第12話 雷猿と犬耳少女
第12話 雷猿と犬耳少女
パーティーを結成した翌朝。
ジンとニーニャは、冒険者ギルドの依頼掲示板の前に立っていた。
「初めての共同依頼ですから、できれば無理のないものを選んでくださいね」
受付カウンターから、ナーベの釘を刺すような声が飛んでくる。
「分かっています」
「任せるニャ!」
「特にニーニャさんへ言っています」
「どうして私だけ名指しなんだニャ!?」
ニーニャの犬耳が不満そうに伏せられた。
登録したばかりのニーニャは、冒険者としてはEランクである。しかし、訓練場でDランク以上の実力を証明し、Bランク冒険者であるジンが責任を負うことで、高難度依頼への同行が認められていた。
ジンは並んでいる依頼書を順番に確認し、そのうちの一枚を剥がした。
――《エレキモンキーの群れの討伐》。
首都ザザンから半日ほど離れた森に、三十体を超える猿型の魔物が棲みついたらしい。
一体ごとの危険度はDランク上位。
黄色い体毛へ雷属性の魔力を蓄え、全身へ電撃を纏う。好奇心が強く悪戯好きで、街道を通る旅人へ石や木の実を投げつけ、荷物まで奪っていくという。
群れとしての危険度は、Cランク上位に指定されていた。
「これを受ける」
「猿が三十体かニャ」
「何か問題があるのか?」
「私とアンタなら、昼寝をする前に終わるニャ!」
ニーニャが自信満々に胸を張る。その背後では、大きな尻尾が勢いよく揺れていた。
ナーベは二人の顔を交互に見て、深いため息をつく。
「危険だと判断したら、必ず撤退してください」
「分かっています」
「任せるニャ!」
「……どうしてでしょう。まったく安心できません」
昼過ぎ。
二人は、エレキモンキーが目撃された森へ到着した。
ジンは黒いロングコートの裾を揺らしながら、木々の間を進む。その数歩前を、ニーニャが鼻先を動かしながら歩いていた。
「近いニャ」
「分かるのか?」
「獣臭と、雨が降る前みたいな匂いがするニャ。たぶん雷の魔力だニャ」
ニーニャの犬耳が忙しなく動く。
「右に五体。左の木に三体。その奥にも……かなりいるニャ」
ジンも右眼へ意識を集中させた。
漆黒だった右眼が黄金色へ変わり、木々の向こうに無数の魔力反応が浮かび上がる。
「囲まれているな」
「ニャ?」
直後、頭上から硬い木の実が飛んできた。
「痛いニャ!」
ニーニャの頭へ見事に命中する。
枝の上では、黄色い体毛を持つ猿型の魔物が腹を抱えて笑っていた。
「キキキッ!」
「こいつ……!」
ニーニャがダガーを抜いた途端、左右の木々から一斉に木の実が降り注いだ。
「ニャッ! 痛い! やめるニャ!」
風を纏って回避するものの、相手は頭上から好き勝手に投げてくる。しかも、ニーニャが避ける方向を予測しているかのように、別の猿が木の実を投げてきた。
「馬鹿にしやがって……捕まえてやるニャ!」
「待て。誘い込まれている」
「この程度、罠ごと斬り抜けてやるニャ!」
ニーニャが地面を蹴った。
緑色の風が両脚を包み、その姿が一瞬で消える。
木の幹を蹴って跳び上がり、枝の上にいたエレキモンキーへ迫った。
「取ったニャ!」
逆手に構えたダガーを振るう。
だが、刃が黄色い体毛へ触れた瞬間、エレキモンキーの全身から青白い雷光が迸った。
バチィィッ!
「ギニャアアアッ!?」
金属製のダガーを通じて、強烈な電撃がニーニャの全身へ流れ込む。
赤褐色の髪と犬耳が一斉に逆立った。
ニーニャは枝から落下し、背中から地面へ叩きつけられる。
「ニャ……ニャニャ……」
「触れると感電するらしい」
「それを……斬る前に言えニャ……!」
「確認する前に突っ込んだのはお前だ」
「アンタは少しくらい心配しろニャ!」
ニーニャは震える脚で立ち上がると、再び二本のダガーを構えた。
その間にも、エレキモンキーたちは枝を揺らしながら笑っている。
「もう直接は触らないニャ!」
ニーニャがダガーを振り抜く。
刃へ纏わせた緑色の風が伸び、エレキモンキーの足元にある枝を切断した。
「キィッ!?」
足場を失った魔物が地面へ落ちる。
「見たかニャ! 同じ手には引っかからないニャ!」
「後ろだ」
「ニャ?」
茂みから別のエレキモンキーが飛び出した。
狙われたのはニーニャではない。
動きに合わせて揺れていた、大きな尻尾だった。
「キキッ!」
エレキモンキーが白い毛先へ両腕でしがみつく。
「ニャアッ!? どこを掴んでるニャ! 放せニャ!」
ニーニャが慌てて尻尾を振り回す。
しかし、猿は楽しそうな鳴き声を上げながら、さらに強く抱きついた。
黄色い体毛の間を、青白い火花が駆け巡る。
「ちょっ、待つニャ! それは駄目だニャ!」
バチバチィッ!
「ギニャアアアアッ!?」
尻尾から流れ込んだ電撃が背中を駆け上がり、ニーニャの身体が弓なりに反った。
犬耳がぴんと立ち、両脚が小刻みに震える。
やがて煙を上げながら地面へ膝をついたときには、髪も尻尾も普段の倍近くまで膨らんでいた。
「し、尻尾から流すのは……卑怯だニャ……」
エレキモンキーは膨らんだ尻尾を指差し、腹を抱えて笑っている。
ニーニャの耳が、ぴくりと動いた。
「……今、笑ったニャ?」
俯いたままのニーニャから、緑色の風が噴き上がる。
「人の尻尾で遊んだこと、後悔させてやるニャ!」
「落ち着け」
「止めるなニャ! あいつらは一匹残らず私が斬るニャ!」
「闇雲に攻撃しても、また感電するだけだ」
「次は避けるニャ!」
「さっきも同じことを言っていた」
「アンタはどっちの味方なんだニャ!」
ジンは騒ぐニーニャを無視し、神眼でエレキモンキーの魔力を観察した。
胸にある小さな魔石から、雷属性の魔力が全身の体毛へ流れている。
だが、放電した直後だけは魔力の流れが弱まり、青白い火花も消えていた。
「常に電撃を纏っているわけではない」
「どういうことだニャ?」
「一度放電した後、再び魔力を蓄えるまでに時間がかかる。その隙に倒せばいい」
ジンは右手を前へ突き出した。
「出てこい」
足元の影から黒い霧が立ち昇り、二体の悪魔の騎士が姿を現す。
「左右へ分かれろ。敵を中央へ追い込め」
「御意」
二体の黒騎士が同時に走り出した。
漆黒の大剣で木の幹を叩き、枝から枝へ逃げるエレキモンキーを一か所へ集めていく。
猿たちは木の実や石を投げつけるが、悪魔の騎士は怯まない。
数体が飛びかかり、黒い鎧へ電撃を浴びせる。
装甲の表面を雷が駆け抜け、一瞬だけ動きが止まった。それでも、痛みも恐怖も感じない悪魔の騎士は再び大剣を振り上げる。
「ニーニャ。お前は奴らに電撃を使わせろ」
「また私に感電しろって言ってるのかニャ!?」
「当たらなければいい」
「簡単に言いやがるニャ!」
文句を言いながらも、ニーニャは地面を蹴った。
緑色の風を纏い、木々の間を駆け抜ける。
エレキモンキーたちが一斉に雷を放った。
「今度こそ当たらないニャ!」
ニーニャは身体を低くして最初の雷撃を避け、木の幹を蹴って方向を変える。
二本、三本。
青白い雷がその背後へ突き刺さり、土と樹皮を弾き飛ばした。
エレキモンキーたちの体毛から、雷光が消える。
「今だ!」
「分かってるニャ!」
ニーニャが両手のダガーを交差させた。
刃の周囲で風が圧縮され、鋭い緑色の光へ変わっていく。
「触れたら痺れるなら――触れずに斬るニャ!」
二本のダガーが振り抜かれた。
交差する風の刃が宙を駆け、雷を失ったエレキモンキーをまとめて斬り裂く。
その直後、左右から二体の悪魔の騎士が迫った。
一体。
二体。
三体。
漆黒の大剣が振るわれるたび、黄色い魔物が枝から落ちていく。
中央では、ニーニャが木々の間を疾走していた。
放たれる雷を紙一重で避け、すかさず反撃へ転じる。二本のダガーから飛び出した風刃が、電撃を使い果たした猿たちを次々と斬り裂いた。
先ほどまで森を埋めていた鳴き声が、急速に減っていく。
それでも、一体だけが包囲を抜ける。
先ほどニーニャの尻尾を掴んだ個体だった。
木の上から飛びかかり、再び白い毛先へ腕を伸ばす。
「また尻尾を狙ってるニャ」
今度のニーニャは、振り返らなかった。
狙いやすいよう、あえて尻尾を大きく揺らす。
エレキモンキーの指が毛先へ触れる直前、尻尾を包んだ風が弾けた。
「キィッ!?」
突風に煽られた猿が、空中で体勢を崩す。
ニーニャは片足を軸に身体を反転させ、その勢いのままダガーを振り抜いた。
「今度は、そう簡単に掴ませないニャ!」
緑色の風刃が、エレキモンキーの首を斬り落とす。
最後の一体が地面へ倒れ、森に静寂が戻った。
「終わったか」
ジンが神眼で周囲を確認する。森の中に、ほかの魔力反応は残っていない。
「当然だニャ!」
ニーニャが得意げに胸を張った。
しかし、膨らんだままの髪と尻尾のせいで、あまり格好はついていない。
「随分と大きくなったな」
「何のことだニャ?」
「尻尾だ。普段の倍はある」
「見るなニャ! 感電したせいだから仕方ないんだニャ!」
ニーニャは膨らんだ尻尾を抱え、顔を赤くして背を向けた。
ジンは二体の悪魔の騎士へ、魔石の回収を命じる。
ニーニャは倒したエレキモンキーの前へしゃがみ込み、周囲を気にするように振り返った。
「……ジン」
「何だ?」
「あっちを向いてろニャ」
「魔物が残っていないか警戒している」
「いいから向こうを見てろニャ!」
ジンが背を向けると、ニーニャは安堵したように息を吐いた。
鋭くなった犬歯を、エレキモンキーの首筋へ突き立てる。
血に残された生命力と雷の魔力が、赤紫色の光となってニーニャの中へ流れ込んでいく。
「んっ……」
直後、青白い火花が犬耳の先から弾けた。
「ギニャッ!?」
背後から聞こえた声に、ジンが振り返る。
ニーニャは口元を押さえ、何事もなかったように立ち上がった。
「見るなと言ったニャ!」
「また感電したのか?」
「してないニャ!」
尻尾の毛がさらに膨らんでいる。
「説得力がないな」
「うるさいニャ!」
怒鳴るニーニャの足元で、緑色の風に青白い火花が混ざった。
ほんの一瞬だったが、先ほどまでにはなかった力である。
魔物の血を吸収したことで、その雷属性の一部まで取り込んだらしい。
「初めてにしては、悪くない依頼だったな」
「私は何度も感電したんだニャ!」
「だが、新しい攻撃方法を覚えた」
「それは……そうだけどニャ」
ニーニャの尻尾が、僅かに揺れる。
「次は、電気を出さない魔物にするニャ」
「依頼掲示板を見て決める」
「絶対だからニャ!」
二人が魔石と素材を回収している、その遥か頭上。
木々の影に溶け込むように、小さな翼を持つ魔物が留まっていた。
紫色の双眸が、ジンとニーニャを静かに見下ろす。
『魔石を喰らう騎士……魔物の血を喰らう少女……』
翼の魔物は二人の能力を記憶すると、音もなく空へ舞い上がった。
『主へ、報告を』
その気配に気づかないまま。
ジンとニーニャは、初めての共同依頼を終えた。




