第44話 これがBクラスの力だ
第44話 これがBクラスの力だ
学園対抗新人戦の代表選抜当日。
第一演習場には、一年生だけで結成された五つのパーティーが集まっていた。
優勝した一組だけが、一か月後に開催される新人戦へ出場できる。
「これニャ!」
ニーニャが抽選箱から引き抜いた札には、大きく《シード》と書かれていた。
「やったニャ! うちらは不戦勝ニャ!」
「たまには役に立つのね」
「どういう意味ニャ!」
アグニスへ牙を剥くニーニャを横目に、クロエが対戦表を確認する。
第一試合はシルフチームとBクラス第一チーム。
第二試合はアルベルトチームとBクラス第二チーム。
Aクラスから参加した三組に対し、Bクラスからは二組が参加していた。
「随分と注目されているな」
ジンが観客席へ目を向ける。
生徒たちの話題は、シルフ、アルベルト、ジンが率いるAクラスの三組に集中していた。
Bクラスの二組を優勝候補に挙げる者はいない。
その扱いを、演習場の端にいるロキたちが黙って聞いていた。
「またAクラスか」
ロキが小さく吐き捨てる。
「優秀な悪魔と契約できた。それだけで上の教室へ入れられて、優秀な教師と高価な魔導具を与えられる」
隣に立つボイスが、アルベルトの声を真似た。
「Bクラスなど、我々の敵ではない」
ロキたちが低く笑う。
「だったら見せてやろうぜ」
その瞳には、対抗心を通り越した暗い感情が浮かんでいた。
「Aクラスの連中が自慢の力も使えず、みっともなく転げ回るところをな」
◇
第一試合は、シルフたちが順当に勝利した。
シルフが氷で戦場を分断し、レオンが敵の攻撃を鏡で反射する。ミレイユが影を縫い、サーシャが魅了で集中を乱した。
最後は巨大化したマッスルが紋章旗を土台ごと引き抜き、試合を終わらせた。
だが、第二試合では番狂わせが起きた。
アルベルトは強かった。
オーラを纏った槍で敵を圧倒し、一人で三人を相手にしても退かない。
しかし、仲間たちは濃霧と偽の指示に翻弄された。
「陣形を立て直せ!」
アルベルトが叫ぶ。
だが、霧の中から同じ声が幾つも響いた。
「その場で待機しろ!」
「右へ移動しろ!」
「俺のところへ集まれ!」
どれが本物の命令なのか分からない。
アルベルトが敵陣で戦っている間に、味方の紋章旗が奪われた。
「第二試合、勝者――Bクラス、ロキチーム!」
演習場が騒然となる。
「見たか!」
ロキが紋章旗を掲げ、Aクラスの観客席を見上げた。
「これがBクラスの力だ!」
残った三組でもう一度抽選が行われ、シルフチームが決勝へのシード権を獲得した。
準決勝は、ジンチーム対ロキチーム。
その勝者が決勝でシルフたちと戦う。
◇
試合の舞台は、森を再現した演習区画だった。
「黒騎士は、まだ呼び出せないの?」
開始地点へ向かいながら、クロエが尋ねる。
「ああ。今朝も反応はなかった」
「なら、私たちだけで勝つしかないわね」
「任せるニャ!」
ニーニャが二本のダガーナイフを抜く。
ジンは胸の奥で静かに回転する《双環炉》を意識した。
そこから生み出される《黒炎闘気》について、仲間たちには話していない。
使用できるのは最大一分間。
その後は一時間の冷却を必要とする。
この試合で使えば、三十分後の決勝には間に合わない。
「準決勝――始め!」
ジルベスターの合図と同時に、白い霧が噴き上がった。
僅か数秒で森全体が覆われ、隣にいるはずの仲間さえ見えなくなる。
「全員、中央へ集まって!」
クロエの声が響く。
直後、反対側からも同じ声が聞こえた。
「違うわ! その声は偽物よ!」
「右へ避けろ!」
今度はジンの声だった。
「こっちニャ!」
「炎を撃つわよ!」
あらゆる方向から仲間の声が聞こえてくる。
誰の指示が本物なのか判断できない。
「Aクラスは、先生に言われたとおりに動くのが得意なんだろ?」
ロキの声が霧の中を巡る。
「指示がなきゃ何もできない優等生どもには、少し難しかったか?」
「ジンはん! どこにおるんや!」
イアンが叫んだ瞬間、見えざる巨大な手が頬を張り飛ばした。
「ぶべっ!」
身体が回転し、茂みへ突っ込む。
『大当たり!』
《悪戯の悪魔》の笑い声が響いた。
「何やねん、この能力……!」
「格好悪いぞ、Aクラス!」
ロキたちの笑い声が重なる。
別の場所では、アグニスの足元から透明な粘着液が噴き出していた。
「なによ、これ!」
粘りつく液体が両足を石畳へ縫いつけ、身動きを封じる。
炎で焼き払おうとした、その瞬間。
足元へ仕掛けられていた《悪戯箱》が、甲高い音を立てて弾けた。
「今度は何――きゃあっ!?」
突風が真下から吹き上がり、短い制服スカートが勢いよく捲れ上がる。
アグニスは両足を動かせないまま、咄嗟に片手で裾を押さえた。
戦闘用の内衣は身につけている。それでも、大勢の観客が見守る試合中である。
顔が髪と同じほど赤く染まった。
『大当たり! 魅惑の春一番だ!』
「ロキ……!」
アグニスの身体から、炎よりも激しい怒気が立ち上る。
「絶対に見つけ出して、灰も残さず焼いてやるわ!」
「いつも偉そうなAクラスのお嬢様が、スカートを押さえるので精一杯か!」
ネパルの嘲笑に、アグニスのこめかみが引きつった。
一方、ニーニャの前にも半透明の巨大な腕が出現した。
「何ニャ――?」
腕は大きな尻尾を掴み、その身体を逆さに吊り上げる。
「尻尾を掴むニャアアアッ!」
必死に手足を動かすが、空中では踏ん張ることもできない。
そこへ、《盗みの悪魔》と契約したベスケが指を向けた。
「Aクラスの装備は、俺たちより上等なんだろ? なら、少しくらい貸してもらうぜ」
「《強奪の手》」
ニーニャのビキニアーマーと装備ベルトが、黒い粒子へ変わって消えた。
身体に残ったのは、手足の装甲だけ。腰へ装着していた二本のダガーナイフも、ベスケの手元へ転移している。
「ニ、ニーニャの鎧が……!」
逆さ吊りのまま、ニーニャが顔を真っ赤にする。
「返すニャ! それはニーニャの大切な装備ニャ!」
「取り返してみろよ、Aクラス!」
ベスケは奪ったダガーを見せつけながら、霧の中へ逃げ込んだ。
クロエも魔銃を構えていた。
敵の姿は見えない。
それでも僅かな物音を頼りに照準を合わせようとした、そのとき。
左右の茂みから、半透明の小さな手が何本も飛び出した。
「な――」
見えざる手が両手首を掴み、魔銃の銃口を上へ逸らす。
さらに残る手が、脇腹や腰へ一斉に指を這わせた。
「ひゃっ――! ちょ、ちょっと……!」
クロエの身体が大きく跳ねる。
『大当たり! 淑女へのくすぐり百連発!』
「や、やめ……なさい! こんな、くだらない……っ!」
逃れようと身を捩るが、見えざる指は左右から容赦なくくすぐり続ける。
照準を定めることも、引き金を引くこともできない。
普段なら冷静さを失わないクロエが、笑い声を必死に噛み殺しながら膝をつく。黄金色の瞳には、うっすらと涙まで浮かんでいた。
「Aクラスの天才狙撃手も、くすぐられたら何もできないらしいな!」
「あとで……絶対に……撃ち抜くわ……!」
笑いと怒りが混ざった震える声を聞き、イアンが茂みから顔を出す。
「クロエはんにも苦手な攻撃があったんやなぁ」
「見ていないで……助けなさい!」
直後、別の見えざる手がイアンの頬を張り、再び茂みの奥へ吹き飛ばした。
Aクラスの生徒たちが、まともに戦うこともできず翻弄されている。
その光景を見て、ロキたちは笑っていた。
「どうだ! これが、いつも見下されてきたBクラスの力だ!」
だが、ジンだけは動かなかった。
黄金色の神眼が、霧の向こうを見据える。
霧は視界と気配を隠している。
しかし、悪魔の力が生み出す魔力の流れまでは消せない。
地面へ広がる粘着液。
木々の間に仕掛けられた悪戯箱。
ニーニャの装備を抱えて逃げるベスケ。
そして、偽の声から伸びる細い魔力の糸。
すべての糸が、一人の男へ繋がっていた。
「ジン、三歩先で止まって」
クロエの声が聞こえる。
「そこに敵がいるわ」
「分かった」
ジンは騙されたふりをして歩き出した。
一歩。
二歩。
三歩目を踏み出す直前、足を止める。
その先には、透明な粘着液が広がっていた。
「どうしたの、ジン?」
「声は同じだ」
ジンは刀の柄へ手を掛けた。
「だが、魔力までは真似できないらしいな」
「なっ――」
魔力の糸が震える。
ジンは地面を蹴り、霧の中を一直線に駆けた。
木陰へ隠れていたボイスが逃げようとする。
だが、遅い。
抜き放たれた刀の鞘が、ボイスの腹部へ叩き込まれた。
「がはっ……!」
ボイスは背後の木へ激突し、そのまま意識を失う。
同時に、森を埋めていた偽の声が消えた。
ジンは鞘で地面を三回叩く。
乾いた音が、霧の中へ響き渡った。
「今から俺の指示には、必ずこの音を三回つける。音がない声には従うな」
「了解よ」
本物のクロエが答えた。
指示系統は回復した。
ここからが、ジンたちの反撃だった。
神眼でフローラの位置を捉え、クロエへ射線を伝える。
魔弾が霧を貫き、フローラの杖を撃ち抜いた。
「アグニス、上空へ炎を放て!」
「私に命令しないで!」
言い返しながらも、アグニスは片手でスカートの裾を押さえ、もう一方の手で長剣を空へ向けた。
灼熱の炎が上昇気流を生み、霧を空へ押し上げる。
視界が開けた。
「見つけたニャ!」
解放されたニーニャが雷を纏い、ベスケへ飛び蹴りを浴びせる。奪われた装備とダガーナイフを取り戻し、その場で素早く身につけた。
アグニスも地中にある術式を焼き切り、粘着液から脱出する。
最後に残ったロキが、新たな悪戯箱を展開した。
「近づけば、何が起きるか分からないぞ!」
「なら、お前から踏めばいい」
ジンの合図に合わせ、イアンが悪夢を作り出す。
巨大な魔物の幻影に驚いたロキが、反射的に後退した。
その足が、自ら仕掛けた罠を踏み抜く。
巨大な見えざる手が出現し、ロキの頬を思い切り張り飛ばした。
「何で俺なんだよ!」
吹き飛ばされたロキは、ネパルの粘着液へ落下した。
ジンは動けなくなった敵の横を通り、紋章旗を引き抜く。
「準決勝、勝者――ジンチーム!」
歓声が演習場へ響き渡った。
Bクラスの力は本物だった。
アルベルトのチームを破り、ジンたちをあと一歩まで追い詰めた。
だが、相手を苦しめることへ意識を向けすぎたことで、勝利に必要な優先順位を見失った。
ジンたちが勝てたのは、個々の力で上回っていたからではない。
混乱の原因を見抜き、五人の力をもう一度繋ぎ直したからだ。
決勝で待っているのは、シルフたちのパーティー。
次の試合まで、三十分。
ジンは紋章旗を握り、観覧席に立つシルフと視線を交わした。
胸の奥では、《双環炉》が静かに回転している。
仲間も、観客も、対戦相手も知らない新たな力。
最大使用時間は、僅か一分。
その一分を使うべき相手が、決勝で待っていた。




