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第4話 確かな技術と、鋼の職人

第4話 確かな技術と、鋼の職人

柔らかな朝の光が、魔力によって生成された特殊な防弾ガラス越しに室内に差し込んでいた。

城塞都市アステリアの裏路地に位置する、外見こそ古びた店舗だが、内部は前世の最高級ホテルすら凌駕する堅牢さと快適さを誇るトウヤたちの拠点。魔力で稼働する空調システムは常に室内の温度と湿度を最適に保ち、空気中の塵や埃すらも微細な風魔法のフィルターで排除されている。

「トウヤさん、朝ご飯の準備ができました! 今日は昨日市場で買ってきた新鮮な野菜と、トウヤさんが出してくれた不思議な香辛料を使ったスープです!」

エプロン姿の獣人の少女、ミアが、ふさふさの尻尾を上機嫌に揺らしながらダイニングテーブルに料理を並べていた。彼女の表情には、盗賊に襲われていた時の絶望や、亜人として虐げられてきた暗い影はもうない。絶対に安全な拠点で、温かい風呂に入り、ふかふかのベッドで眠る。そんな「当たり前」の日常が、彼女の心身を驚くほど早く回復させていた。

「ありがとう、ミア。すごくいい匂いだな」

トウヤは寝癖を手で整えながら、大理石のように磨き上げられたテーブルについた。

そこにはすでに、共同経営者となった人間の商人・レオンが、何枚もの羊皮紙の地図を広げて難しい顔で鎮座していた。彼の手には、トウヤがアイテムボックスから提供した前世の嗜好品――コーヒーに似た黒い飲み物が入ったマグカップが握られている。

「おはよう、トウヤ。この『珈琲』という飲み物は何度飲んでも目が覚めるな。……さて、朝食の前に少しばかり、この国の情勢とこれからの計画について情報を共有しておきたい」

レオンは商人としての鋭い目つきになり、広げられた一番大きな地図の中央を指差した。

「我々が現在いるこのルミナス王国は、大陸の西部に位置し、商業と農業を主軸としている国だ。だが、地図を見ればわかる通り、国土の七割が未開の森や山脈などの『魔物領域』によって分断されている。王都ルミナリスは遥か西の安全地帯にあり、我々のいるこの辺境都市アステリアは、いわば東の防衛線にして、周辺の資源を集約するための巨大な倉庫のような役割を担っている」

トウヤは香草の効いたスープを一口すすりながら、レオンの説明に耳を傾けた。

「北には軍事国家である『ガランド帝国』が国境を接しており、常に我が国の肥沃な土地を狙って小競り合いを繰り返している。南にはミアの同胞である獣人やエルフたちが住む『大樹海』があるが、人間による不法な奴隷狩りが絶えず、国交は冷え切ったままだ。……つまり、このアステリアは常に外敵と魔物の脅威に晒されている、極めて不安定な火薬庫のような場所なんだよ」

「なるほど。そして、その不安定さを利用して、都市間の物流ルートを独占し、甘い汁を吸っているのが『ゴルド商会』というわけか」

トウヤの言葉に、レオンは重々しく頷いた。

「その通りだ。例えば、ここから北東に馬車で三日ほどの距離に、『テラス』という鉱山街がある。そこでは良質な鉄や魔石が採掘されるのだが、テラスとアステリアを結ぶ街道には、凶暴なロックゴーレムやアースドラゴンが出没する。まともな行商人は命が惜しくて近づけない。結果として、強力な高ランク冒険者を私兵として抱えるゴルド商会だけが、法外な運送費を上乗せして鉱石を独占輸入しているんだ」

物流の独占。それはすなわち、経済の支配を意味する。

だが、トウヤの目には、それが巨大なビジネスチャンスにしか映らなかった。

「なら、話は早い。我々の商会の最初の事業は、その『テラス鉱山街』と『アステリア』を結ぶ、魔物の脅威を完全に排除した【絶対安全な舗装道路】の開通、および鉱石の安全な輸送ルートの確立だ。ゴルド商会が運送費に莫大なマージンを乗せているなら、俺たちが適正価格で、しかも誰よりも早く安全に運んでみせれば、鉱山街の採掘者たちも必ず我々を選ぶ」

「言うのは簡単だがね……」とレオンは渋い顔をした。

「トウヤ、あんたの規格外の魔法があれば、確かに道を一瞬で平らにすることはできるかもしれない。昨日この建物を一瞬で城塞に変えたようにな。だが、いくら道が綺麗でも、魔物が襲ってくれば荷馬車は破壊される。それに、大量の鉱石を運ぶには何十頭もの馬と、頑丈な大型馬車が必要だ。そんなものを準備すれば、すぐにゴルド商会に目をつけられて妨害されるぞ」

「だからこそ、馬を使わないんだよ」

トウヤはニヤリと笑った。

「馬は疲れるし、魔物の匂いに怯えるし、餌代もかかる。俺が作るのは、魔物を寄せ付けない結界を張った街道と、そして……魔力で動き、決して壊れない『魔導大型輸送車(トラック)』だ」

前世の記憶にある、大量の物資を高速で運搬する大型トラック。それをこの世界の魔法技術と錬金術で再現し、自分だけの最強の物流網の血液とする。

「とはいえ、俺一人で車の全ての部品を設計して魔法で作り続けるのは効率が悪いし、規格化ができない。俺の提供する『未知の概念』を理解し、最高の精度で形にしてくれる優秀な『技術者(エンジニア)』が必要なんだけど……」

ガンッ!! ガンッ!!

トウヤの言葉を遮るように、拠点の重厚な扉が外から乱暴に叩かれた。

普通の扉なら今の二撃で木っ端微塵になっているほどの威力だが、トウヤが魔力で極限まで強度を高めた扉は、鈍い音を立てるだけで傷一つついていない。

「ヒッ……!? ゴ、ゴルド商会の連中が報復に来たんでしょうか!?」

ミアが耳を伏せて身構えた。レオンも顔を青ざめさせて立ち上がる。

だが、トウヤは焦る様子もなく、水魔法と光魔法を組み合わせて空中に監視カメラの映像のようなスクリーンを投影した。そこに映し出されていたのは、ゴルド商会のチンピラではなく、昨日冒険者ギルドで見かけた、筋骨隆々で髭もじゃのドワーフの男だった。

「……あいつ、昨日のギルドで俺の魔法を見ていたおっさんだな。殺気はない。ちょっと開けてみるよ」

トウヤが指先を動かすと、厳重な魔法ロックが解け、扉がゆっくりと開いた。

「おいおい、どんな仕掛けになってやがる。俺様が本気で愛用のハンマーを叩きつけたのに、傷一つ付かねえ扉なんて、王城の宝物庫にもねえぞ……!」

ドワーフの男は、扉の材質を確かめるように撫で回しながら、ずかずかと店内へと入ってきた。そして、中に入った瞬間、外見からは想像もつかないほど近代的で清潔、かつ異常な魔力密度を誇る室内の光景に、目を丸くして硬直した。

「な、なんだこの部屋は……! 呼吸するだけで魔力が満ちてくるような清浄な空気、一切の隙間もない石材の壁、それにこの明るい光……お前さん、本当にただの商人なのか!?」

「いらっしゃい。俺はトウヤ。しがない商人にして、この『安全第一商会(仮)』の代表だ。……で、そっちのドワーフさんは、俺たちに何の用かな? 扉の修理代を請求してもいいんだが」

トウヤが余裕の笑みを浮かべて尋ねると、ドワーフの男はハッと我に返り、豪快に笑い声を上げた。

「ガハハハ! 違いねえ、俺様の負けだ! 俺はゴラン。しがない鍛冶師にして、魔導具の技師をやってる者だ。昨日のギルドで、お前さんの異常な魔法の腕と、着ている服に編み込まれた『結界術』を見てな。どうしてもお前さんの技術を知りたくて、こっそり後をつけてきたってわけだ」

ゴランと名乗ったドワーフは、一切の悪びれる様子もなくトウヤの前に座った。

レオンが警戒しながら口を挟む。

「ゴラン……まさか、あの『鋼の指』の異名を持つ、アステリア最高の職人か? だが、あんたの工房は数年前に潰れたはずじゃ……」

ゴランは忌々しそうに舌打ちをした。

「あぁ、ゴルド商会のクソ野郎どものせいだ。あいつら、わざとすぐに刃こぼれする粗悪な剣や、すぐに壊れる馬車の車輪を大量生産して、冒険者や商人に高値で売りつける商売を始めやがった。『壊れなければ次の商品が売れない』だとよ。職人の魂を舐めきったそんなふざけた真似に俺様が手を貸すのを断ったら、材料の仕入れルートを全て塞がれちまってな。今じゃ細々と日雇いの修理仕事で食いつないでる有様さ」

己の技術と信念を曲げなかったがゆえに、悪徳商会によって表舞台から追放された天才職人。

トウヤの頭の中で、全てのピースが完璧に噛み合った。

(最高じゃないか。ゴルド商会に恨みがあり、職人としての確かな腕とプライドを持ち、そして何より、魔法技術に強い関心を持っている)

「ゴランさん」

トウヤは身を乗り出し、ゴランの目を真っ直ぐに見つめた。

「あんたの腕と魂、俺の商会で買い取らせてくれないか? あんたには、絶対に壊れない武器どころか、この世界の常識を覆す『乗り物』と『インフラ』を作ってもらいたい」

「乗り物、だと? 馬車のことか?」

「いや、馬を必要としない、魔力で走り、どんな悪路でも揺れず、一度に数十トンの荷物を運べる『魔導大型輸送車』だ。そして、魔物を絶対に寄せ付けない『魔法の街道』。俺の知識と魔法、そしてあんたの技術があれば、それが作れる。一緒に、ゴルド商会のちっぽけな利権を跡形もなくすり潰してやろうじゃないか」

トウヤの言葉に、ゴランの目が鋭く光った。ドワーフとしての技術的探求心と、職人のプライドを激しく刺激されたのだ。

「……面白え。だが、口で言うのは簡単だぞ、若造。俺様を雇いたきゃ、お前さんのその『知識』とやらが本物かどうか、俺様の工房で見せてもらうぜ」

「望むところだ」

朝食を終えたトウヤは、レオンとミアに留守と商会の登録手続きを任せ、ゴランと共に街の片隅にある彼の廃工房へと向かった。

工房の中は薄暗く、炉の火も落ちて久しいようだったが、金床やハンマーといった道具類は塵一つなく磨き上げられており、ゴランが職人としての魂を決して捨てていなかったことが痛いほど伝わってきた。

「さあ、お手並み拝見といこうか。馬を使わない乗り物なんて、ゴーレムの技術を応用するくらいしか思いつかんが、あれは燃費が悪すぎて実用化は不可能だぞ」

ゴランが腕を組んで挑発的に笑う。

トウヤは『アイテムボックス』から、上質な鉄鉱石、ミスリル鉱石、そしてスライムの核(コア)などの大量の素材を次々と床に取り出した。ゴルド商会から仕入れを絶たれていたゴランにとって、それらの高品質な素材の山は涎が出るほど魅力的なものだった。

「燃費の問題は、俺の魔力と効率的な『動力機関(エンジン)』の設計で解決する。ゴランさんには、俺の描く図面通りに、狂いなくパーツを鍛造してほしい。まずはこれだ」

トウヤは空間に光魔法で立体的な図面――前世の自動車の「サスペンション(懸架装置)」と「ボールベアリング」の構造を投影した。

「な、なんだこの複雑な構造は……!? バネと、この小さな鉄の球……摩擦を極限まで減らし、かつ地面からの衝撃を吸収するための機構だと!?」

ゴランは投影された図面を見るなり、職人としての直感でその機構の凄まじさを理解し、震える手で図面に触れようとした。この異世界における馬車の車輪はただの木の板と鉄の輪であり、衝撃を逃がすという発想自体が画期的すぎたのだ。

「スライムの核を俺の『錬金術』で変質させ、ゴムの弾力を持たせた『タイヤ』を作る。それをこのサスペンション機構で車体と繋げば、どんな悪路でも荷台は揺れない。そして動力は、魔石の力を回転運動に変換する『魔導モーター』だ。俺が魔法回路(プログラミング)を刻み込むから、あんたはその外装と駆動系をミスリル合金で打ち出してくれ」

「……ガハハハッ!! 痛快だ! まさか俺様の技術が追いつけるか試される日が来るとはな! やってやろうじゃねえか、俺様のハンマーが火を吹くぜ!!」

そこからの作業は、まさに狂乱と呼ぶにふさわしいものだった。

ゴランが炉に火を入れ、トウヤが風魔法と火魔法で炉の温度を極限まで引き上げる。ゴランの振るうハンマーが、トウヤの提供したミスリルと鉄の合金を正確無比な精度でパーツへと変えていく。

その傍らで、トウヤは『錬金』スキルを駆使してスライムの核を漆黒のゴムタイヤへと変質させ、『全魔法創造』によって金属パーツの内部に複雑な魔力伝導回路を刻み込んでいった。

前世の現代工学の知識と、異世界の万能魔法、そしてドワーフの頂点たる職人技の奇跡の融合。

汗と熱気にまみれながら、二人は言葉すら交わさず、ただひたすらに一つの「怪物」を組み上げていった。

そして、夜が更ける頃。

廃工房の中央に、威風堂々たる漆黒の巨体が姿を現した。

全長は八メートル。荷馬車三台分もの積載量を誇る広大な荷台を持ち、足元には分厚いゴムタイヤを六輪装備。車体は軽量かつ城壁並みの強度を誇るミスリル合金で作られ、先端には魔物を撥ね飛ばすための鋭角な装甲(バンパー)が備え付けられている。

動力源となる魔導モーターは、運転席にあるハンドルとペダルに直結しており、魔力を流し込むだけで誰でも直感的に操作できるように設計されていた。

「こいつぁ……とんでもねえ化け物を生み出しちまったな……」

油と煤にまみれたゴランが、自身の最高傑作を見上げて恍惚と呟いた。

「ああ。名前は『魔導輸送車・一番機(プロトタイプ)』。こいつなら、テラス鉱山街までの悪路も、魔物の群れも、一切気にする必要なく大量の物資を運べる」

トウヤは運転席に乗り込み、起動ペダルを踏み込んだ。

キュィィィィン……という低い魔力駆動音と共に、車体の各所に刻まれた魔法陣が青白く発光する。排気ガスも出ず、音も静かな完璧なエコ・トラックの誕生であった。

「トウヤ、お前さん……いや、ボスと呼ばせてくれ。俺様の一生をかけても、こいつ以上の傑作を作れる気はしねえ。だが、こいつを量産し、世界中の街道を走らせるっていうボスの野望の、一番の特等席で技師をやらせてほしい」

ゴランが深く頭を下げた。職人としての全てを捧げるという、ドワーフ最大の敬意の表現だ。

「大歓迎だ、ゴラン。あんたがいれば、俺の目指す『安全第一』のインフラ整備は十年は早まる。これから忙しくなるぞ」

トウヤは運転席から身を乗り出し、ゴランの分厚い手と固い握手を交わした。

こうして、トウヤの商会に欠かせない『鋼の職人』が加わった。

最強の拠点、潤沢な資金、そして世界を覆す技術と乗り物。

ゴルド商会が支配する腐敗した物流を打ち砕き、絶対安全な経済圏を築き上げるための物理的な準備は、ここに全て整ったのである。

「さあ、明日はこのプロトタイプの試運転を兼ねて、テラス鉱山街までの『街道舗装工事』に出発しよう。世界初の、魔物が寄り付かない高速道路の建設だ」

万能魔法とリトライを駆使した商人の、真のインフラ開拓が、ついに火蓋を切ろうとしていた。

【現在のステータス状況】

名前:トウヤ

年齢:18

職業:商人 / 冒険者(ランクD)

レベル:8

体力:45/45

魔力:90,500/100,000 (魔導輸送車の回路構築・錬金により消費・自動回復中)

固有スキル:『リトライ(発動可能)』

魔法適性:全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)

取得スキル:鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟、気配遮断、錬金

【仲間・後援者の状況】

・ミア(獣人の少女):従業員第1号。拠点の管理や炊事を担当し、トウヤを心から慕っている。

・レオン(人間の商人):共同経営者。商会の実務と、周辺の地理・情勢に関する頭脳労働を担当。トウヤの知識に全幅の信頼を寄せる。

・ゴラン(ドワーフの技師):【新規加入】元・アステリア最高の鍛冶師。トウヤの技術に惚れ込み、商会の専属エンジニア(技師長)となる。

・所有設備:難攻不落の快適拠点、魔導輸送車・一番機(プロトタイプ)

・資金:金貨45枚(素材や手続き費用等で微減)

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

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