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第51話 閑話:忘れえぬ死の記憶と、絶対安全圏への誓い

第51話 閑話:忘れえぬ死の記憶と、絶対安全圏への誓い

南方大陸アウレリアの経済と欲望の中心であった『黄金都市エルドラド』。

悪徳商業ギルド『黄金の天秤』による苛烈な支配が崩壊してから数週間が経過し、この巨大な砂漠の都市は、かつての腐敗した姿から劇的な変貌を遂げていた。

街の中央広場には、オアシス都市カラハリから真っ直ぐに伸びてきた『クリスタル・チューブ鉄道』の巨大な終点ターミナルが鎮座している。純白の魔導コンクリートと黒鋼、そして透明な魔導ガラスで構築されたそのターミナルからは、絶え間なく新鮮な野菜、肉、果物、そして清らかな水が運び出され、市民たちの生活を潤していた。

ターミナルの最上階、街全体をパノラマで見渡せる豪奢な執務室。かつてはギルダスが肥え太った体を横たえていたその部屋は、今やトウヤが率いる『安全第一商会』の新たな南方拠点として、清潔で機能的な空間へと改装されていた。

窓の外では、安全第一商会の専属となった元・砂蠍族の労働者たちが、ドワーフの機関技師ルミナが設計した魔導重機を操り、街の古びたインフラを次々と新しいものへと作り変えている。広場からは、市民たちの明るい笑い声と、商会が提供する屋台から漂うスパイスの香りが風に乗って届いてきた。

その平和な光景を背に、執務室の大きなマホガニーのデスクに深く腰掛けたトウヤは、ふう、と静かに息を吐き、虚空に向けて指を弾いた。

空中に、淡い青色に発光する半透明のウィンドウ――彼自身の『ステータスボード』が展開される。

【ステータス】

名前:トウヤ

年齢:18

職業:商人 / 冒険者(ランクS)

レベル:112

体力:1250/1250

魔力:95,000/100,000

固有スキル:『リトライ(発動可能)』

魔法適性:全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)

取得スキル:鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟、気配遮断、錬金、空間把握、海洋環境制御、砂漠環境制御、要塞建築術、経済掌握術

「……レベル112。体力も魔力も、この世界に降り立った当初とは比べ物にならないほど跳ね上がっている。スキルの数も、インフラを構築するたびに増え続けているな」

トウヤは自身のステータスを眺めながら、誰に言うでもなく独り言ちた。

全属性の魔法適性、あらゆる状況に対応できる規格外のスキルの数々、そして尽きることのない莫大な魔力。客観的に見れば、今の彼は単独で一国を滅ぼせるほどの力を持った「化け物」である。現に、黄金都市エルドラドという巨大な勢力を、武力ではなく圧倒的なインフラと経済力だけで屈服させたのだ。

だが、トウヤの視線は、その華々しいステータスの項目の中で、ただ一点に釘付けになっていた。

固有スキル――『リトライ(発動可能)』。

彼がこの異世界で得た、最も強力で、最も理不尽で、そして……最も『使いたくない』呪いのようなスキル。

死を経験しても、あるいは取り返しのつかない致命的な失敗を犯しても、時間を巻き戻して「やり直す」ことができる神の如き力。

これがある限り、彼は実質的に不死身である。暗殺者に寝首を掻かれようが、魔獣に食い殺されようが、毒を盛られようが、死ねば自動的にセーブポイントへと戻り、記憶を引き継いだまま何度でもリトライができるのだ。

普通に考えれば、この力を使って危険な場所へ単身で偵察に行ったり、死を恐れずに強敵に特攻したりと、いくらでも都合よく使い潰すことができるだろう。死が「ノーリスク」であるならば、安全など度外視して最短距離で目的を達成すればいい。

「……だが、俺は絶対に、二度とこの力を使いたくない。極力な」

トウヤは、無意識のうちに自身のみぞおちの辺りを強く押さえていた。

顔面から血の気が引き、背筋に冷たい汗が伝う。

脳裏にフラッシュバックするのは、彼がこの異世界に降り立ち、まだレベルも低く、魔法の使い方もよく分かっていなかった頃の――『初めての死』の記憶だった。

   * * *

それは、見知らぬ森の中を通る、細くぬかるんだ街道での出来事だった。

商人として生きていくため、粗末な荷車に少しの麦と干し肉を積み、隣町へと向かっていたトウヤ。

太陽が雲に隠れ、薄暗くなった森の中で、彼は突然、茂みから飛び出してきた醜悪な魔獣の群れ――飢えた『ウルフ・ゴブリン』たちの強襲を受けた。

彼らは単なる獣ではなかった。知恵を持ち、残忍で、何よりも生き物の肉を好む悪鬼だった。

トウヤは必死に護身用の粗末な短剣を振り回したが、素人の剣撃など彼らには通用しなかった。

最初に、背後から飛びかかってきた一体に右腕の肉を深く食い破られた。

「あ……がっ!?」

熱い血が噴き出し、視界が激痛で明滅した。刃物で切られるのとは違う、肉を『噛み千切られる』という生々しい激痛。

バランスを崩して泥だらけの地面に倒れ込んだ彼に、ゴブリンたちは歓喜の声を上げて群がった。

錆びた汚いナタのような刃物が、トウヤの腹部――みぞおちの辺りに、躊躇いなく深々と突き立てられた。

「ごはっ……! ぁ、あ……!」

痛い。熱い。冷たい。

内臓をかき回される圧倒的な激痛と、体内から急速に熱が奪われていく恐ろしいほどの悪寒。

自分の口から止めどなく溢れ出る血の鉄の匂いと、ゴブリンたちの獣臭さ、そして泥の匂いが混ざり合い、強烈な吐き気を催した。

ゴブリンたちは、まだ生きているトウヤの体を笑いながら切り刻み、荷車の上の食料と、彼自身の肉を奪い合って貪り始めた。

『死ぬ』。

その時、トウヤは理解した。ゲームのゲームオーバー画面のように画面が暗転するのではない。

意識が途切れるその最後の瞬間まで、肉が裂ける痛み、血が流れる感覚、そして何より「自分の存在がこの世界から消滅する」という絶対的な『恐怖』と『絶望』を、一秒一秒、鮮明に味わい続けなければならないのだということを。

「いやだ……死にたくない……! 助けて……誰か……痛い、痛い……!!」

声にならない悲鳴を上げながら、彼の意識は深い闇へと沈んでいった。

そして――。

「はっ……!! あ、ああああっ!!」

トウヤは、森へ出発する前の朝の宿屋のベッドで、激しく嘔吐しながら跳ね起きた。

『リトライ』が発動したのだ。

肉体は完全に無傷。腹に刺さった刃物も、食い破られた右腕も、元通りになっていた。

だが、記憶と『感覚』は完全に引き継がれていた。

腹の奥底で蠢くような激痛の幻影(ファントムペイン)。血の匂い。暗闇の恐怖。

トウヤはその日一日、ベッドの上でガタガタと震え、胃液しか出なくなるまで吐き続け、ただただ泣き叫んだ。

彼が【安全第一】死に戻り商人の異世界スローライフ~万能魔法と『リトライ』を駆使して完璧な物流網とインフラを整備し、のんびり隠居を目指します~という理念を掲げたのは、単なる商売上のキャッチコピーではない。

それは、骨の髄まで刻み込まれた『死への恐怖』から生まれた、彼自身の強迫観念に等しい防衛本能だった。

「リトライがあるから死んでもいい」ではない。

「絶対に、何があっても、二度とあんな思いをしたくないから、誰も自分を傷つけられない『絶対安全圏』を造り上げる」のだ。

だからこそ彼は、血を吐くような努力で魔法を極め、ステータスを上げ、巨大な装甲列車を造り、海を凍らせ、砂漠をガラスのチューブで覆い尽くした。

過酷な環境や魔獣の脅威を、個人の武力で突破するのではなく、環境そのものを『安全』に書き換えるインフラ構築。それこそが、トラウマを抱えたトウヤが見出した、唯一の生きる道だったのだ。

   * * *

「……トウヤ様? どうなさいましたか、顔色が悪いですよ?」

コンコン、と控えめなノックの後、執務室に入ってきたのはエルフの護衛シルフィだった。彼女の横からは、獣人の少女ミアが、湯気を立てる大きなトレイを持ってひょっこりと顔を出した。

「トウヤお兄ちゃん、お疲れ様! エルドラドの市場で新鮮なトマトがたくさん手に入ったから、マクラカのスパイスと合わせた『特製ミネストローネと、ふかふかのチーズパン』を作ってきたよ! ずっと難しい顔をして書類を見てたから、少し休んでね!」

ミアが満面の笑みでトレイをデスクに置く。温かく、酸味と旨味のバランスが取れた優しい香りが部屋いっぱいに広がり、トウヤの脳裏にこびりついていた血の匂いを優しく上書きしていった。

「ああ……ありがとう、ミア、シルフィ。少し、昔のことを思い出していただけだ。……美味そうだな」

トウヤはステータスボードを非表示にし、木製のスプーンでミネストローネを一口すする。

よく煮込まれた野菜の甘みと、スパイシーなスープの温かさが、冷え切っていた胃の腑に染み渡っていく。美味しい。生きているからこそ味わえる、本物の温もりだった。

「トウヤ様。あの暗殺者たちの襲撃から、あまり眠れていないのではありませんか?」

シルフィが心配そうに、トウヤの肩にそっと手を置く。

「私はエルフの森を追放された身ですが、トウヤ様が造ってくださったあの安全な列車の中や、この結界に守られた街にいると、本当に心が安らぎます。トウヤ様は、私たち全員を守ってくださっている。ですから、たまにはご自身の身も、私たちに守らせてくださいね」

シルフィの真摯な言葉と、ミアの屈託のない笑顔。

トウヤはスープを飲み込みながら、ゆっくりと頷いた。

そうだ。もう、あの泥まみれの森で独りぼっちで死んだ時とは違う。

今の自分には、圧倒的なインフラと、背中を任せられる仲間たちがいる。彼らもまた、トウヤが造り上げた『安全』の中で笑顔を取り戻した者たちだ。

「ありがとう。……俺は大丈夫だ。ただ、絶対にみんなを危険な目に遭わせたくないからこそ、さらに完璧なインフラを構築しなければと、気が急いでいたのかもしれないな」

トウヤがそう言ってチーズパンをかじっていると、執務室の扉が勢いよく開き、人間の冒険者ザックと、犬人族の地図職人マイロ、鼬人族の情報屋リンがドカドカと入ってきた。

「おう大将! メシ食ってる最中悪いが、次の目的地の情報がまとまったぜ!」

ザックが紅蓮隕鉄のバスターソードを背負いながら笑いかける。

マイロがデスクの空いたスペースに、新しいホログラムの広域マップを展開した。

「へい、会長。このエルドラドを拠点として南方大陸アウレリアの地盤は完全に固まりやした。だが、西の大陸へインフラを伸ばすためには、避けて通れない最大の難所がありやす」

マイロが肉球でマップの西側、アウレリア大陸の果てを指し示す。

そこには、赤黒く表示された巨大な山脈と、深い亀裂のような地形が描かれていた。

「南方と西方を隔てる絶対の境界線、『竜の背骨(ドラゴンズ・スパイン)大山脈』と、その麓に広がる『毒の沼地・ヴェノムベイスン』です」

リンが眼鏡を押し上げながら、冷ややかな声で解説を引き継ぐ。

「山脈には狂暴な飛竜(ワイバーン)の群れが巣食い、麓の沼地は致死性の猛毒のガスが常に噴出しています。現在、西の大陸へ向かう商人たちは、この地獄のようなルートを命がけで超えるか、海路で莫大な遠回りを強いられています。当然、物資の流通は最悪。西の大陸の国々は、慢性的な物資不足に喘いでいるとのことです」

「猛毒の沼地に、飛竜の巣食う山脈か……」

トウヤの目に、再び強い光が宿る。トラウマを乗り越え、自らの恐怖を『インフラ構築への情熱』へと変換する、商人の瞳だ。

「毒ガスが充満しているなら、絶対にガスを通さない『完全密閉型の魔導浄化チューブ』を敷設すればいい。飛竜が空から襲ってくるなら、山脈そのものを貫く『超巨大防空トンネル』を掘削して、物理的に空の脅威を遮断するまでだ」

トウヤは立ち上がり、マップを見据えながら力強く宣言した。

「安全第一商会の辞書に、不可能と妥協という文字はない。西の大陸の人々にも、俺たちの『絶対安全圏』を届けるぞ。みんな、準備はいいか?」

「おうっ! 飛竜なんて、俺が全部叩き落としてやるぜ!」

「猛毒の沼など、私の風の結界で全て吹き飛ばしてみせましょう!」

「ミアも、毒消しに効く薬膳スープのレシピを考えておきますね!」

仲間たちの頼もしい返事を聞きながら、トウヤは深く頷いた。

彼の中に眠る『死への恐怖』は、決して消えることはないだろう。だが、その恐怖があるからこそ、彼は誰よりも安全にこだわり、世界中を鋼鉄とガラスのインフラで包み込むことができるのだ。

『リトライ』という究極の保険を胸の奥に封印し、トウヤの率いる安全第一エクスプレスは、次なる絶望の地を『安全な道』へと変えるべく、新たなる出発の準備を進めるのであった。

【現在のステータス状況】

名前:トウヤ

年齢:18

職業:商人 / 冒険者(ランクS)

レベル:112 (変動なし。内政およびインフラの保守点検に専念中)

体力:1250/1250

魔力:95,000/100,000 (エルドラドのクリスタル・ドームの維持と、次期掘削兵器の試作に魔力を消費中)

固有スキル:『リトライ(発動可能)』(※死へのトラウマから、絶対に発動させないよう極限の安全対策を講じている)

魔法適性:全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)

取得スキル:鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟、気配遮断、錬金、空間把握、海洋環境制御、砂漠環境制御、要塞建築術、経済掌握術

【仲間・後援者の状況】

ミア(獣人の少女):トウヤの疲労を察知し、胃に優しく栄養満点のミネストローネで彼を心身ともに回復させる。次は毒沼地帯へ向けての「薬膳料理」を研究中。

シルフィ(エルフの護衛):トウヤの心の傷を薄々感じ取っており、常に彼の側で癒やしの微風と結界を維持している。

ザック(人間の冒険者):次なる敵が飛竜の群れと聞き、対空戦闘用の大剣の振り方をルミナと相談しながら特訓中。

リュウガ(竜人族の戦士):飛竜(ワイバーン)を下等な竜種と見下しており、真の竜の力を見せつけてやると息巻いている。

ガレス(虎人族の戦士):エルドラドの治安維持を完璧にこなし、市民から「虎の旦那」と慕われ、すっかり街の顔になっている。

マイロ(犬人族の地図職人):西方大陸へ続く「竜の背骨大山脈」の複雑な地形データを収集し、最適なトンネル掘削ルートの計算に没頭。

ピピト(鳥人族の飛脚):飛竜の巣を避けた安全な航空ルートを探るため、上空からの事前偵察飛行を志願する。

リン(鼬人族の情報屋):エルドラドの経済を完全に安定させ、西方大陸の物価と需要(特に不足している物資)のリストを作成完了。

ヴォルグ(狼人族の傭兵):元・砂蠍族の労働者たちをまとめ上げ、次なるトンネル工事の現場作業員として彼らを鍛え上げている。

ファラ(豹人族の女戦士):毒沼地帯での隠密行動に備え、毒耐性のポーションと専用の防護服を新調した。

セレン(セイレーン族の海先案内人):しばらく海から離れているため、エルドラドのオアシスプールでトウヤに買ってもらった浮き輪で遊んで暇をつぶしている。

ルミナ(ドワーフの機関技師):山脈を貫通するための超巨大兵器『魔導シールドマシン(全自動岩盤掘削機)』の設計図を完成させ、徹夜で組み上げ作業に入った。

リラ(狐人族の商人):白砂商会の拠点をエルドラドのターミナル内に移し、南方大陸全土の物流の総元締めとして多忙な日々を送る。

ザラス(リザードマンの戦士):エルドラドの新たな自警団のトップに就任し、商会のインフラに仇なす者を一切排除する鉄の規律を敷く。

バルガ(人間の宝石商):エルドラド周辺の鉱山から採掘される希少鉱石を正確に鑑定し、トウヤのインフラ構築の素材として最適に分類している。

インフラ状況:黄金都市エルドラドを完全な絶対安全圏として再構築完了。クリスタル・チューブ鉄道の西方延伸計画『竜の背骨貫通ルート』の測量がスタート。

資金:金貨900,000枚(エルドラドの安定した市場経済からの税収と、バルガの鑑定による希少鉱石の売却益で資金が底なしに増加中)

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