第43話 漆黒のオーラ
第43話 漆黒のオーラ
放課後。
第二訓練場を訪れたジンを待っていたのは、夕日に照らされた無人の石畳と、訓練用の槍を肩へ担いだジルベスターだった。
「時間どおりだな」
ジルベスターは煙草をくわえたまま、ジンの全身を見回す。
「先に言っておく。俺はオーラの使い方を教えん」
「分かっています」
「お前に見せるだけだ。見たものを理解できなければ、そこで終わりだと思え」
「十分です」
ジンは訓練場の中央へ立つジルベスターから距離を取り、右眼へ魔力を集めた。
黄金色の光が灯る。
視界が切り替わり、ジルベスターの体内を流れる魔力が鮮明に浮かび上がった。
「始めるぞ」
ジルベスターが静かに息を吸う。
心臓付近にあるサークルから、魔力が流れ出した。
通常の魔術であれば、魔力はそこから腕や指先を通り、術式へ注がれる。しかし、ジルベスターの魔力は胸から腹部へ下降していた。
下腹部の奥に、小さな渦がある。
それが丹田だった。
流れ込んだ魔力が渦の中で圧縮され、回転する。
速く。
さらに速く。
魔力は何度も練り直されることで性質を変え、鋭く研ぎ澄まされた力となって全身へ流れ出した。
筋肉。
骨。
皮膚。
そして両手から、握られた槍へ。
淡い銀色のオーラが、ジルベスターの肉体と槍を覆う。
「……なるほど」
「もう分かったのか?」
「魔力を増幅しているわけではない。密度と流れる速度を変えているんですね」
オーラに変換された魔力は、魔術を発動させるための燃料ではない。
魔力そのものを肉体や武器へ定着させ、物質のように扱っている。
「半分正解だ」
ジルベスターが槍を振るう。
銀色の斬撃が石畳の上を駆け、離れた木製人形の肩を切り落とした。
「丹田は魔力を練るだけの器じゃない。肉体と魔力を繋ぐ、第二の心臓だ。作っただけでは意味がない。呼吸、意識、筋肉の動き。それらを一致させて初めてオーラになる」
ジルベスターは槍を下ろした。
「普通なら、今の感覚を掴むまでに数か月。丹田を形にして、まともに使えるようになるまでに一年以上かかる」
「もう一度お願いします」
「好きにしろ」
再び銀色のオーラが立ち上る。
ジンは神眼を凝らし、魔力の流れを追った。
一度目よりも深く。
二度目よりも細かく。
サークルから丹田へ入る魔力の量。
渦の回転方向。
呼吸による速度の変化。
圧縮された魔力が全身へ送り出される瞬間。
ジンは見たものを、すべて頭の中へ刻み込んだ。
◇
一時間後。
ジンは訓練場の中央へ座り、目を閉じていた。
呼吸を整え、自分の内側へ意識を沈める。
神眼によって、自分自身の魔力の流れを観察する。
心臓付近では、魔力核であるサークルが静かに回転していた。
そこから下腹部へ魔力を送る。
ジルベスターが行っていたとおり、魔力を一点へ集め、渦を作ろうとする。
「ぐっ……!」
腹部に鋭い痛みが走った。
集めた魔力が弾け、体内へ散っていく。
「やめておけ」
石壁へ背を預けていたジルベスターが告げる。
「魔力は無理に固めれば反発する。身体へ定着させるだけでも、何度も失敗を重ねて感覚を覚える必要がある」
ジンは答えず、もう一度魔力を集めた。
渦を作る。
圧縮する。
だが、また弾かれる。
額から汗が流れ落ちた。
「サークルが邪魔をしている……」
ジンのサークルからは、絶えず魔力が循環している。
そこへ新たな丹田を作ろうとすれば、二つの核が魔力を奪い合う。流れる方向も、回転の速度も異なるため、体内で魔力同士が衝突していた。
それこそが、魔術とオーラの両立が難しい理由だった。
「だったら……」
ジンは発想を変えた。
丹田を新しく作る必要はない。
下腹部へ第二の核を置くのではなく、すでに存在するサークルへ丹田の機能を組み込めばいい。
魔術を操る外環。
魔力を圧縮し、オーラへ変換する内環。
二つの機能を、一つの魔力核へ共存させる。
「何をするつもりだ?」
ジルベスターの声が僅かに鋭くなる。
ジンは神眼でサークルの構造を見つめた。
幾重もの術式が円を描き、魔力を蓄積しながら循環させている。
その内側へ、新しい流れを作る。
外側の輪は、これまでどおり魔術を扱うためのサークル。
内側の輪は、魔力を圧縮し、オーラへ変えるための丹田。
二つの機能を、一つの核へ重ね合わせる。
ジンはサークルへ流れ込む魔力の一部を反転させた。
「待て!」
ジルベスターが壁から背を離す。
「サークルへ直接干渉する気か? 失敗すれば魔力核が砕けるぞ!」
ジンにも危険は分かっていた。
だが、神眼には魔力の流れが見えている。
どこでぶつかるのか。
どこへ逃がせばよいのか。
どの程度ならサークルが耐えられるのか。
普通なら感覚だけで探るしかないものを、ジンは目で確かめながら組み替えることができた。
二つの魔力が、サークルの内側で渦を巻く。
逆方向へ回転しながらも、互いを押し潰さない距離を保つ。
やがて、二重の輪が完成した。
心臓が大きく脈打つ。
「はっ……!」
ジンの全身へ、圧縮された魔力が流れ込んだ。
だが、まだ足りない。
ジルベスターの銀色のオーラとは違い、ジンの魔力は武器へ定着する直前に揺らいでいた。
ジンは右手を見つめる。
指先から漏れた魔力が、黒い霧となって消えていく。
その色には見覚えがあった。
「ジョーカー……」
返事はない。
しかし、胸の奥には、深く沈んだジョーカーの存在を確かに感じる。
その周囲には、吸収した魔石の力と、数え切れないほどの負の感情が渦巻いていた。
怒り。
狂気。
憎悪。
ジンは、その深淵から僅かに漏れ出している黒い魔力へ意識を伸ばした。
「無茶をするな!」
ジルベスターが止めるより早く、黒い魔力がサークルへ流れ込んだ。
全身を灼くような痛みが走る。
ゴブリンロードとの戦いで味わった殺意が、脳裏を掠めた。
壊せ。
殺せ。
喰らえ。
ジンは奥歯を噛み締める。
「これは……俺の力だ」
感情へ呑まれるのではない。
自分の意思で、流れを支配する。
神眼がサークルの異常な膨張を捉える。
ジンは黒い魔力を細く分け、通常の魔力と混ぜ合わせた。
黄金色と赤紫色の魔力が、二重の輪となった《双環炉》の中で練り上げられていく。
それを全身へ流し、右手から刀へ送り込む。
刀身の表面に、黒い火が灯った。
「……何だ、それは」
ジルベスターが目を見開く。
炎に見える。
だが、熱はない。
黒い火は刀身を喰らうように揺らめきながら、刃と完全に一体化していた。
ジンが刀を振り下ろす。
漆黒の斬撃が石畳を走った。
訓練場の端に置かれていた木製人形が、斜めに両断される。
遅れて、その切断面から黒い炎が噴き上がった。
「できた……」
ジンが呟いた直後、胸のサークルが大きく軋んだ。
黒い炎が消える。
視界が揺らぎ、膝が石床へ落ちた。
「馬鹿者が」
駆け寄ったジルベスターが、倒れかけたジンの肩を掴む。
「いきなり魔力核を組み替える奴があるか。あと少し制御を誤れば、二度と魔力を使えなくなっていたぞ」
「成功はしました」
「一度使えただけで成功と呼ぶな」
ジルベスターはジンの胸へ手を当て、魔力の乱れを確かめる。
「持続できるのは数秒。魔力消費も通常のオーラとは比べものにならん。使うたびにサークルへ負担がかかる。選抜戦で乱用すれば、試合中に倒れるぞ」
「なら、倒れる前に決めます」
「お前は、どうしてそう極端なんだ……」
呆れた声とは裏腹に、ジルベスターの口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
「名前は決めたのか?」
ジンは刀身へ残る黒い残光を見つめた。
ジョーカーが操っていた黒い炎。
魔力と悪魔の力を、自分の意思で練り上げた闘気。
「《黒炎闘気》」
「そのままだな」
「分かりやすい方がいい」
「好きにしろ」
ジルベスターは新しい煙草へ火をつける。
「ただし、今日のところは終わりだ。それ以上続ければ、選抜戦の前に病院へ逆戻りするぞ」
ジンは刀を杖代わりにして立ち上がった。
身体は重い。
サークルも焼けつくように痛んでいる。
それでも、黒騎士に頼らず、自分の力だけで一歩を踏み出せた気がした。
ジョーカーの声は、まだ聞こえない。
黒騎士も応えない。
だが、その力の一部は、確かにジンの中で生きている。
漆黒の炎を宿した刀を鞘へ収め、ジンは暮れ始めた訓練場を後にした。
選抜テストまで、残された時間は僅か。
それでもジンは、初めて手にした自分だけのオーラを完成させるつもりだった。




