↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒騎士物語  作者: 神
33/49

第32話 たこ焼きパーティー

第32話 たこ焼きパーティー


 グランドシャークを討伐してから、しばらく後。


 沈没を免れた漁船は、軋む船体をどうにか進ませながら、巨大な死骸へ何本もの縄を掛け、ゆっくりと港へ向かっていた。


 先ほどまで荒れ狂っていた海も、今は嘘のように穏やかになっている。


「…………」


 甲板の隅では、ずぶ濡れになったニーニャが奇妙な顔で腰を押さえていた。


 犬耳が落ち着かない様子で動き、巨大な尻尾も左右へ揺れている。


「どうした?」


 ジンが尋ねると、ニーニャは青ざめた顔を上げた。


「パンツの中に違和感があるニャ!」


「なぜ俺に報告する」


「何かいる気がするニャ!」


「そんなわけ――」


 クロエが言い終えるより早く、ニーニャの腰回りから、紫色の細い触腕が一本、にゅるりと姿を現した。


「ニャ……?」


 ニーニャが恐る恐る視線を落とす。


 赤黒いビキニアーマーの隙間で、小型のタコ型魔物が蠢いていた。


 海へ落ちた際、どさくさに紛れて潜り込んだらしい。


「ニャアアアアッ!?」


挿絵(By みてみん)


 ニーニャの全身の毛が逆立った。


「いつから入ってたニャ! 早く出ていくニャ!」


「落ち着きなさい。無理に引っ張ったら――」


「無理だニャアアッ!」


 クロエの制止も聞かず、ニーニャの全身から青白い雷が噴き上がった。


 激しい放電が甲板を照らす。


「ニャハアアアッ!?」


挿絵(By みてみん)


 タコだけでなく、放電した本人まで感電した。


 ニーニャは髪と尻尾を大きく膨らませ、口から細い煙を吐きながら、その場で硬直する。


 やがて黒く焦げたタコが、ぽとりと甲板へ落ちた。


「何をしているんだ、お前は」


「仕方なかったニャ……」


 涙目になったニーニャは、動かなくなったタコを摘まみ上げる。


「そいつはマリンオクトパスだ。見た目は悪いが、火を通せば食えるぞ」


 船員の言葉を聞いた途端、涙目だったニーニャの表情が変わった。


「決めたニャ。今夜はたこ焼きパーティーだニャ!」


「それを食べるつもりなの?」


 アグニスが露骨に顔を引きつらせた。


「魔物にやられっぱなしでは終われないニャ!」


「もう十分にやり返したと思うけれど……」


 クロエの呟きを乗せ、漁船は港へ入っていった。


 グランドシャークの死骸が姿を現した瞬間、港中から人々が集まってきた。


 巨大な頭部。


 幾重にも並んだ牙。


 硬い鮫肌を焼き裂き、頭蓋骨まで貫通した大剣の痕。


 その姿を目の当たりにした漁師たちから、大きなどよめきが上がる。


「本当に倒したのか……」


「これで、また漁に出られる!」


 グランドシャークが出没するようになってから、何隻もの船が襲われていた。命を落とした漁師もおり、残された者たちは海へ出ることさえできずにいたのだ。


 一人の年老いた漁師が、五人の前へ進み出る。


「ありがとう。あんたたちのおかげで、俺たちはまた海で生きていける」


挿絵(By みてみん)


 深々と頭を下げた彼に続き、周囲の人々も感謝の言葉を口にする。


 ニーニャは得意げに胸を張り、イアンは人当たりのよい笑顔で応えていた。


 クロエは静かに頭を下げる。


 アグニスだけは、どう反応すればよいのか分からない様子だった。


「お前が炎で大剣を強化してくれなければ、倒せなかった」


 ジンが声を掛ける。


「礼を言う」


「わ、私は自分の役割を果たしただけよ」


 アグニスは赤くなった顔を隠すように、濡れた髪を掻き上げた。


「それに、五人で受けた依頼でしょう。私だけに礼を言わないで」


 その日の夕方。


 五人は冒険者ギルドへ戻り、グランドシャークの討伐完了を報告した。


 鮫肌や牙、ヒレ、肉には高値がついた。


 討伐報酬と素材の売却金を合わせれば、五人で分けても十分な金額になる。


「これで新しい制服が買えるニャ!」


「結局、買うのね」


「予備として持っておくニャ!」


 金貨を抱えて喜ぶニーニャの横で、ジンは卓上に置かれた巨大な魔石を見つめていた。


 グランドシャークの体内から取り出された、青黒い魔石。


 ストームワイバーンのものにも劣らないほど、濃密な魔力を秘めている。


「魔石も売却して、五等分するのか?」


 ジンの問いに、クロエは首を横へ振った。


「これは、あなたが受け取るべきよ」


「五人で倒した魔物だ」


「海へ飛び込んでニーニャを助け、グランドシャークを海上まで誘き出したのはあなたでしょう?」


「私も賛成だニャ!」


 ニーニャが勢いよく手を上げる。


「ジンがいなかったら、私は今頃サメのお腹の中だニャ!」


「ワイも異論はないで。魔石より金貨の方が商売には使いやすいからな」


 残るアグニスへ視線が集まる。


「何よ?」


「お前はどうする?」


「好きにすればいいでしょう」


 アグニスは気まずそうに顔を逸らした。


「私たちは素材の売却金を受け取っているもの。その魔石は、新人戦へ向けた必要経費としてあなたへ預けるわ」


「分かった。ありがたく受け取る」


「だから、私に礼を言わないで!」


 ジンが魔石を収納指輪へ収めると、ニーニャが勢いよく立ち上がった。


「それじゃあ、初任務達成のお祝いをするニャ!」


「どこで?」


「ジンの屋敷だニャ!」


「なぜ勝手に決める」


「広いし、クロエも料理ができるニャ!」


「私が作ることまで決まっているの?」


「今夜はたこ焼きパーティーだニャ!」


 イアンは迷うことなく参加を表明した。


 アグニスは一度断ろうとしたが、ニーニャに「仲間なのに来ないのかニャ?」と尋ねられ、言葉に詰まった。


「行かないとは言っていないでしょう!」


 勢いよく答えた後、自分から参加したがっているように聞こえたことへ気づき、頬を赤く染める。


 クロード家へ到着すると、イアンとアグニスは門の前で立ち止まった。


「ジンはん、随分と立派な屋敷に住んどるんやなあ」


「両親が残したものだ」


「一人で住んでいるの?」


「今はクロエとニーニャもいる」


 当然のように答えたジンへ、アグニスが勢いよく振り返った。


「三人で暮らしているの!?」


「ああ」


「年頃の男女が同じ屋根の下で生活するなんて、不健全よ!」


「寝室は別よ」


 クロエが冷静に訂正する。


「そういう問題ではないわ!」


「なら、アグニスも泊まれば公平だニャ」


「誰が泊まるものですか!」


 赤面するアグニスの横で、イアンが羨ましそうにため息を吐いた。


「美少女二人と同居しながら、さらに侯爵令嬢まで泊まりに来るんか。ジンはん、前世でどれだけ徳を積んだんや?」


「意味が分からない」


 やがて、居間の卓上へ焼きたてのたこ焼きが並べられた。


 クロエは手際よく生地を丸め、アグニスは負けじと鉄串を操る。ジンも無表情のまま、形の崩れた生地をひっくり返していた。


「ところで、これ……」


 たこ焼きを口へ運びかけたイアンが、動きを止める。


「さっきまでニーニャはんのパンツの中におったタコやんな?」


 全員の手が止まった。


「しっかり洗ったから大丈夫だニャ!」


「味の問題やなくて、気持ちの問題やと思うんやけど……」


挿絵(By みてみん)


 アグニスが無言で皿を遠ざける。


 クロエも僅かに眉を寄せた。


 そんな中、ジンだけが構わず一つ口へ入れる。


「普通に美味いぞ」


「さすがジンだニャ!」


「ジンはん、魔物より精神が強いんと違うか?」


 笑い声が、久しく静まり返っていたクロード家の居間へ広がった。


 その日の深夜。


 皆が寝静まった後、ジンは一人で裏庭に立っていた。


 手にしているのは、グランドシャークの魔石。


「換装」


 三体の黒騎士が黒い霧へ変わり、ジンの身体を覆う。


 兜の口元が霧へ変わった。


 ジンは青黒い魔石を口へ運び、一気に噛み砕く。


 次の瞬間。


「ぐっ……!」


 凄まじい魔力が体内へ流れ込んだ。


 暗い海。


 血の臭い。


 牙で肉を引き裂く感触。


 傷つけられるほど激しく燃え上がる、原始的な闘争本能。


『喰らえ』


 自分のものではない思念が、頭蓋の内側へ響く。


『もっと喰らえ』


 漆黒の鎧が激しく脈打った。


 肩の装甲が大きく張り出し、背鰭を思わせる鋭い突起が生まれる。腕と脚を覆う黒鋼は牙のように重なり、兜の口元も獣の顎を思わせる凶暴な形へ変形した。


 指先から、長く鋭い爪が伸びる。


 力が満ちていく。


 それでも、足りない。


 収納袋に残された魔石が、ひどく美味そうに思えた。


『喰らえ』


『すべて喰らえ』


 右手が、勝手に収納袋へ伸びかける。


 ジンはその手首を左手で掴み、力任せに押さえ込んだ。


「黙れ」


 黄金色の右眼が闇の中で輝く。


「何を喰らい、何のために力を使うのか。それを決めるのは俺だ」


 足元の影が大きく膨らんだ。


 一体目。


 二体目。


 三体目。


 続いて、さらに深い闇の中から、四体目の黒騎士が立ち上がる。


 それだけではない。


 魔力の器そのものが広がっている。


 四体を同時に召喚しているにもかかわらず、一体ごとの力は以前よりも強い。


 四体目の黒騎士が、ジンの前へ片膝をついた。


「御意」


 その声に重なるように、残る三体も頭を垂れる。


 グランドシャークの闘争本能は、黒騎士たちにも共有されていた。


 兜の奥に灯る赤い眼光は、以前よりも獰猛に輝いている。


「四体目か」


 確かに、強くなった。


 だが、胸の奥に残る飢えは消えていない。


『もっと喰らえ』


 闇の中から響く思念を押さえ込み、ジンは四体の黒騎士を見渡した。


 力を得るほど、鎧は強くなる。


 同時に、喰らった魔物の本能も濃くなっていく。


 それでも、止まるつもりはなかった。


 一か月後の新人戦。


 その先に待つオルクス帝国。


 すべてを乗り越えるためには、まだ力が足りない。


「次へ進むぞ」


「御意」


 四つの声が、夜の屋敷へ静かに重なった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。