第29話 5人目の仲間
第29話 五人目の仲間
すべての模擬戦が終了した頃には、屋外訓練場の石床は見る影もなく荒れ果てていた。
魔弾に穿たれた穴。
冷気に覆われた白い霜。
炎によって黒く焼けた跡。
そして、アルベルトが生み出した無数の槍によって刻まれた亀裂。
「ひどい有様ね」
クロエが呆れたように訓練場を見回す。
「私だけのせいじゃないニャ」
ビキニアーマー姿のニーニャは、焼け焦げた制服の残骸を両腕で抱えていた。
先ほどまで勝利の余韻に浸っていたはずだが、特注制服の値段を聞いてから、犬耳も大きな尻尾も力なく垂れ下がっている。
「この布、縫い合わせたら直らないかニャ?」
「炭を糸で縫えるなら試してみればいいわ」
「諦めるのはまだ早いニャ!」
「購買部へ行った方が早いと思うぞ」
「ジンは黙ってるニャ! 制服代を貸してほしくなったら、そのとき声をかけるニャ!」
「借りる気なのか」
ジンが尋ねると、ニーニャは聞こえないふりをして顔を逸らした。
「くだらねえ話はそこまでにしろ」
訓練場の中央から、シルベスターの気怠そうな声が飛んできた。
生徒たちが顔を向ける。
シルベスターは携帯灰皿へ煙草を押しつけると、皺だらけのローブから一枚の書類を取り出した。
「お前たちに知らせておくことがある。一か月後、新人戦が開催される」
その言葉を聞いた瞬間、疲れ切っていた生徒たちの空気が変わった。
「新人戦……」
「もうそんな時期なのか?」
貴族の生徒を中心に、興奮を含んだ囁きが広がっていく。
「何だ、それは?」
ジンが尋ねると、隣にいたクロエが僅かに眉を上げた。
「知らないの?」
「初めて聞いた」
「相変わらず、興味のないことには徹底して無関心ね」
シルベスターは面倒そうに銀髪を掻き、生徒たちを見渡した。
「新人戦は、王国にある五大都市を代表する一年生が実力を競う大会だ。聖騎士学園、黒騎士学園、騎士学園、魔導騎士学園。その四校から、各都市につき一組ずつ代表が選ばれる」
五つの都市。
四つの学園。
合計二十組。
「一組五人だから、出場者は百人だ。国王陛下をはじめ、貴族や各騎士団の団長も観戦に来る。将来有望なガキを見つけて、青田買いするためにな」
「先生、言い方が悪いです」
シルフが窘めると、シルベスターは鼻を鳴らした。
「事実だろ。活躍すれば騎士団から声が掛かる。平民なら奨学金や貴族家の後援を得られる可能性もある。貴族なら自分の家名を売る絶好の機会だ」
生徒たちの表情に、明確な野心が宿る。
騎士団への入団を望む者にとって、新人戦は将来を左右する大舞台だ。
家柄を持たない平民にとっては、実力一つで人生を変えられる数少ない機会でもある。
「なるほどなあ」
イアンが細い目をさらに細め、楽しそうに笑った。
「王国中の偉いさんが、向こうから見に来てくれるんか。平民にとっては、顔を売るだけでも十分な儲けやな」
「お前は何でも商売に結びつけるんだな」
「使える機会は使わな損やで、ジンはん」
シルベスターは手にしていた書類を軽く振った。
「新人戦に参加したい奴は、まず五人一組でチームを作れ。申請期限は一週間後。その後、学園内で代表選抜戦を行う。首都の黒騎士学園から出場できるのは、優勝した一組だけだ」
「クラスは関係ないのですか?」
「一年生ならAからDまで誰と組んでも構わねえ。爵位も出身も問わん。ただし、一人でも欠けていれば申請は受理しない」
言い終わるより早く、生徒たちは周囲の顔ぶれを確認し始めた。
誰と組めば勝てるのか。
誰を仲間へ引き入れるべきなのか。
笑顔で話しかける者がいる一方、平民の生徒を最初から候補から外す貴族もいる。
実力主義を掲げる学園の中でさえ、生まれによる壁は簡単には消えない。
「それと、優勝した代表チームには、国庫から上級魔石が一人一個ずつ授与される」
ざわめきの中で、ジンの右眼が僅かに見開かれた。
上級魔石。
ストームワイバーンから得たもの以上の膨大な魔力を秘めた品だ。
市場へ出回ることはほとんどなく、たとえ売りに出されたとしても、今のジンには到底手が届かない。
「急に目の色が変わったわね」
クロエが横目でジンを見る。
「必要なものだからな」
「優勝するつもり?」
「出る以上は、そのつもりだ」
ジンは迷いなく答えた。
「私も出るニャ!」
落ち込んでいたニーニャが勢いよく顔を上げる。
「新人戦で活躍すれば、賞金も出るはずだニャ! 制服代くらい取り返せるニャ!」
「賞金については何も言われていないぞ」
「きっと出るニャ!」
根拠のない期待を抱き、ニーニャは胸を張った。
「これで三人ね」
クロエが当然のように自分を数へ加える。
「あと二人だ」
「ジンはん。その一枠、ワイに譲ってくれへんか?」
待っていたかのように、イアンが三人の会話へ入り込んできた。
「お前が?」
「嫌そうな顔せんといてや。正面から殴り合うんは苦手やけど、集団戦なら《悪夢》は役に立つで。敵を分断することも、偽の景色を見せて誘導することもできる」
「自分で言うだけなら、誰にでもできるニャ」
「ジンはんとの模擬戦は見てたやろ?」
「負けてたニャ」
「相手が悪かったんや!」
イアンは困ったように笑いながらも、引き下がらなかった。
軽薄に見えるが、悪夢の悪魔が持つ力は本物だ。
現実と区別できない幻覚は、相手が多いほど大きな効果を発揮する。直接敵を倒せなくとも、戦場を支配できる能力だった。
「俺たちについて調べるつもりか?」
ジンが尋ねる。
「それも否定はせえへん」
イアンはあっさりと認めた。
「せやけど、勝ちたいんも本心や。どうせ組むなら、一番面白くて強そうな連中がええ」
「正直なのか怪しいのか、よく分からない奴だニャ」
「隠れて探られるよりはましでしょう」
クロエがそう言ったことで、四人目が決まった。
「残り一人か」
ジンが周囲を見渡す。
その視線の先では、シルフがすでに生徒たちから囲まれていた。
王女と同じチームへ入れば、新人戦の代表へ選ばれる可能性が高くなる。そう考えた貴族たちが、我先にと自分を売り込んでいる。
「シルフ殿下。ぜひ私をお加えください」
アルベルトも、その中にいた。
「私の《魔槍》があれば、必ず殿下を新人戦へお連れできます」
シルフは少し考えた後、静かに首を横へ振った。
「あなたの槍術と悪魔の能力が優れていることは認めます」
「でしたら――」
「ですが、私はあなたへ背中を預けることができません」
アルベルトの表情が固まった。
「先日の実力測定で、あなたは仲間を盾にしました。今日の模擬戦では自分で考えて戦っていましたが、失われた信頼は一度の戦いでは戻りません」
「私は侯爵家の嫡男です。平民よりも、必ずお役に――」
「今の言葉で、あなたを選ばない理由が増えました」
穏やかでありながら、拒絶の意思は明確だった。
周囲の生徒たちが見守る中、アルベルトは屈辱に顔を歪める。
シルフは彼から視線を外すと、列の後方にいた少女へ歩み寄った。
栗色の髪を肩口で揃えた、華奢な伯爵令嬢。
サーシャ・クラトスは、王女が自分へ近づいてきたことに気づき、怯えたように肩を震わせた。
「サーシャ。私と組んでもらえませんか?」
「わ、私ですか!?」
「あなたの悪魔の力は、集団戦で役に立ちます」
「でも、私の悪魔は、その……淫魔で……」
口にしただけで恥ずかしくなったのか、サーシャの顔が耳まで赤く染まる。
「契約した悪魔が何者かは関係ありません」
シルフは真っすぐにサーシャを見つめた。
「その力を何のために使うかは、あなた自身が決めることです」
サーシャは驚いたように目を見開いた。
しばらく迷った後、小さく、それでも確かに頷く。
「わ、私でよければ……」
「決まりですね」
「王女殿下!」
今度は、筋骨隆々とした巨漢が人垣を掻き分けて現れた。
「このマッスルの筋肉も、ぜひお役立てください!」
「え、ええ。頼りにしています」
シルフは勢いに押されながらも頷いた。
着々とチームを作るシルフを眺め、クロエが口元へ僅かな笑みを浮かべる。
「人を集めるのが上手ね」
「王女だからか?」
「それだけではないわ」
シルフは家名だけで相手を選んでいない。
能力だけでもない。
自分の目で見て、誰へ背中を預けられるかを判断している。
それは、シルフが自分だけの騎士団を作るために必要な資質でもあった。
「それより、私たちの五人目はどうするニャ?」
「一人、心当たりがあるで」
イアンが教室へ戻ろうとしていた赤髪の少女へ目を向ける。
アグニスだった。
「広い戦場で複数の敵と戦うんや。まとめて薙ぎ払える火力役がおった方がええ」
「本人が承諾すると思うか?」
「そこはジンはんの交渉次第やな」
楽しそうに笑うイアンを一瞥し、ジンはアグニスのもとへ歩いた。
「アグニス」
呼び止められた彼女が振り返る。
「何?」
「新人戦で俺たちと組んでほしい」
「……本気で言っているの?」
「ああ」
アグニスのエメラルドグリーンの瞳が険しくなる。
「私は昨日まで、あなたを憎んでいたのよ。決闘まで申し込んだ相手を、仲間へ誘うつもり?」
「お前が俺をどう思っているかと、お前が強いことは別だ」
ジンは淡々と答えた。
「俺たちには広範囲を攻撃できる者がいない。お前の炎が必要だ」
慰めでも、同情でもない。
純粋に一人の戦力として、自分を評価している。
アグニスは言葉を失った。
「断るなら、別の者を探す」
「少しは迷いなさいよ!」
「期限は一週間しかない」
「そういう意味ではないわ!」
アグニスは苛立ったように赤い髪を掻き上げた。
その視線が、ジンの後ろにいる三人へ向かう。
クロエは静かに成り行きを見守り、ニーニャは期待を隠さず尻尾を振っている。イアンだけは、いつもの笑みを顔へ張りつけていた。
「一日、考えさせて」
「分かった」
ジンがあっさり引き下がると、アグニスは複雑そうな表情で歩き去った。
翌朝。
シルベスターが教室へ入ると、机の上に一枚の申請書が置かれていた。
すでに四人の名前が記されている。
ジン・クロード。
クロエ。
ニーニャ。
イアン。
五人目の欄だけが空白だった。
「五人集めるだけなら簡単だ」
シルベスターは申請書を持ち上げ、気怠そうに呟く。
「だが、五人で一つになるのは難しいぞ」
そのとき、教室の扉が開いた。
アグニスが真っすぐに教壇へ歩き、シルベスターの手から申請書を取る。
教室中の視線が集まる中、彼女は空白だった五人目の欄へ自分の名前を書き込んだ。
「勘違いしないで」
アグニスは申請書をジンの机へ置く。
「あなたを許したわけではないわ。あなたの両親が無実だと認めたわけでもない」
「ああ」
「新人戦が終わるまで、あなたが本当に仲間を見捨てない人間なのか、私が自分の目で見極める」
「それで構わない」
ジンが頷く。
アグニスは気まずそうに顔を逸らし、空いている席へ戻っていった。
こうして、五人が揃った。
黒騎士を従える少年。
魔銃を操る公爵令嬢。
風と雷を纏う犬耳の少女。
悪夢を現実へ映し出す商人の息子。
そして、憎しみを灼熱へ変える侯爵令嬢。
実力も、身分も、目的も違う。
互いを完全に信用している者など、一人もいない。
シルベスターは五人の名前が並んだ申請書を眺め、煙草へ火をつけた。
「一か月後の新人戦へ出る前に、まず学園の代表になれ」
吐き出された紫煙が、教室の天井へ昇っていく。
「お前たち五人が仲間になれるかどうかは、それからだ」




