第45話 夢と鏡の攻略戦
第45話 夢と鏡の攻略戦
準決勝の終了から三十分後。
修復術式によって元の姿を取り戻した森林区画に、決勝へ進んだ二つのパーティーが向かい合っていた。
ジン、クロエ、アグニス、ニーニャ、イアン。
対するのは、シルフ、レオン、サーシャ、マッスル、ミレイユ。
この試合に勝利した一組だけが、騎士学園の代表として学園対抗新人戦へ出場できる。
「随分と手こずっていたわね」
シルフが美しい銀髪を揺らし、ジンたちを見渡した。
「見てたなら、少しくらいアドバイスしてほしかったニャ」
「敵へ塩を送る趣味はないわ」
ニーニャが頬を膨らませる。
その隣で、イアンが首を傾げた。
「それにしても、シルフはんは随分と余裕そうやなぁ」
「あなたが一番厄介だから、最初に潰すつもりよ」
「ジンはんやのうて、ワイ?」
「直接的な戦闘力だけが、脅威ではないもの」
シルフはイアンを真っ直ぐ見据えた。
「あなたの悪夢は、防御力に関係なく精神を蝕む。何をしてくるか分からない相手を、自由にさせるつもりはないわ」
その言葉を聞き、イアンは困ったように頬を掻いた。
「そこまで警戒されると照れるわぁ」
「両チーム、所定の位置につけ!」
ジルベスターの声が演習場へ響く。
ジンは刀の柄へ手を添え、前方を見据えた。
黒騎士は呼べない。
胸の奥では《双環炉》が静かに回転しているが、《黒炎闘気》を維持できるのは一分間。その後は一時間、再使用できなくなる。
決勝のどこで使うか。
判断を誤れば、二度目はない。
「決勝戦――始め!」
合図と同時に、シルフが両手を地面へ向けた。
「分断するわよ」
冷気が石畳を駆け抜ける。
巨大な氷壁が地面から次々と突き出し、森林区画を幾つもの戦場へ切り分けた。
ジンが仲間へ指示を出すより早く、巨大化したマッスルが正面から突進してくる。ミレイユの黒い針も木々の間を走り、ニーニャの影へ突き刺さった。
「ニャッ!?」
ニーニャの身体が止まる。
その間に氷壁が立ち上がり、仲間たちの姿を遮った。
「まずは予定どおりね」
氷の向こうから、シルフの声が聞こえた。
◇
イアンが閉じ込められた区画へ、一人の少女が足を踏み入れた。
栗色の髪。
伏せられた赤紫色の瞳。
恥ずかしそうに両手を胸元で握る姿は、とても戦いを挑みに来たようには見えない。
「サーシャはんが、ワイの相手か」
「ご、ごめんなさい……。でも、シルフさんから、あなたを絶対に自由にしてはいけないと言われています」
「それは光栄やな」
イアンの背後で、黒い霧が膨れ上がった。
無数の目と口を持つ《悪夢の悪魔》が、森を覆うように姿を現す。
「せやけど、相性が悪かったみたいやなぁ」
イアンが指を鳴らした。
「少し眠ってもらうで」
周囲の景色が一変する。
夕日に照らされていた森が闇へ沈み、地面から無数の腕が生えた。木々には血走った眼球が開き、闇の奥から異形の怪物が這い寄ってくる。
だが、サーシャは逃げなかった。
震える手を胸へ当て、静かに目を閉じる。
「夢の中なら……私も戦えます」
サーシャの背後に、蝙蝠の翼を広げた淫魔の影が浮かんだ。
甘い香気が広がる。
次の瞬間、恐ろしい森が色鮮やかな花畑へ塗り替えられた。
「なんやて?」
地面から伸びていた腕は花へ変わり、異形の怪物は淡い光となって消えていく。
「淫魔は夢へ入り、望む光景を見せる悪魔です。だから……悪夢だけは、怖くありません」
イアンが新たな幻影を生み出す。
巨大な竜。
底の見えない断崖。
仲間を呑み込む黒い波。
だが、サーシャが一歩進むたびに、悪夢は甘く穏やかな夢へ書き換えられていった。
「まさか、ワイの悪夢を全部打ち消すとはなぁ」
「これで、終わりです」
気づいたときには、サーシャが目の前に立っていた。
「え?」
「本当に、ごめんなさい!」
顔を真っ赤にしたサーシャが、覚悟を決めてイアンの胸元を掴む。
そして、背伸びをすると、その唇を奪った。
「ん――!?」
接触した場所から、イアンの魔力と生命力が吸い上げられていく。
身体から力が抜け、背後の悪夢の悪魔が崩れ落ちた。
サーシャが慌てて唇を離す。
「こ、これで……戦闘不能です」
イアンはその場へ仰向けに倒れた。
サーシャは罪悪感に満ちた顔で覗き込んだが、イアンの表情は不自然なほど満ち足りていた。
「悪夢やない……これは、ええ夢や……」
「ど、どうして幸せそうなんですか!?」
そのままイアンは、安らかな顔で意識を失った。
◇
別の区画では、乾いた銃声が連続していた。
クロエの放った魔弾が、空中へ出現した鏡へ吸い込まれる。
鏡面に波紋が広がり、直後、同じ魔弾がクロエへ跳ね返された。
「くっ……!」
クロエは身体を捻り、頬を掠める魔弾を躱した。
前方には、十人を超えるレオンが立っている。
「どれが本物か分かるか?」
すべてのレオンが同時に口を開く。
姿だけではない。
呼吸も、足音も、纏っている魔力さえ同じだった。
クロエが右の分身体を撃つ。
別の鏡が射線へ割り込み、魔弾を跳ね返す。
続けて左へ発砲するが、再び鏡に阻まれた。
「射撃手にとって、攻撃を返されるのは厄介だろう」
「そうね」
クロエは二丁の魔銃を構え直した。
「でも、完璧な能力なんて存在しないわ」
魔弾を一発だけ放つ。
レオンの前に鏡が出現し、同じ角度で撃ち返した。
クロエは半歩横へ動くだけで回避する。
続いて、石畳へ向けて発砲した。
魔弾が地面へ当たり、跳弾となって斜め下から鏡へ命中する。
反射された魔弾はクロエへ戻らず、頭上の木の枝を撃ち抜いた。
「なるほど」
クロエの黄金色の瞳が細められる。
「攻撃を受けた角度でしか返せないのね」
今度は二発を同時に撃つ。
一発目は鏡に反射されたが、二発目は不安定になった鏡面を貫通した。
「一枚の鏡が一度に反射できる攻撃は一つ。反射した直後は、次の攻撃を受け止められない」
レオンの表情から余裕が消えた。
クロエは地面や木の幹を利用し、あらゆる角度から跳弾を浴びせていく。
鏡から鏡へ。
複雑に跳ね返る魔弾が分身体を撃ち抜き、一体ずつ消滅させた。
レオンは残った鏡を本体の周囲へ集め、幾重もの防壁を築く。
「弱点を見抜いたところで、この数を突破できるか?」
「一枚につき一発なら、簡単な話よ」
クロエの周囲へ黒紫色の術式が展開された。
魔銃へ宿った魂が粒子となって溢れ出し、一つの巨大な銃器を形成していく。
束ねられた六本の銃身。
大地へ固定された重厚な砲架。
クロエはガトリング砲型魔銃の握把を掴んだ。
「反射しきれない数を撃ち込めばいい」
「待て、それは――」
「《魔弾掃射》」
六本の銃身が高速で回転する。
次の瞬間、黒紫色の閃光が濁流となって放たれた。
一分間に二千発。
途切れることのない魔弾の雨が、レオンの鏡へ殺到する。
一枚目が弾丸を反射した直後、続く数十発を受けて砕け散った。
二枚。
三枚。
新たな鏡が形成されるより早く、魔弾がすべてを粉砕していく。
「こんな無茶な攻撃があるか……!」
「無茶をしなければ、あなたには勝てないもの」
最後の鏡が砕けた。
残った魔弾がレオンの足元を撃ち抜き、爆風でその身体を吹き飛ばす。
同時に、ガトリング砲型魔銃も黒紫色の粒子へ崩れた。
「さすがに……これは燃費が悪すぎるわね」
クロエは片膝をつく。
魔力はほとんど残っていない。
立ち上がろうとしたレオンも、力尽きて石畳へ倒れた。
勝敗だけなら、クロエの勝ち。
しかし、二人ともこれ以上戦える状態ではなかった。
◇
森の中央で、炎と氷が激突した。
「邪魔よ!」
アグニスが長剣を振り抜く。
白熱した炎が地面を走り、立ち塞がる氷壁を一瞬で蒸発させた。
噴き上がった水蒸気の向こうから、無数の氷槍が飛来する。
アグニスは炎を纏わせた剣で氷槍を砕き、そのまま前へ踏み込んだ。
「ようやく、あなたと決着をつけられるわね」
シルフが薄く笑う。
「私も、そのつもりよ」
アグニスの背後へ、巨大な炎の悪魔が浮かび上がった。
対するシルフの背後では、氷の女王を思わせる悪魔が静かに目を開く。
周囲の木々が片側から燃え上がり、反対側から白く凍結していく。
「今度こそ、どちらが上か決めてあげる!」
「あなたの炎ごと、凍らせてあげるわ」
アグニスが長剣を突き出した。
シルフも同時に両手を広げる。
灼熱の炎竜と、凍てつく氷竜。
二頭の巨竜が森の中央で正面から激突した。
轟音とともに膨大な水蒸気が爆発し、二人の姿を白い奔流が呑み込んだ。




