第11話 初めての仲間
第11話 初めての仲間
冒険者ギルドの応接室。
ジン・クロードは、机を挟んでギルドマスターのガルドと向かい合っていた。
「しばらく、単独で首都の外へ出ることを禁じる」
予想していた言葉ではあった。
しかし、素直に受け入れるつもりはない。
「魔族に狙われる可能性があるからですか?」
「それもある。だが、一番の理由は、お前が無茶をしすぎるからだ」
「必要な戦いでした」
「レッドグリズリーの痕跡調査へ行き、討伐して帰ってきた。ゾンビの群れを討伐しに行き、限りなくAランクに近いワイト・コマンダーまで倒した。次は何と戦うつもりだ?」
「俺にも分かりません」
「そうやって相手を選ばずに挑むことを、無茶と言うんだ!」
ガルドの怒声が、応接室の壁を震わせた。
ジンは反論せず、腕を組む。
敵となった魔族は、首都ザザンの詳細な情報を持っていた。こちらが休んでいる間にも、次の計画を進めている可能性がある。
何より、ジンには力が必要だった。
悪魔の騎士を成長させるには、魔物を倒して魔石を吸収させなければならない。首都へ閉じこもっているだけでは、何も変わらない。
「悪魔の騎士が同行していても、単独扱いなのですか?」
「召喚体はお前の能力だ。仲間としては数えん」
「自律行動はできます」
「お前が意識を失ったとき、助けを呼びに戻れる保証がない。必要なのは、お前を止め、異常があればギルドへ報告できる人間だ」
ジンは僅かに考えた。
「人間の冒険者とパーティーを組めば、首都を出てもよいのですね?」
「最低限の実力がある者ならな」
「分かりました」
「……お前、今日中に見つけるつもりだな?」
ジンは答えずに席を立った。
応接室を出ると、受付にいたナーベが心配そうに近づいてくる。
「お話は終わりましたか?」
「パーティーを組めば、首都の外へ出てもよいそうです」
「ギルドマスターは、仲間を作れば今までどおり無茶をしてよい、という意味で言ったのではありませんよ?」
「条件は守ります」
「条件だけ守ればよいわけではないのですが……」
ナーベのため息を背に、ジンはギルド内を見渡した。
以前より、明らかに若い冒険者が増えている。
新品の剣。
傷一つない鎧。
扱い慣れていない武器を腰へ下げ、依頼掲示板の前で不満を漏らしていた。
その多くは、《聖魔の儀》で聖騎士や黒騎士となった者たちだ。
考えることはジンと変わらない。
黒騎士学園への入学前に実戦経験を積み、契約した騎士へ魔石を吸収させ、少しでも強くなりたいのだ。
「どうして俺が薬草採取などしなければならない!」
「僕は聖騎士だぞ。ゴブリンくらい簡単に倒せる!」
しかし、騎士の力を得たからといって、冒険者としての信用まで得られるわけではない。
新米が受けられるのは、採取や荷運び、低級魔物の討伐程度。高難度の依頼を受けるには、実績を積むか、高ランク冒険者のパーティーへ入る必要があった。
「役に立ちそうな奴は……」
ジンが周囲を見渡していると、壁際に座る一人の少女が目に留まった。
長い赤褐色の髪。
緑色の瞳と、顔の上半分を隠す黒い仮面。
髪の上には犬の耳が生え、椅子の脇からは白い毛先を持つ大きな尻尾がはみ出している。
装備は黒と深紅の胸当てに、腰鎧、籠手、脚甲、短い外套。防具としては露出が多いものの、動きを妨げるものは少ない。腰の左右には二本のダガーナイフが収められていた。
少女の前には、仲間を募集中と記された紙が置かれている。
だが、声を掛ける者はいない。
「仲間を探しているのか?」
「そうだけど。アンタは?」
犬耳がジンへ向いた。
少女の鼻先が、小さく動く。
「血と土と……何だか変な匂いがするニャ」
「初対面の相手を嗅ぐのは失礼じゃないのか?」
「嗅いでないニャ! 勝手に匂いが入ってきただけだニャ!」
「それを嗅いだと言うんだ」
「細かい男だニャ……」
少女は不機嫌そうに顔を背ける。
しかし、犬耳だけはジンへ向いたままだった。
「私はニーニャ。アンタは?」
「ジン・クロードだ」
「ジン……?」
ニーニャはすぐに目を見開いた。
「レッドグリズリーと三千体のゾンビを倒したBランク冒険者かニャ?」
「悪魔の騎士と一緒にな」
ニーニャの尻尾が、期待を隠せないように揺れ始めた。
「登録したのはいつだ?」
「昨日だニャ」
「討伐経験は?」
「ないニャ」
「野営は?」
「したことないニャ」
「それで高難度の討伐依頼を受けるつもりなのか?」
「アンタ、喧嘩を売ってるのかニャ?」
耳と尻尾が同時に逆立った。
「実力を確認しているだけだ。俺もパーティーを組める相手を探している」
「私を誘うつもりかニャ?」
「実力を見てから決める」
「ずいぶん偉そうだニャ」
「俺はBランクだ」
「アンタにランクがあるように、私には才能があるニャ!」
ニーニャが勢いよく立ち上がる。
「見せてやるニャ。訓練場に来いニャ!」
ギルドに併設された訓練場。
ニーニャは腰の左右からダガーを抜き、両手で逆手に構えた。
「その格好は、自分で選んだのか?」
「武器屋の店主に、女冒険者の標準装備だと教わったニャ」
「騙されているぞ」
「途中で私も気づいたニャ!」
「では、なぜ着ている?」
「軽いし、風を纏っても邪魔にならないんだニャ! 騙されたことと性能がいいことは別問題だニャ!」
「出てこい」
ジンの影から黒い霧が立ち昇り、二体の悪魔の騎士が姿を現した。
力を二つへ分けているため、一体ごとの能力は大きく低下している。
「右の騎士だけで相手をしろ。殺すな」
「御意」
「分身体とはいえ、そいつから一本取れたら誘ってやる」
「後悔するニャ!」
ニーニャが地面を蹴った。
緑色の風が両脚を包み、その姿が一瞬で消える。
悪魔の騎士が大剣を振るう。
ニーニャは身を低くして刃の下を潜り抜け、そのまま横を駆け抜けた。
犬耳が風を切る音を拾い、大きな尻尾が身体の傾きに合わせて動く。
足元へ風を噴き出して急旋回。
一瞬で悪魔の騎士の背後へ回り込んだ。
「取ったニャ!」
二本のダガーを緑色の風が包み込む。
振り返った黒騎士が大剣を振り抜く。
ニーニャは左のダガーと横から吹きつける風で軌道を逸らし、右手を突き出した。
風の刃が、兜へ触れる寸前で止まる。
同時に、悪魔の騎士の大剣もニーニャの首筋へ突きつけられていた。
「…………」
「…………」
「相打ちだな」
「私の方が少し早かったニャ!」
「実戦なら、どちらも死んでいる」
「細かいニャ! 一本は一本だニャ!」
得意げに胸を張るニーニャの後ろで、尻尾が激しく揺れている。
「尻尾も喜んでいるな」
「これは中にいる悪魔が勝手に動かしてるだけだニャ!」
ジンは神眼を発動した。
黄金色の右眼へ、ニーニャの全身を巡る緑色の魔力と、その内側に潜む赤紫色の獣の魔力が映る。
二つは反発せず、混ざり合いながら一つの流れを作っていた。
「犬の悪魔と融合しているのか?」
「なっ……何で分かったニャ!?」
「見れば分かる」
「神殿の司祭だって、詳しい状態は分からなかったんだニャ!」
「声が大きいぞ」
ニーニャが慌てて口を押さえた。
二人は訓練場の隅へ移動する。
「《聖魔の儀》で契約した犬の悪魔が、私の身体へ入ってきたニャ。呼び出すことも追い出すこともできないニャ」
「完全に融合しているように見える」
「そのせいで耳と尻尾が生えた。鼻も耳も利きすぎるし、変な本能まで入ってきたニャ」
「語尾もか?」
「そこには触れるなニャ!」
「犬なのにニャなのか?」
「アンタに言われなくても分かってるニャ!」
「お前も魔石を必要としているのか?」
「違うニャ」
ニーニャは周囲を確かめ、声を潜める。
「私が必要なのは、魔物の血だニャ」
「血?」
「犬の悪魔と融合してから、魔物の血に含まれる魔力と生命力を吸収できるようになったニャ。強い魔物の血を取り込むほど、私も強くなるニャ」
「どうやって取り込む?」
「それは……」
ニーニャの耳が力なく伏せられた。
「魔物へ噛みつくニャ」
「直接か?」
「仕方ないだろニャ! 牙を突き立てないと、血に含まれる力を吸収できないんだニャ!」
ニーニャが口元を隠す。
僅かに覗く犬歯は、普通の人間より鋭かった。
「別に好きでやってるわけじゃないニャ。侯爵――じゃなくて、普通の女の子としては、かなり恥ずかしいんだニャ」
「今、侯爵と言いかけなかったか?」
「気のせいだニャ!」
伏せられていた耳が、さらに低くなる。
「耳は正直だな」
「耳で嘘を判断するなニャ!」
ニーニャは話題を変えるように、ジンへ右手を差し出した。
「魔石はアンタの騎士へ与えればいいニャ。私は血をもらう。残った素材は売って分配するニャ」
「悪くない条件だ」
「私は強い魔物の血が欲しい。アンタは魔石が欲しい。組んだ方が、お互い早く強くなれるニャ」
ジンはその手を握った。
「交渉成立だ」
「今日から私がアンタの相棒だニャ!」
「相棒とまでは言っていない」
「細かいことを気にするなニャ!」
二人が受付へ戻ると、訓練場にいた試験官からニーニャの実力を証明する書類が提出された。
戦闘技術は、少なくともDランク冒険者を上回る。
Bランク依頼への同行については、リーダーであるジンが責任を負うことを条件に認められた。
「ジン君の無茶を止める仲間を探していたはずなのですが……」
ナーベは二人を見比べ、頭を抱える。
「安心するニャ。危険な魔物が現れたら、私がジンを守ってやるニャ!」
「無茶をする人が二人に増えただけではありませんか?」
「私は無茶なんてしないニャ!」
「俺も必要のない戦いはしません」
「まったく安心できません……」
ニーニャが登録書類を書くため、鞄から筆記具を取り出す。
その拍子に、一枚の封筒が床へ落ちた。
封蝋に刻まれているのは、黒い剣と盾の紋章。
黒騎士学園からの入学許可証だった。
「お前も黒騎士学園へ入学するのか?」
「アンタも、ってことは……」
ジンも自分の許可証を見せる。
ニーニャは驚いた後、挑戦的に笑った。
「ちょうどいいニャ。冒険者としても学園でも、どっちが強いか勝負だニャ!」
勢いよく振られた尻尾が、隣の椅子を弾き飛ばす。
大きな音を立てて椅子が倒れ、周囲の視線がニーニャへ集まった。
「……今のは見なかったことにするニャ」
「無理がある」
「アンタに言われたくないニャ!」
こうしてジンは、初めてのパーティー仲間を手に入れた。
悪魔の騎士を従える青年と、犬の悪魔をその身に宿した少女。
冒険者ギルドの向かいにある建物の屋根から、小さな翼を持つ魔物が二人を見下ろしていた。
その身体を覆う紫黒色の膜が、気配も匂いも魔力さえも遮断している。
『ジン・クロード。そして、犬の悪魔と融合した少女……』
紫色の眼光が細くなる。
『主へ報告しなければ』
黒い翼が音もなく開く。
次の瞬間、小さな魔物は首都の空へ溶けるように姿を消した。




