↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒騎士物語  作者: 神
4/49

第4話 銀髪の王女

第4話 銀髪の王女


 騎士学園の入学試験は、順調に進んでいた。


 午前の実技試験で高い評価を得た六十四人は、最後に受験生同士で戦う選抜トーナメントへ進む。


 この試合だけで入学の合否が決まるわけではない。実戦形式で剣術や判断力を測り、入学後のクラス分けに役立てることが目的だった。


 四試合を勝ち抜き、準決勝まで残った受験生は四人。


 その中には、ジン・クロードの姿もあった。


 もっとも、ジンの状態は万全から程遠い。


 前日にキラーワームとの戦いで身体強化魔術を使い、今朝はザックス将軍との模擬戦でも再び発動した。


 ナーベからもらった初級ポーションのおかげで炎症は抑えられているが、筋肉へ蓄積した損傷までは消えていない。


 それでも、ここまで勝ち上がった。


「準決勝第一試合!」


 審判役の教官が、闘技台の中央で声を張り上げる。


「ジン・クロード対――シルフ・エスパーダ殿下!」


 その名が告げられた瞬間、訓練場が大きく騒めいた。


 エスパーダ。


 それは王国そのものを示す名だ。


 シルフ・エスパーダは、国王エスパーダ七世の娘にして、この国の第三王女だった。


「どうして王族が、騎士学園の入学試験を受けているんだよ……」


 ジンは溜息をつきながら、石造りの闘技台へ上がった。


 ザックスとの戦いを終えた後、ジンは治療用の控え室で身体を休めていた。そのため、シルフがどのように勝ち上がったのか、一度も見ていない。


 闘技台の反対側には、一人の少女が立っていた。


 月光を紡いだような銀髪。


 雪を思わせる白い肌。


 透き通るようなアイスブルーの瞳。


 身長は百六十センチほどで、ジンより頭一つ分ほど小さい。身体を守る銀色の軽鎧には、王家の紋章が控えめに刻まれている。


 細身のレイピアを右手に持ち、静かにジンを見据えていた。


(確か、俺と同じ十八歳だったはずだ)


挿絵(By みてみん)


 王族が騎士になる必要などない。


 危険な戦場へ出なくても、彼女を守る騎士はいくらでもいる。


 おそらく、ここまでの対戦相手も王女を攻撃することができず、自ら棄権するか、わざと負けたのだろう。


(興味本位で参加したのか知らないけど、迷惑な王女だな)


 ジンが眉間に皺を寄せていると、審判が観客へ向き直った。


「シルフ殿下ご本人ならびに国王陛下の許可により、試合中の正当な攻撃は不敬罪の対象とはならない! 両者、身分を忘れて全力を尽くせ!」


 致命傷へ至る攻撃は、闘技台を覆う防護結界が遮断する。


 勝敗は降参、場外、戦闘不能、あるいは審判が続行不可能と判断した場合に決まる。


 そう説明されても、ジンの不安は消えなかった。


「本当に攻撃して大丈夫なのか……?」


「遠慮は不要です」


 シルフは淡々と答え、レイピアを正面へ構えた。


 その瞬間。


 彼女を中心に、空気が張り詰めた。


 先ほどまでの可憐な王女の姿が消え、一人の剣士が現れる。


 ジンも学園から支給された模擬剣を構え直した。


「始め!」


「参ります!」


 審判の合図と同時に、シルフの姿が消えた。


「速っ――!」


挿絵(By みてみん)


 十メートル近くあった距離が、一瞬で消える。


 銀色の残像を引きながら踏み込んだシルフは、ジンの顔へ向けて最短距離の突きを放った。


 考えてからでは間に合わない。


 冒険者として培った本能に従い、ジンは首を捻った。


 レイピアの切っ先が頬を掠め、浅い傷から血が一筋流れる。


 同時に、ジンの身体が反撃していた。


 模擬剣を上段から振り下ろす。


 狙いは、シルフの頭部。


「しまっ……!」


 王女へ反撃するつもりなどなかった。


 だが、シルフの突きに込められた気迫が、ジンの戦闘本能を完全に呼び覚ましていた。


 ギャリンッ!


 シルフは慌てなかった。


 細いレイピアをジンの模擬剣へ添え、僅かに手首を回す。


 力で受け止めたのではない。


 剣の側面を滑らせ、軌道を外側へ逸らしたのだ。


 行き場を失ったジンの剣が、石床へ激突する。


 ガキンッ!


 前の試合から酷使されていた模擬剣が、中央から折れた。


「なにっ!?」


挿絵(By みてみん)


 ジンが驚いたときには、レイピアの切っ先が喉元へ置かれていた。


「降参しますか?」


 シルフのアイスブルーの瞳が、真っ直ぐにジンを見つめている。


 冷たく見えるほど澄んだ瞳。


 だが、その奥には小さな期待があった。


 まるで、ここで終わる人間なのかと試されているように感じられ、ジンは無性に腹が立った。


 普通なら、ここで降参する。


 しかし、戦場で喉元に剣を突きつけられれば、降参する時間など与えられない。


 敗北は死だ。


 こんなところで簡単に諦める者が、皇帝オルクスを倒せるはずがない。


「……嫌です」


「え?」


挿絵(By みてみん)


 ジンは折れた剣を握ったまま、一歩踏み込んだ。


 前蹴りが、シルフの銀色の胸当てを捉える。


 防具に守られているため、大きな損傷はない。それでも軽い身体は数メートル後方へ押し飛ばされた。


 シルフは空中で体勢を立て直し、軽やかに着地する。


 貴族の受験生たちから、激しい非難が巻き起こった。


「殿下に蹴りを入れたぞ!」


「不敬だ!」


「卑怯者!」


 一方、試験官や実戦経験のある受験生は声を上げなかった。


 これは正式な試合だ。


 手加減する方が、相手を侮辱する行為だと知っている。


「……少し熱くなっていたな」


 ジンは息を吐き、折れた模擬剣を構え直した。


 王女だから弱い。


 対戦相手がわざと負けたから、ここまで勝ち上がった。


 そんな考えは、すでに消えていた。


 シルフは強い。


 少なくとも剣術だけなら、自分より遥かに上だ。


 ジンが真剣な眼差しを向けると、シルフは一瞬目を見開き、やがて満面の笑みを浮かべた。


 先ほどまでの冷たい剣士ではない。


 そこにいたのは、強敵との戦いを心から楽しむ、年相応の少女だった。


(……可愛い)


挿絵(By みてみん)


 ほんの一瞬だけ、ジンの意識が銀色の剣先から、その笑顔へ移った。


 その一瞬を、シルフが見逃すはずがない。


 レイピアの連続突きが襲いかかる。


「くっ!」


 喉、肩、手首、胸。


 一撃ごとに狙いが変わり、ジンは後退を余儀なくされる。


 折れた剣では間合いが足りない。


 ジンは模擬剣を捨て、腰から模擬短剣を抜いた。


 短剣は、ジンが最も得意とする武器だ。


 懐へ潜り込めば勝機がある。


 そう考えて踏み込もうとするたび、シルフのレイピアが進路を塞いだ。


 前へ出れば喉を狙われる。


 横へ回れば、シルフも同じだけ移動する。


 近づけない。


 細いレイピア一本によって、ジンの得意な間合いが完全に封じられていた。


「なら――!」


 ジンは足元へ落ちていた折れた模擬剣の柄を蹴り上げた。


 回転しながら飛んでくる柄を、シルフはレイピアで弾き落とす。


 攻撃ではない。


 一瞬だけ、その視界を塞ぐための陽動だ。


 同時に踏み込んでいたジンは、模擬短剣をシルフの脇腹へ走らせた。


「もらった!」


「いいえ」


 シルフの声は、すぐ近くから聞こえた。


 次の瞬間、ジンの視界が青空で埋まった。


「がはっ!?」


挿絵(By みてみん)


 短剣へ意識を向けさせた隙に、シルフが真下から顎を蹴り上げたのだ。


 ジンの身体が宙へ浮き、背中から石床へ落ちる。


 肺から空気が押し出された。


「先ほどの、お返しです」


 立ち上がろうとしたジンの喉元へ、再びレイピアの切っ先が置かれた。


 シルフが楽しそうに微笑む。


「まだ続けますか?」


挿絵(By みてみん)


 二度も同じ場所へ剣先を突きつけられた。


 今度こそ、完全な敗北だった。


「……参った」


 ジンは模擬短剣を地面へ置き、両手を上げた。


「勝者、シルフ・エスパーダ殿下!」


 審判の宣言とともに、会場から大歓声が巻き起こる。


 それに負けないほど、ジンを非難する声も飛び交っていた。


「ふふっ。良い戦いでしたわ」


 シルフはレイピアを収め、右手を差し出した。


 対等な剣士へ贈る、健闘を称える握手。


 しかし、ジンはその意味を別のものとして受け取った。


 片膝をつき、王族へ敬意を示すように頭を垂れる。


「もったいなきお言葉、感謝いたします」


挿絵(By みてみん)


「…………」


 シルフが求めていたのは、臣下としての礼ではない。


 一人の剣士として交わす、対等な握手だった。


 だが、その思いを口にすることはできず、行き場を失った右手を静かに下ろした。


 ジンは重い身体を引きずり、闘技台のそばにあるベンチへ腰を下ろした。


 全身が軋んでいる。


 ザックスとの試合で使った身体強化魔術の反動が、完全に身体を蝕んでいた。


 それでも、万全なら勝てたとは思えない。


「王女というだけで、弱いと決めつけていたな……」


 手加減されることを嫌っていたのは、ジンも同じだ。


 それなのに、自分は最初からシルフを一人の剣士として見ていなかった。


「……格好悪いな、俺」


 結局、シルフは続く決勝戦でも対戦相手を圧倒し、選抜トーナメントの優勝者となった。


 やがて、訓練場へ重い鐘の音が鳴り響く。


「これより最終試験――《聖魔の儀》を開始する!」


 ジンは痛む身体を起こし、訓練場の奥にそびえる巨大な儀式塔を見上げた。


 なぜか、その魂の奥から。


 まだ存在しない何かの笑い声が、聞こえたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。