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黒騎士物語  作者: 神
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第46話 黒炎

第46話 黒炎


 炎竜と氷竜が、森林区画の中央で激突した。


 灼熱と極寒。


 相反する二つの力が互いを呑み込もうと荒れ狂い、爆発的に生まれた水蒸気が周囲を白く染め上げる。


 木々が軋み、石畳が砕けた。


「はああああっ!」


 アグニスの咆哮に呼応し、炎竜の身体が膨れ上がる。


 白熱した炎が氷竜の頭部へ食らいつき、透き通った鱗を一枚ずつ蒸発させていった。


「負けるものですか……!」


挿絵(By みてみん)


 シルフも両手へ魔力を集中させる。


 氷竜の周囲で無数の氷柱が形成され、炎竜の身体へ突き刺さった。しかし、炎の勢いを止めるには至らない。


 氷の牙が砕ける。


 頭部が溶ける。


 やがて炎竜は氷竜を正面から押し潰し、その背後に立つシルフまで呑み込んだ。


 轟音とともに炎の奔流が森を駆け抜ける。


 前方の木々が焼き払われ、地面には赤熱した亀裂が刻まれた。


「私の……勝ちよ!」


 アグニスは肩で息をしながらも、誇らしげに長剣を下ろした。


 炎が消えた場所に、シルフの姿はない。


 残されていたのは、熱で半ばまで溶けた人型の氷塊だけだった。


「人型……?」


 アグニスの表情が変わる。


「勝利を確信するのが、少し早いわ」


 声は背後から聞こえた。


 振り返るより早く、冷たい両手がアグニスの背中へ触れる。


「な――」


「《永久氷牢》」


挿絵(By みてみん)


 凄まじい冷気が流れ込んだ。


 アグニスの背中から白い霜が広がり、肩、腕、腰、脚へと瞬く間に達する。


「こ、この程度の氷……!」


 炎を放とうとする。


 だが、大技を撃った直後で、体内の魔力が乱れていた。辛うじて灯った炎は、全身を覆う冷気に呑まれて消える。


 分厚い氷がアグニスを閉じ込めた。


 長剣を握った姿のまま、その身体が完全に凍結する。


「私の勝ちね」


 水蒸気の中から現れたシルフも、無傷ではなかった。


 制服は焼け焦げ、銀髪の毛先からは白い煙が上がっている。それでも最後まで冷静さを失わず、氷の彫像と入れ替わって炎を回避していた。


 氷の中で、アグニスの緑色の瞳が悔しそうにシルフを睨む。


「あとで解かすわ。少しだけ大人しくしていて」


          ◇


 別の区画では、黒い針がニーニャの影へ突き刺さっていた。


「また動きを止められたニャ……!」


 ニーニャが力を込めても、脚は石畳へ縫いつけられたように動かない。


 木陰に立つミレイユは、さらに三本の針を指の間へ挟んだ。


「あなたがどれほど速くても、影は身体から逃げられない」


「正面から戦うニャ!」


「相手の得意な方法で戦う理由はない」


 黒い針が放たれる。


 ニーニャは上半身だけを捻り、一本をダガーで弾いた。だが、残る二本が新たに影へ突き刺さり、両腕まで動かなくなる。


 ミレイユの戦い方は徹底していた。


 自分から間合いを詰めず、ニーニャの影だけを狙う。完全に動きを封じたあと、試合終了まで放置するつもりなのだ。


「これで終わり」


「まだニャ!」


 ニーニャの瞳が青白く輝いた。


 全身から雷が噴き上がる。


 電撃は足元へ流れ、石畳に落ちる影を通じて黒い針へ到達した。


「そんなことをしても、針は――」


 ミレイユの表情が変わる。


 黒い針と術者の間には、能力を維持するための魔力の糸が繋がっている。


 青白い雷はその糸を逆流し、ミレイユの腕へ襲いかかった。


「くっ……!」


 指先が痺れ、集中が途切れる。


 影を縫っていた針が弾け飛んだ。


「捕まえたニャ!」


 ニーニャの姿が消える。


 雷の軌跡だけを残して木々の間を駆け抜け、次の瞬間にはミレイユの懐へ潜り込んでいた。


 右手のダガーを逆手に持ち替え、柄を腹部へ打ち込む。


「がっ……!」


挿絵(By みてみん)


 身体を折ったミレイユへ、巨大な尻尾が横薙ぎに叩きつけられた。


 ミレイユは石畳の上を滑り、木の幹へ背中から衝突する。そのまま力なく地面へ崩れ落ちた。


「ニーニャの勝ちニャ!」


 得意げに胸を張る。


 しかし、直後に脚から力が抜けた。


「ニャ……?」


 ニーニャはダガーを地面へ突き立て、辛うじて身体を支えた。


 準決勝から続けて雷の力を使い、体力も魔力も限界へ近づいている。


 荒い呼吸を繰り返しながら、仲間の姿を探した。


          ◇


 ジンの刀が、マッスルの脇腹へ命中した。


 硬質な音が響く。


 刃は服を裂いたものの、その下にある分厚い筋肉を僅かに傷つけただけだった。


「効かん!」


 巨大な拳が振り下ろされる。


 ジンは神眼で軌道を捉え、半歩横へ移動した。


 拳が石畳を粉砕する。


 飛び散った瓦礫を避けた先へ、今度は太い脚が薙ぎ払われた。


 身を屈める。


 頭上を通過した脚が大木へ激突し、幹を根元からへし折った。


「見切るだけなら大したものだ!」


 マッスルが倒れた木を片手で掴み、巨大な棍棒のように振り回す。


 神眼がなければ、最初の一撃で終わっていた。


 だが、攻撃を躱せても倒す手段がない。


 通常の刀では、巨大化した肉体を覆う筋肉と魔力の膜を貫けなかった。


「だが、逃げ続けているだけでは勝てんぞ!」


 マッスルの突進を躱し、ジンは背後へ回り込む。


 膝の裏へ刀を叩き込むが、僅かに体勢を崩しただけだった。


 振り返ったマッスルの拳を刀で受ける。


 凄まじい衝撃が両腕を駆け抜け、ジンの身体が後方へ吹き飛ばされた。


 地面を何度も転がり、折れた木の根元へ背中から激突する。


「ぐっ……!」


 呼吸が止まる。


 立ち上がろうとしたジンの耳へ、ニーニャの叫び声が届いた。


「ニャアアッ!」


 凍結した森の中を、ニーニャの身体が吹き飛んでいく。


 ミレイユを倒した直後、シルフたちはニーニャへ攻撃を集中させていた。


 そのとき、ジンとマッスルの間へ分厚い氷壁が突き上がった。


「標的を変えるわ! 先にニーニャを倒して!」


 シルフの声を受け、マッスルはジンへ背を向ける。


「待て!」


 ジンは追おうとしたが、氷壁の向こうから甘い香気が流れ込み、サーシャの生み出した夢の蔦が足元へ絡みついた。


 氷壁を斬り裂いたときには、マッスルはすでにニーニャへ迫っていた


 大地も木々も白く凍りついている。


 高速で走ろうとするたび、ニーニャの足が氷上を滑った。冷気によって体温まで奪われ、雷の勢いも弱まっている。


 そこへ、マッスルの巨体が正面から突っ込んだ。


 肩による体当たりを受けたニーニャは、何本もの枝を折りながら吹き飛ばされ、凍結した大木へ衝突する。


 大きな尻尾が力なく雪の上へ落ちた。


「ニーニャ!」


 ジンが駆け寄ろうとする。


 その進路へ、一人の少女が立ち塞がった。


 栗色の長髪。


 不安そうに揺れる赤紫色の瞳。


 サーシャは両手を胸元で握り、ジンを見上げた。


「ニーニャさんも、もう戦えません」


 倒れた仲間たちを見回す。


 イアンは意識を失い、クロエは魔力を使い果たしている。アグニスは氷漬けにされ、ニーニャも立ち上がれない。


 対するシルフ側には、サーシャ、マッスル、そしてシルフが残っている。


 三対一。


「あなた一人では勝ち目がありません。もう……降参しませんか?」


 サーシャの声には、敵意よりも心配が滲んでいた。


 これ以上、傷ついてほしくない。


 その思いから出た言葉なのだろう。


「悪いが」


 ジンは刀を握り直した。


「降参するつもりも、負けるつもりもない」


「そう……ですか」


 サーシャは悲しそうに目を伏せた。


「それなら、私が止めます」


 甘い香気が広がる。


 サーシャが一歩で間合いへ入り、ジンの胸へ掌を触れた。


「《エナジードレイン》」


 接触した場所から、生命力と魔力が吸い出される。


 だが、ジンは動かなかった。


「換装ではない、新しい力だ」


 胸の奥で、二重の輪が回転を始める。


 外環。


 内環。


 互いに逆方向へ加速し、通常の魔力とジョーカーから漏れ出す邪悪な力を練り上げていく。


「《黒炎闘気》」


 漆黒の炎が噴き上がった。


「え……?」


 黒炎はジンの魔力を吸おうとした淫魔の力へ食らいつく。


 繋がった経路を逆流し、サーシャの赤紫色の魔力を喰らい始めた。


「吸収……できない……」


 サーシャの身体から力が抜ける。


 ジンは倒れかけた少女を片腕で受け止め、静かに地面へ横たえた。


「眠っていろ」


 サーシャの意識が途切れる。


 黒炎闘気を維持できるのは、一分間。


 すでに時間は動き始めていた。


「面白い!」


 マッスルが巨体を震わせて笑う。


 警戒するどころか、その瞳には歓喜が浮かんでいた。


「今度こそ、力比べといこうか!」


 全身の筋肉がさらに膨張し、直後、極限まで圧縮される。


 マッスルが大地を踏み砕き、拳を振り上げた。


 ジンも刀を鞘へ収め、右拳へ黒炎を集中させる。


 二人が同時に踏み込んだ。


「おおおおおおっ!」


「はああっ!」


挿絵(By みてみん)


 拳と拳が正面から激突した。


 衝撃波が円形に広がり、周囲の氷壁と木々をまとめて粉砕する。二人の足元が陥没し、森林区画の中央へ巨大なクレーターが生まれた。


 一瞬の拮抗。


 次の瞬間。


「ぬおおおおっ!?」


 マッスルの巨体が地面から浮いた。


 黒炎が筋肉を覆っていた魔力を喰らい、ジンの拳がその防御ごと打ち抜く。


 マッスルは演習場の端まで吹き飛ばされ、何本もの木と氷柱を薙ぎ倒して地面へ落下した。


「……最高、だ……」


 満足そうな笑みを浮かべ、そのまま動かなくなる。


 黒炎闘気の発動から、十五秒。


 残された時間は四十五秒。


 黒炎を纏ったジンが、ゆっくりとシルフへ振り返った。


 シルフも満身創痍だった。


 アグニスとの戦いで制服は焼け焦げ、銀髪の毛先から白い煙が上がっている。


 それでも、氷のように澄んだ青い瞳から戦意は消えていなかった。


「あなたと剣を交えるのは、入学試験以来ね」


 シルフは細身のレイピアを構えた。


 全身から銀色の氷結オーラが立ち上り、切っ先へ鋭く研ぎ澄まされた剣気が宿る。


「その力が何なのかは分からない。でも――それほどの力、長くは持たないのでしょう?」


 正確な制限時間までは知られていない。


 だが、《双環炉》から漏れ出す熱と不安定な魔力を見て、長期戦には向かないと見抜いている。


 シルフはレイピアの切っ先をジンへ向け、楽しそうに微笑んだ。


「リベンジマッチといきましょうか、ジン」


 ジンも刀を抜く。


 黒炎と銀色の冷気が、二人の間でぶつかり合った。

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