第17話 西部ギルドの洗礼
第17話 西部ギルドの洗礼
朝食を終えたジンたちは、レグナの大通りを歩いていた。
ストームワイバーンの襲撃によって、三人が乗ってきた魔導列車は大きく損傷していた。首都ザザンへ直行する特急便も、安全確認のため数日間運休することになったらしい。
残されているのは、各駅へ停車する労働者向けの格安列車か、東へ向かう商隊や乗合馬車だけだった。
「少しくらい見て回ってもいいニャ!」
ニーニャはすっかり観光気分だった。
西部最大の交易都市であるレグナには、荒野や魔鉱山から運ばれてきた品々が集まっている。大通りには色鮮やかな天幕が並び、魔鉱石や武具、首都では見かけない魔導具が売られていた。
「目的を忘れるな。帰り道で受けられる依頼を探すために来た」
「分かってるニャ。その前に必要な装備を整えるニャ!」
ニーニャが露店に並ぶ金属製の食器へ手を伸ばした。
バチッ。
「ニャハッ!?」
指先から青白い火花が弾け、食器が一斉に震える。
店主が顔を引きつらせた。
「触るなら買ってくれよ」
「わ、分かってるニャ……」
ニーニャは気まずそうに手を引っ込めた。
ストームワイバーンの血から得た雷の力は、まだ完全には制御できていない。気を抜くと、身体に残った電気が周囲へ流れてしまう。
「絶縁手袋が必要ね」
クロエが冷静に告げる。
「分かってるニャ! だから探してるんだニャ!」
「感電するたびに尻尾が膨らむのは、見ていて面白いけれど」
「アンタには絶対に雷を流してやるニャ!」
三人は魔導具を扱う露店へ入り、電気を通しにくい魔獣革を内側へ縫い込んだ手袋を見つけた。
「金貨十五枚だ」
「買うニャ!」
「待ちなさい」
金貨を取り出そうとしたニーニャを、クロエが止める。
「縫製が粗いわ。指先の魔力経路も均一ではない。金貨八枚が妥当ね」
「お嬢ちゃん、見る目があるな……」
交渉の末、手袋は金貨九枚になった。
「アンタ、平民にしては随分と高級な装備に詳しいニャ」
「あなたも平民にしては、金貨十五枚を簡単に出そうとするのね」
「ニャ……」
二人の視線がぶつかった。
互いの正体を知る、公爵令嬢と侯爵令嬢。
事情を知らないジンは、また始まったとばかりに先へ歩き出した。
昼過ぎ。
三人はレグナの冒険者ギルドへ到着した。
首都ザザンの本部とは、雰囲気がまるで違う。
扉を開けた瞬間、酒と汗の臭いが鼻を突いた。昼間から木製の杯を傾ける者、依頼の分配を巡って怒鳴り合う者、机へ足を載せて眠る者。
鉱山や荒野を活動拠点とする者が多く、冒険者ギルドというより傭兵の詰め所に近かった。
「ガラが悪いニャ」
「聞こえてるぞ、犬耳」
「聞かせてるんだニャ」
ニーニャが声の主を睨み返す。
「揉め事を起こすな」
ジンは短く告げ、依頼掲示板へ向かった。
三人が首都で名を知られ始めているとはいえ、その噂はまだレグナまで届いていない。周囲から見れば、若い男が目立つ少女を二人連れて歩いているだけだった。
依頼書を確認していると、背後から下品な笑い声が聞こえた。
「随分と楽しそうだな、坊主」
振り返ると、五人の冒険者が立っていた。
全員が使い込まれた武器を持ち、身体には無数の傷がある。先頭の大柄な男は酒臭い息を吐きながら、ジンへ近づいてきた。
「可愛い女を二人も侍らせながら、冒険者ごっことは生意気だな」
「何か用か?」
「一人くらい、俺たちのパーティーへ貸してくれよ」
男の視線が、ニーニャとクロエの間を行き来する。
ニーニャの犬耳が不愉快そうに伏せられた。
ジンが前へ出ようとした、そのとき。
「構わないわ」
クロエが小さくため息をついた。
「ニャ?」
「この子でよければ、貸してあげる」
クロエはニーニャの背中へ手を当て、そのまま前へ押した。
「ちょっ、待つニャ!」
体勢を崩したニーニャが、大柄な男の胸へぶつかる。
「おっと。随分と積極的じゃねえか」
男が笑いながら、ニーニャの両肩を掴んだ。
その瞬間。
ニーニャの犬耳が、ぴんと立った。
「ニャハアッ!?」
バチバチィッ!
「ぎゃああああっ!」
ニーニャの身体に溜まっていた雷が、接触した男へ一気に流れ込んだ。
青白い火花が、薄暗いギルド内を照らす。
男の身体が激しく痙攣し、髪が一斉に逆立った。口から細い煙を吐きながら白目を剥き、そのまま床へ倒れる。
「な、何するニャ!」
放電したニーニャも無事ではなかった。
尻尾を膨らませ、震える指でクロエを指差す。
「ちょうど放電したそうだったから」
「私を武器みたいに使うなニャ!」
「役に立ったでしょう?」
「私は絶縁手袋を買ったばかりだニャ!」
「手袋以外は絶縁されていないもの」
「先に言えニャ!」
クロエは悪びれる様子もなく答えた。
しかし、床に倒れた男の仲間たちは笑っていない。
「ふざけやがって!」
「このガキども、ただで帰れると思うなよ!」
残った四人が椅子を蹴り倒し、それぞれの武器を抜く。
「揉め事を起こすなと言ったはずだ」
「私じゃないニャ! 原因を作ったのはクロエだニャ!」
「勝手に触ってきたのは向こうでしょう」
「二人とも下がっていろ」
ジンが前へ出た。
先頭の剣士が床を蹴り、片手剣を振り上げる。
「格好つけてんじゃねえ!」
刃がジンの肩へ迫った。
その瞬間、右眼が黄金色へ変わる。
周囲の時間が、急激に遅くなったように感じられた。
振り下ろされる剣。
床を踏み締める右脚。
強張った肩の筋肉。
相手の身体を巡る魔力まで、すべてが鮮明に見えている。
剣が通る軌道が黄金色の線となり、その先には、ジンが反撃を通すべき最短の経路まで浮かんでいた。
(これが、強化された神眼の力か)
ジンは半歩だけ横へ動いた。
剣先が黒いロングコートの表面を掠める。
「なっ――」
相手が驚くより早く、剣を握る手首を掴んだ。親指の付け根へ力を加え、関節を返す。
「ぐあっ!」
片手剣が床へ落ちる。
無防備になった鳩尾へ拳を叩き込み、一人目を沈めた。
「この野郎!」
左右から棍棒と短剣が迫る。
ジンは頭を僅かに傾けて棍棒をかわし、身体を半回転させて短剣を避けた。二つの武器が空中で衝突し、甲高い音を立てる。
棍棒を持つ男の膝裏を蹴る。
体勢を崩した顎へ掌底を当て、意識を刈り取った。
続けて短剣を持つ手首を押さえ、その勢いを利用して男を床へ投げ落とす。
最後の一人が、背後から斧を振り上げた。
「後ろだニャ!」
ニーニャが叫ぶ。
だが、ジンは振り返らなかった。
斧の軌道も、相手が踏み込む位置も、黄金色の線として見えている。
身体を沈めて刃をかわし、振り向きざまに肘を脇腹へ打ち込む。男が息を詰まらせたところで足を払い、石床へ転がした。
僅か十数秒。
四人の冒険者が、一撃もまともに当てられないまま床へ倒れていた。
ギルド内が静まり返る。
ジンは刀も魔銃も抜いていない。
大きく動く必要すらなかった。
相手の攻撃を紙一重でかわし、力が最も弱まる瞬間と、最小の力で倒せる場所を選んだだけだ。
「アンタ……いつからそんな動きができるようになったニャ?」
「以前より、よく見えるようになった」
ジンの右眼が、元の漆黒へ戻る。
受付カウンターでは、眼鏡を掛けた受付嬢が警備員を呼ぶための鐘へ手を伸ばしていた。
だが、鳴らす前にすべてが終わっている。
「……騒ぎは終わりましたか?」
受付嬢は手を止め、倒れている冒険者たちを見下ろした。
「またあなたたちですか。今度こそ一か月の依頼停止処分です」
「こいつらが先に――」
「ギルド内で抜刀した時点で規則違反です」
男たちは何も言い返せなかった。
受付嬢はジンたちへ向き直る。
「そちらも、次からは受付を呼んでください」
「勝手に触って、勝手に感電しただけよ」
クロエが平然と答えた。
「私が押されたことを忘れるなニャ!」
騒動が片づいた後、三人は再び依頼掲示板の前へ立った。
「帰り道で受けられる依頼はないか」
ジンが首都方面の依頼を探していると、受付嬢が一枚の依頼書を差し出した。
「こちらはいかがでしょう。明朝、レグナから首都ザザンへ向かう労働者用魔導列車の警備依頼です」
依頼を受ければ、三人の乗車賃もギルドが負担するという。
「ちょうどいいな」
だが、依頼書へ目を通したジンの眉が僅かに動いた。
「不可視化した犯罪者の捕縛?」
「最近、満員列車へ潜み、女性ばかりを狙う者が出没しているのです。姿を消しているため、今まで誰も捕まえられていません」
「卑劣な奴だニャ」
ニーニャの犬耳が不愉快そうに伏せられる。
「神眼なら不可視化の魔力を見抜けるかもしれない。だが、満員の車内では犯人を特定するのが難しい」
「誘き出せばいいわ」
クロエが当然のようにニーニャを見る。
「適任がいるもの」
「どうして私を見るニャ?」
「あなたが囮になればいいのよ。犯人が触れた瞬間に放電すれば、姿を消していても位置が分かるわ」
「私は罠付きの餌じゃないニャ!」
「届け出があっただけでも十二人です。声を上げられなかった被害者を含めれば、さらに多いでしょう」
「十二人も……」
ニーニャの犬耳が力なく伏せられた。
しばらく依頼書を見つめた後、渋々それを受け取る。
「……分かったニャ。私が囮になるニャ」
「無理をする必要はないぞ」
「放っておいたら、また誰かが狙われるニャ。それに、触ってきたら丸焦げにしてやればいいニャ!」
「捕縛依頼だ。殺すな」
「加減するニャ。多分」
受付嬢の顔が引きつった。
ジンが神眼で車内を監視し、ニーニャが犯人を誘き出す。クロエは出入口を押さえ、逃げ道を封じる。
こうして三人は、首都へ戻る格安魔導列車の警備依頼を受けることになった。
「行きはワイバーンで、帰りは痴漢退治……普通に列車へ乗せてほしいニャ!」
ニーニャの嘆きが、西部ギルドへ響き渡った。




