第24話 灼熱の決闘
第24話 灼熱の決闘
翌日の放課後。
黒騎士学園の円形訓練場には、一年A組だけでなく、噂を聞きつけた大勢の生徒が集まっていた。
中央で向かい合うのは、ジンとアグニス。
二人の間に立つシルベスターは、決闘申請書を片手に気怠そうな顔で煙草を吸っている。
「勝敗は戦闘不能、降参、または立会人である俺の判断で決める。悪魔と武器の使用は自由。ただし、殺した方は退学だ」
紫煙を吐き、二人を順番に見る。
「昨日も言ったが、自分の頭で考えろ。意地と命を秤にかける必要が出たら、迷わず命を選べ」
「承知しています」
アグニスは長剣を抜いた。
その刀身を、赤い炎が覆っていく。
「俺も異論はない」
ジンも刀を抜き、静かに構えた。
観客席では、ニーニャとクロエが並んで二人を見守っていた。
「ジンは勝てるのかニャ?」
「単純な実力なら負けないでしょう。ただ、相手が悪いわね」
「どういう意味だニャ?」
「あの炎は、怒りが強いほど激しく燃える。今のアグニスにとって、ジン以上に相性のいい相手はいないということよ」
シルベスターが右手を上げる。
「始めろ」
腕が振り下ろされるより早く、アグニスが踏み込んだ。
「燃え尽きなさい!」
炎を纏った長剣が振り抜かれる。
刃から放たれた灼熱の斬撃が、石床を焼き裂きながらジンへ迫った。
ジンは身体を僅かに傾ける。
炎が黒い制服の胸元を掠め、背後の石壁へ直撃した。爆音とともに火柱が立ち上がり、訓練場を守る魔術障壁が激しく揺れる。
間を置かず、二撃目が放たれた。
横薙ぎ。
袈裟斬り。
突き。
長剣の軌道を追うように炎が空中へ残り、逃げ道を塞いでいく。
ジンの右眼が黄金色へ変わった。
神眼が剣と炎の軌道を捉える。
半歩下がり、突きをかわす。
刀で長剣の軌道を僅かに逸らし、その下を潜り抜ける。
最小限の動きで回避を続けるが、炎の勢いは増すばかりだった。
「どうして反撃しないの!」
「今のお前は、俺を見ていない」
「何ですって?」
「お前が斬ろうとしているのは、四年前の父だ」
「黙りなさい!」
アグニスの怒声に呼応し、全身から炎が噴き上がった。
背後に、燃え盛る巨大な悪魔の影が浮かび上がる。
湾曲した二本の角。
炎で形作られた腕。
溶岩のように赤く輝く眼。
灼熱の悪魔がアグニスの怒りを喰らい、彼女へ膨大な魔力を送り込んでいた。
「お父様は、あなたの父親を信じて戦場へ向かった! それなのに、あの男は部下を置いて逃げた!」
炎の奔流が解き放たれた。
ジンは床を蹴って横へ跳ぶ。
直後、それまで立っていた場所が爆発した。
吹き荒れる熱風に煽られ、ジンの身体が宙を舞う。受け身を取って着地したものの、制服の袖から細い煙が上がっていた。
アグニスも無事ではない。
長剣を握る手は赤く焼け、呼吸も乱れている。額には苦痛の汗が浮かんでいた。
それでも、炎を弱めようとはしなかった。
「自分の身体まで焼くつもりか」
「あなたを倒せるなら、どうなっても構わない!」
その瞳を見た瞬間、ジンの胸が痛んだ。
憎しみ以外のすべてを捨てた眼。
命も、未来も、自分自身さえも顧みない。
(俺も、あのオークを前にしたときは――)
昨日の自分が、アグニスの姿へ重なる。
(こんな目をしていたのか)
ジンは静かに息を吐いた。
憎しみを消すことはできない。
だが、それに判断を委ねる必要もない。
「出てこい――黒騎士!」
足元の影が大きく膨らんだ。
黒い霧の中から、一体目の悪魔の騎士が現れる。
続いて二体目。
さらにその奥から、三体目の黒騎士が立ち上がった。
「三体だと?」
観客席から驚きの声が上がる。
クロエが黄金色の瞳を細めた。
「いつの間に……」
「私も知らないニャ!」
三体の黒騎士が、ジンを中心に散開した。
一体目が正面から大剣を構え、炎の斬撃を受け止める。二体目は右側へ回り込み、三体目は左からアグニスの背後を狙う。
その瞬間。
ジンの視界が四つに分裂した。
「ぐっ……!」
自分の視界へ、三体の黒騎士が見ている光景が同時に流れ込んでくる。
正面から見たアグニス。
横顔。
背中。
異なる距離と角度が重なり、足元が大きく揺れたように感じた。
「隙あり!」
炎の突きが迫る。
ジンは咄嗟に首を傾けた。
切っ先が頬を掠め、背後で炎が爆発する。
「今のは……黒騎士の視界か」
ジンは神眼へ意識を集中させた。
混ざり合う四つの光景を、一つずつ切り分ける。
正面。
右。
左。
背後。
神眼によって整理された視界が、訓練場全体を俯瞰する立体的な像へ変わっていく。
死角が消えた。
アグニスの足の向きも、剣を握る指の動きも、背後で揺れる炎さえも同時に見える。
ジンが命令を口にするより早く、三体の黒騎士が動き出した。
一体が炎を受け止める。
その陰から二体目が大剣を振り下ろす。
アグニスが身を翻してかわすと、退路には三体目が待ち構えていた。
「邪魔よ!」
炎を纏った長剣が三体目を薙ぎ払う。
漆黒の鎧が炎に包まれたが、倒れない。
黒騎士たちは互いの視界を通して動きを補い、隙のない連携でアグニスを追い詰めていく。
それでも彼女は、黒騎士を見ていなかった。
燃え盛る瞳は、ジンだけを捉えている。
「私が倒すのは、あなただけよ!」
左右から迫る大剣を強引にかわし、アグニスが一直線に突進する。
防御も退路も捨てた、捨て身の一撃。
ジンは避けなかった。
三体の黒騎士へ、同時に指示を送る。
そして自ら、アグニスの正面へ踏み込んだ。
「ジン!」
ニーニャの声が響く。
炎の長剣と刀が激突した。
轟音。
爆発的な炎が二人を包み込む。
刀身を通じて凄まじい熱が襲いかかり、ジンの黒いロングコートが燃え上がった。制服の上着とシャツも焼け落ち、露わになった肌へ炎が走る。
「ぐっ……!」
ジンは魔力を皮膚と急所へ集中させ、歯を食いしばって炎剣を受け止めた。
燃え落ちた衣服の下。
その上半身には、無数の古傷が刻まれていた。
魔物の爪に抉られた傷。
牙に噛みつかれた痕。
刃物で裂かれ、縫い合わせた跡。
両親を失った十四歳の頃から、たった一人で冒険者として戦い続けてきた証だった。
「その傷……」
アグニスの瞳が揺れる。
彼女が想像していたのは、裏切り者の名に守られ、何も失わずに生きてきた少年だった。
だが、目の前にいるジンの身体には、何度も死の淵を歩いてきた痕跡が残されている。
「今は、俺だけを見ている場合ではない」
「え……?」
背後へ回り込んでいた三体目の黒騎士が、大剣を消した。
漆黒の手刀が、アグニスの首筋へ正確に叩き込まれる。
「っ……」
炎が消えた。
アグニスの身体から力が抜け、その場へ崩れ落ちる。
ジンは刀を手放し、倒れかけた彼女を片腕で受け止めた。
「悪いが、俺はここで止まるわけにはいかない」
アグニスは薄く目を開き、何かを言おうとした。
だが、声を出す前に意識を失った。
訓練場を覆っていた炎が消え、焼け焦げた石床から白い煙が立ち昇る。
「そこまで」
シルベスターの声が響いた。
「勝者、ジン・クロード」
静まり返っていた観客席から、遅れて歓声が上がる。
ジンはアグニスを治癒術師へ預けた。
「昨日よりはマシだな」
シルベスターが近づいてくる。
「少なくとも今回は、怒りに任せて突っ込んだわけじゃねえ。敵と仲間の位置を見て、自分で判断した」
「ああ」
「だが、自分を囮にする戦い方を癖にするな。お前の命は一つしかねえぞ」
「覚えておく」
ジンが答えると、シルベスターは焦げた制服を見てため息をついた。
「制服代は自腹だからな」
「そこは学園で負担してくれないのか?」
「決闘は授業じゃねえ」
観客席から降りてきたニーニャが、ジンの傷だらけの上半身を見上げる。
「アンタ、今までどんな依頼を受けてきたんだニャ……?」
「覚えていない」
「普通は覚えてるニャ!」
クロエは何も言わず、ジンの古傷を見つめていた。
やがて自分の上着を脱ぎ、彼の肩へ掛ける。
「いつまでその格好でいるつもり?」
「助かる」
「貸すだけよ。燃やしたら弁償してもらうわ」
「もう戦闘は終わったニャ!」
翌朝。
治療室の寝台で目を覚ましたアグニスは、白い天井を見上げていた。
首筋には鈍い痛みが残っている。
決闘には負けた。
それでも、クロード家への憎しみが消えたわけではない。
ただ、炎の向こうに見えたジンの傷が、頭から離れなかった。
「どうして……」
アグニスはシーツを強く握り締める。
「裏切り者の息子が、あんな身体をしているの……?」
胸の奥に生まれた小さな疑問は、どれだけ怒りを燃やしても、消えてはくれなかった。




