↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒騎士物語  作者: 神
5/49

第5話 聖魔の儀

第5話 聖魔の儀


 すべての実技試験を終えたジン・クロードに残されているのは、《聖魔の儀》だけとなった。


 魂の性質を天使あるいは悪魔として顕現させる、エスパーダ王国の秘儀。


 受験者が持つ本来の資質へ影響を与えないように、《聖魔の儀》はほかの試験をすべて終えた後に行われるのが通例だった。


「ジン・クロード。前へ」


 教官に呼ばれたジンは、巨大な儀式塔へ足を踏み入れた。


 薄暗い螺旋階段を上った先で案内されたのは、装飾のない鉄扉の前だった。冷たい扉の表面には、白と黒のルーン文字が幾重にも刻まれている。


「この先では、何を見ても審判者の指示に従いなさい」


「試験官はいないんですか?」


「中へ入れば分かる」


 教官が鉄扉へ手を添えると、ルーン文字が淡く輝いた。


「入りなさい」


「……分かりました」


 ジンは取っ手を握り、重い鉄扉を押し開けた。


 地の底から響くような音とともに扉が開く。


 その先へ足を踏み入れた瞬間、ジンは目を見開いた。


「……マジか」


 儀式の間は巨大なドーム状の空間になっていた。


 壁から天井に至るまで、幾何学模様と無数のルーン文字が刻み込まれている。白銀と漆黒の光が脈打つように明滅し、部屋の中央には巨大な円形魔法陣が描かれていた。


 だが、ジンが驚いたのは部屋そのものではない。


 魔法陣を挟むようにして、一体の悪魔と一体の天使が立っていた。


「そこへ立て、人間」


挿絵(By みてみん)


 左側から、腹の底まで震わせる低い声が響く。


 五メートルを超える漆黒の巨体。隆起した筋肉を覆う黒い皮膚。背中からは蝙蝠のような翼が生え、頭部に伸びる二本の角の間では赤黒い炎が揺らめいていた。


 そこに立っているだけで息苦しくなるほどの威圧感がある。


「恐れる必要はありません」


 右側に立つ天使が、柔らかな声で告げた。


 悪魔と変わらぬ巨体を持ちながら、その姿は美しい女性に近い。波打つ金髪と雪のように白い肌。背中には大きな純白の翼が広がり、全身から淡い光が溢れている。


「私たちは《聖魔の儀》を管理する審判者。この儀式塔へ残された魂の残響です」


「貴様の魂を見定め、相応しい形を与えるために存在している」


 二体から向けられる視線は、肉体ではなく、その奥にある魂を直接覗き込んでいるようだった。


「……分かりました」


 ジンは呼吸を整え、部屋の中央へ進んだ。


 魔法陣へ足を踏み入れると、白と黒のルーン文字が同時に輝く。背後の鉄扉がひとりでに閉まり、外界の音が完全に遮断された。


「問おう」


 悪魔が赤い瞳を細める。


「貴様は何を望む?」


 ジンは僅かに俯き、自分の右手を見つめた。


 キラーワームを倒した。


 ザックス将軍にも最後まで食らいついた。


 選抜トーナメントでは準決勝まで勝ち進んだ。


 それでも、シルフには完敗した。


 彼女は強かった。だが、ジンが本当に倒さなければならない相手は、第三王女よりも遥かに強大な存在である。


「力が欲しい」


 拳を強く握り締める。


「誰にも負けない力が。独りでも、皇帝オルクスを殺せるほどの力が欲しい」


 悪魔の口元が愉悦に歪んだ。


「貴様の魂からは復讐、憎悪、怒りが感じられる。十四の歳から、随分と濃く育て上げたものだ」


「ですが、それだけではありません」


 天使が慈しむような眼差しを向ける。


「その魂には慈愛と勇気があります。危険を承知で人々を救い、守るべき者のために剣を取る心です」


「光と闇。相反する性質が、どちらも強く刻まれているか」


 悪魔が興味深そうにジンを見下ろした。


 聖騎士だった母。


 黒騎士だった父。


 二人から受け継いだものが、ジンの魂にも残っている。


「貴様はどちらを望む?」


 悪魔が巨大な掌へ漆黒の炎を生み出した。


「敵を破壊し、憎悪を糧として成長する悪魔の力か」


 天使の掌には、眩い白光が宿る。


「それとも、他者を守り、誇りある道を歩むための天使の力ですか?」


 二つの光が、左右からジンを照らした。


 どちらか一方を選ぶ。


 本来なら、それが当然なのだろう。


 だが、ジンには片方を捨てることなどできなかった。


「……両方だ」


「何?」


「俺は両方の力が欲しい」


 ジンは悪魔と天使を順番に見据えた。


「父の力も、母の力も捨てたくない。二人が俺に遺したものなら、どちらも受け継ぐ」


 一瞬の沈黙。


 それを破ったのは、悪魔の哄笑だった。


「グハハハハハ! 傲慢な人間だ! 己の器も知らず、光と闇の両方を望むか!」


「選択には代償が伴います」


 天使の表情から、柔らかな微笑が消えた。


「代償とは?」


「貴様の魂だ」


 悪魔が即答する。


「天使も悪魔も、貴様の魂を核として生まれる。強大な存在を望むほど、魂に掛かる負担も大きくなる」


「二つを同時に顕現させれば、あなたの魂が耐え切れず、消滅する可能性があります。生き残っても、魂を引き裂かれる苦痛によって精神が壊れるかもしれません」


「それでも望むか?」


 ジンの脳裏に、両親の死を知らされた日の光景が蘇った。


 二度と帰らない父と母。


 静まり返った広い家。


 一人きりで食べる、味のしない夕食。


 何もできなかった十四歳の自分。


「構いません」


 迷いはなかった。


「力が足りないせいで、また何かを失うくらいなら……どんな代償でも払います」


 悪魔が牙を剥き出しにした。


「面白い! ならば、貴様の覚悟が本物か試してやろう!」


「試練を乗り越えたとき、あなたには誰も歩んだことのない道が開かれるでしょう」


 悪魔と天使が、それぞれ片手を掲げた。


 漆黒と純白。


 二つの魔力が球体となり、凄まじい勢いでジンの胸へ飛び込んだ。


「ぐっ――!?」


 ドクンッ!


 心臓が破裂するかと思うほど大きく脈打った。


 次の瞬間、視界が暗転する。


「ああああああああッ!!」


挿絵(By みてみん)


 自分という存在そのものを引き裂かれるような激痛が走った。


 血液が沸騰し、骨の髄へ溶けた鉄を流し込まれているような熱が全身を駆け巡る。


 意識を手放せば楽になれる。


 本能がそう訴えていた。


「まだだ……!」


 ジンは歯を食いしばり、両足で魔法陣を踏み締めた。


 漆黒の力が魂へ食い込んでくる。


 魂を奪われているのではない。


 生まれようとする悪魔の魂が、ジンの魂と混ざり合い、互いの境界を失っていく。


 主従でありながら、二つで一つ。


 どちらか一方が滅びれば、もう一方も無事では済まない。


 そんな歪で強固な契約が結ばれようとしていた。


「グハハハハ! 倒れぬか!」


「通常の儀式であれば、とうに意識を失っているはずです」


 一瞬だったのか。


 永遠だったのか。


 時間の感覚さえ失われた頃、漸く痛みが薄れていった。


「……ほう。耐え切ったか」


 悪魔の声と同時に、ジンの全身から漆黒のオーラが噴き上がった。


 憎悪。


 怒り。


 悲しみ。


 そして、何者にも屈しない執念。


 それらを糧として、黒いオーラが人の形を作っていく。


 現れたのは、漆黒の全身鎧を纏った悪魔の騎士だった。


 兜の奥では紫色の光が揺らめき、両手には身の丈を超える黒い大剣が握られている。


 悪魔の騎士はジンの前へ片膝をつき、深く頭を垂れた。


「命令を――我が主」


挿絵(By みてみん)


 その声とともに、膨大な知識がジンの頭へ流れ込んできた。


 召喚。


 自律行動。


 換装。


 そして、魔石を喰らうことで成長し、より強大な存在へ進化する性質。


 ジンが右手を伸ばすと、悪魔の騎士の身体が黒い霧へ変わった。


 漆黒の奔流が右腕へ絡みつき、肩から胸、腰、両脚へ広がっていく。


 次の瞬間、ジンの全身は漆黒の鎧に包まれていた。


「軽い……」


挿絵(By みてみん)


 重さはまったく感じない。


 ジンが動こうと考えるより先に、鎧が最適な姿勢を選び、傷ついた肉体を外側から補助している。


 肉体そのものが強くなったわけではない。


 それでも、今なら岩壁さえ拳で砕けると確信できた。


 だが、その力を確かめる間もなく、右眼へ灼けるような痛みが走った。


「ぐあああああっ!」


 ジンは兜を消し、右眼を押さえた。


 指の隙間から、金色の光が漏れ出す。


 漆黒の胸当てへ映った自分の右眼は、眩い黄金色に染まっていた。


「この眼は……?」


 途端に、世界の見え方が変わる。


 壁に刻まれたルーン文字を巡る魔力。


 床下を走る複雑な術式。


 鉄扉の向こうに立つ教官を形作る生命力。


 それらが一度に視界へ流れ込み、激しい頭痛を引き起こした。


「あ……ぐっ……!」


 ジンは右眼を閉じ、その場へ片膝をついた。


「天使は受肉できなかったようですね」


 天使が静かに告げる。


「あなたの魂の大半は、悪魔の騎士と混ざり合いました。残された光の性質は、あなたの右眼を器として宿ったのです」


「この力は?」


挿絵(By みてみん)


「《神眼》。万物の真実を見通す天使の眼です。今は魔力と生命の流れを捉える程度ですが、成長すれば偽りを見破り、遠方を望み、やがては未来の一端さえ捉えるでしょう」


 悪魔が愉快そうに笑った。


「だが、忘れるな。貴様の力の本質は悪魔だ。力を求め、憎悪を喰らい続ければ、いずれ貴様自身も人間ではなくなる」


「その先には、血塗られた未来が待っています」


 ジンはゆっくりと立ち上がった。


 漆黒の鎧に包まれた全身と、黄金色に輝く右眼。


 光と闇。


 父と母。


 二つの力が、自分の中に確かに存在している。


「血塗られた未来なら……最初から覚悟している」


 オークたちの血で大地を染めてでも、復讐を果たす。


 そのための力を、ついに手に入れた。


「これが……俺の力」


 自然と口元が吊り上がる。


「ハハッ……最高じゃないか」


 自分の口から漏れた笑い声に、ジンは一瞬だけ違和感を覚えた。


 こんな笑い方を、自分はしたことがあっただろうか。


 だが、胸の奥から湧き上がる万能感が、その疑問を押し流していった。


 ジンが右手を振ると、漆黒の鎧は黒い霧となって消えた。


 その直後。


 儀式塔全体が、黒と白の光に包まれた。


 鉄扉の外では、測定用の魔導具へ亀裂が走り、甲高い音を立てて砕け散る。


「な、何が起きた!?」


 教官が床へ散らばった破片を見下ろした。


 魔導具が砕ける直前に表示した判定は、黒騎士。


 悪魔の完全顕現を示す結果だった。


 だが、その記録には、同時に天使の反応も刻まれていた。


 さらに、本来なら別々に存在するはずの契約者と悪魔、その二つの魂が重なり合っていることを示す未知の波形。


「主適性は悪魔……だが、この天使反応は何だ?」


挿絵(By みてみん)


 やがて、重い鉄扉がゆっくりと開いた。


 その向こうから現れたジンの右眼は、今も黄金色に輝いている。


 制度上の判定は、黒騎士。


 配属先は、黒騎士学園。


 だが、ジンはただの黒騎士ではなかった。


 悪魔の騎士をその身に纏い、天使の神眼を併せ持つ、前例のない騎士が誕生したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。