第37話 十挺の魔銃
第37話 十挺の魔銃
崩壊した鉄壁の向こうから、巨大黒騎士が片手を伸ばしてくる。
その背後では、黒紫色の霧から上半身を覗かせたジョーカーが、三日月のように裂けた口を歪めていた。
『ギャハハハハッ! ずいぶん派手に暴れたみてぇだな、お嬢ちゃん!』
「近づかないで!」
アグニスは意識を失ったニーニャを抱き締めた。
黒騎士が助けに来たことは理解している。それでも、目の前に立つ異形は、以前までの黒騎士とはあまりにも違っていた。
「待て、ジョーカー」
瓦礫の向こうから、ジンの声が響く。
クロエとイアンを伴い、崩れた壁を乗り越えてくる。全員が傷だらけだったが、どうにか無事だった。
「その二人には触れるな」
『ああ? 迎えに来てやったのに、随分な言い草じゃねぇか』
ジョーカーが不満そうに指を動かす。
巨大黒騎士の腕が止まり、その巨体が黒い霧へ崩れた。霧は五つに分かれ、元の大きさへ戻った黒騎士たちが牢獄へ降り立つ。
赤紫色の眼光が、同時にアグニスへ向けられた。
『ほらよ。これなら怖くねぇだろ?』
「十分に怖いわよ!」
アグニスが怒鳴る。
だが、緊張が途切れたためか、その声には僅かな安堵が混じっていた。
ジンはアグニスの前へ片膝をつき、ニーニャの顔を覗き込む。
銀色へ変わっていた髪は、すでに元の赤褐色へ戻っている。犬耳と巨大な尻尾にも雷は残っていなかった。
「生きているのか?」
「眠っているだけよ。突然、別人みたいになって拘束具を壊したと思ったら、ゴブリンを全滅させて倒れたの」
「悪魔の力が目覚めたのね」
クロエはニーニャの首筋へ指を当てた。
「脈は安定しているわ。魔力を使い果たしただけでしょう」
「そうか」
ジンが短く息を吐く。
牢の奥から、女性の啜り泣く声が聞こえた。
閉じ込められていたのは、ニーニャたちだけではない。行方不明になった村人や女冒険者たちが、互いに身体を寄せ合っている。
衰弱して自力では立てない者もいた。
衣服を破かれ、怯えたまま虚空を見つめる女性もいる。
「……許せない」
アグニスが低く呟いた。
その身体から、赤い魔力が立ち上る。
「この人達は、何もしていないのよ。それなのに……!」
怒りに呼応し、アグニスの背後へ灼熱の悪魔が浮かび上がった。
揺らめく輪郭が膨らみ、天井へ届くほど巨大になる。炎の中心部は赤を通り越し、眩い白へ変わっていた。
周囲の温度が急激に上昇する。
『いい怒りだ』
灼熱の悪魔が囁いた。
『もっと燃やせ。お前からすべてを奪おうとした者を、一匹残らず灰に変えろ』
「言われなくても、そのつもりよ」
「その力は、地上へ戻るために使え」
ジンが立ち上がった。
「助けた人たちを、ここから逃がす必要がある」
「あなたはどうするの?」
「まだ捕らわれている者がいる。俺とクロエは奥へ進む」
「二人だけで?」
「黒騎士もいる」
『俺様を頭数に入れるなら、もう少し敬意を払えよなぁ』
ジョーカーが笑う。
アグニスは反論しかけたが、腕の中にいるニーニャを見て言葉を呑み込んだ。
負傷者を守りながら戦える者が必要だ。
「分かったわ。この人たちは、私が守る」
「ワイも地上へ戻る組に入るで」
イアンがニーニャの前へしゃがみ込み、背中を向けた。
「さっきの悪夢で、もう大技を使える魔力は残っとらん。足手まといになる前に、できる仕事をさせてもらうわ」
アグニスとクロエが協力し、意識のないニーニャをイアンの背中へ乗せる。
巨大な尻尾が床を引きずった。
「ニーニャはん、見た目より重――」
「聞こえているニャ……」
「起きとるやないか!」
弱々しい声に、イアンが肩を跳ねさせる。
「身体が動かないニャ……。あと、乙女に重いは禁句だニャ……」
「はいはい。軽い、羽根みたいに軽いで」
「それなら許すニャ……」
それだけ言うと、ニーニャは再びイアンの肩へ顔を預けた。
短いやり取りに、捕らわれていた女性たちの表情が僅かに和らぐ。
「行くわよ」
アグニスが長剣を拾い、牢獄の出口へ向き直った。
騒ぎを聞きつけたゴブリンたちが、通路の奥から押し寄せてくる。槍や短剣を掲げた群れが、獲物を逃がすまいと喚き声を上げていた。
「道を開けなさい!」
アグニスが長剣を振るう。
白熱した炎が通路を駆け抜けた。
炎は生き物のように枝分かれし、捕虜たちを避けながらゴブリンだけへ襲いかかる。
「ギャアアアッ!」
悲鳴が連続した。
迫っていたゴブリンが次々と炎に包まれる。その一方で、すぐ近くにいた女性たちには熱風一つ届いていない。
怒りによって火力を増しながらも、その炎は完全にアグニスの意思へ従っていた。
「私の後ろから離れないで!」
アグニスを先頭に、捕虜たちが歩き始める。
最後尾についたイアンがニーニャを背負い、ジンたちへ振り返った。
「二人とも、死んだらあかんで」
「ああ」
「あなたもね」
クロエが答える。
アグニスの炎に照らされながら、一行は地上へ続く通路へ消えていった。
◇
「行くぞ」
ジンとクロエは五体の黒騎士を従え、地下王国の奥へ進んだ。
道中に現れるゴブリンは、黒騎士が次々と斬り伏せていく。
だが、敵の抵抗は途中から途絶えた。
「妙ね」
クロエが狙撃型魔銃を構えたまま、周囲を見回す。
「諦めたようには見えないわ」
「何かを待っている」
『何だっていいだろ。出てきた奴から壊せば済む話だ』
ジョーカーの愉快そうな声が響く。
やがて二人は、地下神殿を思わせる広間へ出た。
その中央に、十人ほどの女性が並ばされている。
全員の両手は縛られ、首元にはゴブリンの短剣が突きつけられていた。
女性たちを盾にするように、アーチャーとシャーマンが陣形を組んでいる。さらに左右の柱の陰には、重装備のホブゴブリンが待ち構えていた。
「動クナ!」
ゴブリンコマンダーが叫ぶ。
「動ケバ、女ヲ殺ス!」
ジンが右手を上げ、黒騎士を停止させる。
『面倒だな。人質ごと斬り飛ばすか?』
「許可しない」
『何人か死ぬだけだ。残りは助かるぜ?』
「一人も犠牲にしない」
『甘ぇなぁ、主人様は!』
「俺の命令が聞けないのか?」
五体の黒騎士が、僅かに震えた。
ジョーカーの笑い声が途切れる。
『……へいへい。好きにしな』
クロエは二丁の自動拳銃型魔銃を抜き、敵の配置を確認した。
「人質を押さえているのは十体。私が同時に撃てるのは二体だけよ」
「神眼で隙を探す」
「その間に殺されるわ」
ゴブリンコマンダーが腕を振り下ろす。
後列のアーチャーが弓を引き絞った。前へ出ることも、退くこともできない。
そのとき。
『なぜ、二本の腕だけで考える?』
クロエの耳元で、知らない声が囁いた。
「誰?」
『お前の武器を動かしているのは腕か? 違うだろう』
魔銃へ吸収された魂が、黒紫色の粒子となって溢れ出す。
『魔力と魂だ』
膨大な知識が、クロエの頭へ流れ込んだ。
銃身の形成。
魔力回路の接続。
照準の分割。
標的の選別。
クロエの周囲へ、黒紫色の術式が次々と展開された。
「ぐっ……!」
頭が割れるように痛む。
それでもクロエは意識を集中させた。
まず二挺の魔銃が、クロエの両手へ収まる。
さらに背後へ二挺。
左右へ三挺ずつ。
合計十挺の自動拳銃型魔銃が、翼を広げるようにクロエの周囲へ浮かび上がった。
「何だ、それは……?」
ジンが目を見開く。
「私にも分からないわ。だけど――使い方は分かる」
クロエの黄金色の瞳へ、十個の照準が重なった。
一体目。
二体目。
三体目。
人質を拘束するすべてのゴブリンを、それぞれ別の魔銃が捉えていく。
十の標的。
十の距離。
十の射線。
それらを同時に処理する負荷が、クロエの脳を焼く。
鼻から一筋の血が流れた。
「照準……固定」
「撃テ!」
ゴブリンコマンダーが叫んだ。
クロエは黄金色の瞳を見開く。
「《十連魔弾》――撃ち抜きなさい!」
十発の銃声が、一つに重なった。
人質の首元へ刃を当てていた十体のゴブリンが、ほぼ同時に頭部を撃ち抜かれる。
女性たちが床へ伏せた。
「黒騎士! 人質を守れ!」
ジンの命令を受け、五体の黒騎士が前へ飛び出す。女性たちの前へ並び、飛来する矢を装甲で受け止めた。
クロエの周囲で、十挺の魔銃が旋回する。
次の標的はアーチャー。
続いてシャーマン。
最後にコマンダー。
黒紫色の銃火が暗い広間を照らし、放たれた魔弾が敵陣へ降り注いだ。
「ギャアアアアッ!」
逃げる間もない。
柱の陰へ逃げ込んだゴブリンを追い、魔弾が空中で鋭く軌道を変える。
石柱の側面を回り込んだ一発が、そのこめかみを正確に撃ち抜いた。
十挺の魔銃が、それぞれ別の敵へ狙いを定め、次々と銃弾を浴びせていく。
僅か数秒。
それだけで、広間を埋めていたゴブリンの軍勢が壊滅した。
「もう……限界ね」
一挺。
また一挺。
空中の魔銃が黒紫色の粒子へ戻っていく。
すべての魔銃が消えた瞬間、クロエの膝から力が抜けた。
ジンが身体を支える。
「無茶をしたな」
「あなたにだけは、言われたくないわ」
クロエは荒い息を吐きながらも、人質たちが無事であることを確認した。
『面倒なことをしやがる』
ジョーカーが不満そうに吐き捨てる。
『最初から全員まとめて吹き飛ばせば、一発だっただろうが』
「だから、お前には任せられない」
ジンはクロエを立たせ、広間のさらに奥へ目を向けた。
重い扉の向こうから、地響きのような振動が伝わってくる。
まだ終わっていない。
地下王国の最深部。
そこに、すべての元凶が待っている。
「人質を安全な場所へ移したら、先へ進む」
『ギャハハハハッ!』
ジョーカーの影が、ジンの背後で大きく両腕を広げた。
『ようやく王様の首を取りに行くのか!』
五体の黒騎士が一斉に振り返る。
兜の奥で、赤紫色の眼光が燃え上がった。
『次は俺様の好きにやらせろよ、主人様』
「断る」
ジンの即答に、狂った笑い声が地下神殿へ響き渡った。




