第8話 死者を率いる騎士
第8話 死者を率いる騎士
漆黒の大剣と、腐食した斧槍が激突した。
ガギィィンッ!
甲高い衝撃音がナギ大平原へ響き、紫黒色の衝撃波が周囲のゾンビを吹き飛ばす。
押し負けたのは、悪魔の騎士だった。
漆黒の巨体が地面を滑り、両脚で乾いた大地を深く抉る。数メートルも後退して、ようやく踏み止まった。
「力では向こうが上か……!」
単体でもBランク上位。
さらに夜の強化と、数千体のゾンビから供給される魔力が加わっている。今のワイト・コマンダーは、一時的にAランクへ迫る力を得ていた。
『邪魔者……排除する』
腐食した兜の奥で、青白い光が揺らめく。
斧槍が横薙ぎに振るわれた。
悪魔の騎士は大剣で受け流し、ワイト・コマンダーの胸へ刃を叩き込む。
胸当てが砕け、朽ちた肉体まで刃が届いた。
だが、周囲のゾンビから紫黒色の魔力が吸い上げられ、傷口へ流れ込む。
魔力を奪われたゾンビが干からびたように崩れ落ちる一方、ワイト・コマンダーの装甲と肉体が見る間に再生した。
「配下を消費して傷を治しているのか」
ジンの黄金色の右眼には、複雑に絡み合う魔力経路が見えていた。
ワイト・コマンダーが斧槍を掲げる。
『進め』
それまで跪いていたゾンビが一斉に立ち上がった。
半数が悪魔の騎士を包囲し、残りが丘の上にいるジンへ顔を向ける。
「俺が指揮官だと見抜いたか」
数百体の死者が、呻き声を上げながら丘を駆け上がってくる。ワイト・コマンダーの魔力によって強化され、その動きは昼間とは比較にならないほど速い。
ジンは左手でハンドガン型の魔銃を抜いた。
銃身に刻まれた《爆炎》のルーン文字が、真紅に輝く。
「喰らえ!」
轟音とともに爆炎が放たれた。
十数体のゾンビが炎に包まれ、後続を巻き込みながら丘を転がり落ちる。
だが、炎の向こうから次の群れが押し寄せた。
「きりがないな……!」
魔石を壊せば完全に止められる。
しかし、それでは悪魔の騎士へ与える魔石がなくなる。何より、一体ずつ相手にしていては、先にジンの魔力が尽きる。
「元を断つしかない」
右眼へ意識を集中させた。
焼けつくような痛みとともに、ワイト・コマンダーを巡る魔力が鮮明になる。
胸当ての奥には、拳ほどの青紫色の魔石。
そして胸当ての表面には、黒い結晶を埋め込んで作られた紋章があった。
遠方の何者かとワイト・コマンダーをつなぎ、数千体のゾンビを支配する《隷属刻印》だった。
「あれを壊せば……!」
『村を……滅ぼす』
ワイト・コマンダーが悪魔の騎士の大剣を弾き飛ばした。
『死者を増やし……軍勢を作る』
「誰の命令だ?」
『我が主』
青白い光が強く輝く。
『すべては……魔族のために』
斧槍が悪魔の騎士の胸を貫いた。
漆黒の装甲へ亀裂が走り、大量の黒い霧が噴き出す。
「戻れ!」
悪魔の騎士と、離れた場所へ落ちていた大剣が同時に黒い霧へ崩れた。
黒い粒子が丘を駆け上がり、ジンの全身へ殺到する。
「――換装!」
右腕から肩、胸、腰、両脚へ黒い霧が広がり、漆黒の装甲へ変わった。
ゾンビが迫る直前、黒騎士となったジンが地面を蹴る。
数体の頭上を飛び越え、一気にワイト・コマンダーとの間合いを詰めた。
斧槍が横薙ぎに迫る。
黄金色の右眼には、攻撃より先に魔力の流れが見えていた。
ジンは身を低くして斧槍を潜り抜け、左手の魔銃を敵の兜へ向ける。
「《爆炎》!」
至近距離で爆炎が弾けた。
炎そのものは大した傷を与えられない。だが、閃光と衝撃によって、兜の奥の青白い光が僅かに揺らいだ。
必要なのは、その一瞬だけだった。
ジンは右手で刀を抜き、胸当ての紋章へ斬りつける。
「そこだ!」
刃が紋章の中心を捉えた。
胸当てへ埋め込まれた黒い結晶に亀裂が走る。
パキンッ。
結晶が砕けた瞬間、ワイト・コマンダーから伸びていた無数の魔力の糸が消滅した。
ゾンビたちが一斉に崩れ落ちる。
ワイト・コマンダーの身体からも魔力が抜け、胸の傷が再生を止めた。
「終わりだ」
『まだ……終われない』
ワイト・コマンダーが再び斧槍を構える。
「隷属刻印は壊したはずだぞ」
『命令を……遂行する』
「お前にも意識があるのか?」
青白い光が揺れた。
『死者に……自由など、ない』
斧槍が振り下ろされる。
ジンは左手の魔銃を黒い霧へ戻し、刀を両手で構えた。
刃を斜めにして軌道を逸らそうとするが、衰えたとはいえBランク上位の一撃。完全には受け流せず、片膝をつく。
魔力の供給を失っても、ワイト・コマンダーは強い。
しかし、傷はもう再生しない。
「換装解除――自律召喚!」
ジンを覆っていた装甲が黒い霧へ崩れた。
急激に身体が重くなる。
それと入れ替わるように、黒い霧が悪魔の騎士と大剣を形作った。
「押さえ込め!」
「御意」
悪魔の騎士が斧槍の柄を両手で掴み、ワイト・コマンダーの動きを止める。
ジンは刀を握り、その懐へ飛び込んだ。
黄金色の右眼が、胸当ての奥にある巨大な魔石と、そこから全身へ伸びる魔力経路を捉える。
「魔石は壊さない」
胸当ての亀裂へ刀を突き入れ、刃を横へ滑らせた。
魔石から伸びる最後の魔力経路が断ち切られる。
『我が……主……』
兜の奥の青白い光が消えた。
ワイト・コマンダーは斧槍を手放し、膝から崩れ落ちる。
同時に、平原を覆っていた死の魔力も霧散していった。
「……終わったか」
ジンは胸当てを外し、拳ほどもある青紫色の魔石を取り出した。
砕けた隷属刻印の破片には、魔族の文字らしきものが刻まれている。
ほとんどは読めなかった。
だが、一つだけ見覚えのある地名があった。
「……ザザン」
この軍勢は農村を襲って終わるはずではなかった。
死者を増やしながら進軍し、最後には首都ザザンを襲う計画だったのだ。
ジンは黒い結晶を収納指輪へ収めると、神眼で青紫色の魔石を調べた。
隷属刻印との接続は完全に切れている。内部に残っているのは、濃密な死属性の魔力だけだった。
「これを喰らえ」
悪魔の騎士が両手で魔石を包み込む。
青紫色の魔石が黒い霧へ溶け、鎧の内部へ吸い込まれていった。
次の瞬間。
悪魔の騎士の足元に落ちていた影が、大きく膨らんだ。
一つだった影が、ゆっくりと二つに分かれていく。
黒い霧が人の形へ盛り上がり、兜らしき輪郭の奥で、新たな紫色の双眸が灯った。
「これは……」
『軍勢を……』
聞いたことのない声が、ジンの頭の中へ響く。
『我が主に、軍勢を――』




