺麗な色だったのか。
「え……えと、失礼しましたー……」
ソフィーのお姉ちゃんはパタンとドアを閉じてしまった。
「ちょっと待って!?」
夕は走りだそうとしたが、紅葉に捕まってしまった。
「室内は、走っちゃダメよ」
「今それ言われるとは思わなかったよ! 放してくれないか!」
紅葉はニコリと笑う。
「いーや」
「おい!」
「馬鹿ね。今行ったらタオルを体に巻いただけのあの子の所に行くことになるのよ? その覚悟はあるの?」
「なんか妙に重い話になったな!?
」
夕がクルリと振り返ると、真面目な顔をした紅葉がいた。目だけはものすごい笑ってるけど。
だが、別に間違ったことを言っているわけではない。夕は紅葉を振りほどくこともできず、服を取りに行った。
* *
夕はソフィーのお姉ちゃんについて考えていた。良さげな服を探しながら。
ーーうーむ。俺はソフィーの詳しい過去を知らないからなぁ〜。
夕は服を引っ張り出す。
「よし。次はズボンだが……。全く整理整頓ぐらいしろよな。俺。着ない服ぐらい纏めておけよな」
ーーソフィーがうなされているときに出す言葉。
『パパ……。ママ……。おねーちゃん』
ーーソフィーは彼らに助けを求めているのか? それとも彼らから助け出して欲しいのか?
いや、しかし、今日のあれを見てるとそういうわけでもなさそうだし……。うーむ。分からん。
夕はシャツを見つけ出した。
「おっし。あったあった」
ーーうん。いくら考えても分からんもんは分からんな。情報も圧倒的に足りないし。
夕はスックと立ち上がった。
* *
「はぁ〜〜〜。夕ってばセンスない〜。こんないい素材中々いないよ?」
紅葉がこれ見よがしに溜息をつく。夕が用意したのはジャージだった。
夕は改めてソフィーのお姉ちゃん(?)を見た。うむ。美少女だ。体つきはジャージがだぼだぼなので分からない。
だが、顔は人形のように可憐だ。かと言って、冷たくもない。薄桃色の銀髪はセミロングで軽くウェーブがかかっている。だんだん紅葉の言うことが分かってきた。
ーー俺、やっぱセンスないわ。
だが、紅葉に言われっぱなしは癪に触る。
「うるさいな。どうしろってんだよ」
「せめてあの下着に合うぐらいの服をさー」
「お前はどんだけアグレッシブな服装をさせたいんだよ」
夕は頭に浮かびかけたが、全力で追い出した。
「〜〜〜……!!」
ソフィーのお姉ちゃん(?)も赤面している。きっと奴隷たちの中にもそういう格好をさせられた人がいたのだろう。そうに違いない。
「おとーさんー! おねーちゃんまってるの!」
ソフィーがぷくっと頰を膨らませる。怒っているようだが、愛らしさしかない。
「おうおう分かってるって。
初めまして。俺は霧村夕。15歳。一応魔術師だね。よろしく」
「はいはーい! 私は小野田紅葉! 気術師ね。えーと15歳。夕とは幼馴染みたいなもので、親友ね。よろしくね!」
二人の自己紹介が終わると、ソフィーのお姉ちゃん(?)は恐縮したように恭しくお辞儀をした。ジャージなのに正装に見えてきた気がせんでもない。
「どうも初めまして。ルシュディー・フェンドーバルツと申します。ソフィアの姉でございます。どうぞお気軽にルーとでもお呼びください」
ソフィーのお姉ちゃん(?)、もとい、ルシュディー・フェンドーバルツはそう名乗った。
ならば、夕が聞くことはただただ一つ。これしかない。
「なぁ、ソフィーとルーは昔、何があったんだい?」
ソフィーがピクリとし、ルーが固まった。
「ちょっと夕!? いきなり何聞いてるのっ?!」
紅葉は焦り気味にまくし立てる。
「大事な事だから。俺は聞かなきゃいけない」
「確かに大事な事かもしれないけど……! だからってさぁっ!」
「紅葉。お前は知ってるか? ソフィーがよくうなされてることをさ」
「えっ? ソフィたんが? うなされてる?」
「あぁ、だから、俺は敢えて聞く。ソフィーとルーは昔、何があったんだ?」
「……」
ルーは俯いて黙り込む。
「言いたくないことなんだってことは分かった。無理は承知のつもりだよ。それでも、これだけは聞かせて欲しいんだよ。君がソフィーに害なす者なのか、じゃないと、俺は、俺の正義を貫けない」
「ふふ」
ルーはそう笑い、ソフィーの頭に手を伸ばす。
「ソフィー。貴方は愛されているのですね。良かったです。この家に託して、本当に良かったです」
ルーはソフィーの頭を優しく撫でた。
「分かりました。話しましょう」
ルーの顔は晴れやかだった。
* *
ルーの話が始まった。
「私たちが住んでいた所に急に人がやって来ました。珍しいこともあるものだって、村で歓迎しようとしたんです。最初は仲良く大人たちはお酒を飲んでいました。私たちも酒宴の手伝いをしていました。
すると、急にあいつらが、本性を現しました。あいつらはこう言いました。
『やれ! 野郎ども! ジジイとババアは殺せ! それ以外は出来れば捕らえろ!』
私たちだって、戦えないわけではありません。ですが、大人たちは酔っ払っていましたし、あいつらは酔い止めの魔術を使っていました。
その後は、蹂躙です。次々と殺され、次々と捕まりました。私とソフィーとお父様は逃げ切りましたが、お母様は捕まってしまいました。
私たちは泣く泣く逃げました。私たちがこの町まで逃げて来て、少し経った頃です。
私たちは隠れ家を見つけ、そこで過ごしていました。ソフィーのことを考えると、心配でしたが、私たちにはツテもありませんでしたし、仕方ありませんでした。
私たちはお父様と闇市に来ていました。別に、私たちまで行く必要はなかったのですが、あんなことがあった後です。お父様は神経質になっていましたから、仕方ありません。
そこで見つけてしまったのです」
一度、ルーはそこで言葉を切り、拳を握りしめ、震わせる。
「私たちの村を襲った連中を見つけてしまったのです。気づくとお父様が走っていました。
次の瞬間、血飛沫が舞いました。お父様の血でした。私は恐ろしくなって、ソフィーを抱えて逃げました。
しかし、捕まるのも時間の問題だと思った私は、ソフィーを誠に勝手ながら、他人の家に預けることにしたのです。ソフィーを預けた後、出来るだけ逃げ、ついに捕まりました。
私は治りやすい自傷行為を繰り返しながら、売られるのを回避し続けました。
そして、やっとこの町に戻ってきたとき、逃走したのです。ソフィーを探すために。
やっと、やっと、会えました。私の、最後の家族に会うことが出来たのです」
ルーの昔語りが終わり、夕は考え込んでいる。
「なぁ、隠してることはない?」
「……。あります。けど、言いたくありません。だから、私から話せるのはこれだけなんです。すみません」
「そう。分かった。ありがとう、ルー。そして、一つ提案なんだけど、この家に住んでもいいよ?」
ルーはパァッと顔を明るくする。
「いいの……ですか?」
「あぁ、ルーがいいのならね」
夕はニコリと微笑む。
「あ……ありがとうございます!」
「えっ?! ちょっと!? 夕!?」
紅葉は夕を引っ張り、耳打ちする。
「何言ってるのよっ!? あなた、懸念事項がどうこうって言ってたじゃない! それはどうなったの?!」
「懸念事項はクリアされたよ。ルーは敵じゃない」
「でも、嘘ついてるかもしれないじゃない」
「だとしても、敵じゃない。俺がそう思った。だから、大丈夫だよ」
「……懸念事項って何だったの」
「ソフィーの寝言の件さ」
「ルーには、何かあったの」
「ソフィーの知り合いの可能性があった。家族じゃなかったとしても、だ。赤の他人なら無条件に救うし、不都合なら、無条件に切り捨てる。でも、知り合いなら簡単にそういうわけにもいかないからね」
紅葉は夕の言葉にぞっとする。しかし、疑問も浮かんでくる。
「おじさんは大丈夫なの? 夕が勝手に決めちゃって」
「おじさん? あぁ、父さんのこと? 大丈夫さ。あの人は俺のすることなすことに興味はないから」
夕はそう吐き捨て、ルーの方を向いた。
「まぁ、そういうわけだけど、よろしく、ルー」
「……。本当によろしいのですか?」
ルーは申し訳なさそうに尻込みしだす。
「あーもう、紅葉のせいでー」
「ちょっと?! どうしてよ!?」
「ソフィーが本当のお姉ちゃんに取られるーって駄々こねるから」
「へっ? いや……、私、そんなこと」
「そうなんですね。やっぱり、ソフィーは愛されているのですね! お二方の愛に育まれているのですね!?」
ルーがとても嬉しそうに目を輝かせている。それは、ソフィーが大事にされていると知ったからか、はたまた別の理由か……。
そんなことを知ることは出来ない夕はとりあえず釘を刺すことにした。
「ルー? 俺と紅葉はそんな関係じゃないぞ? 紅葉とだなんて恐ろしすぎるからな」
「そうなんですか? でもまぁ、それはそれでありです」
ーー何がどうありなんだ?
と夕は思ったが、口にはしなかった。




