第3話 騎士学園入学試験
第3話 騎士学園入学試験
エスパーダ王国における騎士学園の入学試験は、王都ザザンを含む五つの大都市で同時に開催される。
受験者は毎年一万人近く。
そのほとんどが、十八歳を迎えたばかりの若者たちだった。
エスパーダ王国では十八歳になると、騎士を目指して学園へ進むか、別の道を選ぶかという、人生最初の大きな決断を迫られる。
騎士とは、命を懸けて国と民を守る者だ。
戦争が千年以上続くこの世界では、騎士になった者が無事に故郷へ戻れる保証などない。学生であっても、国が危機に陥れば戦場へ送られる可能性がある。
それでも、騎士には危険に見合うだけの俸給と名誉が与えられた。
平民が功績を挙げて貴族へ取り立てられることもあれば、貧しい家に生まれた者が家族を養えるだけの財産を得ることもある。
何より、武器を持たない者たちを守る騎士の姿は、多くの若者にとって憧れだった。
そのため、戦況が厳しくなった今も、騎士を目指す者が途絶えることはない。
騎士学園の入学試験は、試験と呼ばれてはいるものの、不合格になる者は滅多にいなかった。
現在の実力が低くても、入学してから鍛えればいい。
才能が見つからなければ、教師が一緒に探せばいい。
それが、エスパーダ王国に置かれた騎士教育機関の方針である。
では、合否を決めることが目的でないのなら、なぜ入学試験を行うのか。
その答えは、受験者一人一人の適性を見極め、四つある学園のどこへ所属させるかを決めるためだった。
剣や槍をはじめとした武器の扱いに適性を持つ者は、騎士学園。
高い魔力と術式への理解力を持つ者は、魔導騎士学園。
天使を顕現させた者は、聖騎士学園。
そして、悪魔を顕現させた者は、黒騎士学園。
どの学園へ進むかによって、受ける訓練も、卒業後に配属される部隊も大きく変わる。
中でも、すべての受験生へ義務づけられているのが、《聖魔の儀》と呼ばれる儀式だった。
人間の魂が持つ性質を、天使あるいは悪魔という形で顕現させ、契約を結ぶ秘術。
それが《聖魔の儀》である。
強大な力を持つ亜人や魔物に人間が対抗するため、千年以上前に編み出された技術だと伝えられている。
天使が生まれるか、悪魔が生まれるかは、儀式を受ける者の魂によって決まる。
慈愛、勇気、献身、秩序。
そうした性質が強ければ、天使となる可能性が高い。
憤怒、欲望、執念、破壊。
魂に刻まれた激しい感情は、悪魔の核となる。
ただし、善人なら必ず天使が生まれ、悪人なら悪魔が生まれるという単純なものではない。人間の魂は複雑であり、本人でさえ知らない一面が、儀式によって現れることもある。
顕現したばかりの天使や悪魔は、ほとんどの場合、幼く未熟な存在だ。
契約者とともに戦い、魔物から採取した魔石を取り込むことで、少しずつ強くなっていく。
人間が本来扱えるのは、ルーン文字によって世界へ命令を与える《魔術》だけである。
だが、天使や悪魔と契約した者は、ルーン文字を介することなく現象を引き起こす《魔法》を使えるようになる。
発現する魔法は、契約した天使や悪魔の性質によって異なる。
聖騎士と黒騎士がエスパーダ王国最強の戦力と呼ばれているのも、この魔法の存在が大きかった。
もっとも、《聖魔の儀》に成功するのは、受験者全体の一割程度に過ぎない。
残る九割のうち、魔術適性を持つ者は魔導騎士学園へ。それ以外の者は、武器適性や身体能力に応じて騎士学園へ振り分けられる。
騎士学園は、一部から凡人の集まる場所と侮られている。
しかし、それは大きな間違いだ。
天使や悪魔の力を借りることなく、純粋な技量だけで聖騎士や黒騎士と互角に渡り合う騎士も存在する。
才能の形が違うだけで、進む道に優劣はない。
そして今日。
首都ザザン南区に広がる王立騎士学園の大訓練場は、入学を希望する若者たちで埋め尽くされていた。
磨き上げられた鎧を身につけた貴族の子弟。
家族から譲り受けた古い剣を抱える平民。
杖や魔銃を持った者もいれば、武器らしい武器すら持たずに訪れた者もいる。
普段なら同じ場所へ並ぶことのない身分の者たちが、今日だけは同じ受験生として試験の順番を待っていた。
その中に、ジン・クロードの姿もあった。
「次の者!」
雷鳴のような声が訓練場に響き渡った。
石造りの闘技台に立っているのは、並の騎士よりも頭二つ分は大きい屈強な男だった。
刃を潰した巨大な模擬剣を片手に持ち、鋭い目で受験生たちを睨みつけている。
男の名は、ザックス。
エスパーダ王国歩兵隊を率いる現役の将軍である。
本来、将軍であるザックスが、一般受験生全員の試験を担当することはない。
今日は入学試験の視察へ訪れただけだった。
だが、受験生たちの模擬戦を眺めているうちに我慢できなくなり、自ら模擬剣を手にして闘技台へ上がってしまったのだ。
現在行われているのは、午前の実技試験。
受験生が試験官と戦い、武器の扱い方や判断力、敵を前にして動けるだけの精神力があるかを確かめる試験だった。
「は、はい!」
指名された少年が、緊張した面持ちで闘技台へ上がる。
少年は真新しい重装鎧に身を包んでいた。見るからに高価な鎧だが、身体に合っておらず、一歩進むたびに金属板が耳障りな音を立てる。
向かい合った相手が将軍だと考えるだけで、少年の顔から血の気が引いていた。
「構えろ!」
「ひっ……」
ザックスが一歩踏み出す。
それだけで、少年は肩を震わせた。
次の瞬間、ザックスの模擬剣が横薙ぎに振るわれる。
少年は反応することさえできなかった。辛うじて剣を胸の前へ構えたものの、受け止める角度も重心の置き方もなっていない。
鈍い音が響き、少年の身体は闘技台の外まで弾き飛ばされた。
「ろくに反応もできんとは!」
ザックスは、地面で目を回している少年を見下ろした。
「入学したら、徹底的に鍛え直す必要があるな!」
不合格とは言わない。
未熟だからこそ学園へ入り、鍛える必要があるからだ。
それでも、ザックスは落胆を隠せなかった。
相手が格上だから実力を出せなかったなど、戦場では言い訳にならない。
敵は待ってくれない。
こちらが怯えていても、剣を止めてはくれない。
勝てない相手と遭遇したなら、逃げ道を探す。隙を作る。仲間を頼る。使えるものをすべて使い、泥を啜ってでも生き残る。
騎士に必要なのは、美しく勝つことではない。
最後まで諦めず、守るべき者のもとへ生きて帰ることだ。
「次!」
ザックスが新たな受験生を指名した。
呼ばれた少年が、人混みの中から静かに歩み出る。
「……ほう」
ザックスの目が、僅かに細められた。
闘技台へ上がってきたのは、黒髪の少年だった。
鋭い黒い瞳は、正面に立つザックスを真っ直ぐに捉えている。将軍を前にしても、怯えや迷いは見られない。
身につけているのは、身体に合った黒い革鎧。
表面には数え切れないほどの傷が刻まれているが、すべて丁寧に補修されていた。
飾るための装備ではない。
実際に何度も命を預け、そのたびに手入れしてきた装備だ。
(冒険者か。若いわりに、良い面構えをしている)
ザックスは楽しそうに口元を吊り上げた。
受験生は試験前に本物の武器を預け、刃を潰した模擬剣や模擬短剣を使用する決まりになっている。
ジンは腰の模擬剣を抜き、静かに正眼へ構えた。
「始め!」
合図と同時に、ザックスが踏み込んだ。
先ほどの少年へ放ったものと同じ、横薙ぎの一撃。
だが、ジンは剣で受けようとはしなかった。
剣が向かってくる方向へ一歩踏み込み、斬撃の軌道から外れる。そのままザックスの横を抜け、背後へ回り込んだ。
「良い反応だ!」
振り返るより早く、ジンの鋭い突きがザックスの背中へ迫る。
ザックスは身体を半回転させながら模擬剣を振り、突きの軌道を外側へ逸らした。
同時に、ジンの腹へ前蹴りを放つ。
「くっ!」
ジンは左腕を挟んで直撃を避けたが、体勢を崩された。
「そらっ!」
ザックスが模擬剣を上段から振り下ろす。
ジンは自分の剣を斜めに構え、刃の上を滑らせるようにして攻撃を受け流した。
反撃の上段斬りを返す。
「ほう、やるではないか!」
ザックスは身を捻って剣をかわし、そのまま横一文字に模擬剣を振るった。
近い。
避けるための距離がない。
ジンは全身へ魔力を巡らせ、革鎧に刻まれた身体強化のルーン文字を発動させた。
淡い光が全身を包む。
同時に、前日の戦闘で酷使した筋肉へ激痛が走った。
「ぐっ……!」
ナーベからもらった初級ポーションで、炎症はある程度治まっている。
それでも、完全に回復したわけではない。
ジンは痛みを噛み殺し、模擬剣の腹でザックスの一撃を受け止めた。
ガキンッ!!
凄まじい衝撃が両腕を貫いた。
ジンの身体が大きく吹き飛ばされる。
石床へ靴底を擦りつけ、闘技台の縁ぎりぎりで踏み止まった。
両腕が痺れ、指先の感覚がない。
しかも、受け止めた模擬剣は中央から折れていた。
「終わりか?」
ザックスが容赦なく踏み込む。
折れた剣では、次の攻撃を防げない。
上段へ振り上げられた巨大な模擬剣を見て、観戦していた誰もが勝敗を確信した。
だが、ジンは諦めなかった。
折れた剣を手放し、自らザックスの懐へ飛び込んだ。
「何っ!?」
剣は、密着されれば十分な威力を発揮できない。
身体強化の魔力を両脚へ集中させ、肩からザックスの胸へ激突する。
ザックスの巨体が、初めて後方へよろめいた。
ジンは足を掛け、体勢を崩したザックスを石床へ押し倒す。そのまま腰の模擬短剣を抜き、首筋へ走らせた。
だが。
切っ先が届く寸前、ザックスの左手がジンの手首を掴んだ。
「――そこまでだ」
ジンは抵抗をやめた。
本気で握られれば、自分の腕など簡単に折られる。
ザックスには最初から、ジンを振り払うだけの余力が残っていたのだ。
「俺の負けですね」
「ガッハッハッハッ!」
ザックスはジンの手首を放し、豪快に笑った。
「勝ち負けなど、今はどうでもよい! 剣を折られても諦めず、最後までワシの首を狙った。その執念は見事だ!」
立ち上がったザックスが、満足そうにジンを見下ろす。
「小僧、名は?」
「ジン・クロードです」
ジンは模擬短剣を腰へ戻し、一礼した。
「覚えたぞ、ジン・クロード!」
ザックスは白い歯を見せて笑う。
「卒業した暁には、必ずワシの部隊へ入れてやる!」
「そのときに考えます」
「ガッハッハッ! 随分と生意気な返事だ!」
ジンが闘技台を降りる。
その背中へ、周囲の受験生たちから畏敬の視線が集まっていた。
ザックス将軍へ勝ったわけではない。
それでも、剣を折られ、闘技台の端まで追い詰められながら、最後まで攻撃を諦めなかった。
先ほどまで怯えていた受験生たちの顔つきが変わっている。
次に呼ばれた少年は震える手で模擬剣を握り、それでも逃げずにザックスを見据えた。
「次!」
将軍の声が、再び訓練場へ響き渡る。
試験はまだ、始まったばかりだった。




